第35話 飛竜、墜つ

 さぁ、やるべきことがはっきりした。

 

 一、大悪魔とワイバーンをぶっ飛ばす。

 ニ、他に邪魔してきそうな奴がいたらぶっ飛ばす。

 三、リサとルゥをさらって逃げる。


 以上だ。

 非常にシンプル。

 わかりやすい。


「じゃあ、誰がオレを殺すんだ? 大悪魔シス・メザリアか? それともワイバーン、ウインドシアか?」


 聞きながら仕掛ける準備をする。

 ちょうど、おあつらえ向きに、敵はオレの一番欲しかったスキル二つを持った奴らだ。


 他の生徒のスキルは奪わなくても、この二つさえあれば魔界から脱出できるだろう。


 絶好の状況。もらうぞ、そのスキル。



 【吸収眼アブソプション・アイズ



 オレの左目に、自分にしか見えない青い炎が宿る。



 ドッ

 クン。



 全身が脈打つ。



 体が──熱い──!



 よし──奪ったぞ! スキル【高速飛行スピード・フライト】!



「人間フィード・オファリングぅ? お前は、本当に馬鹿だなぁ? 処刑するのに今さら誰がどうもないだろぉう? なぜなら……この場にいる全員が、貴様の──敵に決まってるからだぁぁァ!」



 余裕綽々よゆうしゃくしゃくで喋り続ける大悪魔をキッと睨み、立て続けにスキルを発動。


(大悪魔……今まで散々、オレをもてあんでくれたな……。その報いを、今から受けさせるっ!)



 【吸収眼アブソプション・アイズ!】



 ドッ

 クン。



 スキル【博識エルダイト】──!



 やった! ついに……ついに奪ったぞ!



 三十日前からずっと狙いをつけていた【博識エルダイト】を!



「あ、あぁ……?」



 知識系のスキルを奪われ違和感を覚えたのか、大悪魔はほうけた調子で声を上げる。



 さぁ、スキルは奪った。

 後は、殺すだけだ。

 ここでこいつを殺しておかないと、今後もオレのような人間を生み出すことになってしまう。


 しかも、どうせ殺すなら必殺系スキルじゃなく──。

 直接、オレの手で!



 【高速飛行スピード・フライト



 効果:非常に速い速度で直線に宙を移動する。体表に魔力でバリアを張り、空気抵抗をやわらげる。かなりの魔力消費量を要する。



 ドンッ──!



 ワイバーンから奪ったばかりのスキル。

 オレは、大悪魔めがけて低く飛ぶ。


「なっ──?」


 突然のオレの動きに、誰もついてこられない。

 当然だ。

 オレは、さっきまでバタバタと走り、地面を転げ回って戦ってたんだから。

 誰も、オレが飛べるなんて思わない。

 完全に不意を突けた。

 魔鋭刀をダガーに変えてグッと両手で握り込む。

 大悪魔は、もう目の前。

 長かったぞ!

 ここまでたどり着くのに!

 三十日!


 よしっ!


った──!)



 オレにしてきた仕打ちを反省する間もなく死ね、大悪魔!



 【暗殺アサシン!】



 ガキーン!



 しかし、その刃に伝わってきたのは、固く、堅牢な鱗の感触。


 ワイバーンが、オレと大悪魔の間に手を入れて魔鋭刀を受け止めていた。


 魔鋭刀を受けた鱗は少し裂けている。

 だが、オレの剣技では、これ以上の傷をつけるのは難しそうだ。

 堅牢、そして、叡智。

 厄介な相手──よりによってワイバーンに、オレの不意打ちに反応されてしまうとは……。



『貴様……今のは?』



 ならば。

 作戦変更だ。

 ワイバーンごと、二人まとめて──。


 スキルで、すり潰す!



 【石化ストーン・ノート!】



 ビキビキビキッ──!



 ワイバーンの手が、一瞬で石と化す。



『これは……! 貴様、一体……!?』



 オレの視界がさえぎられていたからか、ワイバーン本体と大悪魔は無事なままだ。

 石化出来るのは

 偶然にも、石化攻略の糸口を相手に与えてしまったらしい。

 ワイバーンもそれを察し、オレの視線を塞ぐかのように石となった手を前に掲げ、オレを押しつぶそうと突進してくる。


「くっ──!」


 ワイバーンの石の手の突撃。

 それをパリィ・スケイルで受け止める。


 ぐに……ぼん──っ!


 反発でふっ飛ばされるも……。


 【高速飛行スピード・フライト


 バンッ──!


 空中で強引に方向を転換し、ワイバーンへと向かって飛ぶ。

 そして、とっておき中のとっておき。

 必殺のスキルを繰り出す。



 【死の予告インスタント・デス



 効果:任意の相手の命のリミットを数秒~数日後に設定することが出来る。魔法抵抗力の高い相手には通用しない。解呪される可能性もある。範囲:目視できるものに限られる。



 おそらくオレにしか見えていない、禍々しい巨大な髑髏どくろがどろりと現れ、ワイバーンと大悪魔にまとわりつく。



 パンッ──!



 が……髑髏は弾け飛び、かき消えてしまう。


(魔法抵抗力……! やはり生半可なまはんかな相手じゃないってことか──!)


 しかし、宙を飛ぶオレは、その間にもワイバーンとの距離を一気に詰めていた。

 本能的に危機を察したのか、ワイバーンは宙へ逃れようとする。

 が、ところがどっこい。

 その「高速飛行スピード・フライト」は、もうオレが奪っている。


「──!?」


 翼をはためかせるワイバーン。

 しかし、浮かび上がるはずの体は浮かばず、飛竜は慌てふためく。


 そう。

 ここだ。

 この隙を待ってた。


 堅牢かつ叡智の存在、ワイバーン。

 ずっと考えてたよ。

 お前を倒すなら、どうするかって。

 

 オレは魔鋭刀をハンマーへと変化させる。


 お前を倒す方法。

 それは……。


「シンプルにぶん殴る、だァーーー!」



 ガツッ!



『グワァァァァァア!』



 魔鋭刀──つまり魔王の爪と、お前の竜のうろこ。

 どっちが固いか。

 普通に考えりゃ、そりゃこっちだろ。


 でも、仮に魔鋭刀の方が硬度が高かったとしても、オレに剣技はない。

 三十日前までオレは、ただのへなちょこな鑑定士だったんだ。

 それなら……。


 より硬い物質で、シンプルにぶん殴るのが一番だろ!



 ドガッ!



『ギャァァァ!』



 やはり、だ。

 効いてる。

 硬いものの表面に、いくらかすり傷をつけても効果は薄いだろう。

 だが。

 殴れば振動は伝播する。

 痛みが響く。


 それに、今のオレには魔鋭刀の方が上等な素材だとはっきりと分かる。


 なぜって?


 そりゃ……。



 【博識エルダイト



 もう、調から。


 

 竜のうろこ:世に存在する魚類、爬虫類の中で最も硬い。切り裂くにはオリハルコン級以上の硬度が必要。


 魔王の爪:この世で最も硬いものの一つ。あのオリハルコンすら斬り裂くことが出来る。



 ね?


 それに。


 すでに、オレは知ったから。


 お前の、弱点も。



 ワイバーン:竜族中位に位置する魔物。飛行能力に優れているものが多く、知性が高く、慎重で疑り深い。騎乗に適しており、背に他者を乗せることに向いている。飛行の際に速度を出すために脊髄に一箇所、柔軟性の高い場所があり、その部分の「しなり」が速度を生む。その脊髄部分は可動域が広く、背中の鱗の隙間からも直接見えることがある。ワイバーンは、そこを見られることを嫌がっており、該当部分は俗に『逆鱗げきりん』と言われている。



 逆鱗げきりん


 そこを突くために、オレはワイバーンの背中へと回ろうとする。



「うおらぁぁぁああ! あのガキ、殺していいらしいぞぉぉぉ!」

「オグラのカタキ、討ツ!」



 そこへ、処刑許可が下されたと思ったミノタウロスとオーガの集団が駆け寄ってくる。


 鬱陶しいなぁ。

 今、お前らに構ってる余裕はない。

 ちょっとそこでジッとしてろ。



 【嘶咆哮ネイ・ロア!】



「グオオオオオオオオオオン!」



 地獄から響くかのような咆哮。

 オレから発せられたその声に、ミノタウロス達は体を震わせ、立ちすくむ。



 その隙にオレはワイバーンの背中へと回り──『逆鱗げきりん』を探し当てた。



「ここか……」



『やめろ……! やめろ人間ッ! なぜ、そこを、私の弱点を知ってる……!? ま、まさかお前──覚醒してるのか……!?』



 狼狽うろたええ、もがくワイバーンの背びれを掴む。


「覚醒? ああ、してるよ。……三十日前から、ずっとな!」



 【身体強化フィジカル・バースト

 【斧旋風アックス・ストーム

 【暗殺アサシン



 体をひねった縦への旋回。

 そこから生まれたエネルギーを斧に変化させた魔鋭刀に乗せ、ワイバーンの背中、『逆鱗げきりん』へと思いっきり──叩きつける!



 ザ……ン──ッ!



『グ……グァアッ……! 私……が、人間、ごときに……やられる日が、くる、とは……。し、しかし、これで魔王も、もう……終わ……』



 ドスゥ~ン……!



 倒れた巨体が、大きな砂ぼこりを舞い起こす。



 ワイバーンは首から地面に崩れ落ちると、そのままピクピクと痙攣した後、動きを止め、金色に輝く目は灰色へと濁っていった。



 ワイバーン。堅牢かつ叡智の存在。

 すべての生命体の上位種にあたいする竜族の一角。



 オレは。



 ついに、オレは。



 三十日前まで、ただ食われるのを待つだけだったオレは。



 ワイバーンを──倒した。

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