第67話 ナンバー2✕2

(くそ……! どうして私がこんなことに……!)


 バンパイア、ゾルべは苛立っていた。

 ボスの不良娘を探しに学校やってきたらこれだ。

 地面に空いた巨大な穴。

 嫌な予感しかいない。

 しかも、ゾルべを招き入れるかのように、目の前に一人用サイズの穴が空いた。


 誘ってやがる。

 ハァ……ろくなもんじゃない。

 誘いってのは、乗るもんじゃなく、こっちがかけるもんだ。


「ペッ!」


 この状況を見てるのであろうどこかの誰かに向かって唾を吐きかけると、執事ゾルべはジャケットを丁寧に折り抱え、スロープの中へと身体からだほうった。



 ◆



「おやおや……こんなところにローデンベルグ家の執事さんとは……。こりゃ、お宅の絡んでる喧嘩ってことかい……?」


(ああ……やっぱり罠だったか……)


 ツヴァ組の若頭ワンゴ。

 腹にサラシを巻き、金と青のガラの悪いはんてん、半ズボン、下駄という東洋のヤクザスタイルの狼男。口には草を咥え、胸元には紐に通した木札が揺れている。

 魔力よりも力によるゴリ押しをモットーとする男。

 部下からの信頼も厚いとの噂。


 それと、他に七匹。

 全員が狼男だ。おそらく部下なのだろう。

 当然気をつけるべきなのだが、ワンゴほどの危険な雰囲気は纏っていない。

 ここでの交渉──当然その交渉には戦いも含まれている──を行う相手は、若頭のワンゴで間違いないだろう。


「……お嬢をさらったのはお前らか?」


 交渉の基本。

 それは相手の話に乗らないこと。

 そうやって向こうのペースを乱し、こちらが全てを掌握する。

 もう、すでに戦いは始まっているのだ。


「お嬢? お前、今ごろ馬鹿令嬢を探しにノコノコやって来やがったのか!? すっとろいにもほどがあるだろ!」


 ムワッとした獣臭を漂わせながら、狼男連中がガハハと下品な笑い声を上げる。

 私はハンカチを鼻に当て、眉をしかめた。


「口臭、体臭、土の匂い。それらから判断するに、お前たちは半日ほど前からここにいるようだ。で、半日も何をしてたんだ? 穴掘りの練習か? 狼男じゃなくてもぐら男にでもなったのか?」


「あぁん!? なんだと、てめぇ!?」


 案の定ノッてきた。

 この手の馬鹿は煽るに限る。


「その様子だと、なんらかのアクシデントでここに閉じ込められた。しかも半日前に。さらに、そんな状態にも関わらず、状況を打破できずに雁首揃えてここでウダウダと時間を費やしてた……って、ところか?」


 ワンゴたちの足元を覆い尽くす赤紫色の巨大な蟻の死体については、あえて触れない。

 おそらくここは、あの蟻の巣かなにかだろう。

 学校の地下に巣食っていたアリの巣の中に、なにかの拍子で地盤が沈み込んだとか、そういう話に違いない。


 だとすれば。


「あぁ!? やっぱ喧嘩売ってんだろテメェ! これも全部テメェらの仕業か!? あぁ!?」


 確認すべきことは二つだけ。


「なぜここにツヴァ組がいる? それと、お嬢はどこだ?」


「ハハッ! テメェ、なんも知らないんだな! アホ面下げてお昼寝してるバンパイア様だもんな、そりゃ知らねぇか!」


「いいか? これは取り引きだ。こちらが教えるのは──この蟻と私達ローデンベルグ家の関係。それに、ここから脱出する方法について私が知っていること、だ」


 蟻とローデンベルグ家に関係なんてない。

 こんな蟻、見たのも初めてだ。

 ここからの脱出法も、もちろん知らない。

 カマだけかけて、一つでも情報を引き出せれば儲けもの。

 そういう交渉だ、これは。


「やぁ~~~っぱりテメェらが関係してんじゃねぇか! ボンをどっかやったのもテメェらの仕業だな! 話すことなんかなんもねぇ! おめえら! このいけ好かねースカしたメガネ野郎を血祭りに上げるぞ!」


合点オウっ!」


 ふむ……。

 ボン──ウェルリン・ツヴァのことだな?

 向こうのせがれも、この巣穴の中に?

 こいつらはそれを探しに来た?

 そして、まだ見つけられてないということは、まだ奥深くに人がいるということか。

 そしておそらく、お嬢もそこに。


 それだけわかれば十分だ。

 こちらの情報は一切与えずに、大まかな状況を把握することが出来た。


 狼男が計八匹。

 厄介だ。

 生きて帰れるか?

 いくら私が不死とはいえ、相対あいたいするのは敵対組織のナンバー2と、その部下たち。

 万が一ということもありうる。


 さいわい、今は夜。

 しかも、ここは薄暗い。

 バンパイアにとってやりやすい場所だ。

 

「仕方がないな。こういった暴力沙汰は私の本分ではないのだが……」


 少しネクタイを緩め、手に持っていたジャケットを羽織る。


「へっ、これから暴れようって時に上着を着るのかい? どうやら、お宅のナンバー2さんは喧嘩慣れしちゃいないらしい」


「そうだな、喧嘩慣れはしてないかもしれない。なにしろ私が戦ってしまうと、喧嘩ではなく────虐殺になってしまうから」


 パチンと指を鳴らす。


穿つらぬけ、【幻影針インペイルメント】」



 ズドドドドドドドッ!


「ぐはぁ!」


 ツヴァ組組員の二匹の体の内部から現れた無数の針が体を貫く。


「ギャズっ! アオラっ!」


 即座の絶命。

 今の針はただの幻影だ。

 だが、その幻影は相手の心に『本当に貫かれた』と思い込ませるだけのリアリティーを伴っている。

 相手にとっては、実在するものと何一つ変わらない。

 しかも、それは幻影ゆえに、いついかなる場所にでも、どういう形にでも発生させることが出来る。

 だって、それは幻影なのだから。


「う~ん……喧嘩、というやつはまだ始まらないのか? どうやら、始まる前に終わってしまいそうなんだが?」


 頭脳戦でも、肉弾戦でも、負ける気はしない。

 ローデンベルグ家のナンバー2は伊達じゃない。

 これまでに幾人もの邪魔者をほふってきた。

 まぁ、ほとんどは暗殺だったので、誰も私の力を知らないのは当然なのだが。

 準備さえ整えば、組長ドンのランド・ローデンベルグ──バンパイア・キングを始末して魔界を統べてしまおうとさえ思っている。

 ま、それはあくまで最終目標。

 決して容易たやすくないことも十分に理解している。


(まだだ……まだ私の天下のときは訪れない……。だが、このツヴァ組ナンバー2を狩って、さらにウェルリン・ツヴァの首も手土産に持ち帰れば、組の重鎮どもを一気に私の方に……)


 そんな皮算用をしていると、若頭カシラのワンゴが思いもよらぬことをしだした。



「うおおおおおおおおおお! 【犠侠拳チバルリー・ナックル!!!】」



 攻撃が来る──と思って身構えた私を無視して。



 ズボォ──!



 死んだ仲間の胸に拳を突き刺し、心臓を掴み出して貪り食ったのだ。


「ギャズぅ! アオラぁ! お前らのカタキは……絶対にオレが取ってやるからな! 兄弟の契りを交わした仲間の心臓を食えば食うほど強くなる、このオレのスキルでぇっ……!」


 ………………は?

 義兄弟の心臓を食えば食うほど強くなるスキル…………?

 イカれてる、完全にイカれてやがる……。



 【イ、幻影針インペイルメント……!】



「ガァッ!」



 バキバキバキ──!



 体内から現れた針を、気合いで打ち砕くワンゴ。


「テメェら! あの針は、まやかしだ! 気合い入れてりゃ、通じねぇ! 気合い入れろや、お前らぁ!!」


合点ウスっ!」


若頭カシラァ! オレたちゃ、いつでもカシラの血肉になる覚悟出来てます! オレらが死んだら、迷わず食ってください!」


「テメェら……! これ以上、犠牲は出させねぇよ……。こんな皮肉なスキルの犠牲になるのはギャズとアオラで最後だ……」


 

 このワンゴとか言う狼男、たった二人を食っただけで私の幻影針インペイルメントを弾き飛ばすとは……。

 ヤツの部下は、残り五人。

 この五人を殺さないように戦わなければならない。

 でなければ、奴はまた心臓を食って、さらに強くなってしまう。


 これは────面倒な相手だ。


 獣人風情といえど、六匹を相手に加減して戦う。

 しかも、ここは未知の領域。

 すでに前後を塞がれている。

 おまけに今宵は、満月ではないといえ月も満ちてきている。


 戦いの落とし所は、どこか。


 すでに仲間二匹をられてる向こう側は、簡単には引き下がらないだろう。

 長期戦の構えしかない。

 時間をかけ、相手の気力を奪い尽くす。

 それから吸血し、ワンゴを眷属化させる。

 それしかない。


(ああ……男の眷属だなんてゾッとしないね……)


 だが、やるしかない。

 己が生きて、この巣穴から出るために。



 ◆



 戦いは長期に渡った。

 弱体化を余儀なくされる昼間を小手先の幻影で乗り切ると、再び夜の気配がシミシミと体にまとわりついてきた。

 バンパイアの私は再び力を増し、月がさらに満ちたことで狼男の力も増している。

 途中、赤黒かった周囲の壁が作り変えられ、まるでダンジョンかのような様相に変化したが、生き死にをかけて戦っている私達にとって、それは些細なことだった。


 そして今。


 ワンゴの部下の最後の一人を、思わず殺してしまった。

 仕方がなかった。

 一日がかりの戦い。

 相手は六匹。休みを取りながら戦える。

 対するこちらは一人。息つく暇もない。

 いくら不死とはいえ、永久に動き続けることはできない。


(ああ……ワンゴ……お前の喉元に食らいつき、我が眷属にしてやりたい……ワンゴ、ワンゴ……)


 一日の戦いを経て、目的は執着へと変貌を遂げていた。


「うおおおおおおお! バルグ! ニル! キャンチ! アオラ! ギャズ! ハヨト! ギガム! お前らの命は決して無駄にはしねぇ! オレが、今からあの腐れバンパイアをぶっ殺す!!!!!!!!!!!!」


 ああ……またワンゴをパワーアップさせてしまった……。

 もう、眷属化は無理そうだ。

 あの体毛の硬さ。

 私の牙は、もう貫けないだろう。


 べチャリ。


 最後の部下の心臓を食らったワンゴが、食いかけの心臓を投げつけてくる。

 宙に舞った血しぶきをぺろりと舐め取ってかわすと、かすかに体力が回復するのを感じた。



! ! ! ! ! 【犠侠拳チバルリー・ナックル!!!!!!!!】」


「くっ……! 防げっ! 【幻影針インペイルメントっ!!】」



 ドガァァァァァァァァァン──!



 ありったけの魔力を込めた幻影の巨大な針は、極めて実存に近い存在として顕現し、もはや岩をも砕くようになったワンゴの拳を受け止める。



 ブッシュゥゥゥゥゥ……。



 拳と針。

 二つの摩擦が熱を生み、辺りに水蒸気を発生させている。



「くっ、くっ、くっ……」



 漂う霧の中、どこからか笑い声が聞こえてきた。


「あぁ!? このに及んで随分余裕があるじゃねぇか!」


 違う。

 今のは私の声ではない。

 私には、もはやそんなブラフをかける体力すら残っていない。



「美味しかった……美味しかったよ……ワンゴ。そして、ゾルべ」



 上。

 見上げる。

 逆さに立っている男。

 赤と白の大きな水玉のスーツ。

 金髪でもさっとした髪を片手でかき上げている。

 ニヤニヤと人を馬鹿にしたような目。

 病的なまでの真っ白な肌の色。


 人間──? いや、これは────悪魔か?


「ああ、やっと思い出せた。全部じゃないが、かなり思い出せたよ。君たちが殺し合ってくれたお陰で。いい養分を送ってくれたから、やっと進化できた。これでダンジョンを意のままに操れる。くっくっくっ。これでフィード・オファリングも怖くない。って、ん……? 今、フィード・オファリングは、このダンジョンにいない……? そんな、どうして……! 穴? 穴が開いてるのか? 一体誰が……」


「おい、テメェ! いきなり出てきて何なんだテメェは! 今、いいとこなんだから、引っ込んでろって!」


 ワンゴが地面を踏みつけ、そのすさまじい爆発力の反動でギュギュンと宙に跳ぶと、謎の逆さ男に殴りかかった。


 が。


 ストン。


「……っと……あれ?」


 拳は空を切るどころか、『跳んでいたワンゴの足元に、いつの間にか地面が出来てた』。


 あの狼男は馬鹿だからわかってないみたいだが、私はすぐにわかった。

 こいつは──。



 んだ。



 こんなことが出来るとすれば、それはいわゆる『ダンジョンマスター』。

 つまり、ここはダンジョン!

 そして、それも悪魔がマスターを務める最悪のダンジョンだ!


「ワンゴ! 一旦休戦だ! 二人でこいつを倒すぞ!」


「あぁ!? なんでテメェに命令されなきゃいけねぇんだよ! テメェも、あのニヤケ野郎も両方ぶっ飛ばすに決まってんだろうが!」


「くっ……これだから馬鹿は嫌いなんだ! 【幻影針インペイルメント!】」


 ズドカァ!


 地面から、悪魔に向かってほぼ実存の巨大針を突き出す。


「……ふん、ほぼ実存する幻影の針か。くだらん」


 ドガァ、ドガァ、ドガァ!


 地から伸びる巨大針は、天井から伸びてくる壁を次々と貫くも、悪魔の一歩手前で分厚い壁に阻まれ、動きを止める。


「くはっ! ちょうどぴったし! 目の前で防げた! 吾輩の計算通り! う~ん、進化しても吾輩、天才!」


 タッタッタッタッタッタッ。


「……ん? この足音は?」


「針は攻撃のためのものじゃない。お前へと届ける、超弩級の大砲の発射台だ」

 

「おらぁ! 死にさらせぇ! ぽっと出の脇役がよぉぉぉぉおおおおおおおおお! 【犠侠拳チバルリー・ナックル!】」



 ドガァーーーーーーーン!



 勢いをつけて振り抜かれたワンゴの一撃は、石壁ごとぶち抜いて悪魔を捉えた。


「ハッ! 即席にしちゃあ、なかなかなコンビネーションじゃないか! 伊達に一昼夜殺し合ってなかったってことか!」


「こちらとしても、テメェのくだらない小細工なんかお見通しよ! ま、今回だけは、あえて乗ってやったがな! さぁ、邪魔者は消えたことだし、続きといこうぜ!」


 ガチンと両の拳を合わせるワンゴ。


「ちょっと待て。奴は悪魔で、おそらくここのダンジョンマスターだ。今ので死んだとは到底……」


「その通ぉ~り」


 私とワンゴの間に、悪魔がズズズ……ときた。


「なな、なんだこいつ……!」


「なんだ? なんだとはなんだ? まさか、この超次元的存在、悪魔族序列第一位の大悪魔、テス・メザリア様に向かって言っているのか?」


「なっ──!?」


 よりによって、ダンジョンマスターが大悪魔!?

 こりゃあ……ちょっと、いくらなんでも私の手には負えないぞ……。


「あぁ? なんだよ、大悪魔って? 大悪魔だろうが小悪魔だろうが、死ねば死ぬだろ。おら、メガネ! もういっちょ行くぞ!」


 馬鹿のワンゴはやる気満々で構えている。


「んん~、小手先浅知恵型のゾルべと、禁断のスキルで強化されたワンゴかぁ~。面倒だなぁ、面倒だ。あとの吾輩の目的は、フィード・オファリングとのゲームだけなのに。よし、君ら、もう用済みだから追放っ」


「え? は?」


「おい! なんだよ、ゲームって!」


 急にダンジョンがうねり出し、私たち二人を飲み込むと。




 私は、地上──学校跡地ちかくの森の中へと放り出された。




 【ワンゴ、ゾルべ追放】

 【タイムリミット 一日十四時間五十九分】

 【残りのダミー扉 九十六個】

 【現在の生存人数 二十二人】

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