第70話 穴の攻防
「ダンジョンが侵食してきてるってどういうことなんだ!?」
「私達の通ってきた穴から、赤黒い物質の塊が大量に溢れてきてるって。聞く限り、あの壁っぽい感じ……」
「赤黒い物質……大悪魔の最初のダンジョンってことか?」
「うん……。あ、今、壁の中から
「
ダッ──バヒュン────ッ!
オレは、駆け出すと【
空を飛ぶオレの心の中で、フィードが囁きかけてくる。
『時間がない』
『放っておけ』
『ここはローパーに任せて、オレたちはダンジョンに戻ればいいじゃないか』
(うるさい、黙れ。オレは、リサやルゥ、それにパルたち、全部を守るって決めたんだ)
『へぇ? それは自分の命よりも大切なことなのか?』
(ああ、そうだ)
『でも、ここで時間食っちまったら、結局ゲームに負けてお前どころか、リサやルゥ、それにオルクも死んじまうぞ?』
(死なせない。パルたちも助けて、リサたちも助ける)
『へぇ、そう上手く行くといいけどな。いざとなったら迷わず使えよ、スキル【
(…………)
街中を猛スピードで駆け抜けてる守護ローパーのプロテムの一団を追い抜き、昨日オレたちが通ってきた穴へとたどり着いた。
穴の中からどろりと赤黒い塊が垂れ広がっている。
そのおどろおどろしい塊の先から、わらわらと
ふるふるふる! ふるふるふる!
何人かのローパーが
【
【
ドッガァァァン──!
魔鋭刀を斧に変形させ、
「あとはオレに任せて町へ!」
ツツツ──。
うなずきながら去っていくローパーたち。
グギギ……!
獲物を見失った蟻どもは、矛先をオレへと変え、一斉に襲いかかってきた。
【
ガッキィーン! ムニッ。
左右から襲ってきた
【
ドンッ!
弾き飛ばして。
【
ゴォォォォォオ!
炎で焼き尽くす。
「ふぅ」
心なしか体のキレもいいような気がする。
ゆっくり休めたおかげか、それとも、この新しい装備──フェニックスの赤羽根で織ったベストのおかげか。
なんにしろ、周囲の安全を確保して、通路もどうなっているのか確認しないと。
ボゥ、ボゥ、ボゥ。
十数匹の蟻たちを焼き払い、通路に近づいていく。
もぞ……もぞ……もぞ……。
どろっと溶けた溶岩のように奥から垂れ流れてきている赤黒壁。
その中から、今度はレッドバイパーが数匹出てこようとしてた。
「うわっ、【
バッキーン!
うわ、なんか気持ち悪くて、とっさに石化してしまった……。
これ、向こうに帰る時に通りにくくなってないかなぁ……。
そう思いながら穴の中を覗き込むと、いま石化したばかりの塊の上から、さらに別の新しい赤黒壁がどろりと流れ出てきた。
「あ~、これ次から次に流れこんできてるのか……。
さて、どうしようかと思っていると、ケプに乗ったリサ達と、プロテムの一行がやってきた。
「うわっ! なにこれっ! ちょっと、どうなってんのよ!」
「うん、パルの言ってたとおりだね。向こう側のダンジョンが、こっちまで伸びてきてるみたい。で──」
【
バシュッ!
【
ズバッシュ!
オレの魔鋭刀と、守護ローパープロテムの触手が、塊から出てきたばかりのレッドバイパーを斬り捨てる。
プロテムってオレに斬りかかってきたことしかなかったからわからなかったけど、なかなかに戦闘力が高いみたいだ。
守護ローパーの種族名は伊達じゃないってことか。
「こんな感じで、この塊の中から次々魔物が湧いてくるんだ。石化して固めてみたけど、後から別の壁がどんどん流れこんできてる」
「一番いいのは、ここを完全に塞いじゃうことなんでしょうけど……」
「そうすると、オレたちが時間内にダンジョンに帰れないんだよね」
「かといって、私達が穴の中に飛び込んで無理やり通って行っても、こっちのローパーさんたちが危険なままですからねぇ」
「そうだな……」
マズい状況だ。
「フィードたちのことを考えるなら……今すぐダンジョンに戻った方がいい。このままここで壁から出てくる魔物を倒し続けてても
アルラウネのアルネが冷静に事態をまとめる。
「そう、だな……」
それしかないのか。
理屈で考えたら、そうだ。
リサやルゥの目にも迷いは見られるが、それしかないという表情が感じられる。
だが──。
お世話になったパルやローパーのみんなを見捨てるみたいで、それはそれで、なんだかモヤモヤする。
『いざとなったら決断を下せよ』
たびたびオレに語りかけてきていた、フィードの言葉が脳裏をよぎる。
決断。
ローパーのことはローパーに任せて、自分たちは自分たちのことをするべきなのか。
オレの、この過剰なまでに大きくなった力はなんの為にあるのか。
守りたい人たちを守るためじゃないのか。
守れないのか、今のオレじゃ。
ローパーたちも、リサたちも。
どちらかを選ばなきゃいけないのか。
両方守れないのか。
ぐぐッ……。
壁が、また盛り上がって来た。
【
さっきみたいに、また魔物が生まれるのかと思って叩き斬ろうとしたら──。
ニュッ──ガッ!
壁の塊が、さっと後ろに身を
「なっ──!」
ぐっ!
【
「ふんぬっ──!」
力を入れて壁を振り払おうとするが、重さの総量が違いすぎて、さすがにびくともしない。
(しまった──! ただの壁かと思って油断してた……!)
「ガハッ──!」
手が、オレの体をギリギリと万力のように締め付けてくる。
「フィード!」
ガコンっ!
プロテムが壁に斬りかかるも、かすかに壁が欠けただけでダメージは与えられない。
「あぁ、もうっ! 私がバンパイアのままだったら、こんな壁、一撃でぶっ壊してやるのに!」
ガン!ガン! と素手で壁を殴りつけるリサ。
その拳からは、血が吹き出ている。
「y,やめろリサ! オレは……大丈夫だから……!」
「でも! フィード! ここでフィードが死んじゃったら私、何のために人間になったのか……!」
「大丈夫……心配するな、オレは死なないよ」
しかし、その言葉とは裏腹に、事態を打開する策は何も思い浮かばない。
『使えよ、【
『【
『死んだら何にもなんね~ぞ?』
『ほら、仲間を囮に使うとか、いくらでもあるだろ。打開策は』
『非情になれよ。なに善人ぶってんだよ。いくらスキルを身に着けたところで、ちょっと油断したらこれだ。思い出せ、お前は弱い人間なんだよ。ちっぽけで、震えてて、たまたま運良く都合のいいスキルが覚醒しただけの弱い人間。このまま気取って勘違いしたまま死ぬか。それとも最後まで生き抜こうと足掻くか。さぁ、選べ! アベル!』
「くっ……! ボ、ボクは……! 今までモモに……みんなに守ってもらったように……! 今度は、ボクが守るんだ! みんなを! リサも! ルゥも! パルも! プロテムも! ローパーのみんなも! 全部だ!」
『……茨の道だぞ』
「わかってる! でも! それでも! やるって決めたんだ! ボクが! いや、オレが! アベルとフィード、両方でやるって決めたんだろうが! うおおおおおおおおおおお!」
【
効果:毒液を飛ばし、垂らし、染み込ませることが出来る。毒の強度、種類、共に調整が可能。
じゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅう!
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!」
「フィードっ!」
「フィードさん!」
肉の焼ける匂い。
無機物をも溶かす毒液を体の周りに発生させる。
当然、自分の体も焼きただれるが──。
隙間もできる。
【
ビュッ──!
「ハァ……ハァ……」
「フィード! 大丈夫!?」
「フィードさん、今、手当てをっ!」
駆け寄ってくる二人を制止する。
なぜなら、溶かした壁の塊の中から、一人の男が
【
ただならぬ雰囲気を纏った相手に、すかさず鑑定をかける。
名前:テス・メザリア
種族:大悪魔
レベル:34
体力:467
魔力:2280
スキル:【
大悪魔!
しかも成長してる!
やはり、ダンジョンで多くの命が失われていたか……!
「気をつけろ、大悪魔だ」
「大悪魔!? あの変なスーツが先生の生まれ変わり!?」
「進化……してますね……」
「ああ、そして、ここまで好きにダンジョンを操れるようになってオレたちの前に姿を現したってことは……」
紅白の水玉スーツの金髪男、テス・メザリアはきざったらしく声を張る。
「ごめいと~う! さぁ、フィード・オファリング? キミを殺しに来たよぉ? このっ! 進化したっ! 吾輩がっ!」
【
「ぶぉぉぉい! 危ないっ! 今、なにかしただろ、フィード・オファリング!」
壁の中にズボッと身を隠した大悪魔が、遠く離れた壁の中から再び生えてくる。
「いや、そっちがルール無用で来るなら、こっちもルール無用で行こうとしただけだけど?」
「たぁーしかに、ここはダンジョンの外! ルールの適用外! だぁがっ! 今、我輩を殺したら、ダンジョンの中にいる貴様のクラスメイトはどうなると思う?」
「うっ……」
オレは今、オルクたちを人質に取られてると言ってもいい状態ってことか。
「そ~う! 吾輩が死ねば、ダンジョンも崩壊して、全員っ! 死っ! デスっ! よぉ~く考えて行動しろよ、フィード・オファリングぅ?」
「だから、お前が一方的にオレを殺すって?」
「そ~~~うっ! 先代の我輩を殺したフィード・オファリング! 経験値効率のいい鑑定士のフィード・オファリング! 貴様を食えば、吾輩は過去全ての大悪魔を遥かに超越するウルトラ大悪魔として魔界を統べることが出来るのデスっ!」
「ずいぶん、色々と思い出したみたいじゃないか」
「そう……思い出したのですよ……。貴様が、いかにずる賢く! こずるくぅ! 卑怯でぇ! さらに……いかに忍耐強いのかということをぉ! さぁ~、その我輩が魔王様より預かった万年筆も返してもらいましょうか」
こいつ、魔鋭刀のことまで思い出したのか。
いや、前の大悪魔と違って油断してないうえ、ダンジョンまで操れるんだ。
断然こっちの方が危険度が高い。
……っていうか。
別に殺さなくても、大悪魔の動き止められるよな……?
よし、大悪魔、この期に及んで姿を晒してる己のアホさを恨め。
【
ビキビキビキ──ッ!
「やった!」
大悪魔ごと、塊を石化することに成功した。
が。
「オ~~~ウ……フィード・オファリング……! やはり貴様は信用ならない……!」
後方の壁の中から、再び大悪魔が生えてきた。
「リサ、ルゥ、オレの近くに」
「うん」
「はい」
「あいつの狙いはオレだ。そして、あいつはダンジョンの中ではオレに手出しができない。オレがここを去れば、あいつがローパーたちに手を出す理由もなくなる。三人で飛んでダンジョンに戻るぞ」
「わかったわ!」
「わかりました!」
二人がギュッとオレの腕を掴む。
「ケプ、アルネ。せっかくついてきてくれたのに、すまない。セレアナ達と一緒にここで待っててくれ」
「わかりました。力になりたかったのですが、この状況では仕方がないですね」
「ひひんっ……」
そう、オレがダンジョンにさえ戻れば、この事態は全て収拾がつく。
なんだ、やれるじゃないか、【
フィードに頼って、冷酷にも非情にもならなくても。
そう思って、飛行スキルを発動させようとした時。
ドドドドドドドドドドドド……。
地鳴りのような音が聞こえてきた。
「これは……?」
大悪魔が、馬鹿にしたかのように壁から横向きに生えてきて、大仰に両手を掲げる。
「決めました! フィード・オファリングがダンジョンに戻る前に! ここに居る仲間を全員殺すことをッ! そう! 殺す! 殺すのですっ! 大ッ! 虐ッ! 殺ッ! え? どうやって大虐殺するのかって? それはですね──」
ドドドドドドドドドドドド!
地鳴りが大きくなってくる。体が振動で縦に揺れる。
「キャッ!」
立っていられなくなったアルネをケプが支える。
「ありがと、ケプ」
「ぶふぅ」
やがて穴の中から大量の砂ぼこりが吐き出されてきて──。
「さ~ぁ、やっと到着しましたぁ! ここに来る途中に産み落としてきた、吾輩の可愛いかわいいデビル・アントちゃんたちですッ!」
大量の、
「さぁ~! 殺っておしまいなさい! 大☆蹂☆躙☆ デスっ!」
宮殿に向かって指を差した大悪魔のニタニタした顔が──固まる。
ドッカァァァァァ……ドルルルルルルルルルルッ!
それもそのはず。
オレたちだって固まった。
だって。
いつの間にか組み合ってたローパー達が。
超巨大なドリルの形になって。
蟻たちを。
壁の塊ごと粉砕してるんだから。
【タイムリミット 一日十一時間二分】
【残りのダミー扉 九十六個】
【現在のダンジョン内生存人数 十七人】
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