第55話 進路相談
【二十六階層】
パルが、わさわさと触手を振りながら青黒ローパーをガミガミと叱っている。
たぶん「あんたのせいで大悪魔に逃げられちゃったじゃないの!」とでも言っているのだろう。
青黒ローパーは、その大きい体を限界まで縮めてシュンとしている。
触手も力なくタラ~ンと垂れている。
「まぁまぁ、パル。さいわい致命的な被害は出なかったわけだし……」
そう言って助け船を出すも、逆に青黒ローパーから「じとり」とした目で睨み返される。
え、なんで?
「まぁ、フィードは恨まれて当然よね。だって、ローパーのお姫様に、あ~んなことや、こ~んなことまでしちゃったんだから」
「いやいやいや……リサ?
「そうですよねぇ、フィードさん。あ~んなに何度も抱きついたり……ああっ……! これ以上は、恥ずかしくて私の口からは言えません……!」
「いや、ルゥ? 誤解を招く言い方はやめて?」
ルゥは基本的にはオレのことを全肯定してくれる子なんだけど、たまにこうやって悪ノリで茶化してくるから困る。
ぷるぷるぷるぷる……。
ほら、青黒ローパーも怒りに震えて……って、ええっ!?
ズバッシャーン!
めちゃくちゃ触手尖らせて突きかかってきたんですけど!??
なになに!?
とりあえず……!
【
名前:プロテム
種族:守護ローパー
レベル:26
体力:10466
魔力:2791
スキル:【
守護ローパー!? 普通のローパーじゃないのか? だからパルとは色が違う?
それに、体力値も高い。
スキルの「
オレの頭の中を色々な考えが巡っていると──。
グィーーーーーン!
伸びてきた触手がオレの右足を掴み──。
「!? しまっ──!」
そのまま縮まっていて。
ギュインっ──!
オレを守護ローパーの元へ引き寄せる。
ヤバっ──!
守護ローパーの体表には、鋭く尖った短い触手が何本も待ち受けている。
串刺しにされる──!
地面を掴もうとするも。
スカッ!
すでに宙に浮かされていて手が届かない。
なにか、あの串刺しを防ぐスキルは……。
ああ……ガーゴイルの
いや、でもそれを奪うとガーゴイルは多分、人になっちゃうから……。
じゃあ、他だ。
あと、あと……
ああああああああ、ヤバい、死ぬ、死ぬ、死ぬっ! これ、今までで一番やばいぞっ!
……ハッ! そうだ!
投げなくても手元にいくらでも出てくる、これなら……。
【
ドドドドドドドドッ……!
何十発、いや何百発撃ったかもわからない触手の山、山、山。
それが、オレと守護ローパーの間を埋め尽くす。
「…………ふぅ」
大量の触手の山に阻まれたオレと守護ローパーは、その両端に固定されている。
スパッ!
まだしつこく「ぐぐぐ……」と引っ張ってくる触手を、ブツッと魔鋭刀で切る。
「フィードさん!」
ルゥが駆け寄ってくる。
こういう時に駆け寄ってくるのはいつもルゥだな。
そんなことを思いながら、言葉の通じないローパーとどうやって折り合いをつけるべきか……と考えていると、ツツツ……とパルが守護ローパーに近づいて頭をパコンっと殴った。
パコっ! パコっ! パコパコパコパコパコっ!
ひたすら殴り続けるパル。
頭を抱えてやられ放題の守護ローパー。
「う、うん……とりあえずはパルが収めてくれたみたいだね……」
「はい、そうですね……。って……あっ……すみません、たぶん私達がからかったせい……ですよね……?」
「あぁ、まぁ、今後は気をつけてくれたら嬉しいかな」
「ですよね、あはは……すみません……」
ルゥは申し訳無さそうにはにかむと、緑色のしなやかな髪をポリポリと掻く。
すごく人間っぽいリアクションだ。
つい昨日まで、己の種族性を呪って何事にも消極的だった彼女は、もうどこにもいない。
いや……これが元々の彼女だったのかもしれない。
「そういえば彼、守護ローパーっていう種族らしい。きっと姫様のパルを助けようとしたんじゃないかな」
「守護ローパー……。へぇ、そんな種族がいたんですね。初めて知りました」
ぬるっとオレとルゥの間にカミラが顔を突っ込んでくる。
「おい」
「うわぁ! びっくりしたっ!」
「さっきから、お前たちが言ってる『姫』ってのは、なんのことだ?」
「ああ、そういえば、まだ説明してなかったっけ」
か か し じ
く く か か。
「えぇ!? パルってお姫様でしたのぉ!?」
驚く合流組たち。
「気さくだったし、全然気づかなかった……」
「ヒヒィ~ン」
アルネとケプも口をあんぐりと開いている。
みんなに注目されて、モジモジと照れているパル。
その脇で、守護ローパーが小さくなっている。
「あ、じゃあせっかくだし、彼もパルも喋れないから、代わりにオレが紹介しようかな。彼の名前は、プロテム。種族は守護ローパーだ。スキルは、さっきも見たように触手を伸ばしたり、縮めたり。ステータスは、レベル26、体力10466、魔力2791だ」
「レベル高いわね」
「はい、体力もすごいです」
「頼りになりそうな助っ人じゃねぇか」
ステータスの
プロテム本人は「え? オレ? 今の数値が?」みたいな感じで触手を自分に向けている。
そよそよ~。
パルが「そうだよ~」みたいな感じでプロテムを撫でると、彼は気恥ずかしそうに体をくねらせていた。
「それはいいとしてだ。私達はこれからどうすんだ? このまま元の予定通り、水辺にあるはずの本物の扉を探すか……」
ラミアの言葉にリサが続ける。
「今、守護ローパーが掘ってきた道を辿って脱出するか……ね」
沈黙に包まれる。
「つまりぃ~、フィードたち以外の私達は穴を通って、このくだらないゲームから抜けられるってことですわよねぇ~?」
セレアナの言葉に同意する。
このゲームの契約は、オレ、リサ、ルゥ、そしてオルクの四人と、大悪魔テス・メザリアの間で交わされたものだ。
契約の内容は『場所、形状、一切秘密の一箇所だけある出口。それを探し当てて出られればオレたちの勝ち』というもの。
おそらく、オレたち四人だけは、このまま穴を通って脱出しても契約を履行できずに負けて死ぬことになるのだろう。
悪魔の契約──と言っていたから、このルールが厳しく
逆に、他の魔物たちは、オレたちに巻き込まれてゲームに付き合わされてるにすぎない。
なので、彼の掘ってきた穴を通って、みんなはダンジョンから脱出することが可能だ。
ただ──。
「問題は、その穴がどこに続いてるのか──だな」
すっかり一歩引いた位置から意見するパーティーの参謀役みたいになってきたカミラが、ポツリと呟く。
「ローパーが喋れたらいいんだけどね……」
「聞けばいいよ」
「どうやって?」
キョトンとした顔で聞いてくるアルネ。
「パル。いつもみたいにオレの質問に答えてくれ。イエスなら触手を縦に二回。ノーなら横に二回だ」
ふるふる。
縦に二回。もう、すっかりやり慣れたやり取りだ。
「なるほど。ランプの魔人方式か」
「ランプの魔人?」
「ああ、そうやって何度も『イエス』か『ノー』で話して、最終的にその人の望んだ願望を露わにして願いを叶えるって魔神なんだけど、まぁ、今は関係ないから流してくれ」
へ~、そんなのいるんだ。みたいに思いながら、言われた通りサラリと流して、さっそくパルへ質問をしていく。
「パル、そのプロテムの掘ってきた通路は地上に続いてる?」
ふるふる、横。
「どこに続いてるかはわかる?」
ふるふる、縦。
「そこは、オレたちにとっていいとこ?」
ふるふる、縦。
「もしかして、そこは──ローパーの王国?」
ふるふるふるふるふるふる! と縦に何度も触手が振られる。
「王国なんだ……」
「ほんとにあったんですね、ローパーの王国……」
リサとルゥが驚いた様子で呟く。
「そのローパーの王国から、みんなが地上に出ることは出来る?」
ふるふる、縦。
アルネたちの顔が明るくなる。
そう、彼女たちが助かることが確定したのだ。
「よし、それじゃ決まりだな。セレアナたちは、ローパーの王国に行って、地上に戻ってくれ。出来れば、反対方向に向かったオルク達にも声をかけて行ってくれたらありがたい。あ~、でも、それだとオルクが一人になっちゃうのか……。オルクもゲームの契約メンバーだから、一緒に行くってことはできないもんな……」
「なら、私達も一緒に戻ったらどう?」
「いや、時間内に水辺の扉を見つけなきゃいけないんだ。あまり時間はロスしたくない」
「そうね、じゃあ……」
オレとリサが頭を悩ませていると、セレアナが意外なことをパルに聞いた。
「ねぇ、パルぅ? その王国とやらに行って戻ってくるには、どれくらい時間がかかるのかしらぁ? 一時間? 二時間? 三時間?」
と、時間ごとに区切って質問していくと、十六時間のところでパルが触手を縦に振った。
「ふむ……往復で十六時間……仮眠等を含めても丸一日で帰って来られますのね……」
「いや、セレアナ?」
「わたくしが提言いたしますわぁ! ローパー『王国』というからには、きっとたくさんの大人がいるに違いありませんわぁ! そして、様々な伝記や書物も! つまり! このダンジョンの出口を記すヒントが何かしらある可能性がございますわぁ!」
……大人。
言われてみれば、そうかもしれない。
オレたちは、子供だ。
今、こうやってオレたちは一生懸命もがいてはいるけど、もしかしたら大人に聞けば一発で解決するようなことだったりするのかもしれない。
ゲームの相手、テス・メザリアも子供だ。
規模は大きいが、言ってみれば子供同士のゲーム。
たしかに大人に聞いてみる価値がないとはいえない。
しかし……そちらに心を惹かれるのは、セレアナのスキル【
そこも含めて考えなくちゃダメだ。
もし、
「フィード、今の彼女の言葉は、私も一理あると思う」
「私も思います。でも、もし行って、手がかりが何もなかったら……」
選択肢その一。
着実な扉探し。
ただし、扉を見つけても、それが出口とは限らない。
選択肢その二。
一か八かの王国での聞き込み。
当たればオレたちの勝利。
ただし、もし情報が手に入らなければ、オレたちは一気に死に近づくことになる。
「チームを二つに分ける?」
リサの提案。
「いや、オレは自分の命よりも優先してリサとルゥのことを守るって決めてるんだ。離れたら守ることが出来ない」
シ~ン。
…………え?
……あれ? なんか……変な雰囲気になってない?
「……ああぁ~らぁ! 今のは、ずいぶんと大胆な告白じゃないですことぉ!? フィード・オファリングぅ!?」
「はっ!? こ、こくは……!?」
え、なんか間違えて受け止められてる。
弁解しないと……と思ってると、カミラたちが追撃してくる。
「な~んだよ、そういう関係だったのかよ、お前ら! それならそうと早く言ってくれよ!」
「気づきませんでした……人間同士の
「ひんっ! ぶひひんっ!」
あ~、パルもなんかプルプル震えてるし。
守護ローパーがなぜか嬉しそうなのが謎だけど……。
「いや、ちがっ……みんな、聞いてくれ」
オレは話した。
セレアナから以前聞いた、価値の総量のことを。
それから、自分の意志で人間になったリサとルゥが安全に暮らせる環境を作るまで、オレは命に変えても彼女たちを守ると決めたことを。
そして、その価値の総量の中においてパルもオレよりも高いとこに位置づけられていることも。
「フィードさん、そんなに私達のことを想ってくれてたんですね! ありがとうございます! 嬉しいです! 愛してます!」
「フィードが私達に恩義と負い目、それに責任を感じてることはわかったわ。でもっ! 勘違いしないでくれる!? 私は、守られるだけじゃなくて、フィードを守る事もできるのよっ! 一方的に守られる対象じゃないの! 互いに守り合うことの出来る関係を……その……築いてあげてもいい……って言ってんのよ、この馬鹿フィード!」
直球で感情を伝えるルゥと、回りくどく感情を伝えてくるリサ。
こんな命を左右する状況に置かれているにも関わらず、変わらない彼女たちを見てると、あの夜の教室を思い出して、ふと笑みが込み上げてくる。
「あらあらあらぁ~……。これはもう、冷やかすとかそういう次元の関係じゃありませんわねぇ……。それなら、どうぞ、お好きなまま一緒にいらしたらいいですわぁ。ただ……フィード・オファリングぅ? あなたは今、ひとつ、とてもいいことをしましたわぁ」
あ、なんかセレアナの独演会が始まりそうだなと経験で察知する。
「歌と同じで、自分の考えてることを口に出すことは、とても大事ですわ。そうやって今、気持ちを伝えたことによって、あなたたちの絆は、もっと深く刻まれましたわぁ! そして……それは今後も大事になっていきますわ。心の中で思ってるだけ、頭の中で考えてるだけでは、相手に本当の気持ちは伝わりませんの。それをよ~く覚えておくことですわぁ、フィード・オファリングぅ?」
え、意外といいこと言ってる……気がする。
っていうか、同世代の言う事か?
もしかしたら……セレアナは、過去になにか
想いを伝えることが出来ず、今もなお後悔しているような、なにかそんな経験を。
セレアナの言葉を聞いたパルが、なにかアセアセと困ったような動きをしている。
パルも何か伝えたいことがあるんだろうか、と思っていると。
「とりあえず、パルに聞いてみりゃいいんじゃねぇか? お前らもローパー王国に行った方がいいかどうか」
蛇っぽいガラガラ声で発せられたカミラの言葉が、ストンと胸に落ちた。
「だってさ、そもそもローパー王国なんてのが本当にあるのかわかんねぇし。パルがお姫様だってのも、フィードが勝手に言ってるだけかもしれねぇだろ?」
守護ローパーが怒ったかのように触手を
「で、だ。結局パルの自己申告を信じて成り立ってる話なわけじゃねぇか、これって。じゃあさ、もう全部パルに判断を委ねてみた方がいいんじゃぇかって話なんだよ。パルを信用して」
「たしかに……パルは嘘をつくような子じゃないし……それが一番いいかも……」
「ぶるる……」
アルネとケプも同意する。
リサ、ルゥ、セレアナも納得した意を示す。
パルを見る。
まるで「任せて!」とでも言ってるかのように、ぷるぷると揺れている。
オレは問う。
「パル、オレたちもローパー王国へ行ったほうがいいと思うか?」
二回。
ゆっくりと、そして、しっかりと。
触手が縦に振られた。
【タイムリミット 二日二十一時間四十三分】
【現在の生存人数 五十四人】
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