第45話 ウェルリン・ツヴァ
ツヴァ
────わからないことが多すぎる。
いや、正確には「忘れてることが多すぎる」と言ったほうがいいのだろう。
周りの組員の言葉と照らし合わせてみると、明らかに自分の記憶は抜け落ちている。
それも、ちょっとやそっとじゃなく。
大量に。
組員たちは言った。
「ボン! ルートォンさんのタマぁ取ったガキの決闘を見に行きましょう!」
は? ルートォンがタマを取られた?
あのルートォンだぞ?
オレが子供心ながらに憧れていたルートォン。
伝説的な暴力の
任侠達のスター。
あのルートォンが殺された?
しかも──人間のガキに?
聞くとこによると、そのルートォンとガキの戦う「場」を用意したのは、オレらしい。
だが、そんなことは一切記憶にない。
他にも、スキルが発動しねぇし、毎晩リサちゃんを追いかけてたはずなのにここ一ヶ月ほどの記憶がズルっと抜け落ちてやがる。
だが、そんなこと誰にも話せねぇ。
組員は家族も同然だ。
だが、それは「力」ありきの家族関係だ。
もし、オレが組員達に「力がない」と思われたら、その瞬間に跡目争いが勃発して組は崩壊する。
だから、オレは記憶とスキルを失ったことを誰にも悟らせずに組員たちと話を合わせ、その決闘とやらを見に行くことにした。
…………なんだあれは?
赤髪のチビの人間が、ワイバーンを、大悪魔を、ミノタウロスを、オーガを、次々と
おまけに、バンパイアのリサちゃんが、なぜか日中に校庭に姿を現している。
夢でも見てるのか、オレは?
しかも──スキルを奪う、だって?
オレがスキルを使えないのは、あいつのせいだってのか?
あいつがオレに、なにかしやがった?
そして、リサちゃんにも──。
そう思って混乱していると、大悪魔が死んだ地面に大穴が空いた。
リサちゃんが危ねぇ!
気づいたら駆け出してた。
が。
届かねぇ。間に合わねぇ。
ああ、スキルが使えないから。
スキルさえ使えたら、間に合う距離だったのに。
くそっ!
オレの十年……!
十年間の片思い──!
スキルを奪った……あの人間のせいで……!
くそっ! クソっ!!
人間!!!
今度会ったら、必ず殺す!!!!
『殺す』
何度考えてみても、結局、いつもこの結論に帰結する。
『あの人間を殺して、リサちゃんを救い出す』
そのためには、今の自分は弱すぎる。
もっと。
もっと鍛え上げろ。
スキルがなくても、あの化け物じみた人間を殺せるくらいに。
そうでなければ、オレは今後、自信を持ってツヴァ組を引っ張っていくことは出来ないだろう。
あいつ──あのフィードとかいう人間を殺して。
リサちゃんを、ここから救い出して。
オレはツヴァ組を率いていく。
それがオレのつけなければならない、ケジメだ。
そのために。
鍛えて、鍛えて、鍛えて、鍛えて、鍛えて。
オレは、もっと強くならなくちゃならねぇ。
ズッ────。
暗闇の中。
ウェルリンの研ぎ澄まされた超感覚が、壁から巨大な蟻が湧いてくるのを察知する。
(オレ様は狼男だ、さいわい夜目は効く)
二本の鋭い前脚を持った大蟻と対峙する。
大蟻が、なにかと重なって見える。
(前にもこうやって、誰かと対峙していたような……?)
心がざわつく。
(その時は、こちらの動きを読まれて、カウンターを食らっていた……?)
記憶はないが、そんな「感覚」を体が覚えている。
(上等だ。なら、今度は自分がそれをやってやろうじゃないか。カウンターを「食らわせる」側を)
ジリジリと近づいてくる大蟻。
固い外殻に相当な自信を持っているらしく、その足の運びからは、オレを逃すまいという強い執着を感じる。
前脚の軌道は、おそらく斜めの袈裟斬り。
体の構造上、他の軌道は考えられないだろう。
以前なら、こんなにも相手を観察することはなかった。
ただ、スキルに任せて乱暴に相手を叩き伏せるだけだった。
スキルを失い、弱くなったからこそ身につけた、この相手を観察する能力。
前のように大声を上げる必要もない。
ゆっくりと息を吐き、相手が仕掛けてくる瞬間に先を読んで
ドガァ────!
一撃で砕く。
(うん……だいぶ
大蟻の頭に突っ込んだ拳をズルリと抜き、手のひらで掴んだ大蟻の数少ない可食部をベロリと舐め取る。
これで。
十七匹目、か────。
まだだ……まだ研ぎ澄ませる…………。
オレは、オレ様は……ここで前以上の強さを手に入れて、リサを、ツヴァ組を完璧に我が物にする。
今のオレじゃあ、まだ足りねぇ。
あいつを──フィード・オファリングを殺すには。
バキリ──ッ!
記憶をなくした狼男ウェルリン・ツヴァは、
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