第21話 ワイバーンとの対面

 【十九日目 昼休み】



 二階建ての学校。

 おそらく人間の学校を完全に模して作られたのだろう。

 三十人だけの生徒、一人だけの教師だけでは完全に持て余してる、この建物の二階。

 そこにあるオレたちの教室の窓の外に、そいつは悠然ゆうぜんと浮かんでいた。



 ワイバーン。



 魔物たちの中でも別格とされる、天翔あまかけるドラゴンの一族だ。

 人間界では、もう数百年も目撃されていないという竜族。


 それを間近で目の当たりにして──オレは震えた。


「これが……ドラゴン……」


 空に浮かぶ真っ赤な巨体。

 クラスで一番大きな生き物はミノタウロスなのだが、その三倍は大きい。

 そんな巨体が空に浮かんでいるというのに、上下する翼による風圧は一切感じられない。

 おそらくは魔法で浮いているのだろう。


 ワイバーンは、教室の狭い窓に顔を近づけて覗き込んできた。

 ツンとした硫黄いおうの匂いが鼻を突く。


(伝承通り、やはり普段は火山地帯に住んでいるのだろうか)


 ワイバーンは、檻の中のオレを見て冷たく言った。



『こいつか。十一日後に食われるエサというのは』



 声が教室内で共振する。

 オレも、低位の魔物たち──ローパーやマンドレイク、オークたちも、その声の響きに思わず震え上がった。


(声ひとつ取っても、他の生物とは格が違うってことか……)


 蛇に睨まれた蛙、という言葉がある。

 今のオレたちは、まさにそれ。

 ドラゴンに睨まれた人間。

 ドラゴンに睨まれた低級魔物。


 大悪魔からは、長い寿命ゆえに生まれたと思われる緩慢かんまんさや傲慢ごうまんさが伝わってくる。

 そしてオレは、そこにつけ入ることも出来た。


 しかし、こいつは──。


 油断することもなさそうな、さとく鋭い目つき。

 生半可な武器では傷をつけられなさそうな堅牢な鱗。

 巨体を浮かせることの出来る圧倒的な魔力量。

 なにもかもが大悪魔とは違う。


 そしてなにより、テリトリーが──空。

 飛んで逃げられたら終わりだ。

 追うすべはない。

 こんなものを人間が「倒す」なんてほぼ不可能だ。

 つけ入る隙も、戦って勝てるようなイメージも、微塵みじんも湧いてこない。


 オレはブレスレットに変形させた魔鋭刀を、そっと背中に隠した。なんだか短刀の正体も、オレのスキルの正体も見破られてしまいそうな気がしたからだ。



『このエサ、ミノルたちと決闘をするとか?』



 物色するかのような視線をオレに向けつつ、ワイバーンは誰ともなしに言う。


「え、ああ……そうなんだ。十一日後の朝、校庭でオガラ、ミノルと連戦だ。勝ったら条件によってはフィード……あ、エサを『解放』するらしいけど、詳しいことはまだ不明だ」


 真面目が取り柄、青銅人間のタロスが震えを押さえながら説明する。


 こいつ……タロスは喋ったらいい奴っぽい感じなんだけど、やっぱりオレのことをと認識してるんだな。やはり親近感を持ったところで、こいつらは魔物。オレとこいつらは、捕食者と被捕食者にすぎない。それをオレは改めて実感した。



『解放……。フンッ、性根のじ曲がった悪魔の言うことだ。どうせ食べる前の最後の味付け──調味料とでもいうわけだろう。悪趣味なことだ。エサもエサらしく、無駄な期待などせぬことだな』 



 そう言って、オレを見下した目で見つめる。

 まるでオレを査定し終わったとでもいうかのように。


 ん……?

 今、このワイバーンは、油断してるのか……?

 気を抜いてる?

 オレを過小評価してくれたのか?

 気づかれてない?

 オレのスキルも。武器も。


 そして──。


 オレが、お前ら全員を、ぶっ殺してでもここから出てこうと思っていることも。


 よし、今だ。

 視ろ。

 視るんだ。

 ヤツの興味が薄れた、今!



 【鑑定眼アプレイザル・アイズ



 竜族の圧にされながら、オレは自らを奮い立たせ、スキルを発動する。


 オレを射抜くワイバーンの冷たい爬虫類の目。

 オレにしか見えない赤い炎がともったオレの右目。

 

 その視線が、宙で交差する。



 ワイバーン 7016 【高速飛行スピード・フライト



 これがワイバーンのスキル……。

 高速飛行。

 魔界を脱出するために喉から手が出るほど欲しいスキルだ。

 絶対に奪わなければ。


 しかし。

 いつ奪う?

 今?

 今しかチャンスはないぞ?


 でも、奪ったらワイバーンは飛行能力を失って落下する。

 そんな騒ぎになって逃げ出せるか?

 しかも今は檻の中だ。

 無理だ。


 高速飛行は魔界を脱出するためにマストなスキルだ。けど、そのために今、無茶をすることは出来ない。


 オレが苦渋の決断に顔を歪めていると──。



『……フンッ、このエサは、お前らが思ってるよりも楽しませてくれるかもしれんぞ。なにを考えてるかは知らんが、ただ黙って殺されていく者の目ではない。お前らも、ゆめゆめ気をつけることだ』



 ──見透かされた?

 魔界に来て初めて。

 オレの敵意を。殺意を。

 感じ取られた。

 いや、大丈夫だ。

 バレてない。

 スキルを奪えることも、魔鋭刀のことも。


 しかし──この察しのよさは、さすが叡智えいちを司る竜族といったところか。


「いやいや、ウインドシア。こいつは、ただの雑魚人間だぜ? 決闘にしてもただの惨殺ショーになるに決まっ、て……」


 ワイバーン対して強く出て己の存在感をアピールしようとした豚人間のオークだったが、浴びせられるワイバーンからの冷ややかな視線に怖気づき、思わず口を閉ざす。


「い、いや、なんでもねぇよ……。あんたに口答えするつもりはなかったんだ、ウインドシア」


 どうやらワイバーンの名前はウインドシアというらしい。

 そんなバツの悪そうなオークを無視してワイバーンは告げた。



『決闘は見届けに来る。メザリア卿にも、そう告げておいてくれ』



「あ、ああ……わかったよ。先生にはオレから伝えておく」


 タロスが答えると、ワイバーンは音もなく上昇し、一瞬にして遠くの山の彼方へと飛び去っていった。


「ふぅ……急に来るんだもんな、やっぱ竜族は心臓に悪いわ……」


 誰ともなしに漏らした溜め息が教室中を埋め尽くす。

 その中には、オレのものも含まれていた。


 最終日だ。

 決戦の時にワイバーンのスキルを奪う。


 突如現れた一番の難敵。


 堅牢で。


 英明えいめい


 どうスキルを奪って。


 どう殺すか。


 オレは再び、魔物たちを殺す算段を立て始めた。


 檻の中で一人。


 静かに。


 そっと息を潜めて。


 誰にも気づかれないように──。

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