第27話 セレアナの名答

 【二十八日目 朝】



 決闘まで残り二日。

 スキル吸収ストック数17。


 昨日オレが悩んでたことは、意外にもセレアナの一言であっさりと解消した。



 朝の教室。

 いつものように始業十分前にセレアナとスキュラが騒がしく登校してくる。


「フィードぉ? 今朝のご機嫌はいかがかしらぁ?」


 不思議なもので、このウザい令嬢口調にも一ヶ月触れ合っていると流石さすがに慣れてきていた。


「セレアナにちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 セレアナは、あの老トロールに通じる信念を持っている魔物だ。

 ちょっと意見を聞いてみるのもありだろう。

 そう思って声をかけてみることにした。


「……! フ、フ、フィードが……フィードが自分から初めて話しかけてきましたわ……! しかも……わたくしの名前まで……! ああ、なんということでしょう……! わたくしの、わたくしたちのしてきたお世話は、今ここに実を結んだのですわぁ~~~!」


 パチパチパチパチ!


 子分のスキュラの熱烈な拍手が教室に響く。


「さすが偉大なセレアナ様ですっ! その寛大なお心が、やっとこの矮小わいしょうで惨めな人間のゴミをなつかせたのですねっ!」


「お~ほっほっ! さぁ、フィードぉ? なんでもわたくしにお聞きなさぁい? さぁ、心ゆくまで聞くがいいわぁ! さぁ、さぁっ!」


 無駄に教室中から注目されてやりづらいなと思いつつ、オレに残された時間も少ないので気にせず昨日から考えていた質問をぶつけてみる。


「あのさぁ。オレの国にある心理テストみたいなものなんだけど、セレアナならなんて答えるかなと思って」


 もちろん嘘だ。

 そんな心理テストなんて存在しない。


「あらぁ、おもしろそうじゃなぁい。いいわぁ、答えて差し上げましょう?」


「セレアナが、猛スピードで下ってるトロッコに乗ってるとしてさ。行く手が二股に別れてるんだ。片方の線路には自分の知り合い十人が拘束されている。このまま行けば衝突して知り合い達を殺してしまう。そして、その先の道は、まだ下り坂が続いている」


「人間の考えそうな胸糞悪い設定ですわね……」


 あらら、魔物に胸糞悪いって言われちゃったよ。

 まぁ、たしかにそうではあるけど。


「で、もう片方の線路には親友二人が拘束されてる。でも、その先の道は平坦になっている。トロッコの速度も落ちて、無事にトロッコから降りられるってわけだ。この場合、セレアナならどうする?」


「自分の命を危険にさらして友人を助けるか。それとも、友人を殺して自分の命を優先するか。どちらを選ぶかというわけですわね……。そして、多数の命と友人の命まで天秤にかけさせると……」


「そうなるな」


 結局、昨日から悩んでるのは。


 今後、オレが──。


 慈悲深い人間アベルとして生きていくのか。

 友人に手をかけた業人ごうにんフィードとして生きていくのか。


 ということだ。


 アベルとして生きようとすれば、生存確率は下がる。

 フィードとして生きようとすれば、一生罪の意識にさいなまれる。


 その二者択一の問題に答えを出せず、悩み続けているんだ。


 信念を貫き通そうとする意志を持ったセレアナならどっちを選ぶだろうか。

 友人か。

 それとも自分か。


「私なら……まずランク付けをしますわね」


「ん? ランク付け?」


 予想外の答えに思わず頓狂とんきょうな声で聞き返す。


「ええ、まずワタクシの命は当然ランクのトップとして、友人二人のランクとの合計。それに対して、知り合い十人とやらのランクの合計。そこに私のランクを半分にしたものを加えて判断しますわ」


「生存確率がわからないから自分のランクを半分にするってことか」


「ええ、生き物の価値なんて命あってこそですわ。だから生存確率がわからないなら半分に落ちますわねぇ、さすがのワタクシといえども」


「で、セレアナならどうするんだ?」


 自分のことを友人枠だと確信しているのだろうスキュラが、息を呑んでセレアナの次の言葉に注目している。


「その価値の総量の高い方を助けることにしますわぁ」


「自分の命を賭けてでもか?」


「ええ、そもそもワタクシが歌姫であるためには、それを聞いてくれる民が必要です。わたくしが一人で生き残ったとしても、誰も歌を聞いてくれないのであっては生きている意味がありませんわぁ」


 他者あっての自分。

 自分一人だけが生き残っても仕方がない。


 なるほど。

 そういう視点は持ち合わせてなかった。


 しかも、ランク付け。

 一見薄情なようだが、自分の価値まで簡単に半減させてしまうあたり、命について達観しているようにも思える。

 魔物特有の感覚なのか。

 それとも、単にセレアナが突き抜けてるだけなのか。


「知り合いや友人を殺してしまうことに罪悪感は覚えないのか?」


「はぁ? わたくしたちは危険渦巻く魔界で生きてましてよ? そんな、いつ死ぬかもわからない環境で暮らしながら、拘束されて線路の上に置かれてる時点で間抜けですわぁ。トロッコなんかに乗せられてるワタクシにしてもそうですわね」


「ああ、まぁ、前提のところではそうだけど……」


「どちらを殺すにしてもワタクシに責任はないですわぁ。あるとしたら、知人を拘束して、わたくしをトロッコに乗せた奴にありますわね。もし生き残ったら、そいつに恨みを全部ぶつければいいだけの話です。それのどこにワタクシが気を病む必要が?」


 責任があるとしたら、オレを攫ったやつ。


 たしかにそうだ。

 

 恨むなら、そいつ。


 いや、たしかにそうだ。


 今までは、このクラスの魔物たちを敵だと思って葛藤してきたけど、こいつらはただ魔物の本能に従って生きてるだけなんだよな。


 本当の敵、本当に悪いのは──。




『オレを攫ってきて、ここに監禁した奴』




 なんでそんな単純なことに気づかなかったんだろう。

 そういえば……攫われた時に聞いたな。



『恨むなら王国を恨め』



 って。

 たしかにその通りだ。

 答えは最初から聞いてたじゃないか。


 恨むのは。

 王国であり。

 オレを攫った実行犯であり。

 そいつらにオレを売り飛ばしたパーティーメンバーであり。

 オレをここに監禁し、虐待させた大悪魔じゃないか。


 単純なことだ。

 なんで今まで、そんな当たり前のことを見失ってたんだろう。


 オレは、二日後にここを出ていく。

 そのために魔物たちを殺す。

 ただし、それは目的じゃない。

 オレがここを出ていくための、ただの手段だ。

 そこで死ぬ魔物も、結局は王国や大悪魔の被害者にすぎない。

 悪いのは王国や大悪魔だ。


 で、問題は「誰を殺して誰を生かすか」だが……。

 価値の総量で決める?

 いいね。

 わかりやすい。

 自分としても納得しやすそうだ。

 それでいこう。


「ククク……アハハ……」


「ちょ、ちょっと、フィードぉ? ついに壊れちゃったのかしらぁ?」


「あ、いや、大丈夫。あまりに明朗めいろうとした答えだから、思わず笑っちゃったよ」


「はぁ? ほんと失礼ですわね、人間って……」


「いや、でも感謝してる。すごく興味深い答えだった、ありがとう」


「そ、そうですの? まぁ、死にゆく脆弱な人間に感謝されるのも悪い気はしないですわね。よかったら、これに懲りずにまた質問しても……って聞いてますの!?」


 ハァ……久々に頭がスッキリした気がする。

 やるべきことが定まった。

 オレの信念、オレの生き方。

 ここを出て、人間界に戻り、王国とやらに責任を取らせる。

 オレをここに連れ去り、クラスの魔物たちを手にかけさせた責任を。


 オレは数日前まで復讐の権化に堕ちようとしてた。

 復讐の鬼へと化して全てを殺そうとしていた。


 だが、違う。

 オレのやるべきことは『復讐』ではなくて『糾弾きゅうだん』だ。


 王国と魔物に繋がりがあるのはあきらかだ。

 ならば、それをオレは公にして王国の罪を暴こう。

 でなければ、これからもオレのような人間が増え続けることになるからだ。


 ルゥとリサを救うにしても。

 殺すにしても。

 オレが、道半ばで死ぬとしても。


 その責任は、すべて王国にある。

 ならば、その不正を正すのがオレの信念だ。


 その信念を言葉で表すなら……そうだな。



 ────正義。



 そう呼んで過言はないだろう。

 オレは正義のために、二日後に魔物たちを殺す。

 今までオレは自分の命を第一に考えていたが、これからはそうじゃない。

 第一に考えるのは、王国の是正ぜせいだ。

 その正義を行うためには、魔物たちの命もオレの命も等しく価値があって、等しく価値がない。

 信念の前では様々な価値は平等だ。

 たとえそれが、自分の命であっても。


 さぁ、整理しよう。

 王国が魔物と癒着してる罪を白日の下に晒し、オレのような目に遭う人間を、これから一人も出さないようにするために。

 誰を殺し、誰を生かすか。

 その、価値の整理を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る