第34話 ◯と✕

 突如行われることになった、オレの生死を賭けた◯✕ゲーム。

 ◯✕ゲームというよりは投票?

 一人でも✕を選んだら、オレは死ぬことになるらしい。


 ワイバーンが、律儀に校庭の地面に尻尾で大きな◯と✕を書いている。


「え? な、なに……?」

「フィードの命を決める多数決だってさ」

「いや、一人でも✕なら死ぬんだろ? そんなの多数決じゃねーよ」

「一人でもアウトって……それ不公平すぎない?」

「でも、最初は今日死ぬことが確定してたんだし、それと比べれば……」


 生徒たちが、ざわざわとざわめきながら校舎から出てくる。

 リサとルゥも、みんなから少し離れたところにいる。

 二人は、ギュッと手を繋いでる。


「さぁ~あ、みなさん! まさかの大出血! まさかの大サービス! 空前絶後のボーナスタイム! 全員がフィード・オファリングを生かす『◯』へ移動すれば、彼は無事に解放! 晴れて自由の身に! だぁがっ! 一人でも『✕』を選ぶとぉ~? …………クヒヒッ、死です。死。処刑。惨殺。圧殺。撲殺。斬殺。刺殺。絞殺。扼殺。殴殺。死滅。殺菌。排除。屠殺。抹殺。駆除。誅戮。誅殺。薬殺。蹴殺。突殺。射殺。抹殺。扼殺。酷殺。暴殺。虐殺。なぶり殺し。皆殺し。奇殺。変殺。魔殺。悪殺。妖殺。惨死。焼死。爆死。夭死。憤死ッ! ああ、なんという……」


 大悪魔は天を仰ぎ、悪魔の笑みで恍惚に浸る。


愉悦ゆえつッ!!!」


 オレは、大悪魔の飛び散る唾を「汚いな……」と冷静に思った。


「三十日間、押し寄せる食欲にジッと耐えて、ここまで待ち続けた成果がッ! ついに報われるのデスッ! いいですか、みなさん、想像してみてください。三十日間、一緒に暮らしてきたフィード・オファリングが、一体どんな苦悶の表情を浮かべて私達に食われるのか。どんな命乞いをし、どんな無惨な最後を迎えるのか。どんなうめき声を上げ、どんな涙を流すのか、そして、その涙はどんな味なのか! ああ……一緒に過ごした思い出。世話をしてきた親心。共に笑った友情。それらがギュッと詰まった、人間──フィード・オファリングの肉の味……。それが、一体どれほどのッ! ッ! なのか……ッ!」


 ゴキュリという大きな嚥下えんげ音がいくつも聞こえてくる。

 ダラダラと涎を垂らしている魔物もいる。

 校庭の外のオーガやミノタウロスも、にわかに色めき立っている。

 ワイバーンとツヴァ組には異変は見られない。

 ルゥとリサは怯えているようで二人で手を繋いで寄り添い合っている。


(まったく、ご大層な演説だ)


 しかし、これでハッキリとわかった。

 こいつらは明確な捕食者。

 情けをかけていたら、こちらが殺される。

 そうだな、せめて──。


 ◯に入れた魔物だけは、生かしてあげようかな。


 そうだな。

 それが、魔界の脱獄者フィード・オファリングの中にいる、心優しく甘っちょろいアベルとの間にもうけた妥協点だ。


 一人でも✕に入れた時点で、戦闘開始。

 その瞬間に、オレはワイバーンと大悪魔を殺し、リサとルゥを連れて脱出する。


 そう心に決めた瞬間──大悪魔が宣言した。


「それでは! 人間、フィード・オファリングの運命を決める◯✕ゲーム! スタぁートですっ! さぁ、みなさんっ! はたして、自分はフィード・オファリングの命を助けたいのか! それとも、今すぐ食い殺し、その肉の味を確かめたいのか! 助けたいなら◯へ! 食したいなら✕へ! さぁ、移動してください!」


 戸惑う生徒たち。

 当然だ。

 魔物の本能。


 


 その本能にあらがえる魔物なんて、そんなにいるはずがない。

 ましてやこれだけ煽られ、同胞を目の前で二人も殺されたんだ。

 いくらオレに対して情が湧いたと言っても、そんなもの本能の前では、すでにかき消えているだろう。


 さぁ、もうすぐ戦いだ。

 備えろ。

 息を整えて。

 少しでも回復しておくんだ。



 ちなみに、今のオレたちの位置は。



         ウェルリン&ツヴァ組


   ミノタウロス&オーガ一同


      ◯ ワイバーン ✕


   大悪魔   オレ


        生徒たち

             ルゥ&リサ


         校舎



 こうなっている。


 ◯へ行くとしても✕へ行くとしても、生徒たちは、オレの横を通っていくことになる。


 まず、一人目。

 セイレーンのセレアナがツカツカと前へ歩み出た。

 チアガールの格好のまま。

 足は二本。

 人化した状態だ。


「わたくしの差し上げたブレスレット……」


 オレの横を通り過ぎるセレアナが、いつも通りの調子で話しかけてくる。


「どういう理屈かわかりませんが、お役に立ってるようでなによりですわ」


 一片いっぺんの曇りもない笑顔でそう言うと、セレアナは『◯』へと迷いなく歩を進めた。


「わたくしのファンがこれ以上減ることは看過かんかできませんわぁ! それが、たとえ人間であろうと、です! 大体、解放されたところで人間ごときが、魔界でそうそう生きながらえるわけないでしょう? それなら、わざわざ今殺す必要はございませんわぁ! フィード! あなたは自分の限界まで自分の力で生き抜きなさいっ! それがワタクシのファン第八十七号としてのつとめでしてよっ!」


 血と瘴気と砂ぼこりに染まっていた校庭の空気が、ガラリと変わる。


 セレアナのスキル【美声ビューティー・ボイス】。

 普段は大して役に立ってないポンコツスキルだけど、心の底から信じる己の信念を声に乗せた時には、絶大な効果を発揮する。

 これまでも、何度かそういう場面を目にしてきた。

 そして。

 それは、今も──。


「たしかに……別にわざわざ今、殺す必要はないよな……?」

「そりゃ人間は食べてみたいけど、それはフィードじゃなくていいわけだし……」

「っていうか、フィードが守ってくれなかったら、オレたちさっきミノルに殺されてたからな?」

「ミノルとオガラが殺されたのも、元々自業自得だしな……」

「ああ、因果応報だよ」


 ぞろぞろと、魔物の集団が移動を始める。


 それぞれが、複雑な表情でオレの横を通り過ぎていく。


 オレに声をかけてくる者は、いない。



 セレアナのおかげで、多少は◯へ行く者が増えるかもしれない。

 だが、全員というのはありえないだろう。

 絶対に何人かは✕に行くはずだ。

 オレは、これからそいつらを殺す。


 スキルを奪って。

 何が起きたかもわからない一瞬のうちに。


 次は決闘じゃない。

 殺戮だ。


 この、通り過ぎていってる魔物たちを。


 生かすか、殺すか。


 こいつらは今、その二者択一のレールの上を歩いている。


 魔物と人間。


 捕食者と被食者。


 葛藤を含んだ目でオレを見つめ、横を通り過ぎていく者。


 目を合わせずに通り過ぎていく者。


 ○。


 ✕。


 彼らが、一体どっちに向かったのか。


 ──オレは、それを確かめることを……躊躇ためらっていた。


 そして集団の最後尾。

 ルゥとリサがオレの横を通り過ぎていく。


 目は合わせない。


 いや、オレが合わせられない。


 もし、オレが媚びるような目をしてしまっていたら……。

 見られたくない。

 そんな顔は。

 二人だけには。


 生徒たち全員が、オレの横を通り過ぎていった。


 オレは、ゆっくりと振り向く。


 誰を殺し、誰を生かすか。


 その結果を確認するために。


「──っ!」


 信じられない光景を見た。


 魔物たちは全員──。




 ◯へと移動していた。




「そんな……馬鹿な……馬鹿なッ……! 食わない、殺さない、処刑しないだと……!? そんな、そんなことがあっていいわけが……私がどれだけ時間をかけて仕込んで……どれだけ……あぁ……魔王……魔王に私の功績を認めさせなくてはいけないんだ……おかしい……もっと……もっと肉の質を高めて、殺して、食わせて、上位の幹部候補を作り上げて、私に振り向かせないといけないのに……! ああ、なんで……なんでお前らは、そんな馬鹿げた選択をぉぉぉ……!」


 これまでの大人しく、地味で、感情を感じさせなかった大悪魔が一転、激しく取り乱す。


「ハハッ、ずいぶんとご立腹だな、大悪魔。そんなにオレを殺せなかったのが気に食わなかったのか?」


「ぐぐぐぐ……っ!」


 怒りで歯を食いしばる大悪魔。


 とはいえ。

 正直、オレも動揺していた。


 え? これ、オレどうなるの?

 素直に解放してもらえるのか?

 いやいや、そんなわけはないだろ、備えろ、相手は悪魔だ。

 でも、戦い抜けるのか、今持ってるスキルだけで?

 戦うって誰と?

 生徒は全員◯に行ったぞ?

 それに、大悪魔のスキルはいつ奪う? 今か?

 それから、ワイバーンのスキルは?

 あれがないと、魔界脱出は困難だぞ?

 っていうか、解放されたってことは、ミノタウロスとオーガの連中との戦いになるのか?

 そういえば、ツヴァ組は? ウェルリンは記憶が戻ってるのか?


 ああ、気がかりなことが多すぎる。


「そ、そうだっ!」


 大悪魔が、すがるような表情で声を上げる。


「ワイバーン、ウインドシアよ! お前は、まだ投票していないぃぃ! お前はどっちだっ! さぁ、早く投票するがいい! 竜の一族の末裔よ!」


 ワイバーン。


 たしかに、こいつも生徒だ。

 そして、投票もしてない。

 何を考えているのか全く読めない、接点を持つことすらかなわなかった竜族。

 単体でいえば、今この場において一番の強敵で難敵。


 ワイバーン、ウインドシア。

 お前は、どっちに入れるんだ?

 たとえどっちに入れたところで、お前のスキルは絶対に奪うつもりだが……。



『私は、その人間のことを、ほぼ何も知らない。ただ少し興味を引かれる部分があったから結末を見に来ただけだ。私はこれまで通り、傍観者であり続ける。よってメザリア卿、貴様の醜い自尊心を満たす手伝いは出来んよ』



「なにを、この竜族の小童こわっぱが……!」



『ただし──。鑑定士、それを体内に取り入れることの効果。それにも興味がないと言えば嘘になる。せっかくの巡り合わせだ。食してみたい気持ちもある。だが、私は傍観者という立場を崩すつもりはない。よって、メザリア卿。私の票を、貴様に譲ろう』



 ──は?

 つまりそれって……。



「ぎゃははははっ! さすがウインドシアぁ! 結局は、かしこぶっただけの卑怯な俗物かッ! いや、それとも鑑定士の価値をしっかり理解しているゆえ、か? まぁ、いい、フィード・オファリング! 貴様の運命は──」



 ドタバタと駆けた大悪魔が、『✕』へとたどり着く。



「死ぃぃぃぃぃィ! に、決定決定決定決定決定決定けってぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!」



 ったく……大悪魔の大悪魔らしい顔を初めて見たぜ。


 そっちの方が、いつもの仏頂面よりも、よっぽど悪魔らしくてわかりやすい。


 いいぜ、決まった。


 オレが殺すのは。


 ワイバーンと。


 大悪魔だ。

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