第68話 十七本のレイピア

 【第十二階層】



 ウェルリン・ツヴァ、もぐら悪魔のグララ、インプと一緒に行動することになったオレたちは、丸一日かけて十二の階層を上ってきていた。


 一団の先頭は相変わらずオレ、オルク。

 両脇にまとわりついてくるサキュバスのサバム、スキュラのキュアランと共に罠を解除しつつ進んでいる。


 今も、もはやすっかり見慣れた床のトラップを解除し終わったところだ。

 ハァ……。ヤクザの跡継ぎ、ウェルリンに大見得おおみえ切ったまではよかった。

 だが、その後、一日経っても『本当の出口』の手がかりは何も得られていない。


「チッ……!」


 思わず舌打ちも出る。

 まとわりついてくるサバムとキュアラン。

 指示を出せば、ちゃんと言われた仕事はしてくれるが、それだけだ。

 なんせ、こいつらはタイムリミットが過ぎても死なない。

『本当の出口』を見つけられなかったら死ぬのは、この中でオレだけだ。

 だから、こんな大人数を引き連れていても、このなかで本当に焦ってるのはオレ一人だけ。


「オイっ! 進むペースが遅すぎねぇか!? 残り時間は何時間なんだ!? あぁ!? これじゃリサちゃん……リサちゃんが……!」


 ああ、そういえばいた。

 もう一人、焦ってるやつが。

 集団の真ん中に置かれ、全員から監視されているウェルリン・ツヴァ。

 時折こうやって苛立たしげに喚き散らしてくる。

 なんでも、リサ・なんちゃら・ローデンベルグ──異常に名前の長いオレたちのクラスメイトのことを心配してるらしい。

 クラスメイトとは言っても、一度も会ったことのなかった女だ。

 ウェルリンと彼女の関係については推し量ることしか出来ない。


「グラぁ……本当の出口って一体どんな形してるグラぁ……? グララ、一生懸命見てるけど何もわかんないグラよ……」


「キキキ……自分の高度な知能を持ってしても想像つかず。これだけの数のトラップが敷き詰められたダンジョン。おそらく、普通に探しても見つからないかと」


「あ? モグラは目が悪いだろうが。触覚で探せ! インプは高度なのはプライドだけだろ! ハァ……ったく、使えねぇ悪魔どもだな、こいつら!」


 ウェルリンは、舎弟となった大小、二人の悪魔に身も蓋もない言葉を吐き捨てる。


「あまりはしゃぐなよ、狼の。我らは、まだ仲間を殺した貴様らを許しておらんぞ」


 集団の後方を守るキマイラのライマがウェルリンを威嚇する。


「あぁ? いつまで過ぎたことを言ってんだ、それよりも今は……」


「過ぎたことだと!? そこのもぐら野郎に殺されたヌハンとトリスは……!」


 ケルベロスのルベラが、三つの頭の三つの口からいっぺんに抗議する。

 この一日、ずっとこんな調子だ。

 共に行動するようにはなったけど、仲間を殺されたわだかまりはいまだけていない。

 そして、それを仲裁するのは決まってオレの役目だ。


「おい、お前ら、いい加減に……ウッ!」


 なんだこれ……!

 頭に急に声が響いてきやが……。



『オルク? パルです。本当の出口はダンジョン各五十階層にある百個のダミー扉のトラップを全て発動した際に二十五階層の真ん中に現れます。フィード達もすぐに向かいますから、どうかひとつでも多くのトラップを発動させ──』



 なんだ?

 パル?

 ダミー扉?

 トラップを発動?

 それで本当の扉が出現?


 パルってローパーのパルか?

 まったく、意味が分からねぇ。

 これもトラップの一種か? 精神操作系の。

 そもそも、パルがローパーのパルだったとして、こんな頭に声を届けるなんてこと出来るわけねぇだろ。

 だって……あのパルだぞ?

 ピンク色でぷるぷる揺れてただけのパル。

 一応言われた言葉は理解してたみたいだが、そもそも喋れねぇだろ、パルは。


「オルク……? どうしたの? 大丈夫?」


 急に頭を抱えて黙り込んだオレに、サバムが声をかけてくる。


「あ、ああ……。たぶん気のせいだとは思うんだが……」


 今、頭の中に響いた言葉についてみんなに話してみる。

 リーダーになってみて初めてわかったんだが、相談してみることは大事だ。

 一人で「こうだ」と思い込んで行動してると、後で取り返しの付かない事態に陥ることが、この一日の間だけでもかなりあった。

 そういうことで、少しでも気がかりなことがあれば情報を共有することにしている。

 三人寄れば文殊の知恵。今、十七人もいるんだから、文殊の超知恵くらい思い浮かぶだろ。



「なんか急にそういう能力が使えるようになったとか?」

「でも、なんでオルクに?」

「そりゃリーダーだからだろ」

「フィード達も向かうって、上にのぼってきてるってことか?」

「そもそも二十五階層ってどこだ? ここが何階層なのかもわからんぞ?」

「ダミー扉って、あの笑気ガスの扉のこと? 私達をトラップにハメて殺そうとしてるんじゃないの?」



 うぉぉ……こいつら、超知恵どころか全員オレと同レベルのことしか思いつかねぇじゃねぇか……。


「あ~……ヘイトスはどう思う?」


 建設的な思考を得意とするケンタウロスのヘイトスに振ってみる。


「そう……だな」


 わっさりと生えた濃い腕毛を見せつけるように手をあごに当てながら、ヘイトスは一つ一つ確認するように話していった。


「まず、それはパルからのなんらかの信号と見ていいと思う。罠にしてはあまりにも突拍子がなさすぎて、逆に怪しい。罠として使うなら、フィードの名前を出したほうが信用されやすくないか?」


「たしかに……」


「それからフィード達が『すぐに向かう』という言い方からして、おそらくこのダンジョンの中には、すでにいないんじゃないか? 『のぼっていく』じゃなくて『向かう』という言い方からは、そう感じる」


「おう! そういやオレ様がお前らと合流する前の階で壁に大穴空いてたところがあったな!」


「ウェルリン! そういうのは、もっと早く言ってくれよ……!」


「すまんすまん、関係ないと思ってたわ」


「ハァ……。まぁ、いま言っても仕方がない。ヘイトス、続けてくれ」


「ああ。階層については、このまま上に向かって進んでいくべきだと思う。そうすればいつかはきっと一階層に辿り着くはずだから……」


「そこから逆算すれば二十五階層がどこかわかるってわけか!」


「そうだ。他に手がかりもない以上、試してみる価値はあると思う。ただ、トラップを発動させるのには危険が伴うが……」


「それは仕方がねぇ。やるしかねぇだろ。他になんも思いつかねぇんだから」


 それまで黙っていたウェルリンが口を開く。


「つまり、リサちゃんもフィードや、そのローパーと一緒にダンジョンの外にいると? で、今からあの穴を通って、ここに戻ってきてトラップを百個発動させようとしてるってのか?」


「その可能性は高いだろうな」


「なら、オレは下に行くぜ! あの穴のとこまで戻りながら、トラップも発動してやるよ。リサちゃんの負担を減らす。てめえらは上に向かって階層の確認でもしてこいよ」


「あ? なんでそっちに命令されなきゃいけないんだ?」


 青銅人間、タロスのロンゾが噛みつく。


「命令じゃね~よ、決定だ。オレらは下に行く。リサちゃんの行方がわかった以上、お前らと一緒に行動するメリットはない。じゃあな」


「オイ、待てよ! そんな勝手なこと……」



 殺

 気。



 一斉に身構えて警戒態勢を取る。



 ズゾゾゾゾ……。



 ゆっくりと、床から男。

 白の水玉のついた赤のスーツに身を包んだ、派手な金髪の優男やさおとこ

 召使いが如くうやうやしく頭を下げてはいるが、その目はニタニタと笑っていて、明らかにこちらを見下している。

 ひと目でわかる、只者じゃない。

 というか。

 床から生えてきてる時点で間違いなく異常だ。



「ドラァ!!」


 男が生えきる前に、ウェルリンが問答無用のケンカキックを食らわす。


 が。


 ウェルリンの軸足の床がぺろりとめくれると、そのまま「くるん」と宙に放り出され、先制攻撃をしかけた狼男の体は見事グララにキャッチされた。


「お前、もしかして……テス、か……?」


 ダンジョンを操作。

 ピエロの名残を残す派手な格好。

 思い当たるのは一人しかいなかった。


「御名答ぅ~! オルク、キミ、随分といいリーダーになったようじゃないか? ん~、環境は人を変えるってやつか? ま、変わったといえば、私も! なんだがッ!」


 姿は変わっても、相変わらずの自己主張の強さだ。

 とても、あの先生の生まれ変わりとは思えねぇ。

 いや……もしかしたら先生も案外、自己主張強かったのかもな。

 ただ、オレたちの知ってる先生は、もう老いてたってだけで。


「お前もずいぶん姿が変わったみて~だな? で、一体何の用だ……? オレたちが本物の扉を見つけそうだから、先に降参でもしに来たとか?」


「ハハッ! オルク、キミは冗談も上手くなったようだね! 教室では、ずっとミノルやオガラの陰に隠れてコソコソしてたっていうのに!」


「……! 貴様、先生の記憶を……!」


「ああ、随分思い出したよ。さっき、活きのいい餌……狼男を七人ばかし食ってきたのでね」


 ギリッ……!


「んだと……!? うちの組員を、貴様が……!?」


「ああ、勘違いしないでくれよ? 私が食ったのは、『すでに死んでいる死体だけ』だ」


「あぁ? じゃあ、殺したのは……」


「キミの探してる『リサちゃん』の執事だよ、殺したのは。ああ、皮肉だねぇ? キミは、自分の家族ファミリーを殺した相手の家族ファミリーを、今、助けに行こうとしてるんだよ? ああ、滑稽だ、滑稽だ! 組員も浮かばれないねぇ? まさか、自分たちを殺したカタキの身内を、ボンが助けようと必死こいてるだなんてねぇ! 悲劇にひたるお芝居の主人公気取りか? ん? ローデンベルグの小娘を助け出したところで、キミは何を思う? なぁ、ウェルリン・ツヴァ?」


「くっ……!」


 苦悶に歪むウェルリンの表情。

 成長を遂げた大悪魔の目は、さらに邪悪にニタニタと歪んでいる。


「悪魔の言うことに耳を貸すな。悪魔の末席たるオレからの忠告だ」


 デーモンのエモが、ウェルリンにささやく。


「で、その成長した大悪魔さんが、一体なんの用で? オレらは『本物の出口』を探すのに忙しいんだが?」


「ん~……こうやってダンジョンをいくらでも自由に作り変えることが出来るようになったから、その挨拶かな? おまけにこうやって……」


 大悪魔は、にゅっ──と壁の中に倒れ込むと、反対側の壁の中から、にゅ──と出てきた。


「ダンジョンの中を好きに移動できるようになった」


「それで? オレらの妨害でもしようってか?」


「妨害はルールに反する。だがぁ~? どうやら貴様らの話を聞く限り、フィード・オファリングは、すでにダンジョンの中にいないらしいじゃないか。なら……ダンジョンの外で何が起ころうとも、ルールには抵触しないよなぁ……?」


 ズズズ……と床の中に沈み込んでいく大悪魔テス。


「なっ……! テメェ! リサちゃんにっ!」


 こいつはオレたちの明確な『敵』である。

 そう認識したウェルリン、オレ、タロス、キマイラ、ケルベロスが攻撃を仕掛ける。



 ガッ──!



 が、テスは自身の周囲をめくり上げた床で覆い、オレたちの攻撃を弾き返した。


「くそっ……!」


「あ~、そうそう、キミたちみたいに身の程をわきまえずに吾輩に殴りかかっきたワンゴとゾルべは外に出てもらったから。だから、今、このダンジョンにいるのはキミたち十七人だけ。で、せっかくだから、十七人全員もゲームに参加してもらうことにしたから。ほら、さっき話聞いてたけど、オルクとウェルリン以外、全員他人事な感じでしょ? 別にゲームに負けても死なないし~的な? 吾輩、面白くないんだよね、それじゃ」


「…………は? つまり、あと一日半くらいで本物の出口から出られなかったら、私たち全員、死ぬ……ってこと……?」



 ズズズ……。



 ふざけた水玉スーツの男──テスの頭の上に、複数の赤いレイピアが浮かび上がる。


「なんだ、あれはっ! どこから出てきやがった!?」


 おどろおどろしい造形のそれ──レイピアは、切っ先をオレたちの方に向けると。


「攻撃くるぞ! 全員構えろっ!」



 トッ──。



 音もなくオレたちの心臓を射抜いた。


「なっ──!」


「ギャハハハ! 貴様らの魂に契約のくさびを打ち込んだ! これで貴様らも、もう傍観者じゃいられない! ようこそ、当事者の世界へっ! さぁ~、これで面白くなってきたぞ! みんな必死に出口探してね~!」


 愉悦の表情を浮かべる大悪魔。


 パカッ。


「んあっ?」


 ウェルリンの口を開け、中からインプがビクビクと怯えながら半身だけ乗り出す。その胸にも、小さなレイピアが刺さっている。


「あ、悪魔の契約は双方の合意がないとなされない……! 無効……こんな契約は無効だ! み、認められない……!」


「チッチッチッ、だから馬ぁ鹿なんだよ、貴様は。貴様らは『ダンジョンの攻略を手伝ってる』という意識が自分の中にあった。当事者としてのせきを負わず、ゲームの快楽のみを享受きょうじゅしていた。その負い目が心の中にあったんだよ。そして、それがトリガーとなって、貴様たちの魂がゲームの参加者としての資格を求めた。吾輩は、それに応えてあげたに過ぎないのだよ!」


「き、詭弁きべんだ……!」


「ん~、詭弁! 吾輩、詭弁大っ歓っ迎っ! むしろ、相手の弱みにつけ込み、こちらに有利な契約を押し付けることこそ、悪魔の醍醐味! そうやって負け犬の遠吠えを浴びせられることは、まさに悪魔冥利に尽きる! 本体から切り離されて、悪魔の本分すら見失ってしまったか? 惨めでちっぽけなインプよ」



 ガチンっ。



 インプは震えながらウェルリンの口を閉じると、体内に逃げ込んでしまった。


「んっふっふ~」


 ご機嫌そうに鼻歌を歌いだす大悪魔。


「あ~、そうだ! 急に参加させたお詫びに、キミたちにヒントあげよう! あまり弱い者いじめになりすぎてもゲームは面白くないからね! え~っとね……残りの時間は、一日と十二時間三十二分だよ! ちなみに、ここは十二階層! それと、ダミー扉のトラップを発動させれば、本物の扉が現れるってのも正解! どう? ヒントになったかな? よし! それじゃ、レッツゴー!」


 ヨタヨタと、もぐら悪魔が進み出る。 


「グ、グラァ……? 大悪魔様、グラか……? グララのこと、覚えてるグラか……? 大悪魔様の教え子のグララグラ。グララの胸に刺さったこれ、何かの間違いグラよね……?」


「グララか……。吾輩、どうやら、お前のこと嫌いだったみたいグラ」


「グラ~! なんでグラ!? グララ、あんなに優秀だったグラのに!?」


「語尾にグラって付けてるとこがバカ丸出しで嫌いだったみたいグラ。今、貴様の真似して話してるけど、非常に不快グラ。ゲーム関係なく死んで欲しいグラ」


「そ、そんなぁグラぁ~!」


「あ、それから!」


 大悪魔は、グララを無視して話し出す。


「吾輩、力を取り込んでパワーアップしたから、より強い魔物を生み出せるようになったんだよね! ってことで、これから各階層に一体ずつ『番人』を配置しとくから頑張って倒してね~! じゃ、チャオ~!」



 とぷん──。



 言いたいことだけ言いまくり、大悪魔テス・メザリアは床の中に溶けていった。


「え、いや、ちょっと……!? 怒涛の展開すぎて頭がついていかないんだけど!?」


「え? つまり、残り一日と十二時間三十〇分の間に、トラップを九十何個発動させて、二十五階層まで戻らなきゃ、オレたち全員……死ぬ……ってこと……?」


「うん、そういうこと……だな、うん……」


「しかも、強い魔物を各階層……計五十体も倒さなきゃいけないのか……? 残り一日半で……」


「なんで……! なんでオレたちまで巻き込まれなきゃいけねぇんだよ……! こんなのフィードの……フィードのせいだろ、全部……!」


 混乱に陥るクラスメイト達。

 当然、オレがみんなを落ち着かせるべきなんだが、強い魔物が五十体……。

 あの巨大蟻にすら苦戦してたオレたちだぞ……。

 スキルもほとんどない状態で、そんな相手にどうしろってんだ……。



 絶望。



 どうやら、オレの付け焼き刃のリーダー性じゃ乗り切れない状況に陥っちまったようだ。

 それに、オレも、こいつらのことを「当事者じゃないから気楽なもんだな」なんて思ってイラついてた。

 しかし、実際にみんなが当事者になっちまうと、こうもめちゃくちゃになるとは……。


「オイっ! なにグズグズしてんだ! オレたちは下に向かうからな! テメェらもさっさと上に向かって番人ぶっ倒してトラップ発動させてこい! オラ、グララ! ついてこい! 間に合わなかったら死ぬぞ!」


「グ、グラァ~……グララ、馬鹿じゃないグラァ……」


「うるせぇ! テメエぇは馬鹿だろうが! なんでもいいからさっさと来い!」


「そんなグラぁ~……」


(ウェルリン……。下の方が階層が多くて魔物の数も多いはず。たとえリサが目的だったとしても、この状況下で、あの威勢はありがたい……)


「よし、みんな、まずは一階層を目指そう」


 気力を奮い立たせてオレがそう言った時。


「リ、リーダー……う、後ろ……!」



 ズゥン……ズズゥ~ン……。



 振り返ると、この階層の番人──ゴーレムが、オレたちへと向かって歩いてきていた。



 【ガイル、ライマ、ルベラ、ヘイトス、サバム、キュアラン、ロンゾ、、エモ、ゲルガ、マイク、ミック、デュド、スラト、ウェルリン、ホラム(インプ)、グララがゲームに強制参加】

 【タイムリミット 一日十二時間二十八分】

 【残りのダミー扉 九十六個】

 【現在のダンジョン内生存人数 十七人】

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