第22話 二十五日目まで

【十九日目 夜】



 昼に会ったワイバーン。

 天翔ける竜族の末席。

 きっとスキルを奪い、地に落とした後でも脅威になる相手だろう。


 オレは今夜から、そのワイバーンを倒すための訓練をこっそりと始めた。

 狼男(今さら知ったけどウェルリンという名前らしい)とリサを相手取った、柔らか魔鋭棒での実践訓練。

 昨日まではミノタウロスや、複数の相手、不意を突かれた時を想定してやっていた、この実戦形式の訓練だが。


 その意識を、一段上に上げる。

 

 絶対に倒せない、強固で強大な敵を打ち倒す訓練として。


 不思議なもので、そう思うと、腹がわって今まで見えてこなかった二人の隙やクセが見えるようになってきた。

 別になにかしらのスキルを使ったわけじゃない。

 意識の──いや、覚悟の違いから見えるようになったものだろう。


 今までは、心のどこかに「奪ったスキルで殺せばいいや。だから訓練は補助的なもの」程度に思っていた部分があった。

 だが、あのドラゴンは──生物としての「格」が違う。

 そんな相手に「へなちょこ鑑定士」「足手まとい」だと言われ、パーティーを追放されたオレが、一人で立ち向かわなければいけないんだ。

 もっと強い覚悟を。

 もっと強い殺意を。

 スキルだけじゃない、もっと人としての覚醒をうながす必要があった。


 もし、即死スキルが効かなかったら。

 もし、状態異常スキルが効かなかったら。


 生きるためには、そこまで想定しなければならない。

 たとえいくつもスキルを持っていようが魔力が尽きれば意味もない。

 そのためには、鍛えなければいけない。

 体も。

 心も。

 あと十日。

 死ぬ気でやらなければ、死ぬのは間違いなくオレの方なのだから。



「ちょっ、ちょっと! 待って! ストップ! ストップしなさい下僕っ!」


 訓練中のリサが声を上げる。


「ハァ……ハァ……どうした?」


「どうしたじゃないわよ! ちょっと鬼気迫りすぎじゃないの!? 怖いわよ、顔が! 訓練でしょ? もうちょっと肩の力抜いたほうがいいんじゃないの? ちょっと気を張り詰めすぎよ。それじゃ、十日たずに、ぶっ倒れちゃうわよ」


 気を張り詰めすぎ?

 ぶっ倒れる?

 ハハッ、当然だ。

 そのつもりでやってるからな。

 逆に生半可な気持ちでやってて、あのワイバーンに勝てると思うのか?


 ……なんて気持ちはおくびにも出さず、オレは笑顔を作る。


「ああ、そうだった? ごめんね、アドバイスありがとう、リサ。ちょっと休憩して落ち着くよ」


 殺意を作り笑いで覆い隠す。

 ただ闇雲に頑張ればいいってものでもない。

 こいつらに気づかれず、ワイバーンをも倒す力を手に入れる。

 あと、十日で。

 

 難しいが、やるしかない。

 こいつらを利用し、騙し、出し抜いて、殺して、脱出する。

 それまでオレの手のひらの中で上手く転がさないと、こいつらを。


「フィードさん、お茶です」


 ゴーゴンのルゥが温かい紅茶を差し出す。

 これもリサの家から持ってきた茶葉と茶器を使って淹れたものだ。

 魔界の貴族的な立場にあるバンパイアの一族の名に相応ふさわしい高貴な味わいがする。

 このお茶も含めてリサの持ってくる食事は、見たこともないような高級なものばかりで、これだけは魔界に連れ去られてよかったなと思える唯一のものだ。


「ルゥちゃん! オレにも茶くれや!」


 狼男、ウェルリンが下品に声をかける。


 こいつも魔界を二分するマフィアの一人息子らしいが、リサと違って高貴さは一切感じられない。

 マフィアというよりは、叩き上げの任侠ヤクザといった感じだ。

 それにしても、こいつにゴンゴルのことを馴れ馴れしく「ルゥ」と呼ばれると、なぜだかイラッとする。


「フィードさん、気持ちはわかりますが、体を壊してしまったら本末転倒です。あの、だから、休憩だけはしっかり取ってください」


 ルゥは、昼間にワイバーンが来た時に教室にいた。

 だから、この場で唯一、オレの受けたプレッシャーを理解している。


「うん、そうだね。ルゥもリサもありがとう、感謝してるよ」


 作り笑いで返事をする。


 でも。

 ほんの。

 ほんの少しは、実際に「感謝してる」と思っている部分が自分の中にあるのが、なんというか、もどかしい。


 この気持ちを捨てなければ、もっと冷徹にならなければ。

 この地獄から生還することは難しいというのに。


「オイオイ、オレには礼はねぇのかよ!」


「う~ん、ないかな?」


 リサとルゥがアハハと笑い声を上げる。


 この日の訓練は、前日八:二で押し込まれていたのが、七:三まで押し返した。


 

 【二十日目 朝】



 前日のワイバーンの発言のせいか、魔物たちとの距離が少し離れつつあった。



『ただ黙って殺されていく者の目ではない。お前らも、ゆめゆめ気をつけることだ』



 実際、ワイバーンが去った後、オレに声をかけてくるものは誰もいなかった。

 あの女子~ズでさえもだ。

 その状態は、一夜明けた今朝も同じことだった。


 ただ一人。

 セイレーンのセレアナを除いては。


「あ~ら、ごきげんいかがかしらぁ、フィード・オファリングぅ? それにしても──みんなは一体、こ~んなちっぽけで無力な人間の一体なにをそんなに恐れてビクビクしているのかしらぁ? わたくしも昨日は雰囲気に飲まれてちょっと尻込んでましたけど……よくよく考えたら、こんな惨めで憐れな人間ごとき、私達が怯える必要はどこにもありませんわぁ!」


「で、でもセレアナ様。ウインドシアが……」


「おだまりなさい!」


 子分のスキュラを一喝し、セレアナは続けた。


「いいですこと? わたくしはセレアナ・グラデン。この世界の歌姫となる魔物ですわ。世界の歌姫ということは──すなわち、竜族すらも魅力する歌姫ということです! ならば、わたくしは己の目で見て感じたものを信じましょう! それが、わたくしっ! セレアナ・グラデンという偉大な歌姫の生き様なのですからっ!」


 ババーン! と効果音が付きそうなくらいに大見得おおみえを切るセレアナ。


(馬鹿と自信過剰も、ここまで来れば大したもんだ)


 それに、彼女のスキル【美声ビューティー・ボイス】の効果も初めて実感できた。

 おそらくは彼女の意思や信念の強さがスキルに上乗せされて増幅しているんだろう。

 その効果か、魔物たちの中にはセレアナに賛同するものもチラホラ。


「そ、そうだよな! こ、こんなクズ人間になにか出来るわけもねぇよな! もしなにかしでかそうとしたらオレが殺してやるぜ!」


 新・イキリ番長の豚人間オークをはじめ、ケルベロスやキマイラなど、凶暴な獣系の魔物たちが声を上げる。

 一方、半鳥半蛇のコカトリスや半人半蛇のラミアといったドラゴンの系譜の亜種となる爬虫類系は押し黙ったままだ。


(このまま放っといてくれた方が、オレとしてはやりやすかったんだけど)


 結局女子~ズも分裂し、セレアナの他にスキュラ、ケルピーという海の魔物トリオだけの三人に半減してしまった。

 これじゃ、もはや女子~ズじゃなくて、ただのお魚三姉妹だ。


 しかもスキュラは嫌々セレアナに従ってる感じだし、ケルピーは馬なのでなんて言ってるかもわからない。

 実質、セレアナ一人だけが「世界の歌姫」とやらの信念だけでオレを世話しようとしてる状態だ。

 まぁ、それもよくわからない話ではあるが。


 とにかく、さいわいなことに、こうして魔物たちのオレへの干渉は激減していった。



 【二十日目 夜】



 実戦訓練。

 今日は昨日よりも押し戻し、六:四で凌ぐことが出来た。

 結局のところウェルリンとリサは、オレを殺す気で来てるわけではない。

 一方、オレは残りの魔物二十七人を全員殺すつもりで取り組んでる。

 だからリサたちは踏み込みに、読みに、甘さが出る。

 そこの差を詰めていった結果がこれだ。


 訓練、なのだから仕方がないが少し物足りない。

 もっとヒリヒリとした訓練を積まなければ、きた経験にはならない。

 なにか考える必要がある。

 まずは、二人を圧勝できるようになるまで自分を研ぎ澄ますんだ。

 それから、次の段階に移ろう。



 【二十一日目 昼】



 ルゥの従姉妹のメデューサが、オレにちょっかい出そうとしてきたオークを殺しかけた。

 メデューサのスキル【邪眼イビル・アイ】を浴びた豚人間オークは、激しいダメージを負ったうえ、延々タコ踊りをさせられていた。

 どうやら「邪眼」には、ダメージだけでなく、精神操作の効果もあるようだ。

 本番では絶対に食らわないようにしないと。


 

 【二十一日目 夜】



 実践訓練。

 五:五まで持っていく。

 狼男ウェルリンは、リサにモフモフしてもらえる機会が減って不満そう。



 【二十二日目 朝】



 少し冷え込んだ日だったので、青銅人間のタロスがスキル【発熱フィーバー】で全身を熱して教室を温めてた。

 魔力を熱に変換させるスキルは便利そうだが、こういうヤカンみたいな使われ方はどうなんだろうか。

 生真面目なタロスの心境は教室の後ろで檻に閉じ込められているオレには窺い知ることが出来なかったが、彼の後ろ姿からはどことなく誇らしげな雰囲気を感じた。



 【二十二日目 夜】



 実践訓練。

 六:四の内容でオレの勝ち。

 ノーダメージで二人の急所に柔らか魔鋭棒を叩きつけることが出来るようになってきた。

 こちらは明確に「相手を殺す」というイメージを持って挑んでるのに対して、二人は漫然まんぜんと戦っているのだから、当然の結果だろう。


 もっとミノタウロスだったらどうするか。

 オーガーだったらどうするか。

 飛行能力を奪われたワイバーンだったらどうするか。


 そのあたりを想定した実践訓練を行いたい。



 【二十三日目 昼】



 ミミックは宝箱型の魔物かと思っていたが、どうやら違うらしい。

 正確には、スキルで宝箱型に擬態している魔物、ということだ。

 なんでも宝箱に擬態していると、みんなから大切に扱ってもらいやすいらしい。


(へぇ、進化の知恵ってすごい)


 あと、ミミックの魔力量だと、擬態を維持するのに宝箱がちょうどいい大きさだということだった。


(なるほど)


 じゃあ魔力がたくさんあれば、もっと大きなものに擬態できるってわけだ。



 【二十三日目 夜】



 実践訓練。

 七:三で勝ち。

 もう狼男とリサからやる気が感じられない。

 そりゃそうだ。

 なんてたって動きがほぼ読まれるうえに、日に日に負け越していくんだから。


 それにオレは命がかかってるから必死にやるわけなんだが、二人は別に命もなにもかかってない。

 ただのボランティアだ。

 だから二人にスキル【魅了エンチャント】をかけて、ちょうどいい具合の力を出させようかとも思ったが、下手してオレが怪我でもしたら、もう今からじゃ取り返しがつかない。


 決戦は七日後だ。


 鍛えるのと並行して、体調を整えるのも重要だ。

 オレの以前の【魅了エンチャント】による洗脳の効果か、大悪魔がオレの体調を気遣って一日三回、健康的な食事を出してくれるようになったが、オークなどの敵対勢力もまだ存在する。

 毒などを入れられる可能性も拭えない。


 万全を期すことを考えると、狼男とバンパイアという実力者がスパーリングの相手を務めてくれてるというだけでも十分な幸運に恵まれている。

 今、手にしている範囲で、出来ることを突き詰めていこう。



 【二十四日目 昼】



 ラスト・モンスター。

 オレと同じくらいの身長の魔物。

 ただし、見た目はノミだ。

 そう、あのぴょんぴょんと跳ねるノミ。


 ただ、このスキル【腐食コロション】が馬鹿にならない。

 なんせ金属を溶かすのだ。


 スキル名からなんとなく「ものを腐らせるスキルかな」と思っていたが、腐らせられるものは金属限定らしい。

 ちょっとした言い争いで喧嘩となった青銅人間タロスのつま先を瞬時に溶かして教室が騒然となった時に、その効果が判明した。


(なるほど、これは斧を使ってくるミノタウロス戦に使えるな)


 それから。


 ──人間界に戻った後でも。


 オレは、スキルを奪う順番を再び整理し直し始めた。



 【二十四日目 夜】



 実践訓練。

 九割方オレが完勝できるようになった。

 柔らか魔鋭棒も状況に応じて、時に柔らか魔鋭グローブへ、時に柔らか魔鋭ブーメランへと変形させ、オレはさらに戦いの幅を広げていっていた。



 【二十五日目 朝】



 決戦の日、オレの命の期限まで残り一週間となった、この日。

 オレの檻の前にはクラスの魔物たちが一列に並んでいた。


「な、なにかな……?」


 まさか、決闘を前に殺される?

 大悪魔にオレの安全を保証するように洗脳したが不十分だった?

 どうする? 一気にスキルを奪って返り討ちにするか?

 オレの今のストックは15だ。

 奪うとすれば、どのスキルから──。


 頭をフル回転させていると、真ん中にいるオークから意外な言葉が飛び出した。



「フィード、今まですまなかったぁ~~~!」



「…………へ?」



 ん? 何を言ってるんだ、こいつらは?

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