第43話 甘~いお食事

 長さ五十センチほどのありの前脚三本、それと目玉付きナメクジのミニ大悪魔を持って、ふるふると触手を揺らす紫色のローパー──パル。


 その本名は『プリンセス・パル』と言うらしい。

 

「たしかに、お姫様ってのは、ありえなくはないわね。エリートが通う私達の学校にローパーなんて低級モンスターが入学できてたのも合点がいくわ」


「でも、お姫様ってことは、どこかにローパーの国があったりするんでしょうか?」


「そもそもローパーってどこに住んでるんだ?」


「さぁ? 森の中とかじゃないの、知らないけど」


 リサ、ルゥ、オルクのパル談義がにわかに盛り上がる。


「まとめると、ローパーばっかの国が多分どこかにあって、パルはそこのプリンセスってわけか……? そう言われると、どこか品があるように思えなくもないような……」


 不思議と、そう見えてくるんだから仕方がない。

 言われてみれば、ローパーって獲物を絡め取るグロテスクな生き物のイメージだったけど……パルは、ずっとなんか可愛らしかったもんな……。

 れてないというか、世間ずれしてないというか。


「っていうか、フィード……。あんた、さっきから何回もパルのこと抱きしめてたけど、それってつまり、お姫様を何回も抱きしめてたってことよね?」


「え、ええっ!? あ……ま、まぁ……」


 言われてみれば。

 女の子だとはわかりつつも、何回か抱きとめてしまってた。

 しかも、うん、モチモチしてた。

 あれ? ちょっと一回、パルがローパーであることを除外して考えてみよう。


『オレは、モチモチしてる女の子を何回も抱きしめてた』


 えっ……これ、ヤバくない……?

 しかも相手が姫って……。


「そ、そんな……! フィードさん、ローパー国の王子様になっちゃうんですか……!?」


 ルゥまで悪ふざけで煽ってくる。


「いやいや、ちょっと……」


 しかも、考えてみればオレは、そのお姫様のスキルを奪うだけじゃなく、無から生み出した謎の触手を食べさせたり? してるんだよなぁ……。

 もし、こういうのもローパー国の王様? とかに知られたらヤバくないか……?


 話題の中心、パルを横目で盗み見てみるが、相変わらずウネウネと動いてるばかりで何を考えてるのかよくわからない。

 ただ、いつも楽しそうだ。


「パルが話せたら話が早いのになぁ……」


 ポツリとつぶやく。

 パルが話せさえすれば、どこに向かってるのかもすぐわかるのに。


「話せなくても、聞けばよくないですか?」


「? 聞いても答えられないだろ」


「大丈夫ですよ」


 ルゥが笑顔で言う。


「ほら、◯✕クイズ」


 あっ──。


「選んでもらえばいいわけか! ◯か✕かで!」


「◯✕だけじゃなく、いくつか答えを用意して、その中から選んでもらえばいいわね」


「たしかに! 早速やろう!」



 ってことで。


「ほらー、パルー。道がクラスメイトのとこに続いてるんならオレのところに来るんだぞ~?」


「パルさーん、あの道が出口に続いてるなら、私のとこに来てくださーい」


「パル、特に何も考えずに進んでるのなら私のところに来て」


「よぅ、パル。もし魔物の棲家すみかに進んでるってんなら、オレんとこに来てくれ」


 しかし、パルはその場に留まって動こうとしない。


「動きませんね……どれも違うのでしょうか……」


「もしかしたら言葉がわからないんじゃない?」


「いや、わかるはずだ……。パル、オレの言うことがわかるなら、ミニ大悪魔を二回持ち上げてくれ」


 ふるふる。


 パルは、ミニ大悪魔を持った触手を、きっちり二回持ち上げる。


「やっぱりわかってるのね……。ってことは、この中に答えはないってこと?」


 ふるふる。


 同じように、ミニ大悪魔を二回持ち上げる。


「パル、お前は道がどこに続いてるかわかってるんだよな?」


 ふるふる。


「そこはどこなんだ?」


 ふるふるふるふるふるふるふるふるふるふるふるふる。


 全身の触手を一斉にふりふりするパル。


「う~ん、わからん……」


「パル、その向かおうとしてるところは、私達にとっていいとこなの? それとも悪いところ? いいところなら私のところに来て。悪いところなら、オルクのところに」


「おい、なんでオレが悪いところ担当なんだよ!」


 するとパルは、迷うことなくツツツとリサの元に移動した。


「キャッ!」


 リサは、近づいてきたパルの体を反射的に抱きしめる。


「あっ……パルの体って始めて触ったけど……なんというか……病みつきになりそう…………」


 リサは、そのモチモチボディーを最初はおっかなびっくりに、次第に大胆にさわさわしている。


 わかる、わかるぞ、その気持ち。


 ルゥが「はぇ~」みたいな表情で、それを見つめている。


 オルクが話を本筋に引き戻す。


「とにかく、これで、お姫様の進む方に行くしかねぇってことだな」


「ああ、蟻対策に出来るだけ固まって行動しよう」


「となれば、次は食料や睡眠をどうするかだが……。さすがに暗闇の中で行き当たりばったりってのは嫌だぜ」


「食料なんだけど、これ、食べられないのかな?」



 【投触手ピッチ・テンタクル



 オレの手の中に現れた金色の触手。

 それを、ポイと地面に放り投げる。

 ぽとりと落ちた触手は、うねうねとうねり続けている。


「うぇぇ……? マジで言ってんのか、お前……?」


「え、マジだけど……」


 落ちた触手にツツツと寄ってくるパル。


「あ、ちょっと待って、パル。ウェイト!」


 ピタリと立ち止まったパルが、悲しそうに触手を揺らす。


「あんた、お姫様に向かって、そんな犬みたいに……」


 うん、それは、オレも言ってから思った。

 でも、なんか自然とこんな感じで接しちゃうよね、パルには。



 【地獄の業火ヘル・フレイム



 効果:任意の箇所から地獄の火炎を放ち、全てを焼き尽くす。



 あら、焼き尽くしちゃダメだな。

 じゃくじゃくで……極小でぇ~……っと。



 ボウゥゥゥゥッ。



 突き出したオレの右の手のひらから細い炎が吹き出す。

 炎を、地面でウネッてる触手にじっくりと吹き付けていく。

 表面に、こんがりとした焼き目が付く頃には、触手のうねりも止まっていた。

 オレは、魔鋭刀を短刀ダガーへと変形させると、動かなくなった百五十センチほどの長さの触手をサクサクサクと切り分けていく。


「あちちち……」


 各十五センチほどに切り分けたうちの一個を手に取ってみる。

 表面はこんがり茶色、中は金色。

 見た目は焼き芋みたいだ。


(一応、っと……)



 【偏食ピッキー・イート



 これで毒が含まれてても大丈夫なはず。

 あとは味だが……。


「あ~ん、っと……はむっ」


 ごくりと誰かの喉が鳴る。


 もぐ、もぐもぐもぐ。


 うん、味も焼き芋だ、これ……。


「甘くて意外とイケるかも」


 意外と思い切りのいいルゥが、触手を手にとってちびりとかじる。


「! たしかに甘いです……何も味付けしてないのに不思議……」


 オルクがそれに続く。


「んん……? むしゃむしゃ、ほとんど焼き芋じゃねーか、これ」


 あ、魔界にも焼き芋あるんだ?


「ちょっと……これ、ほんとに食べて大丈夫なの……?」


 リサは昨夜、人間になったばかり。

 それまで生き物の血を飲んで生きてきた彼女にとって『固形物を咀嚼そしゃくし、飲み込む』というのは、奇異に映ってるのかもしれない。


「ああ、リサは朝までバンパイアだったから何かを食べるっていう習慣がないんだよな。お腹壊すかもしれないから、今は食べないほうが方がいいかも」


「はぁ!? なにそれ!? 私を馬鹿にしてるの!? わ、私だって人間になったんだから食べるわよ! そ、その……咀嚼そしゃく……とかいう下等な生き物の行う、みっともない行為を甘んじて受け入れて……あの、その、つまり……」


 このタイミングで「くぅ」と、リサのお腹が鳴る。


「あぁ、もうっ! なんなのよ、この体! なんでお腹から音がするの!? これだから人間の体は! まったくっ! いいから、それを寄越しなさいっ!」


 顔を真っ赤にしたリサは、オレから焼き触手を奪い取ると、ムシャリと噛み付いた。


「んん────っ!!」


 リサの顔の下半分が弛緩しかんし、瞳孔が大きく見開かれる。


「にゃ……なに、こりぇぇっ!? あみゃっ、あみゃいんりゃけど……!? こ、こんな美味しいものを、人間は……! あぁ、何よ! 何なのよ! フィードの血ほどじゃないけど美味しいじゃないのっ! あ、ちょっと! そこにあるの全部私が食べるからね! あんたたち、手を出しちゃダメよ!」


 あ、これ逆の意味でお腹壊すやつだ……。


「あの、リサ? そんないっぺんに食べたらお腹壊すから……」


「なに!? そんなこと言って私から奪う気でしょ!? この黄金の美味を! いくらフィードでも、そうはさせないんだからねっ!」


 あ、うん……人間になったばかりの勉強と思うしかないっぽいな、これ……。


 そんなオレたちの様子を、ローパーのパルが悲しそうに見てる。


「そうだよな、触手をみんなに食べられていい気持ちじゃないよな、ごめんな」


 パルのミニ大悪魔を持った触手が二回上下する。

 いつの間にか、これが「イエス」の合図として定着したようだ。


「お詫びになるかわからないけど……」


 スキルを発動して、まっさらな触手を一本出してあげる。

 パルは、その触手をにゅるんっと体内に吸収すると、嬉しそうに揺れた。


「パルって食事は何を食べたいとかある?」


 ミニ大悪魔が左右に二回振られる。

 ん、横に振るのは否定の合図ってことかな?


「もしかして……いや、ないとは思うけど……この触手を吸収するのが食事の代わりになってたりとか……いや、やっぱあるわけないか、そんなこと……」


 しかし、意外にもパルの持ったミニ大悪魔が二回縦に振られた。


「え、これが食事になってるの?」


 また、ミニ大悪魔が二回、縦。


「あ、そ、そうなんだ……」


 パルをそっと撫でみてる。

 もち肌は相変わらずだ。

 それに、言われてみれば、心なしか少しふっくらしたような気もする。


 うん、とりあえず、食糧問題はどうにかなりそうかな……。




 数時間後。




「痛い痛い痛い! お腹痛ぁ~~~~~い!」


 触手を両脇に抱えてモグモグ食べていたリサがお腹を抱えてのたうち回っていた。


「そらそうなるよ、あんだけいっぺんに食べたら……」


「なによそれ、聞いてないわよ!」


「いや、言ったつもりだったんだけど……」


「私に聞こえてなかったら、それは言ってないのと同じなの!」


「うん、そっか……」


 とりあえず触手を食べた影響をみるために、仮眠も兼ねて、この発光ヒカリゴケ地帯に留まっていたオレたち。

 リサの食べ過ぎ以外には問題はなさそうだった。


 トイレは女子組と男子組でそれぞれ固まって、暗い方の通路で済ませる。

 用を足すと、出されたものが壁の中に吸収されていってるようで、うかうか用も足せないなと思った。


 仮眠の際にはオレとオルク、パルが三交代制で見張りを務める。

 何度か壁の中からデビル・アントが現れたが、三人ともなんなく撃退していた。


 こうして、「行き先」「防衛」「生活」の全ての問題を解決したオレたちは、出発に向かって着々と準備を整えていった。


 ただ、一つだけ。



『ミニ大悪魔を成長させず、かといって殺してしまってもいけないっぽい問題』



 これだけが、手つかずのまま。




 ●●●



 ダンジョンは思った。



 マズい、本体が捕まった、と。



 かんばしくない。これはかんばしくないぞ、と。



 本体を取り返すためにデビル・アントを送り込んだのだが、明るい場所に陣取った糧たちに返り討ちにされてしまった。


 まぁ、それくらいのことなら過去にもあった。

 大したことじゃない。

 たとえ本体が死んでも、すぐにダンジョンにが吸収し、また新しい本体が生まれるだけだ。

 ならば、糧が飢えて死ぬのを、ただ待っていればよい。

 それだけのことだ。


 だが、どうやら今回は、そうはいかないらしい。

 あろうことか、糧たちは無から食料を生み出したのだ。


 なんということだ。

 これでは、本体が育つことも死ぬことも出来ぬではないか。

 再度、兵隊を送り込むが、ことごとく失敗。

 まだ、糧を吸収しきれていないゆえ、強い魔物を生み出すことも出来ない。

 本体はローパーの触手に囚われ、自力で逃げ出すことはかなわない。

 糧の排泄物を吸収してみたが、不味いばかりで成長の足しにはなりもしない。



 う~ん、かんばしくない……。



 そうだ、力で押してダメなら、知恵を使ってみてはどうか。

 そう思ったダンジョンは、小さい、小さい悪魔を生み出した。

 ありったけの知恵を持たせた、小さな悪魔を。



 ●



 インプは肉壁の中で目を覚ました。

 インプは、自分がインプであることを生まれた瞬間に悟った。

 そして、自分の存在する意味も。



『このままでは大悪魔が成長できない。自分がどうにかしなければ。そのために自分は生まれたのだ』



 インプは考えた。

 自分に何が出来るのか。

 体は小さい。三センチほどだ。

 この体で何が出来る?

 大悪魔が成長できない?

 なぜ?

 そもそも大悪魔とは?

 自分のような矮小なものが、なぜ大悪魔というものを育てる手助けをしなければならないのか。



 ああ……そうだ……。



 知恵を詰め込まれた悪魔の頭に、浅知恵が宿る。



『その大悪魔というものを、自分が乗っ取ってしまってはどうだろう?』



 自分が大悪魔に成り代わるのだ。

 うん、いいじゃないか。


 自分には力がない代わりに、どうやら頭がすこぶるいいらしい。

 この小さな体も、上手く使えば有利に働くだろう。


 大悪魔の本体は、糧に囚えられてるようだ。

 情けない奴。

 自分なら、そんな下手は打たない。

 やはり賢い自分の方が、大悪魔たる器に相応ふさわしいのではないか。


 大悪魔──悪魔界の序列一位。

 うん、それこそが賢能けんのうたる自分に相応ふさわしい。


 我がスキル【憑依ポ・ゼッション】を上手く使えば、それも可能なはずだ。

 まずは、あの糧たちを利用しよう。

 自分が憑依できるサイズにまで大悪魔を育てないと。


 そして、大悪魔がそこそこの大きさまで育った時に、憑依ポ・ゼッションして、その肉体をいただく。

 おっ、ちょうどいいことに、豚人間以外の全員が寝てるじゃないか。



「ふあぁぁぁぁあ……しっかし、暇だな、見張りってのも。もっと湧いてくれてもいいんけどな、あの蟻」



 眠たいのか、豚人間オークは何度も大あくびを繰り返してる。

 よしよし、壁の中を潜って天井側に移動してっと……。



 スルスルスルリ……。



「ふわぁぁぁぁぁぁあ……!」



 よし、今だっ!



 オルクが上を向いて大あくびをした瞬間。



 インプは天井からヒョイッと飛び降り────。



 オルクの口の中へと入っていた。

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