第19話 忍び込め、大悪魔ハウス

 黒板消しの盾を『パリィ・スケイル』と命名した直後の教室。


「で、盾はこれでいいとして、武器はどうすんのよ? 素手よりは、なにかあった方がいいでしょ? 一応、うちにあった使えそうなのをいくつか持ってきたけど……」


 ドサドサと、リサは高そうな武器をいくつか床に放り出す。


 どれどれ、鑑定してみるか。


【ブラッド・ウィップ(バンパイア専用鞭)】

【クロス・アイス・ブレード(バンパイア専用剣)】

【シャドウ・スティンガー(バンパイア専用短剣)】


「これ、全部バンパイア専用装備だね。せっかく持ってきてもらって悪いんだけど」


「そう、仕方ないわね……」


「私は武器を使わないので……」


「そこでひっくり返ってる狼男も持ってないと思うわよ。こいつらは爪と牙で戦うもんだし」


 そう言って、床でノビてる狼男に侮蔑ぶべつの視線を浴びせるリサ。


「実は、一つ心当たりがあってさ」


 オレは、夕方に見た大悪魔の万年筆について二人に話した。



「レジェンド級ワールドマジックアイテム!?」


「ああ、しかも素材が『魔王の爪』らしい」


「えぇ……!? そ、そんなスゴいものだったの、あのペン……? てっきり安物だと思ってたわ……」


「私も気にめたことすらありませんでした……」


「でさ、その万年筆を武器として貸してくれってオレが頼んだらさ、貸してくれると思うかな?」


 少し考え込んだリサが「ないわね……」と呟く。


「大悪魔はとても神経質で几帳面よ。自分のものを人に貸すなんてしないと思う。ほら、見て、この教科書。これ一見タイプされた文字に見えるでしょ? でも、これ全部大悪魔の手書きなのよ。キモくない?」


 たしかにぴっちりと一分いちぶの乱れもない文字が並んでいる。

 まぁ、キモいと言えばキモいかも。


「そっかぁ~。でも、多分あれがこの辺にある素材の中で一番丈夫だと思うんだよね。あと、サイズもオレ向き」



 イメージにあるのは、狼男の右腕をフォークで切り裂いた時。

 ああいう動きならスキルも応用しやすいし、ペンでも可能だと思う。

 武器というよりも、狼男の爪のようなイメージ。

 体の延長線として、短い期間でも使いこなせそうな。

 そんな予感がある。


 ということで。


 借りられないなら、盗めないかな? ってことで、大悪魔の家まで三人で行くことになった。


 で、二十分くらいかな? 空を飛んでるリサの両手に、オレとルゥはぶら下がって運んでもらってた。


「うおっ、初めて外に出るけど魔界って、おどろおどろしいな……」


 空から見上げる魔界は、闇と瘴気の霧に覆われた針葉樹林が見渡すかぎり、どこまでも続いていた。


「まぁね! お褒めいただいてなによりだわ! 移動の間、じっくり鑑賞しててもいいわよ! い、いつも頑張ってる下僕へのご褒美と思いなさい!」


 と、得意げに、ない胸を張るリサ。

 どうやら魔物にとって「おどろおどろしい」は褒め言葉らしい。


(あれ、今、逃げ出せるんじゃないかな?)


 と思ったが、「石化」と「吸血」だけ奪って逃げても仕方がない。

 まずは大悪魔のスゴそうなアイテムをゲットしてからだ。

 一見遠回りのように見えるけど、絶対にその方が近道のはずだ。


 それに。

 単純に気になる。

 いち鑑定士として。

 レジェンド級ワールドマジックアイテムというものが。


 マジックアイテム。

 それだけで超貴重だ。

 国の宝物庫に何個あるのかってレベル。

 もはや外交の際の贈り物としてしか使われてないようなものだ。

 それの「マジックアイテム」の頭についてる『ワールド』。

 おまけに『レジェンド級』。


 要するに唯一無二、世界に一つしかない伝説級のアイテムということだろう。

 ……なんで、そんなものが万年筆なのかは知らないが。



 ちなみにオレの今の詳細な体勢。

 落っこちないようにリサの肩に両手を引っ掛け、足を腕に絡ませてぶら下がってる。

 そんな状態。

 う~ん……これだけ密着してると、なんか……よくない気がする、そこはかとなく。

 バンパイアの肌は冷たいとはいえ、柔らかいし。

 だから、ほら、男的に。

 おまけに、リサからは人間を誘う甘ったるい香りがするし。

 くっついてるから、匂いも強烈で油断したら意識が飛びそうになる。

 よくない、よくないぞ、この体勢と状況は……。


 よし、ここは話しかけて気をらすとしよう。


「そういえばリサって何歳なの?」


「え? なに、急に? 下僕らしく、やっとご主人様のことを気にかけられるようになったのかしら?」


「いや、そういうのいいから。で、何歳なの?」


「な、なによ、そういうのって! ハァ……十六、十六歳よ」


「へ~、オレと一緒なんだ」


「え!? フィードって、そんなに大人だったの!? 小さいからてっきり十二歳くらいかと……」


「リサこそ、十二歳くらいだと思ってたぞ」


「あ、ちなみに私も十六歳です……」


「おお、そうなんだ」


「はい、十六歳トリオですね、えへへ」


「あ、ちなみに私に付きまとってるアレも十六よ」


「う~ん、それはどうでもいい」


 そんな他愛のない会話で気を逸らしながら、オレたちは無事、毒沼に囲まれた毒々しい一軒家へとやってきた。


「うわ、これリサがいなかったら毒沼超えられずに終わってたな」


「多分、どこかに安全な魔法のルートがあるのね。古典的だけど、飛べない生き物にとっては厄介なトラップよ」


「たしかにそうですね。私だった全部石に変えちゃうくらいしか出来なかったです……」


「いや、それはそれですごいけどな……後始末が大変そうだけど」


「さて、ここからどうするの?」


「うん、一旦鑑定してみる」



 【鑑定眼アプレイザル・アイズ



 窓、玄関、他に入れそうなところがないかチェックする。


 【地獄杉の木枠】

 【摩り下ろし窓(状態:施錠せじょう)】

 【火の木の扉(状態:施錠せじょう)】

 【暗黒煉瓦れんがの煙突(トラップ:危険度特大)】


 う~ん、やっぱり開いてないか。

 そりゃそうだよね。

 

「どう?」


「鍵かかってるね。んで、煙突には激ヤバトラップ」


「当然よね。あの神経質な大悪魔が鍵を閉め忘れるなんてありえないわ」


 さてさて、どうしたもんか。

 中に入っちゃえば、こっちのもんだと思うんだけど。


「あの……」


「ん? どうした、ルゥ?」


「煙突のトラップってどんなものなんでしょうか?」


「さぁ。そこまではわからないな。煙突で考えられるトラップは


 ■ 針。生き物に反応して串刺しに。

 ■ 毒。生き物に反応して噴射。

 ■ 落とし穴。着地したと思ったら床が抜けて監禁される仕組み。


 ってとこかな」


「あの、私、多分それ全部無力化できると思います」


 ! 石化!


「ああっ! なるほどね!」


「なるほど、なるほど!」


 オレとリサは「なるほど」を連呼しながら、ルゥと共に天井へと移動した。

 煙突を覗き込んだルゥが自信なさげに言う。


「じゃ、じゃあ、後ろを向いててください……。あの、巻き込んじゃうと大変なので……」


 言われたとおりに後ろを向く。

「えいっ!」という可愛らしい声がしたかと思うと、すぐに「もういいですよ……」と言われたので、煙突を覗いてみる。


「おお、見事に内側だけ石化されてるな」


「ひぇぇ、やっぱりゴーゴンとナイトメアにだけは関わるなって言われるわけね……」


 悲しそうな様子を見せるルゥに気づいて、リサはすぐに弁明する。


「ああっ、違うからっ! 私が言ってるわけじゃなくて、ほらっ、世間! 世間が言ってるだけだから!」


「大丈夫です、慣れてますから……」


 なんだろう、最近はベールの上からでもルゥの表情がわかるようになってきた気がする。


 オレは、パンッっと二人の背中を叩いて。

 

「よし、じゃあオレ行ってくるから! 二人で仲良く待ってるんだぞ!」


 と話の流れを変えた。


「私も行……」


「いや、オレ一人だけでいい。こういうのは慣れてるんだ」


 慣れてるってのは嘘だ。

 いつも冒険のときは、みんなの後ろをついていってるだけだったから。

 こうやって仲間って感じでみんなで力を合わせて何かに取り組んだことなんて一度もなかった。

 いや、正確にはあったのかもしれない。

 あったのだろう。

 でも、その輪の中に自分がいると感じたことは一度もなかった。


(魔界に連れ去られてからの方が冒険らしい冒険してるとか、なんか笑えるな)


 魔物と一緒に冒険、か。

 モモに言っても信じてもらえないだろうな。

 まぁ、あのパーティーで過ごしてた時よりは、はるかに充実してる気がする。

 ……皮肉なことだけどね。



 【身体強化フィジカル・バースト



 オレはスキルで肉体を強化すると、煙突の両側に手足を突っ張って、ゆっくりと下へと下りていく。途中で煙突の壁に埋まった針やガスの吹き出し口が目に入った。もちろん、石になっているので危険はない。


(げぇ、針にガス。両方あったんだな。この調子だと、床にも罠がありそうだ)


 案の定、床は加重によって抜けるようになっていた。今はゴーゴンによって完全に固められているが。


(さて、と……)


 まずは。



 【透明メデューズ



 インビジブル・ストーカーから奪ったスキルで透明になる。


(これが使えるから一人で入りたかったんだよな)


 寝室と思われる方へと移動する。

 インテリアはほとんどない。

 その代わり、大量の本が壁中に作られた本棚にぴっちりと収められている。


(ほんとに神経質なんだな)


 ふと柱時計が目に入った。

 午前二時四十分。

 丑三つ時とかいうやつだ。

 ちょうどぐっすり眠ってることだろう。


 寝室に入ると、椿油の匂いがした。


(アロマ?)


 あんな堅苦しそうなおっさんがアロマとは、これまた意外だな。


 そんなことを思いながら、きれいに整理整頓された机の上を見る。

 置かれているのは、メガネ、メガネ拭き、日誌……そして。


 万年筆。


(お、これこれ)


 そもそも「魔王の爪が万年筆」って、どういうことなんだ? その疑問を晴らすべく、手にとってじっくり見てみる。


 う~ん、見た目は、ただの黒い万年筆だ。

 おかしなところは、どこもない。

 どこにでもありそうな平凡な万年筆。

 雑貨屋で山積みにされてそうな感じだ。


 ただ、手に持つとジリジリと魔力が伝わってくる感覚がある。まるで、オレの魔力と共鳴してるような……。


(しかし、ほんとになんで万年筆なんだろう……?)


 そう思った瞬間──。



 ギュルっ!



 万年筆は黒い渦に飲み込まれたかと思うと──。


 短刀へと姿を変えた。



「うわっ!」



 びっくりして、思わず手を放してしまう。



 カラーン……。



 静寂の中、響き渡る金属音。



(あっ、ヤバっ……!)



 ゆっくりと振り向くと、目を覚ました大悪魔がこちらに近づいてきていた。


 さいわい透明になってるから気づかれてはいない。


「なんだ……? 誰かいるのか……?」


 寝ぼけた感じでふらふらと歩いてくる。

 そして、とうとうオレの目の前にまで近づいてきた。


 だめ~! 近すぎる! バレる!


「…………んっ? なんでこんなところにナイフが……」


 大悪魔が短刀に気づいて拾い上げようとかがんだ時──。


 ああっ! もう行くしかない!



 【魅了チャームッ!】



 イチかバチかでスキルを繰り出した。

 大悪魔。

 魔力五万近くあるバケモノ。

 これで効かなかったら、かなりヤバい状況になるんだが──。


 肝を冷やしながら、大悪魔の様子をうかがう。


 腰を屈めたままの体勢で、ピタッと止まっている。


 ……かかったか?

 な、なにか言ってみよう。


「体を起こせ」


 すると、大悪魔は上半身を起こして、顔をこっちに向けた。

 寝起きなので、目がとろんとしていて、かかっているのか判断しづらい。


「お前は、この万年筆のことを忘れる。いいな?」


 ドキドキしながら洗脳出来るか試してみる。




「………………はい。私は、万年筆のことを忘れます」




 やった! 通った!


 それから。

 煙突の内部が石になってるのを気にしないこと。

 フィード・オファリングが三十日目まで健康に過ごせるように気を遣うこと。

 この二点を早口で飲み込ませると、オレは短刀を持って煙突をサササっと登っていった。


 煙突から頭を出すと、リサとルゥが出迎える。


「フィード! 心配したわよ! なんか音がしたから!」


「フィードさん、それは……?」


 オレは手に持ったものを二人に見せる。


「うん、今回の収穫」



 漆黒の短刀が、欠けた月に光る。



「あの万年筆が変形した、短刀ダガーだ」

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