第57話 閻魔とグララ
【地底】
「──チッ」
不意に訪れた忙しさに、閻魔は苛立っていた。
大悪魔、ワイバーン、ミノタウロス七人、オーガ五人。
今日一日で死に過ぎだ。
ごちゃごちゃうるさい大悪魔を「舌引地獄」へ。
プライドの高いワイバーンを「墮落地獄」へ。
ミノタウロスとオーガ計十二人を「餓鬼地獄」へ。
それぞれ送った閻魔は、もう今日の作業をやめにしたかった。
ドスンっ、と手に持った湯呑みを置くと、重みで机の足がグラグラと揺れる。
この机もそろそろ作り直させるか……。
とはいえ、これから先も何百年、何千年、代わり映えのない同じような作業をしていかなければならない自分の身を思うと、この壊れそうな机を今取り替えようが十年後に取り替えようが、さほど大した違いはないように思える。
むしろ。
このグラグラした不安定な状態の方が、自分に刺激を与えてくれているような気すらする。
死んだ魔物を地獄に送るだけの仕事。
逆らうやつには実力行使をすることもある。
最初は、それが楽しかった。
己の強さ、雄弁さ、偉大さを示すことが出来た。
が。
それも幾百年かが過ぎる頃には、もうとっくに飽き果てていた。
頼むから、スムーズに地獄に送られてくれ。
それだけが、今の閻魔が思う唯一のことだった。
トコトコトコ。
お仕事AI働き鬼が、書面を持ってやってくる。
「あい。変更が、ありました。あい」
その小さな体が差し出す書面を、
「どれどれ……?」
以下の者たち、来獄中止也
オルク
ガイル
ライマ
ルベラ
ヘイトス
トリス
サバム
キュアラン
ロンゾ
エモ
ヌハン
ゲルガ
マイク
ミック
デュド
スラト
以上、十六名。
お~、死ななかったのか。
よかったよかった、これ以上来られても面倒なだけだ。
しかもガキ十六人なんてホント勘弁願いたい。
下手したら残業になっちまう。
今日はもう終わりにして、さっさと帰って小説の続きを執筆するんだ。
英雄こと自分──閻魔王が地上に転生して猿の身に憑依し、悪の化身魔神サタンを倒す小説。
昨日は卑しい豚をとっちめて手下にするところまで書いた。
次は、水の精霊にでも会わせてみるか……。
書き終わったら、人間界に送り付けて出版させ、魔神サタンの地位を少しずつ落としていくんだ。
自分をこの仕事に何万年も縛り付けている魔神サタン。
最初の頃は、ぶち殺してやろうと何度も謀反を画策していた。
だが、失敗する度に心が折れていって、今やこうやって地味な嫌がらせをすることくらいしか出来ない。
というか。
むしろ、小説を書くこと自体が楽しくなっちまってるってんだから、はなはだ本末転倒だ。
今までに長編、短編あわせて十三本を人間界のいわゆる製本会社に送り付けているんだが、未だに刊行されたという話は聞かない。
きっと自分の実力不足なのだろう。
人間たちに認めさせるようなファンタスティックでエキセントリックな作品を書かなくては。
久々に持つことの出来た目標。
今の閻魔の生きがいと言ってもいい。
さてさて、登場させる水の精霊の名前は何にしようか。
水だからジョウロ……ジョーロ……ジョーゴ……う~ん……サラサラな水のジョー……ゴ……? サ……ジョーゴ……サゴジョ……? サゴジョー……? う~ん……。
ま、いいか、帰って考えよう。
つま先のくるんと丸まった靴の反動を利用して立ち上がり、颯爽と帰ろうとした閻魔は、足元にまだAIが立っていることに気づいた。
「なんだ? まだなにか?」
「あい。こちらが追加の書面です。あい」
ハァ~~~~~~~~~……。
地の底まで響きそうな……いや、地の底で溜め息が響く。
ガックシと肩を落として書面を受け取ると、ズズズ……とずり落ち気味に椅子にもたれかかる。
投げやりに書面に顔を近づけ、読み上げる。
「なになに……? ミノタウロス九人……オーガ十一人……これが今から……? ハァ………………」
天井を見上げる。
金銀を散りばめた龍の描かれた天井。
こんな地底に空を飛ぶ龍の絵とは、なんと皮肉なことか。
「なぁ……AI……」
「あい」
「これって……残業決定、ってことだよな……?」
「あい」
働き鬼は働くために生まれてきた。
ゆえに労働を苦にしない。
「マジで、もうお前がやってくれよ……この閻魔王……」
「…………」
「いや、そこは『あい』って言わないのな……」
「あい。上司に
「ちゃっかりしてやがる……」
フィード達がローパー王国ララリウムに向かい、オルク達が笑気ガストラップを乗り切り、ウェルリンとインプがフィードを追っている時、閻魔王「閻魔」の残業が決定した。
【十二階層】
もぐら悪魔のグララはご機嫌だった。
なんてったって五百年ぶりの里帰りなのだ。
しかもその途中、へ~んてこりんなダンジョンにぶち当たって、ミノタウロス九人、オーガ十一人という「おやつ」を手に入れることもできた。
「グララララ!」
絶好調、絶好調!
これはいい手土産が出来た。
持って帰ったら、家族も喜ぶんじゃないかな?
よ~し、これ全部持って帰っ……。
まてよ?
もしかしたら、このダンジョン、もっといい「お土産」がいるんじゃないか?
もっと魔力の高い、濃色された、味が濃く、栄養価の高い、お土産が。
思いついたナイスアイデアに、ミノタウロスとオーガ二十人分の返り血を浴びたグララは陽気に歌う。
「グラ♪ グララ♪」
別に急ぐ道のりじゃない。
もうちょっと見て回ろう。
スンスンッ……スンスンッ……。
上と下……に、いっぱいいるな……。
上の方は似た匂いが多い。
同種で群れるのは、大体弱い種族だ。
お土産としての価値も低いだろう。
下の方は、色んな匂いが入り混じってる。
それに……多分、若い……かな?
若いのはいい。
新鮮で歯ごたえもあって、味もいい。
よしっ。
下だ。
【
ズドドドドドド! ジャカジャカジャカジャカジャカ!
「職業:デーモンロードの眷属」その職業特性で得た超削岩能力で、グララはダンジョンを下へ下へと掘り進める。
二十四階層へと上がったばかりのオルク達、十六人へと向かって。
【タイムリミット 二日二十時間二十一分】
【現在の生存人数 三十五人】
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