第33話 トライアングル

 決闘を制した。

 オレは、オガラとミノルを倒した。

 だが、その後味は、決していいものではなかった。

 大悪魔シス・メザリアが、ミノタウロスのミノルへ狂菌煎薬バーサクエリクサーというものを与え、暴走バーサク状態に陥らせていたからだ。


「ああっ、なんということだッ……! せっかくの人間の公開処刑がッ! 人間を恐怖に陥れ、肉の質を高めようとしてたのにッ!」


 大悪魔が苛立ちまじりに叫ぶ。


 肉の質?

 ハッ。

 お前、以前に「オレを飼育するのは、命の大切さを知ってもらうため」って言ってたよな?

 オレを飼育してる意図がいまいち読めなかったが、結局はオレの質を向上するためだったってことか。


 というか。

 ミノルにドーピングさせてまでオレを惨殺させようとしてただなんて、そんなのミノタウロスの一族が許すわけが……。



「グオオオオオオオ!」

「人間を殺せええええええ!」

「ミノルの敵を取れええええ!」



 案の定だ。

 校庭になだれ込んでくるミノタウロスの親族一同。つられてオーガの親族も流れ込んでくる。


 ワイバーンが屋上から降りてくるが、今度は止められない。


「き、貴様ら、私を誰だと思っている! 悪魔界序列一位の大悪魔だぞっ! 貴様らのような下等な存在が、わ、私に歯向かって許されると思っているのか!?」


 大悪魔は、震える声で威嚇しながらも少しずつ後ずさりしていく。


 そうした結果、オレを中心に。



             高台

        (ウェルリン&ツヴァ組)

        森 


        親族

  (ミノタウロス&オーガ約三十人)


        オレ    

 大悪魔          ワイバーン


        校舎

 (ルゥ、リサ、生徒たち、計二十三人)



 という奇妙なトライアングルが出来あがっていた。



『貴様ら、決闘の結果を受け入れられぬというのか!?』



 ワイバーンの声を無視して、オレへと突進してくるオーガ&ミノタウロス一同。


(くっ──! やるか……!? 今ならワイバーンも大悪魔も射程圏内にいる。こいつらのスキルを奪って校舎に飛び、必要なスキルをあらかた奪ってから、リサとルゥを連れて逃げる──! 成功する可能性は高くないが、不可能ってわけじゃない)


 考えてる間にもミノタウロスたちとの距離は縮まっていく。


 大悪魔は逃げ腰。

 ワイバーンもさすがにこの状態の大勢の間には割って入らない。

 ウェルリンとツヴァ組は高台に控えたままだ。


 オレだ、オレが動かないと──。


 そう思って吸収眼アブソプション・アイズを発動しようとした、その瞬間。



「♪~~」



 猛り狂い平常心の失われた場に全くそぐわない、可憐な歌声が聞こえてきた。

 背後。校舎の方から聞こえてくる。

 ああ、振り返らなくてもわかる。

 きっと、これは【美声ビューティー・ボイス】。

 セレアナの歌い声だ。


 駆けてきていたミノタウロスたちも、あまりに場違いな歌声に戸惑い、足が緩む。

 その隙を見逃さずセレアナが言葉をつぐむ。



「オガラ。そしてミノルは、私達の共に過ごしたクラスメイトでした」



 しんみりとした、それでいて凛とした声。

 ミノタウロス達も完全に足を止めて聞き入る。

 オレも振り返って声の方を見る。

 するとそこには、まるでステージかのごとく朝礼台に立つセレアナの姿が。



「人間・フィード・オファリングは、二人に殺された恩人のホープのために己の命を賭けて戦いに挑んだのです。結果、二人はやぶれ、命を落としました……。同族を想い、怒るみなさんの気持ちもわかります。きっと私も同じ立場だったら怒ることでしょう。しかし──フィード・オファリングの所有権は、今は私たちにあるのです。この後、メザリア先生の告げる条件如何いかんで、フィード・オファリングは解放されます。どうでしょう? まず、その条件を聞いてはみませんか? そして、彼が解放されたら、その後に敵討ちでもなんでも好きにされてはいかがでしょうか?」



 完全に気を削がれた様子のミノタウロスとオーガたちが、ボソボソと話す。


「……解放?」

「チッ、どうせ解放されても少し寿命が伸びるだけだ。それなら今やっちまっても──」

「いや、でも、ツヴァ組の奴らが見てるのに仁義に反するのもな……」

「ああ、後からなんて難癖なんくせつけられるかもわからねぇ。それに──」

「ワイバーンも面倒だ」

「あいツが解放されテ、自由になったラ殺す……」

「後かラ……うン、わかっタ……」


 ミノタウロスたちは、再び校庭の外に戻っていった。



(フゥ……)


 たまたまだろうけど、ツヴァ組の存在に助けられたな。

 それから──セレアナにも。


 以前は、オレが奪った方が上手く使えると思っていた【美声ビューティー・ボイス】。

 ところが、なかなかどうして。

 餅は餅屋。

 オレが奪っても、あそこまで使いこなせないだろうな。


 で、自分に利することもある。


 オレは、それをこの窮地で学んだ。


 セレアナに「ありがと」の意味を込めて小さく手を振ると、彼女はパァと顔を輝かせてオレに両手をブンブンと振ってきた。


(ほんと色々世話になったよな、セレアナには。待遇の改善から服、応援、ブレスレット、そして今の調停ちょうていまで)


 さて、と。

 セレアナが流れを引き戻してくれた。

 さぁ、大悪魔、オレを解放する「条件」とは一体なんだ?

 聞かせてもらおうじゃないか。


 オレが思ってることを、ちょうどワイバーンが大悪魔に尋ねた。



『メザリア卿よ、人間を解放する条件とは、なんだ?』



 大悪魔はうとましそうにワイバーンを睨むと、耳を疑う言葉を発した。



◯✕まるばつゲームだ」



『…………は?』



 これには、さすがの叡智の存在・ワイバーンも、若干間の抜けた声で聞き返してしまう。



「◯✕ゲーム。全員が◯であれば、人間は解放。一人でも✕がいれば、処刑だ。どちらかを選ぶのは生徒たち。お前ら、二十三人だ」


 全員が解放を選べば、オレは解放される。

 一人でも処刑を選べば──死。


 おいおい、それ……なんて無理ゲーだ?

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