閑話

第37話 元パーティーの現在

 私の幼馴染アベルくんが追放されてから、はや一ヶ月。



 私達のパーティー『焔燃鹿団ほむらもゆるしかだん』は、バラバラになっていました。



「おい、ソラノっ! これだけの素材を売って、なんで銅貨二十枚なんだ!? 前は四十枚はあっただろ!?」


「はぁ!? 知らないわよ、文句があるなら自分で売りにいけばぁ!?」



 お金勘定に厳しいエルフのエレクさんが、今日もキレています。

 キレてる相手は、回復師のソラノさん。

 昨日のクエストで回収した素材の買い取り額について、モメているようです。

 ハァ……冒険者ギルドの中で喧嘩するのは、恥ずかしいからやめてほしいんですけど……。



「あの……ちょっと二人とも落ち着いて……」


「るせぇ! 黙ってろよ!」

「モモちゃんは黙ってて!」


「は、はい……」



 私が止めようとしても、二人は全く聞く耳を持ちません。



「クエスト中の負担の一番少ないお前が、素材売買もやるって決めたんだろうが! 自分の仕事くらいちゃんとやれよ!」


「やってるわよ! やってますぅ~! この美しく可愛い天才回復師ソラノちゃんが、ちゃ~んと素材をお店に持って行って、ちゃ~んと買い取ってもらってますぅ~! 文句があるなら、お店に言ってよねっ!」


「はぁ!? アベルがやってた時は、もっと高く売れてただろ! お前、ちゃんと交渉してんのか!?」


「交渉ぉ!? なんでそんなこと、このソラノさんが、やらなきゃいけないわけぇ!? むしろ向こうから『ソラノさんとお話できて光栄ですぅ~!』っつって買取価格を上乗せしてくるべきでしょ!?」


「は? お前、頭沸いてんのか? 金をナメるのもいい加減にしとけよ、テメェ?」


「あ~ら、私の美しさをナメてるのは、アンタの方じゃないの? ドケチ狩人のエレク? そんなにケチじゃモテないでしょうね~? あ~、モテなさそう(笑) デート代出す時とかもグチグチ言ってそう(笑) あ、デートとか出来ないか(笑) エルフなのに(笑) 器量が狭すぎて(笑)」


「私の美しさだぁ? テメェの性根の腐りっぷりは、とっくに王都中に知れ渡ってんだよ! もう、だ~れもお前のことを『美人』とも『可愛い』とも思ってね~よ、この自意識過剰の勘違い女がっ!」


「じじじ、自意識過剰の勘違い女ぁ~!? ちょっと、あんたっ! 言っていいことと悪いことが……」



 けんけんがくがく。てんやわんや。



 もう、この一ヶ月、毎日ずっとこんな感じです。


 素材の売買。

 お金の管理。

 宿屋の手配。

 クエスト中の食事の準備。

 装備品の状態の管理。

 全員のスケジュール管理。


 こういったものを一人で請け負っていたアベルくん。

 彼がいなくなってから私達の歯車は、どんどん噛み合わなくなっていきました。



「お~う、お前らなにやってんだ? みんな見てるじゃねぇか、みっともねぇからやめとけや」



 大遅刻して冒険者ギルドへと現れたのは、私達のリーダー。戦士のマルゴットさんです。



「ちょ~っと、聞いてよマルちゃん! エレクが私にケチつけてくるんだけどぉ~!」


「だって、リーダー! こいつが適当に素材売ってくるからオレたち大損してんだぞ?」


「んん~?」



 マルゴットさんは、興味なさげに二人を見つめます。

 グーにした両手を口に当てて、瞳をウルウルさせてるソラノさん。

 立ったまま貧乏ゆすりしながら、手のひらを指でトントン叩いてるエレクさん。



「あ~……いいんじゃねぇか、別に? どうせ、はした金だろ? そんなの気にするより、もっとデカいことやろうぜ」


「いえ~い! さすがマルちゃん! 話がわかるっ☆」


「なんだよ、デカいことって! この一ヶ月、ろくにまともにクエストも消化できてねぇだろ! なんでこんなとこで足踏みしてんだよ、オレたち! あの足手まといがいなくなってから、一気に駆け上がるんじゃなかったのかよ!」



 パーティーで一番上昇志向の強いエレクさんが抗議します。



「駆け上がるっつってもなぁ……色々あんだよ、段取りが」


「なんだよ、段取りって! ずっと同じような害獣駆除しかしてねぇじゃねぇか!?」


「何言ってんだ、それも立派な冒険者の仕事だろ。まずは、そういう地道な仕事を積み重ねて、実績を作って、それでギルドから少しずつ大きな依頼をもらえるようになっていくんだよ」


「はぁ? 言っちゃなんだが、もうオレたちは中級者のレベルじゃないだろ! レアな【聖闘気ホーリーバトルオーラ】持ちのモモ! 聖女見習い第一席の回復師ソラノ! 凄腕の侍ミフネ! 全系統の中級精霊を召喚できるジュニオール! 風を操る狩人アーチャーのオレ! そして、誰よりもタフで頼りになる戦士タンクのあんただ! なんで、こんな実力者が揃ってるのに、いつまでも害虫駆除なんかやってんだよ!」



 マルゴットさんは面倒くさそうな顔を見せると、エレクさんの肩にポンと手を置きます。



「ぐっ……! ちょ……いたっ……!」


「焦る気持ちは、わかる。たしかにオレたちは、もう中級者のレベルじゃねぇ。足手まといのアベルも切った。だが、オレたちには、まだまだ経験が足りねぇ。冒険者っつっても、言ってみりゃギルドに雇われてるようなもんだ。そんな好き勝手ばっかやってるわけにはいかねぇんだよ、な? わかるだろ?」


「ぐっ、いたっ……わかった! わかったから肩から手を離せっ……!」



 マルゴットさんはエレクさんの肩をぽんと叩くと、勝ち誇った顔で言います。



「わかってくれてよかったよ。それじゃ、これからも頑張って実績を積んでいこうな?」


「あ、あぁ……」


「はぁ~い☆ わかったよ、マルちゃん!」



 納得のいかなそうなエレクさんと、キャピッと返事をするソラノさんに「じゃ、オレはギルド長に呼ばれてっから。なんかいいクエストでもあったら受けといてくれや」と言い残し、マルゴットさんはギルドの奥へと消えていきました。



「くそ……! いつもこれだよ、無理やり力で押さえつけやがって……!」


「ぷぷぷぅ~☆ エレクちゃん、ほんと頭悪い(笑) もしかしたらアベルくんの次に追放されるのエレクちゃんかもね(笑)」


「あ!? 何言ってんだ、てめぇ! っつーかよ……リーダー、なんであんなに変わっちまったんだろうな……。昔は、もっと熱くて、一緒に上を目指してたってのに……」



 エレクさんがボヤきます。


 それは、私も思ってたことでした。

 アベルくんのいた頃は『早くすげえ魔物倒してさ! 一流冒険者になって、名を上げるぞ!』って毎晩のように息巻いてたんですが……。

 アベルくんがいなくなって以降、マルゴットさんは、なんだか急に冷めたような感じになってて……。

 それに最近一人だけ妙に羽振りがよくて、噂では、その、あの、毎晩娼館……に通い詰めてるとかなんとか……。

 今、通り過ぎていったマルゴットさんも、えっと……あの……なんというか、そういう女の人の生々しい匂い……が、してましたし……。



「さぁね、でも来てるだけ、まだマシじゃない?」


「チッ、ったく、ミフネとジュニオールはどこで何してるってんだよ、毎日毎日……」



 侍のミフネさんと、精霊魔術師のジュニオールさん。

 この二人は、マルゴットさんに輪をかけて何を考えてるのかわかりません。

 そもそも、この二人を毎朝ちゃんと起こして冒険者ギルドに連れてきてたのは、アベルくんだったんです。

 なので、アベルくんがいなくなってからは、二人は毎日大大大大大遅刻。

 時には、来ないことだってあります。

 私達のパーティーは、もうパーティーのていを成してないんです。



 誰も口には出しませんが……みんなハッキリと実感しています。


 私達のパーティーは──。




『アベルくんがいたから成り立っていた』




 ってことに。



「それにさぁ……知ってる?」


 ソラノさんが小声で話します。


「あん?」


「最近、街で正体不明の辻斬りが出没してるって話……」


「なんだぁ、それ?」


「いやね、深夜に一人で歩いてる人が連日斬りつけられて殺されてるのよ……。切り口は鋭利な刃物で一撃。んで、近くにいた人は『キヒヒ……』っていう笑い声を聞いたとかなんとか……」


「おい、それって……!」


「いや、やっぱり、おバカなエレクちゃんでも、そう思うよね……?」



 私も思います。

 そんな人、一人しか思い当たりません。



 私達のパーティーの侍、ミフネさんです。



 あぁ……私達のパーティーは一体どうなってしまうんでしょうか……。

 いえ、私にとってパーティーなんて、もうどうでもいいんです。

 ただ、アベルくんが戻ってくる可能性、アベルくんが急に消えた手がかりを探るなら、このパーティーに居続けるのが一番と判断したから、私はここに残ってるに過ぎません。


 本当なら、今すぐにでもアベルくんを探しに行きたい。

 でも、あてもなしに探すには、この世界はあまりにも広すぎます。


 ああ、あの時。アベルくんが不当な追放を受けた時、私が無理にでもアベルくんのそばにいてあげれば……。



 私は、今日も祈ります。


 アベルくんが、どうか無事でありますように、と……。

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