第32話 狂菌煎薬

 オレとミノタウロスのミノルとの距離はおよそ二十五メートル。

 オレの後ろには生徒の魔物たち。

 離れたところにリサとルゥ。

 ミノルの後ろにミノタウロスとオーガの一族。

 さらにかなり離れた高台にウェルリンとツヴァ組の黒服達。

 校舎の屋上にはワイバーン。


「おい……フィード、お前、人間なんだよな……? なんでそんなに戦え……」


 豚人間のオークが尋ねてくる。


「シッ。今は戦いに集中させてくれ。お前たちも安全なところに離れておいた方がいい。あいつは今、まともな状態じゃない」


「お、おう、そうだな」


 素直に忠告に従い、オークをはじめ生徒たちは、校舎の方へと離れていく。

 リサとルゥも校舎の中に避難したようだ。

 ジャッジを下す大悪魔、オレ、そしてミノルだけが校庭に立っている。


(さて、ここからどうするか……)


 相手の様子を窺いながらコキコキと首を鳴らす。

 ミノル以外に大悪魔、ワイバーンの動向にも気をつけなければいけない。

 なにしろ、周りは全員敵。

 オレにとっては決闘でも、奴らにとってこれは、ただの処刑であり殺戮ショーにすぎないのだ。


「なぁ、大悪魔シス・メザリア。ミノルの様子が明らかにおかしいんだけど、あれ、いいの? あんたの可愛い生徒たちを殺しかけてたんだけど?」


「……問題ない。それに、生徒を殺したのはお前の方だろうが。人間、フィード・オファリング」


 問題ないらしい。

 まぁ、生徒を殺したのはミノルも同じだ。

 ミノルは以前、トイレでホブゴブリンのホープを殺している。

 言わばこれは、死刑囚同士の殺し合いってところか。


「あ、そう」


 軽く答えて魔鋭刀をダガーに変えて構え持つ。

 対するミノルは、背中から手斧を二本取り出した。


 ジリジリとオレたちの距離が縮まっていく。


 おそらく一本は投げてくるはずだ。

 そこをかわして、懐に飛び込む。

 オレの必勝パターンだ。


 互いの距離が十メートルほどに縮まったとき、ミノタウロスが左足を踏み込んだ。


 ドンッ!


 来る──!



 【軌道予測プレディクション



 □ 右手斧、投擲

 □ 左手斧、投擲

 □ 突進

 □ 角、突角とっかく攻撃



 両方投げるのかっ!


 ブォンっ!


 全身筋肉のミノルの巨体から、凄まじい勢いで斧が投げ放たれる。


 オレは右に転がってそれをかわす。


 ブォンっ!


 さらに左手斧が発射される。


「くっ……!」


 軌道がわかっていても、避けるのがギリギリになってしまう。

 ったく、なんて恐ろしい力だ。

 スキルを奪われといて、これかよ。

 魔物ってのは、改めてほんとにヤバい。


 そして──オレは、魔鋭刀をブーメランに変えたりしてたからわかるんだ。


 多分、あの手斧は──。


 


 前方からは突進してくるミノタウロス。

 後方からは弧を描いて戻ってくる手斧。

 軌道予測プレディクションでは前後両方を追いきれない。


 くそっ、これに頼るしか──!


 

 【狡猾モア・カニング!】



 使う度に心が邪悪に寄っていく気がしてたため、今までなるべく使わないようにしていた狡猾モア・カニングを発動させる。

 すると、オレの取るべき選択肢が確信を持って頭に浮かんでくる。



 【斧旋風アックス・ストーム



 オレは魔鋭刀を手斧に変化させると、回転しながら「面」で校庭の土を掬い上げ、ミノルの顔に向かって飛ばす。


「グワァアアアァアッ!」


 暴走状態のミノルは目に砂が入っても、お構いなしで突っ込んでくる。


 すかさず次のスキルを発動。



 【透明メデューズ

 【身体強化フィジカル・バースト

 【軌道予測プレディクション



 砂ぼこりにまみれたオレは、透明になると……ひたすらダッシュした。

 手斧二本の軌道を読みながら、はるか遠くまで……気合で逃げる!


 ドスッ、ドスッ!


 戻ってきた二本の手斧が、グラウンドに突き刺さる。

 ターゲットを急に見失ったミノルは、キョロキョロと周りを見回している。


 オレは、そのまま駆け続けると、グラウンドをぐるっと回ってミノルの背後に回り込み、再び砂ぼこりを上げてから「透明」を解除する。

 我ながら卑怯だなと思うが、仕方がない。

 これが、オレがスキルを奪えることを悟られないようにする最善の立ち回り、今この場で出来るオレの全力だ。



 【斧旋風アックス・ストーム



 ザンッ──!



 ミノルの左のアキレス腱を斬り裂く。


「グガァ……!」


 よろけたミノルは、そのままオレを押しつぶそうと倒れ込んでくる。


(悪いな……それは、もう……)


 


 くるりとたいを入れ替えると、派手な音を立てて背中から倒れ込んだミノルの上にオレはまたがる。

 マウントポジション。


「ハァ、ハァッ……」


 さすがに息が上がる。

 魔力もかなり消費した。


「グワァァァガァ!」


 しかし、なんなんだ……このミノルの狂いっぷりは。

 こんなリミッターの外れた戦い方が出来るのは、おかしい。

 そもそも「暴走バーサク」ってなんだ?

 なんでこんな状態になってる?


「グワッ! グガァァア!」


 ミノルは、つのをオレに突き刺そうと頭を回し振る。

 一見、あの老トロールのような闘志にも見えるが、これは全然違う。

 彼は、ボケながらも己の信念を貫いて最後まで生きたんだ。

 でも、こいつは。

 ミノルは、ただ状態異常によって狂わされているだけ。



 【身体強化フィジカル・バースト

 【暴力ランページング・パワー



 ガッ──!


 魔鋭刀をグローブに変えて、マウントポジションから拳を振り下ろす。


 どうだ?

 これが信念を持っていた男の力だ。

 目を覚ませ。

 目を覚ませよ。

 なぜかオレは、そんなことを思いながら拳を振り下ろす。

 何度も。

 何度も。


「グゥゥ……」


 体格差はあれど、さすがにミノルの体力も少しずつ削られていく。


(もう、暴走バーサク状態が解けることはないのか……?)


 いやいや……オレは今、命のやり取りをしているんだぞ?

 なにを相手に情けをかけるようなことを考えてるんだ。

 さっさと殺せ、殺すんだ。

 さっきのオガラのように。


 相反する二つの感情がオレの中に渦巻く。


「ミノルをさっさと始末しろ」と思うフィードの感情。

「ミノルを、この自我のないまま死なせてもいいのか」と思うアベルの感情。


 元は脱出のシチュエーションを整えるためだけに仕掛けた、この決闘。

 ミノルが正気を失ったまま死のうが、別にそんなことどうでもいいじゃないか。

 頭ではわかる。

 頭ではわかるんだ。

 でも──。


「くっ……!」


 オレの手が止まったその刹那、大悪魔のしゃがれ声が校庭に響いた。


「ミノルっ! 何をしているっ! さっさと殺さんかァ! なんのためにお前に狂菌煎薬バーサク・エリクサーを与えたと思ってる! 角を折ってでも殺せ! どうせ、そいつを食えば傷は癒えるんだっ!」


 は?

 狂菌煎薬バーサク・エリクサー

 ミノルが正気を失ってるのは、大悪魔のせいだってのか?

 そこまでしてオレを殺したい?

 ああ、そう……。

 ああ、そうかよ……。


 バキィッ!


「グアワァ……!」


 ミノルは言われたとおりに頭から生えてる角を折ると、オレへ突き刺そうと振り下ろす。


(ホープを殺したミノル──)


 オレは、それをかわしながら。



 【暗殺アサシン



 トッ──。



 オレは魔鋭刀をダガーに変えると、ミノルの喉を一刺し──静かに命を奪う。


「ガッ……」


 ミノルの腕は崩れ落ち、持っていた角を地面へと落とす。


(そして、そのミノルを狂わせ、焚き付けた大悪魔──)


「チッ、使えないクズがっ!」


 大悪魔が忌々しそうに吐き捨てる。


(ああ……心底反吐へどが出る……)


 オレは、そう思った。

 そして、こう思った。


(大悪魔……貴様だけは絶対に許さん……!)

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