第56話 太ももの感触

 フィードたち一行が守護ローパープロテムの掘ってきた穴を通ってローパー王国ララリウムへと向かっている時、フィード達と別れたオルクチーム十六人は、二十五階層の果てへと辿り着いていた。



 【二十五階層】



 なんとなくリーダーっぽいポジションに置かれてしまっているオークのオルクは思った。


(なんでこんなことに……)


 いや、まぁ、たしかに。

 たしかに、フィードたちと反対側の立場につくことを最初に表明したさ。

 え、でも。



 なんでオレがこうやってクラスメイトたちの先頭を歩かされてるわけ?



 え、先頭とか一番危ないじゃん。

 ここまでの道のりでもトラップとか結構あったじゃん。

 で、その被害に遭うのって先頭を歩いてるオレじゃん。

 え、タロスのロンゾとかの方がよくない?

 ほら、彼、青銅だから。

 もしくは、全身鎧のデュラハンのヌハンとかさ?

 どう考えても、なめし革の胸当てと腰みのしか着けてないほぼ半裸なオレは、ふさわしくなくない?


 でも、なぜかオレは今こうやって先頭に立たされている。

 ああ、元々はミノタウロスのミノルとか、オーガのオガラの方がリーダーポジションだったのに……。

 まぁ、二人とも死んじゃったけど……。

 それか、セイレーンのセレアナ……は、なんか向こう側に行っちゃったし……。


 っていうか、スキルまだ奪われてない奴ら──奴らっていうか女子ばっかだけど、あいつら揃ってフィードの方に行ったのズルくない?

 おかげでこっちに残ってるスキルは。


 【石肌ストーン・スキン

 【発熱フィーバー

 【変身トランスフォーム

 【擬態ミミクリー


 これだけなんですけど?

 いや、ここまでは運良くギリギリで誰も死なずに切り抜けてこられたけどさぁ……。


 これ……。


 二十五階層のどん詰まり。

 そこに見えるのは、上り階段と──。


『 で ぐ ち 』と書かれた、馬鹿みたいな彩色の扉。


 う~ん、これ……あからさまに怪しいよなぁ……。


 こんな時、フィードの鑑定があれば……。

 それかルゥかリサの真っ当な意見を聞けたり……。

 パル……は、まぁ関係ないか……。

 とにかく、あいつらなら、さっと解決するんだろうけど……。


 チラッチラッと後ろの様子をうかがってみるが、誰もなにも言おうとしない。

 ミノル、オガラ、セレアナ、カミラという主張の強い連中が抜けた今、オレたちのチームはわりと大人しい性格の奴らが大半を占めていた。

 大人しい。

 悪く言えば、他人任ひとまかせ。

 気が強い方のメデューサやヌハンも、スキルを奪われて自信をなくしているようで、ダンジョンを進むにしたがって元気がなくなってきていた。


 それに、喋れない魔物だっている。


 コカトリスのトリス。

 マンドレイクのマイク。

 ラスト・モンスターのスラト。


 このあたりは、意思の疎通が難しい。

 時間をかければ出来ないことはないが、この制限時間が設定されたダンジョンにおいては、彼らの意見を聞こうとする行為は時間を無駄にするデメリットのほうが大きい。

 となれば、秀才のケンタウロスのヘイトスか、真面目なタロスのロンゾあたりに意見を聞きたいところだが……。


「なぇ、ヘイト……」


 半人半馬のケンタウロス、ヘイトスに意見を求めようとした、その時。



「おっ、『でぐち』って書いてあるじゃん! おいおい、もうクリアーかよ! ラッキー! 早かったな!」



 スキル「狡猾モア・カニング」を奪われ、めっきりと警戒心をなくしてしまったデーモンのエモが、ドアノブに手をかけた。


「おいっ! エモっ! お前、なに──」


 カチリッ、という音がして──。



 ブシュウゥゥゥゥゥゥ!



 と、ドアノブから煙が勢いよく吹き出す。


「やべぇ! 即効性の毒や石化だったら終わりだぞ! みんな、逃げろっ!」


「逃げろって言われても!」

「どこに!?」

「上に階段あるだろ! のぼれよ!」

「ばっか! ガス上に来るだろ!」

「ちょっと! 押さないで……ケラケラ!」

「押して……ケラ……ねーよ! ケラケラケラ!」

「ギャハハっ! 楽しくなってきたがった!」

「オラっ! 押せ押せぇ~! ヒャ~ハッハッ!」

「ゲラゲラゲラゲラ!」

「ファファファファファ!」


 ああ~! マジでなんなんだこれ!

 っていうか「ファファファ!」って誰の笑い声だよ! ジジイかよ!

 どうすりゃいい!?

 周り、みんなパニックじゃねぇか!


 …………そりゃそうだ。

 だって、オレら、ただの子供に過ぎねぇもん。

 さっきまで一緒に行動してたフィードやリサ、ルゥがしっかりしすぎてただけだ。

 そうだ、これが普通なんだ。

 あいつらがおかしい。

 一緒にいる時は、オレもつられて大人ぶったこと言ったりしてたけど、オレなんてしょせん、ただミノルとオガラがいない間にイキってただけのガキじゃね~か。

 こんな、みんなを率いていくようなタマじゃね~んだよ、オレは。


 頭を低くして出来るだけガスを吸い込まないようにする。

 そして、半ば諦め気味にぼんやりと後ろを振り返る。

 全員が笑いながら床に転がっている。


 ああ、なんつったっけ、こういうの?

 笑気ガス? だっけ?

 授業でやってたな、そういえば。

 そんなトラップなんざ関係ねぇよと思って、ちゃんと聞いてなかったけど。

 もし、真面目に聞いてたら、なにか変わったりしたのかな。

 先生……死んじゃったんだよな……。

 もっと真面目に授業受けておけばよかったな……。


 ケラ。

 ケラケラケラケラ。


 笑いが込み上げてくる。


 ああ、これ、笑って息できなくなる感じなんだ。

 あ~、苦しいなぁ。

 苦しい。

 オレですら、こんなに苦しいんだ。

 体力のないやつらなら、もっと苦しいだろうなぁ。


 薄ぼんやりとなっていく視界。

 そこに、ふと一人の魔物の姿が目に入る。


 マンドレイクのマイク。

 十五センチほどの人参程度の大きさ。

 移動スピードが遅いため、常に誰かに運んでもらってる。

 おそらく、このダンジョンに存在する最弱の存在。

 そのマイクが、床に転げたまま痙攣し、少しずつ動きを弱めていっている。


 マイク。

 たしか、石化されて死にそうになってたフィードを助けたことがあったんだっけか?

 すげぇなぁ~……あんな小さいのに。

 他人を、しかも、あのフィードを助けるだなんてさ……。

 でも、もう死にそうだなぁ~。

 まぁ、そうだよな、弱いもんな。

 やっぱ、弱い順から死んでいくんだな、こういうの。

 オレたち、魔物だもんな。

 弱肉強食。

 それが魔界のルール


 そう、弱肉強食。

     弱肉強食。

      弱肉強食。

       弱肉……強食………………。




 って………………。




 なぁ~にが……弱肉強食だボケぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!




 フィードは、クソ弱い人間の女二人を守って生き抜いてたじゃね~か!

 オレがこいつらを守れないのは、オレが魔物だからか!?

 ちげ~だろ!

 弱いからだよ!

 ああ、弱い!

 オレは、よえ~よ!

 人間以下だ!

 思い知ったよ!

 学校でも!

 そしてここダンジョンでも!


 でもっ!

 それでもっ!

 

 オレより弱い奴らを救うくらいの強さがオレにあってもいいだろ!!!

 マイクは、こんなによえ~のに、あのクソ強いフィードを助けたんだぞ!

 オレなら、マイクの一人や二人助けるくらい朝飯前だろ!

 ああ、ついでに!

 スラトも!

 トリスも!

 ゲルガも!

 サバムも!

 キュアランも!

 ああ、めんどくせぇ!

 全員助けてやるよ、オレが!

 弱いオレが助けてやる!


「ミック! ケラケラケラ!」


 痛む腹筋をこらえながら、ミミックのミックの元まで匍匐前進ほふくぜんしんで進む。


「ケラケラ! ミック、ケラ! う、うちわ! ケラケラ! くそでけぇ団扇うちわになってくれ……! ケラケラケラ!」


 ひきつけ状態だったミックは微かに顔をあげ、ドロリと溶けて銀色の粘体になると、巨大な団扇うちわへと擬態した。



「うぉおおおおおおおおおおお!」



 ブゥンっ! ブゥン! ブゥーン!


 意識はない。

 ただ、体だけは動かし続けてたはずだ。

 のぼりの階段の方へ向かって。

 何度も。

 何度も。

 何度も。

 何度も。

 何度も。

 別にここで死んでもいいと思ったから。

 クソ弱いオレが、誰かを助けて、それで終われたなら、オレのわりには上出来だと思ったから。

 クソみたいな人生。

 クソみたいな環境。

 クソみたいな種族。

 クソみたいな、オレ。

 エリートだなんだと期待されて学校に来てみたら、周りにいたのはオレよりはるかに凄い種族の奴らばっかり。

 悟ったよ。

 オレなんか大したことないって。

 凡人なんだって。

 井の中のかわずだったって。


 そんなオレが、誰か一人でも助けられるのなら。

 動け。

 体。

 動かして、動かして、動かして。

 人よりちょっとだけ体力が優れてる。

 体力値2394……だっけ?

 それだけがオレの取り柄なんだから。

 フィードみたいにかっこよくなくても。

 誰か……だれか一人くらい助けられれば……本……望………………。




 ●




 柔らかい。

 目を開ける。


 胸。

 ボンテージ。

 潤んだ瞳。

 サキュバスのサバムに膝枕されてるっぽい。 


 わっ!


 という、みんなの声が聞こえる。


 ああ、生きてたんだ、オレ。


 どうやら、みんな無事だったみたいだ。


「リーダー!」

「生きててよかった!」

「ありがとう、リーダー!」

「オルクこそ、オレらのリーダーだよ!」


 は?


 リーダー?


 おいおい、リーダーだなんて勘弁してくれよ……。

 オレは、そんな器じゃね~んだよ……。


 そう言おうとしたが、まだ体が起き上がらなかったので。


 ハァ……。


 と、心の中でため息をつき──。


 まだ、もう少し。


 サバムの太ももの感触を堪能することにした。



 【タイムリミット 二日二十時間五十八分】

 【現在の生存人数 五十四人】

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