第44話 インプ in オーク

「フィード! こっち来ちゃダメよ! 来たら殺すからね!」


 などと言いながら数回用足しのために暗闇通路に消えていったリサの腹の具合もずいぶん回復したようで、今はみんなパタパタと身支度を整えながら出発の準備を進めている。


「なぁ、この発光ヒカリゴケって持っていけないかな?」


「どうかしら? コケって繊細だから環境変わったら生きていけなかったりするわよ、う~……」


 リサは、食べ過ぎがトラウマになっているようだ。

 お腹を擦りながら、体を左右に捻って体の調子を確認してる。


「そっかぁ~、これ持っていけたら、もしパルになにかあっても心強いのにな。生えてる土ごと持っていったり出来ないのかな?」


 しゃがんでコケに顔を近づける。



 ブンッ──!



 頭の上を、オークのオルクに持たせたデビル・アントの前脚槍が横にぐ。


「? オルク?」


「グルルル……」


「やる気満々なのはいいけど、ちょっとは抑えといてくれな。蟻が出たときには、頼りにしてるから。あ、ルゥ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」


「はい、なんでしょう?」


 オレがすでに立ち去った場所に向かって、オルクはぎこちなく槍を振り下ろしてる。


 ん? 訓練かな?

 やる気は大したもんだが、先のことを考えてもセーブしといてほしいものだ。


「ゥ、ウァ……」


 それにしてもオルクの掛け声、気合が入ってるな。

 唸りながら何度も槍を振り下ろしてるが、オレの通り過ぎた場所、リサの通り過ぎた場所、ルゥの通り過ぎた場所の三箇所ばかりに振り下ろしてるのは、なぜなんだろう。

 まぁ、いい。

 それより、今はダンジョンのことを考えよう。


「ウァ……」


 ブンッ。


 さっ。


 ルゥが頭を傾けてかわす。


「ウァ……」


 ブンッ。


 すっ。


 オレが体をけてかわす。


「ウァ……」


 ブ……ガツンっ!


「邪魔よっ!」


「ウゥ……」


 リサにスネを蹴り飛ばされ、しゃがみこんで泣いているオルク。


「おい、リサ……いくら邪魔でもスネはやめろよ、スネは……」


「だって邪魔なんだから仕方ないでしょ!? 訓練ならパルとやってなさいよ、ほらっ!」


 そう言って、オルクをローパーのパルの前に連れて行く。


「ウゥ……」


 なんだか嫌がってる様子のオルク。


 ふるふるふるふる!


 パルは前脚槍三本を持ってやる気満々だ。


 バシバシバシバシポコポコバシバシ!


 パルは殺してはいけないミニ大悪魔をオルクの目の前に突きつけてから三刀流でタコ殴りにするという、くっそ卑怯な頭脳プレーでオルクを圧倒していた。


 そういや、パルって結構ステータス高かったんだよな……。

 ……って、前からあんなに高かったっけ?


 そう思って、もう一度鑑定アプレイザルしてみる。


 何と言っても、今のオレの魔力は八千。

 もう魔力切れを気にすることなく何回でも鑑定出来るぞ。



 名前:プリンセス・パル

 種族:ローパー

 レベル:23

 体力:5286

 魔力:3142

 スキル:なし



 …………え? あれ?

 なんか、ちょっと上がってない?

 あ、いや、さっき見たときもこんな感じだっけ?

 プリンセスに気を取られてて、ちゃんと見てなかったな……。

 次はちゃんと見ておこう。レベル23、レベル23っと……。


 パルに叩きのめされて倒れてるオルクの元に、リサがそろっと近づいていく。


「オルク、大丈夫? さ、さっきは私が全部触手食べちゃって悪かったわね……。そ、それにスネも蹴って、あの、わ、悪かったわよ……。ほら、そのせいでパルに負けたとか言われるのもしゃくだから、私がこっそり隠しといた、ほら、これ……焼き触手、あげるわ……。え? なんで倒れたまま反応しないの? ほら、この私があげるって言ってるのよ! ありがたくもらっておきなさい! ああ、もう! 仕方ないから私が食べさせてあげるわ! ほら、口開けなさい!」


「ゥゥ……ゥガガ……」


 倒れてるオルクの口に無理やり触手を突っ込んでるリサ。


 うん、食い意地は張ってるけど根は優しい子なんだよな。

 その……感情表現の仕方や伝え方がちょっと不器用なだけで……。


「フィードさん! 準備できました!」


 ルゥの声。ついに旅立ちの準備が整ったようだ。


「もう出来たの!? さすがルゥね! それじゃあ、早速向かいましょう! あ、オルク、それ、あなたにあげるから、後からゆっくり食べてね!」


 そう言い残すと、リサはルゥの元へとタタタと向かう。


「よし、それじゃあ、どこに向かうのかわからないけど、パルいわく『オレたちにとっていい場所』に向けて出発だ!」


「はい!」

「ええ!」

(ぷるぷる!)

「ウゥ……!」


 口から触手を垂らしてるオルク、謎に成長してるっぽいプリンセス・パル、そしてオレ、リサ、ルゥの三人は、現状を打破するべくダンジョンの暗闇の中へと歩を進めた。



 ●



 オルクの中に入ったインプは震えていた。

 インプのスキル【憑依ポ・ゼッション】。

 その効果は「憑依した対象の全ての記憶を読み取り、体を自在に操る」というものだ。


 オルクの記憶を読み取ったインプは愕然とした。

 目の前の小柄な少年。

 どこからどう見ても人畜無害なこの少年が、上位種族ドラゴンの眷属ワイバーンを一人で殺したというのだ。

 それどころか、このダンジョンの元となった大悪魔だけでなく、ミノタウロスとオーガらを十人以上、一撃でほふったという。


 死神──。


 インプには、そのフィードと呼ばれている少年が命を刈り取る死神にしか見えなくなっていた。

 さらには、このフィードという少年。


 なんと他人のスキルを奪うことが出来るらしい。


 はぁ?

 ふざけるなよ?

 そんな奴に囚われてる大悪魔の体を自分が乗っ取るだって?


 不可能だ。


 インプは、そう思った。

 それどころか、もしスキルが奪われてしまえば、自分は、ただ弱いだけの矮小な生き物に成り果ててしまう。

 そうなれば自分は、すぐにデビル・アントに殺され、ダンジョンに吸収されてしまうだろう。


 それだけは避けなくてはならない。

 かといって、このままジッとしているわけにもいかない。

 まずは、あのフィードとかいう少年。

 あいつから殺すんだ。


 ちょうど、こちらに背を向けて油断している。

 よし、今だ。

 この手に持っている槍をいで、あいつの首を跳ね飛ばしてやれ。


 ブンッ──!


 すかっ。


 くそっ、運良くしゃがみ込みやがって……!

 それにしても、体がちゃんと動かない。

 オレの憑依技術が未熟なのか、それともこの体が本能的にこいつらに立ち向かうことを拒絶してるのか。


「? オルク?」


「グルルル……」


「やる気満々なのはいいけど、ちょっとは抑えといてくれな。蟻が出たときには、頼りにしてるから。あ、ルゥ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」


「はい、なんでしょう?」


 よし、また背を向けたぞ。

 今だ、やれ! 殺すんだ!


 すかっ。


 またしても空振り。


「ゥ、ウァ……」


 くそ、全然ダメじゃないか。

 仕方がない……それなら、他の人間二人を狙って……。


 すかっ。

 すかっ。

 すかっ。


 くっそぉ~~~、全然ダメじゃないか、この体……!


 すかっ。

 すかっ。

 ガツンっ!


「邪魔よっ!」


 ぐぁぁぁ……!

 賢能けんのうであるはずの自分が、人間ごときにスネを蹴られて悶絶する。

 それは、インプにとって想像を絶する屈辱だった。


「ウゥ……」


「おい、リサ……いくら邪魔でもスネはやめろよ、スネは……」


「だって邪魔なんだから仕方ないでしょ!? 訓練ならパルとやってなさいよ、ほらっ!」


 人間の女はそう言うと、ローパーをインプの前に連れてきた。


「ウゥ……」


 ローパーは、大悪魔の本体を触手に絡めて拘束している。

 インプが将来的に憑依する予定の対象だ。


 ふるふるふるふる!


 ローパーは、触手に持った三本の槍をゆらゆらと揺らす。

 動きが不規則すぎて、軌道も何も予測できない。

 ろくに動けない自分が勝てるわけない。

 戦う前に、すでにインプは自分の敗北を察していた。


 しかも最悪なことに。


 ローパーは大悪魔を自分の正面に突きつけてくるのだ。


「ゥ……ゥゥ…………」


 大悪魔に気を取られてる隙に、ローパーは三本の槍で容赦なく殴りかかってくる。


 バシバシバシバシポコポコバシバシ!


 インプは思った。 


(うぅ……一体どうやったら、そんな鬼畜な作戦が思いつくってんだ……!)


 と。


(くそっ……悪魔だ……! こいつらは本物の悪魔だ…………!)


 と。


 つい先程まで、この世の全てを自身の知略でものにすることが出来ると思いこんでいたインプは、己の矮小さを呪い、ただただ頭を抱えてうずくまることしか出来なかった。 


 さらに追い打ちをかけるように、金髪の人間の女が邪悪なオーラを放ちながら近づいてくる。


「オルク、大丈夫? さ、さっきは私が全部触手食べちゃって悪かったわね……。そ、それにスネも蹴って、あの、わ、悪かったわよ……。ほら、そのせいでパルに負けたとか言われるのもしゃくだから、私がこっそり隠しといた、ほら、これ……焼き触手、あげるわ……。え? なんで倒れたまま反応しないの? ほら、この私があげるって言ってるのよ! ありがたくもらっておきなさい! ああ、もう! 仕方ないから私が食べさせてあげるわ! ほら、口開けなさい!」


 そう言うと、この体の口を無理やり開いて、触手の死骸を突っ込んでくる。


「ゥゥ……ゥガガ……」


 豚人間オークの喉に、すでに死んで腐敗の始まりかけている触手がぐいぐいと押し込まれ、そこに隠れているインプの体を圧迫してくる。


(ぐ、ぐぁぁ! や、やめろぉぉ! し、死ぬぅぅぅ! なんて……! なんて残酷なことをするんだ、こいつらはぁぁぁあ! 地獄の鬼でもしないぞ、こんなことぉぉぉ!)


 ぐいぐいぐいぐい。


(こ、このまま押しつぶされて……自分は命が尽きてしまうのか…………。大悪魔を乗っ取るどころか……なにも、出来ぬまま……。ああ……もうダメだ、意識が…………)


 自らのせいを諦めかけたインプ。

 しかし、緑髪の人間の発した一言に救われた。


「フィードさん! 準備できました!」


「もう出来たの!? さすがルゥね! それじゃあ、早速向かいましょう! あ、オルク、それ、あなたにあげるから、後からゆっくり食べてね!」


 そう言い残すと、金髪女は緑髪女の元へとタタタと向かっていった。


(あ、あとから……自分で……? つまり……じ、自害しろということか……? あ……あまりに無慈悲……! あまりに残虐……! これが…………人間…………悪魔を超える生き物…………!)


「よし、それじゃあ、どこに向かうのかわからないけど、パルいわく『オレたちにとっていい場所』に向けて出発だ!」


「はい!」

「ええ!」

(ぷるぷる!)

「ウゥ…………!」


 地獄だ……。

 地獄への道の幕開けだ…………。


 囚われた大悪魔を助けることも、成長させることも出来ぬまま。

 逆にインプ自身がオークの中に囚われたような状態で。

 インプ一行のあても知れぬ旅は始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る