第36話 大悪魔の最後
「さぁ、どうする? お前を守ってくれたワイバーンは死んだぞ?」
オレは煽りながら息を整える。
大悪魔は怒りゆえか、わなわなと口を震わせている。
「う……うぅ……うわうぅぅ……! こんなはずじゃ……こんなはずじゃぁ……!」
その隙に、素早く周りを確認する。
おそらく、大悪魔はすぐに殺せる。
問題は、その後だ。
はたして、生徒たちは、オレたちを見逃してくれるか?
奪ったスキルの説明はどうする?
こいつらは「◯」に投票して命を助けてくれたってのに、オレはスキルを奪ったまま黙って逃げるのか?
それに、ミノタウロスとオーガたちはどうする?
やっぱり戦うのか?
ツヴァ組は?
ただ、オレの様子を見に来ただけなのか?
頭の中で、最後の段取りを組み立てていると──。
「うおおおおおお!」
突如湧き上がった歓声。
それによって、オレの思考は中断させられた。
「オイっ! ウソだろ……! ワイバーンを倒したってのか……!? 人間が!?」
「魔物ですら、倒せないワイバーンを倒すとか……! 信じられねぇ……!」
「っていうか、なんで空飛んでんだよ、あいつ!」
「とにかくすげえ! フィード!」
「フィード・オファリング!」
クラスメイトたちの間に、興奮の渦が広がっていく。
同胞を殺されたというのに怒りの声がないのは、ワイバーンが学校にほとんど来ていなかったからなのだろうか。
それとも「竜族を倒す」ということが、それだけ特別な意味を持っているということなのか。
とりあえず、クラスメイトたちのことは、一旦置いといてよさそうだ。
次に気にするべきは、ミノタウロスたちだ。
「ワイバーンを倒した?」
「処刑は? 失敗か?」
「大悪魔にゃ無理だろう。ありゃモヤシだ」
「なラ、オレたチが、
「ついデにワイバーンも食ウ!」
『おら! いくぞ、お前らっ! うおおおおおお!』
と、本日四度目となる突撃をしてくる。
ありゃ、こっちは向かってくるのね。
ま、そっちがその気なら仕方がない。
先に片付けるとしよう。
さっきは、敵の抵抗力が高くて通らなかったけど、この程度の相手なら……。
【
オレにだけ見える
今度は弾かれない。
しっかりと体に巻き付いている。
(よし、じゃあ、お前らが死ぬのは『五秒後』だ)
心の中でそう思うと、カチッと凹凸がハマったかのような音がして──。
五、四、三、二、一……。
走り寄ってくるミノタウロスとオーガの一団。
その先頭集団が。
ドッ……。
バタバタと頭から崩れ落ち──死んだ。
「え……?」
倒れたのは約十人。
後続の二十人ほどは、何が起きたかわからずに、戸惑い、足を止めている。
(これも「石化」と同じで、大体見えてる範囲だけに有効ってことなのかな? 凄いスキルだけど、使い所を考えなきゃな……)
「どうする? 次は、そいつらの分の復讐までするつもりか?」
残りのミノタウロスたちに、そう声をかける。
たとえ、このまま向かってこられてたとしても、オレには全員を駆逐する力がある。
空に飛んで逃げることだって出来る。
もう焦る必要はどこにもない。
こいつらの命は、もう完全にオレの手のひらの上なんだ。
だが、取り立てて今、殺す必要もない。
ツヴァ組やクラスメイトが控えてる中、目撃者を全員消してからここを立ち去るというのは、どうせもう不可能なのだ。
それに。
石化、即死、飛行スキル。
これらを目の当たりにしたミノタウロス、オーガの残党に、もはや立ち向かってくる気力は残っていなかった。
「……ぐぅ……っ!」
武器を下ろし、ジリジリと後ずさりしていくいくミノタウロスたち。
(さて、あとは大悪魔だけだな)
ツヴァ組も動いていない。
クラスメイトからは、喝采を浴びている。
ミノタウロスとオーガの集団は、意気消沈。
ふぅ、これでようやく最後の仕上げに取りかかれる。
そう思って、ブツブツと独り言を呟いている大悪魔へと体を向けた、その瞬間。
ズキッ──!
激しい頭痛に見舞われた。
(ぐっ……! これは……スキルの使い過ぎ……か?)
酸欠ならぬ、魔欠状態。
魔力の限界を超えてスキルを使い続けた場合に現れる症状。
たまらずオレは片膝をつく。
「お? おっ? おおお~~~っ?」
大悪魔が、オレを覗き込んでくる。
「もしや、もしやもしや魔欠状態? ハハハッ、フィード・オファリング! とうとう、お前の運も尽きたようだな! ククク……どういう手品を使ったのか知らんが、お前の奇跡もここまでだ。なぁ? もうスキルは使えないのだろう? どんなスキルか知らんが、他人からスキルを借りたのか? それとも『
くっ……! しかも、ここに来てスキルを見破られる、か……!
大悪魔の言葉を聞いたクラスメイトたちが、ざわつき始める。
「なんだって……? スキルを、奪……?」
「そういえば、我の【
「ミノタウロスたちを殺したのは、オレの【
「石化も使ってたような……」
「空飛んでたのもウインドシアのスキルってことか!?」
「おい! フィード、どういうことなんだよ!? お前、オレたちからスキルを盗んだのか!?」
まずい……風向きが変わってきたぞ……。
ツヴァ組の方を見ると、ウェルリンがこちらに向かって走ってきてるのが見えた。
その後ろを、黒服の組員たちが追いかけてきている。
あぁ……こっちも何か差し迫ってきた。
くそっ……! とにかく、大悪魔だけは殺して逃げる。
こいつ一人くらいなら、スキルが使えなくてもいけるはずだ。
ダッ──!
オレは、ダガー状の魔鋭刀を両手に握り込み、大悪魔に向かって駆ける。
とにかくこれで終わりだ。
もう、魔界に人間を連れ去らせたりしない。
これ以上、オレのような人間を生み出させない。
そのために、大悪魔だけは、今──ここで倒すっ!
「うおおおおおおおおお!」
カツカツの魔力。
あがってる息。
しかし、三十日間。
その間に積み上げてきたトレーニングが、しっかりとオレの体を支えているのがわかる。
一歩、もう一歩。
大悪魔との距離を縮めていく。
そして──ようやく、大悪魔に手が届く距離まで、たどり着いた。
(刺せっ! 刺すんだ! 思いっきり! 体重をかけて!)
ドッ──!
オレの繰り出した渾身の
ガッ──!
だが。
その刃先は。
大悪魔の両の手のひらで受け止められていた。
白刃取りだ。
「なるほど、なるほどなるほど、貴様は他人のスキルを使う。だが、魔力が追いついてないようだな。ケヒヒ……しょせんは、そこが人間の限界ッ! 貴様ごときが
くっ……!
力が強い……!
押し込めない……!
非戦闘系の大悪魔ですらこの力の強さ。
これが……人間と魔物の差……!
くそっ……! やっぱり、弱虫でダメダメだった
ルゥやリサまで巻き込んでおいて……。
ウェルリンやクラスメイトのスキルを奪っておいて……。
多くの魔物の命も奪って……。
それで、この結末なのか……。
そして、
あぁ、くそ……。
こんなことになるくらいなら、頑張らなければよかった……。
モモ……ずっと子供の頃から
父さん、母さん、冒険者になるのを止められてたのに、制止を振りきって冒険者になってごめん……。
ルゥ、リサ……
目の前の大悪魔の顔が、だんだんと醜く歪んでいく。
口からはボタボタと涎が垂れ落ち、ツンと鼻につく不快な匂いが漂ってくる。
ボクの目線は、徐々に下へと下がっていく。
足元。
セレアナのくれた白い靴が目に入る。
激しい戦いで、茶色く、赤黒く薄汚れている。
(セレアナにも……あれだけ気にかけてもらったのに……悪いことしたな……)
そうだ、せめてセレアナには
そんな情けない考えが頭をよぎった、次の瞬間。
「フィード・オファリング!」
セレアナの声が、
「フィード! わたくしは言いましたよね? 『あなたは自分の限界まで自分の力で生き抜きなさい』、と。それが、あなたの限界ですの!? わたくしのファンには絶対にならない大悪魔と、わたくしのファン・人間第一号としてワタクシの素晴らしさを人間界まで伝え広めていくフィードだったら、わたくしはフィードを取りますわぁ! それに……スキルのことも、クラスメイト達に自分の口から、ちゃんと説明するべきじゃなくってぇ? わかったら、フィード! ちゃんと生き抜いて、私達に説明しなさい! 貴方には、その義務がありますわぁ! 義務を果たしなさい、フィード・オファリング!」
スキル【
その効果が発動する。
「くっ! セイレーンの小娘めっ! まったく、どこまでも空気の読めない──! 落第だ、お前みたいなやつは!
なんだって? セレアナが空気が読めない?
いや、違うね。
彼女は、彼女の中にある信念に従ってるだけだ。
あの老トロールのように。
そして、自ら人間になることを選んだルゥやリサのように。
わかるか? お前の方が空気が読めてないんだよ、大悪魔。
ああ、そうだ、いいことを思いついた。
それじゃあ、
檻の中でひっそりと、姑息に、卑怯に、騙し、へつらい、媚び、生き抜いてきた、そんな
お前が今、馬鹿にした魔王の事でも思い出しながら──。
死ね。
オレは、魔鋭刀をダガーから万年筆へと変化させる。
万年筆。
大悪魔が持っていたものだ。
ハッとした表情を見せる大悪魔。
「──!? ま、ま、魔王……の? わたし、わたわた、わた、し……私の……」
「思い出したか? 大事な魔王様からいただいたんじゃないのか、この万年筆は?」
「な、なぜ、私は、忘れて……貴様、貴様がなにかしたのか……わたし、私から……! 魔王との唯一のつながりを……!」
動揺した大悪魔の手が緩む。
「オレの最高に空気を読んだ、卑怯で、卑劣で、姑息で、小手先の攻撃──それで、お前は、今から死ぬんだ!」
「そんな……そんなこと、許されるわけがぁぁぁあ……!」
ズッ──ドッ──!
大悪魔の体に魔鋭刀を深く突き刺す。
「グォッ……! 貴様……こんななことをして許されると……!」
突き刺さった魔鋭刀に力を込め、斧の形へと変形させる。
グググ……!
肉を押し広げていく感覚。
「グァァ……! たかが……たかが人間ごときが、この悪魔界序列一位の私を殺すなど、あっては……あってはぁぁぁぁぁ……!」
そして魔鋭刀を思いっきり──縦に振り抜いた。
ザシュッ──!
噴水のような激しい血飛沫が舞い上がり、オレの純白のタキシードを赤く染め上げる。
「グァァァァァァァ!」
腹から頭にかけて斬り裂かれた大悪魔は、醜い断末魔を上げながら──絶命した。
「ハァ、ハァッ……」
オレは膝から崩れ落ちる。
出し切った。
限界だ、魔力も体力も。
今、襲いかかってこられたら、どうしようもない。
これ以上、もう動けない。
「フィード!」
「フィードさん!」
リサとルゥが駆け寄ってくる。
オレはどうにか笑顔を作って答える。
「はは……悪いな、もうフラフラだ。ここから脱出する前に、ちょっと休みた……」
グラァ……!
突如、地面が激しく揺れた。
地震!?
なんだ?
まだ、なにかあるのか!?
「うわああああああああ!」
叫び声。
その方向を見ると。
縦に裂けた大悪魔の体から触手が伸び、スキュラの体を掴んでいた。
「キュアラン!」
セレアナが叫ぶ。
ケルベロスやキマイラが触手に噛みつき切り裂こうとするが、逆に新たに発生した触手に絡め取られてしまう。
「なん……だ……これは……?」
大悪魔の体からは次々と無数の触手が現れ、生徒たちを、ミノタウロスやオーガたちを、次々と絡め取っていく。
そして、大悪魔の体はドロドロに溶け、地面と一体化し、校庭には──。
巨大な大穴が発生した。
「うわああああ! なんだよこれ!」
「クソっ! 離セッ!」
「ヤバい! 逃げろ逃げろ逃げろ!」
理解の出来ない事態に狼狽する者、掴まれた仲間を助けようと果敢に立ち向かう者、一刻も早くこの場から去ろうと背を向ける者。
その全てが、触手に掴み取られ、大穴の中へと引きずり込まれていく。
『うわああぁぁぁあぁぁあぁああ!』
次々と飲み込まれていく魔物たちを前に、もう体が動かないオレは、なすすべなく突如訪れた地獄絵図を見つめることしか出来なかった。
「きゃあっ──!」
激しい揺れに、立っていられなくなったルゥとリサが倒れる。
「ルゥ! リサ!」
二人だけは助けないと──!
【
ズキン──!
割れるような痛みが頭に響く。
使えない。
スキルが発生しない。
(なにか……なにか今の魔力でも使えるスキルは──)
【
【
【
【
【
【
スキルを使おうとするたびに、刺すような痛みが全身を貫く。
(ダメだ……片っ端から試しても、もう何も使えない……!)
痛みはすでに感覚を殺し、視界も徐々に閉ざされていく。
(ダメだ……諦めるな……! オレの命に変えてでも……二人だけは助けるんだ……!)
「リサちゃぁぁぁぁぁん!」
振り返ると、ウェルリンが駆け寄ってきているのが見えた。
(あぁ、お前はリサが心配で走ってきてたんだな……。悪かったな、スキルを奪っちまって……。お前がスキルを持ったままだったら、リサを助けられたかもしれない、の、に……)
全身を貫く痛みに耐えかねて、意識が落ちそうになる。
「ルゥ……! リサ……!」
必死に手を伸ばす。
「フィードさんっ!」
ルゥが手を伸ばす。
その距離、およそ三メートル。
落ちゆく意識の中、オレは無意識で【
調べた項目は。
大悪魔:悪魔界序列一位に位置する悪魔の中の頂点。大悪魔の持つ知識は代々、スキル「
(ダンジョン……? 糧……? 脱出不可能……?)
なんて……なんてこった……。
やっと鉄の檻から逃れられたと思ったら、次は地獄へと続くダンジョンに囚われるってわけか……!
クソっ……!
しかも、こんなに大勢を巻き込んで……!
オレの伸ばした手がルゥの指先を掴んだ瞬間──。
オレたちは──
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アベル(フィード・オファリング)
現在所持スキル数 26
吸収ストック数 6
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