第28話 二十八日目

 【二十八日目 昼】



 誰を殺して誰を救うかを判断する命の価値。

 セレアナの、ある種本質をついたともいえるこの判断基準。

 答えは一瞬で出た。


 まず、オレにとって一番価値があるのはルゥ。

 次にリサだ。

 この二人はオレの命よりも価値がある。


 まず、ルゥ。


 彼女はオレがミノタウロスたちに殺されかけた時に、文字通り命を救ってくれた。

 思い返せば、それ以前にもみんながオレを平気で甚振いたぶってくる中、一人だけ気にかけてくれていた。

 そんな相手を殺すわけにはいかない。

 殺したくない。

 彼女はオレの中での価値のトップだ。


 次にリサ。 


 夜に彼女が来てくれるようになったことで、食料と情報を得ることが出来た。

 別にいなくても生きてはいられただろうが、オレにとっての魔界での一番古い友人と言えなくもない。

 とはいえ、相変わらずルゥとウェルリンの目を盗んで血を飲ませてはいるので、あくまで「オレの血」というものを介した上での付き合いだ。

 しかし、リサがいたからこそウェルリンとも会えて、結果的にあの老トロールとも出会うことが出来た。


 大悪魔の家に行くことが出来たのも彼女の飛行能力があってこそだ。

 彼女に感謝することは多い。

 恩人と言ってもいい。

 よって、彼女にもオレより高いランクの価値をつけた。


 で、三番目にオレ。


 ここは基準値に過ぎないので特に言うことはない。

 第三者的な目線から言うと、アベルのオレも、フィードのオレも、まだほとんど誰からも価値を認められていない。

 これから先、王国の腐敗? を暴けば、オレもリサやルゥのように誰かから価値を感じてもらえるかもしれないが、それもまだ先の話だ。

 そもそも自分で自分に価値があると思えるほどオレは自惚うぬぼれれてない。

 あくまで評価の基準値としてここに位置づけてるだけだ。


 四番目はセレアナ。


 彼女が昼間の待遇を改善してくれたおかげで今がある。

 オレがここでかなり困っていたこと。

 それは衛生問題だ。

 オレがトイレに行けるようになるまで、檻の中は酷い状態だった。

 食べ物は「偏食ピッキー・イート」でなんでも食べられるようになっていたが、どこか擦り傷から汚物が体内に入りでもしたら三十日たずに死んでいた可能性は高い。

 そういった意味で、彼女も恩人と言ってもいいだろう。

 ただし、あくまでオレのことを愛玩動物という目線で見ていつくしんでるだけに過ぎないので、オレ自身よりも価値基準は下だ。


 五番目は狼男のウェルリン。


 夜のスパーリングに付き合ってくれたうえ、オレを老トロールに引き合わせてくれた。

 リサというエサをぶら下げたから力を貸してくれたわけだが、それでもオレにとっては十分にありがたかった。

 オレが仕向け、ウェルリンに間接的にインビジブル・ストーカーを殺させたこともあった。


 そもそも彼はクラスメイトじゃないし、明後日の決闘の場にもいないだろう。

 しかも、マフィアのボスの一人息子だ。

 殺したら面倒なことになることは必至だ。

 明日の夜にでも「魅了エンチャント」をかけて、オレのことは忘れてもらおう。


 それから、オレが死にかけた時に力を貸してくれたらしいマンドレイク、アルラウネ、一度オレにちょっかいをかけてきたオークをシバいたメデューサと続いて、あとは団子状態だ。


 そして、もちろんオレにとって一番価値がないのは、大悪魔。

 こいつは殺す。

 確定で殺す。

 なにがなんでも殺す。

 でなければ、今後もオレのように魔界にさらわれてくる人間が後を絶たないだろうから。

 こんな狂ってしまいそうな拷問を受けるのはオレが最後でいい。


 よしっ。

 決めた。

 いや、決まった。




 オレは、ルゥとリサを殺さない。




 つまり、彼女たちのスキルを奪わない。




 うん、決めた。

 オレはアベルのみで生きるのでも、フィードのみで生きるのでもない。



 アベルとして、フィードとして。

 両方をともなって生きていく。


 そう決意したところで、昼休みを告げる鐘がなった。



 キーンコーンカーンコーン。



「ほんとにいいのか? 訓練しなくても」


 昼休みに声をかけてきたのは、豚人間のオークと、首を小脇に抱えた騎士デュラハン。

 なんでも二日後の決闘に向けて訓練に付き合ってくれるらしい。


「ああ、今から怪我しても大変だし。気持ちだけありがたくいただいとくよ」


 オレの力は、なるべく本番まで隠しておきたい。

 オーガの【剛力ソリッド・パワー】対策として、オークの【怪力ストレングス】を受けてみたい気持ちもあったが、パリィ・スケイルや魔鋭刀の存在も今はまだ知られない方がいい。

 ということで申し出を丁重にお断りした。


「そうか、たしかに怪我はそうだな。人間はもろいからな。もし、なんか手伝えそうなことがあったら言ってくれ」


 二人が去っていった後は、女子~ズのチアガールの練習が始まった。

 以前はバラバラになっていた女子~ズも、今は再び七人体勢に戻っている。


 セイレーン。

 スキュラ。

 サキュバス。

 アルラウネ。

 ラミア。

 ケルピー。

 ローパー。


 の七人。

 本番まであと二日ということもあって練習にも熱が入っている。


「フレー! フレー! フィー・イー・ドォー!」


 人化できる魔物は人の姿になって、短いスカートをヒラヒラさせながら足を上げ下げしてる。

 端にいる人化できない馬魚ケルピーや触手うねうねローパーも頑張って手足をパタパタと振る。


 もうすっかり見慣れた光景ではあるけど、人化した魔物のスカートの中身に関してはいまだに慣れない。

 せめて他の方向を向いてやってくれと思うんだけど、なぜか彼女たちは見せつけるようにこっちに向かって足を上げ下げしてくる。

 まったくもって意味不明だ。

 そもそも、このチアガールととかいうものの衣装自体が意味がわからない。

 なんでこんなに布が少ないんだ?

 なんでこんなにヒラヒラしてるんだ?

 どうやら……魔物の価値観とやらは、三十日程度じゃ理解するのが難しいようだ。


 大悪魔の持ってきた健康的な昼食、今日はデーモンキャベツの暗黒サラダ、マジックワームのスープ、コケッコッコドリのチキン、ブラッドフレームライスを食べながら、オレが端で触手ふりふりしてるローパーを眺めていると……。



 パァッ……。



 え? え? なんか体が青い光に包まれてるんだけど?


「セレアナ様! なんか人間、光ってますよ!」


「わたくしたちの応援の成果ですわね! この調子で続けていきますわよっ!」


「はい、セレアナ様!」


『フレー! フレー! フィー・イー・ドォーー!』


 いや、これ……。


 自分を鑑定してみる。



 【鑑定眼アプレイザル・アイズ



 人間 62 【鑑定眼アプレイザル・アイズ】【吸収眼アブソプション・アイズ】【狡猾モア・カニング】【偏食ピッキー・イート】【邪悪ユーベル・ズロ】【死の悲鳴デス・スクリーム】【暗殺アサシン】【軌道予測プレディクション】【斧旋風アックス・ストーム】【身体強化フィジカル・バースト】【透明メデューズ】【魅了エンチャント】【暴力ランページング・パワー】 状態:鼓舞エンカレッジ(勇気、連携、精神向上)



 うおっ、スキル多すぎて見づらっ!

 なんか状態「鼓舞エンカレッジ」とかいうものになってるし。

 おまけに魔力が増えてる。

 ああ、老トロールを殺したから経験値が入ったのか。

 それにしても、このバフは多分……セレアナの【美声ビューティー・ボイス】の効果なんじゃないか?


 以前もセレアナの発言でクラスの皆が自然に誘導されたことがあった。

 もしかして、このスキルってオレが思ってたよりも応用が効くものなのか?

 そして、もし「美声ビューティー・ボイス」が、こういったバフ効果がメインのスキルだとすると──。



 奪うより、セレアナに持たせてオレにかけさせたほうがよくないか?



 ほら、「魅了エンチャント」とかを使って使役して。

 なんにしろ、ソロで王国を相手取ろうとしてるオレが他人にバフをかけるスキルを持ってても意味がない。

 今、オレに一番必要なのは、戦闘スキルと状態異常スキル、それに逃亡に必要な移動系スキルや「不眠インソムニア」「潜水ダイバー」といったスキルだ。


(これは……スキルを奪う候補から外していいかもしれないな)


 檻の中であぐらをかいたまま、アゴに手を当てて考え込む。

 ちなみにオレの今日の服装は、スキュラの用意したピエロの洋服だ。


「ギャハハっ! みんな見てみろよ! フィード、ピエロの格好したまま光ってんぞ!」


 デーモンが指を差してオレを笑う。


 檻の中で、健康的な食事を前にして、ピエロの格好で、神妙な顔で、あぐらをかいて、アゴに手を当て、チアガールたちが足を上げ下げしてる前で、青く光ってるオレ。


 うん、改めて冷静に見てみるとホントわけわかんないな、オレの状況。

 シュールすぎて。


 魔界の季節は秋。

 窓の外から吹き込む空気が枯れ葉の匂いを運んでくる中、教室は男子の笑い声とチアガールの声援に包まれていた。



『フレー! フレー! フィー・イー・ドォーー!』



 【二十八日目 夜】



「フッ、フッ、フッ!」


 パンパンパン、っとウェルリンとリサの攻撃をさばき、視界の外から「えいっ! えいっ!」と投げてくるゴーゴンの投石をかわしつつ、オレは二人を制圧した。


「いたたたっ……! 下僕っ! 降参よ、もう降参っ~!」


「……ったぁ~! ほんとお前、あっさりと一皮むけやがって……。『男子三日会わざればなんちゃら』ってことわざはマジだな、ありゃ……」


「ふぅ、ありがとう二人とも。それにルゥも。ただオレはみんなのクセが読めるようになっただけで、しょせんは弱い人間だ。ウェルリンにスキルを使われでもしたらすぐに殺されちゃうよ」


「あ、ああ、そうだな……! オ、オレがスキルを使えば、お前みたいな人間なんか、い、一瞬で肉塊だな、肉塊っ!」


 ごめん、お前のスキルはもうオレが奪ってるうえに、明日お前はオレに洗脳されてオレのことを忘れるんだけどな。


 ……って、こんな意地悪なやり取りをするのも、今夜で最後だな。


「本番前に下僕が怪我しちゃいけないわ。今日はこのくらいにして、明日は軽く流すくらいにしましょう」


「みなさん、お疲れ様でした~」


 最初はオドオドとつっかえながら話していたルゥも、今では自然と話せるようになっていた。

 人の顔を見ることが出来ず、目も伏せがちだったルゥ。

 それが今、彼女は顔を覆ったベール越しにオレたちの目を見て、たおやかに笑いかけている。


「ああ、疲れたぁ~! ルゥも投げるの上手くなってきたな!」


 オレたちもルゥの石化能力を怖がることなく目を見つめ返し、ちょっとおどけてみせたりもする。


 人間界でオレが友達といえるような間柄だったのは幼馴染のモモだけだ。

 だが、あれは友達というより「保護してもらってた」と言ったほうが近い。


 ルゥは、その種族性と性格ゆえに、家にも学校にも居場所がなかった。

 リサは、バンパイアなうえにマフィアの娘ということで友達がいなった。


 そんな二人と、リサのことが好きなウェルリンと。

 いじめられっ子で、信じてた仲間達からも裏切られ追放されたオレ。


 見事に世間の爪弾つまはじき者の四人。

 よくぞ、そんな四人が自然と集まったものだ。

 いや、そんな四人だからなのかもしれない。


 そして、どう過ごしても、これが四人での最後の平和な夜になることは間違いなかった。

 明日は──ウェルリンに「魅了エンチャント」をかけたりと、色々とやることがある。


 オレは、ふと何気なく三人にたずねてみた。


「ねぇ、みんなの将来の夢ってなに?」


 リサが豆鉄砲を食らったみたいな顔をする。


「ななな、なに急に? 将来の夢?」


「ふふふ、なんか修学旅行みたいですね」


「修学旅行……って、私、行ったことないわよ」


「私も行ったことないです……」


「オレもねぇぜ! そもそも学校行ってねぇし!」


 修学旅行に行ったことがないらしい魔物三人がオレの顔を見る。


「あはは……ごめん、オレ行ったことある……」


 ずっとモモの後ろに隠れてた記憶しかないけど……。


「んだよ、あんのかよ! ったく、人間のくせにリア充しやがって!」


「そうなの? 下僕ってリア充だったの? な、生意気ね、下僕のくせに!」


「はぁ~、修学旅行羨ましいですぅ~」


 ま、まさかいじめられっ子だったオレが羨ましがられる日が来るとは……。


 その後、机を端にどけて、みんなで教室の床に円状に座り、まったりとそれぞれの夢について語った。


 ルゥは、人間になって人間界でひっそりと暮らすこと。

 リサは、心を許せる眷属と一緒に悠久の時を過ごすこと。

 ウェルリンは、魔界だけでなく人間界もシメる大親分になること。


「で、下僕は? 下僕の夢はなんなの?」


「そうですよ、みんな話したんだからフィードさんも話してくださいっ!」


「おう、オレ様も興味あるな。聞かせてみろよ、フィード」



「オ、オレ? オレの夢は──」

(オレの夢は──)



「そうだね、またみんなと──」

(キミたち以外の全員を殺して──)



「こういう風に──」

(オレが攫われてきた原因を突き止めて──)



「ゆっくり過ごせることかな」

(王国の腐敗を暴くことだよ)



 ウッ……という声が聞こえる。


「フィードさん! 絶対出来ます! また、みんなでこうやって……」


「ううぅ~、下僕は絶対私が死なせないからっ! だから眷属……私の眷属に~!」


「おう、フィード! 明後日頑張れよ! っていうかリサちゃん!? だから眷属はオレ様がなるって!」


 ガシッと三人から抱きしめられて泣かれるオレ。


 この夜が明ければ、決闘の日まで。


 残り一日。

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