第69話 戻るものと残るもの

「それでは、みなさん、お気をつけて……」


 ローパーの都ララリウム。

 そこの宮殿で、オレたちは「姫」から「女王」へと進化を遂げたパルと別れを告げていた。


「パルこそ!」


「立派な女王様になってくださいね」


 涙ぐんだリサとルゥが声をかけている。

 つい二週間ほど前まで、誰も友達のいなかった二人にとって、この二日間を共に過ごし、共に死線を越えてきたパルは、間違いなく「親友」と呼べる存在になっていた。


「リサ、ルゥ」


 別れを惜しむ気持ちはわかるが、オレたちには時間が残されてない。

 二人はこちらを振り返ると、パルに抱擁して再会を誓いあった。


「フィード……」


 パルが歩み寄ってくる。

 紫色の髪と目、ふっくらとしたほっぺた、優しそうに垂れた目と眉。

 小柄な彼女は、以前の無邪気な雰囲気を残しつつも、すでに王族としての威厳を漂わせつつあった。


 そして──。

 

 ピトッ。


 なにより、オレは知っている。

 このオレにくっついてきている彼女のまとっているピンク色のローブの下には、一糸まとわぬ妙になまめかしい肢体があることを。


「あ、あの、パル? ほら、もう王女様なんだしさ、あんまりこういうのは……」


 ピトっ。


 パルは、オレに抱きついたまま離れようとしない。

 困ったオレは助けを求めて視線を彷徨さまよわせるも、ルゥはニコニコしてるばかりでリサは涙ぐんでるうえ、女中ローパーや守護ローパーのプロテムは、気を遣って顔をそむけていた。


 あぁ~、いや、まぁ、オレも以前はマスコット感覚で気軽にパルに抱きついてたりしたけどさぁ……。

 これはヤバいって……。

 だって……相変わらずのもちもちボディで……その、なんか香料とかつけてるのか知らないけど、ほら、に、匂いも……あぁ……こ、この手をどこに置いていいのかもわからん……っていうか、この抱擁、長くないか……? もう完っ全に間が持たなくて困るんだが……?


「パ、パル……?」


 オレは、ようやく口から言葉を絞り出した。


「ん……また、来てね……待ってるから……」


「ああ、また来るよ、絶対に」


「うん」



 そう言うとパルは、そっと目を閉じた。



 …………ん?

 ……んんん?

 なに? なにこれ?


 キョロキョロ。


 ルゥはワクワク、リサはあんぐり、ローパーたちは見てないふり。

 そんな感じ。



 フゥゥゥゥゥゥ~…………!



 東洋の気功法かのように気を練るがごとくゆっくりと息を吐いたオレは、パルの肩を優しく押し戻す。


「パルも国を治めるのに大変だと思う。力になれることがあればいつでも手を貸すから、連絡してくれ。オレの中にも、パルのお母さんのスキルが宿ってることだし」


「うん……毎日電波送るね」


「え、毎日? 一日一回しか送れないんでしょ、その念波……電波?」


「うん……じゃあ、二日に一回」


「あ、うん、それくらいなら、まぁ……」


 いいのか? と思いつつも、パルの「えへへ」という笑顔につられて、「ま、いっか……」という気分になった。


 これまでに魔物の裸体を見ることは何度かあったが、同種の人間の子との密着というのは初めてだ。まぁ、同種──というよりは、人型なわけだが。

 でも、やっと、今わかった。

 最初は外見の変化や話せるようになった戸惑いから動揺してたけど、彼女は何も変わってない。

 甘えん坊で、無邪気で、気が効いて、一直線なパルだ。

 そして、彼女から向けられてる感情。

 オレが、彼女に抱いている感情。



 これは、どちらかというと父性に近いものだ。



 このローパーの民衆を見ててもわかる。

 きっとパルは、蝶よ花よと可愛がられて育てられてきたのだろう。

 一子相伝の女系の王族。

 そんな中、あのダンジョンで必死に生き抜こうとしてたオレに対して、仮に好意を抱いたとしても、それは一時の気の迷い。

 オレもマスコット的な愛嬌のあるパルのことを好んではいたが、それも、そういう男女のどうこうの間柄のものではない。


 このオレたちの感情、関係性に言葉をつけるなら。


 友情。


 うん、きっとそうに違いない。

 パルの母、ポラリス女王から託されたスキルの責任もあるから、この国のことは気にかけていこうと思うが、それも、まずは大悪魔テス・メザリアとのゲームをクリアーしてからのことだ。

 ダンジョンに戻って、残りのダミー扉のトラップを発動させる。

 そして、二十五階層の本物の出口から外に出る。

 後のことを考えるのは、それからだ。



「女王となったパルは、ここから離れる訳にはいかない。そもそも、このゲームはオレとリサとルゥ、それからオルクのものだ。みんなは、オレに巻き込まれただけにすぎない。ここに残って地上に脱出してくれ」


「ああ、そうさせてもらうよ。言われなくても、そうするつもりだったしね」


 間髪入れずに答えたのはラミアのカミラ。

 この一日半、オレたちの中で最も冷静な意見を言ってくれた仲間だ。


「カミラ、キミのおかげで何度も助かったよ、ありがとう」


「ばぁ~か、さっさと戻ってゲームクリアーしろよ。仮にも私らは、お前の応援団やってたんだ。しっかり結果出して、応援に報いてみろ」


「ああ、任せといてくれ」


「びひぃ~ん」


 ケルピーのケプがこちらに身を寄せる。


「え、お前は、こっちに来るのか?」


「ぶふっ!」


 鼻を鳴らすケプ。


「あ……多分、私達を乗せて行くってことなんじゃないかと思う……」


 常に控えめなアルラウネのアルネが、ちょこちょこと近寄ってくる。


「私達、って……」


「うん、私も戻る。だって『本物の出口』が、あの扉なのだとしたら、コケが本物か偽物か見分けることが出来るのは、私だけだから」


 そういえば、最初はダミー扉に生えている偽のコケを手がかりに、『本物の出口』を探そうとしてたんだっけ。

 言われてみれば、たしかにアルネは居た方がいいように思える。

 それに、少人数で移動するなら、騎乗できて移動速度の速いケプも。


「オレもリサもルゥも小柄だ。それにアルネも。たしかにケプなら四人ギリギリで乗れそうだが……」


「それならワタクシもここまでですわねぇ」


 セレアナ。相変わらずの通る声。


「そうだな。セレアナには、教室の時からずいぶん世話になったよ。このタキシードも、オレのことをしっかり守ってくれた。本当にありがとう」


 素直な気持ちを込めて頭を下げる。


「あぁら、わたくしは、わたくしのファンのために当然のことをしたまでですわぁ。だから、命令ですわ。フィード・オファリング。わたくしのファン第八十七号として、死ぬことは決して許しませんわぁ。死ぬなら、せめてワタクシの没後にするがいいですわぁ」


「うん、そうするよ。色は赤に染まっちゃったけど、ポラリス女王からもらったベストも増えたし、ばっちしゲームをクリアーしてくるよ」


「ああ、そのベスト、そういうわけでしたの? 似合ってていいと思いますわよ。わたくしのセンスについてくるとは、ポラリス女王、やはり只者ではなかったみたいですわねぇ」


「うん、鑑定したら『フェニックスの赤羽根』と『夜明けの黒糸』で出来てるんだって」


「フェ、フェニックスの赤羽根!?」


 リサが頓狂とんきょうな声を上げる。


「有名なの?」


「ゆ、有名なんてもんじゃないわよ! フェニックスよ!? 伝説の不死鳥よ!? その羽根で編んだベストって……」


「多分、一回死んでも生き返るくらいの装備ですよ、それ……」


「えぇ!? そんな凄いものなの!?」


「国宝級だな」


 カミラが物欲しげにチロチロと舌を出す。


「それに、夜明けの黒糸って、幻想の朝霧の中で一年に一度、最も魔力の濃くなる朝にしか採れない希少素材です」


「マジか……そんな凄いもの、本当にオレが貰ってもよかったのか……?」


 ふるふるふる……と揺れはしなかったが、ぷにぷにのほっぺたをにこやかに動かし、パルが述べる。


「もちろんです。母は、きっとこのベストをフィードに渡す日も、意味も、わかっていたはずですから」


「そ、そうか……。それじゃ、大事に使わないとだな……」


「ええ、名残惜しいですが、時間も差し迫ってきています。そろそろダンジョンの方へ」


「ああ、そうだな。ケプ、四人乗せられるか?」


「ぶるるるっ……」


 得意気に鼻を鳴らすケプ。


「よし、それじゃあ小さい方、アルネから前に乗ってくれ」


「はい」


 アルネ、リサ、ルゥの順番でケプにまたがる。


「フィード……」


「パル、色々世話になった。必ず戻ってくるから」


「うん、待ってる」


 最後のあいさつを交わしてケプに跨がろうとした時。


 一人のローパーが慌てた様子で入ってきて、守護ローパーのプロテムに何かを報告してる。


「フィード……!」


 それを共有思念テレパシーで聞いたのであろうパルが、震えた声でオレに告げる。



「ダンジョンが……穴を通って、こちらに侵食してきてる……!」



 【パル、セレアナ、カミラ離脱】

 【タイムリミット 一日十一時間四十分】

 【残りのダミー扉 九十六個】

 【現在のダンジョン内生存人数 十七人】

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