第6話 ストック!?

【四日目 朝】



 オチューの死んだ翌日ということで、登校して来る魔物たちの表情は一様いちように重苦しかった。

 なんだかなぁ。

 こいつら、あれだけ残虐な人間の殺し方なんかを授業で学んでるくせして、仲間の死にはこんなに悲しむのか。

 その優しさを、ちょっとは人間に向けてやればいいのに。


 大悪魔が現れ、追悼の言葉を述べると、一限目はオチューとの思い出を語る時間となった。


「私とチューゴの思い出」

「チューゴとサッカーボール」

「自然環境とチューゴ ~魔界の再生エネルギーについて~」


 などなど。

 小学生の感想文っぽいものから、サッカーボールと間違えてオチューを蹴ったけど喜んでた、みたいな内容から、なんか論文っぽいものまで。


 っていうか、チューゴっていう名前だったんだな、あのオチュー。

 さすがに四日目ともなると、徐々に魔物たちの名前も覚えてきてしまった。

 どうやら、名前には種族名が入るものが多いようだ。


 オチューなら「チューゴ」

 セイレーンなら「セレアナ」

 スキュラなら「キュアラン」

 ゴーゴンなら「ゴンゴル」


 みたいに。

 だからバンパイアの「リサ」ってのは、かなりイレギュラーな方になる。

 上位種だと、そうなるのだろうか。


 まぁ、名前なんてどうでもいい。

 昨日吸収できなかった分、今日からまた吸収していかないと。

 って、ことで。

 悲しんでるとこ悪いが、もらうぜ、スキル。



 【吸収眼アブソプション・アイズ!】



 ドッ

 クン。


 全身が脈打つ。


 よし──ッ!


 出席番号21番、ホブゴブリン。

 緑色の肌で巨体。

 言語能力と知能が低め。

 その代わり、目的を遂行する際には、どこまでもまっすぐ本能的に突き進むことの出来る種族。


 そのスキルは──。



 【邪悪ユーベル・ズロ



 ずっと考えていた。

 奪っても気づかれにくいスキル。

 変化があからさまでなく、かつ、他者と関わる機会の少ない相手。


 スキルを奪われたホブゴブリンはポカンとしているが、誰もその変化に気づいた様子はない。

 なぜなら、普段からボーッとしてるホブゴブリンの変化なんて誰も気に留めないからだ。


 同じ理由で、次のターゲットのマンドレイクに吸収を向ける。


 今までの経験上、どうせダメだろうなと思っていたが──。



 ドッ

 クン。


 なんと、吸収出来てしまった。


 出席番号22番、マンドレイク。

 にんじん程度の大きさで、手足が股状に分かれている。

 体が小さいので机の上に座って授業を受けている。

 登下校時は、誰か(大体はホブゴブリン)に運んでもらっている。



 【死の悲鳴デス・スクリーム



 死の悲鳴。

 聞いたものを皆殺しにするという、その名の通りの有名なスキルだ。

 スキル効果は確かめる必要があるが、もし使った本人には効果が無効だとしたら。

 このスキルだけで全員を片付けることが出来るかもしれない。


 そして──。



 なんと、なんと!!



 二回連続でスキルを奪えた!!!



 続けざまにもう一度試すが、それは不発。

 どういうことなのだろうか。


 昨日奪ってない分がストックされた?


 もし、仮にそうだとしたら。



『ストックを貯めまくって、最終日に一気にスキルを奪う』



 なんてことも出来るってこと?


 いや……そっちの方が、今後の魔界脱出のことも考えたらよさそうな気がする。

 大体スキルなんていくらあっても困るもんじゃないし。

 それに一気に奪えばバレる可能性も、ぐっと減る。

 考えれば考えるほど、そうした方がよさそうに思えてくる。

 よし。


 明日、一回。(異常がないかチェック)

 二日後、ゼロ回。(ストック貯める)

 三日後、二回。(ストック貯まってるか確認)


 このペースで吸収を試してみて、もし上限がこの通りだった場合──。



『スキルを奪えるのは一日一回』



『スキルを奪わなかった日の吸収回数のストックは貯まる』



 という仮定が、ほぼ確定することになる。


 残りの時間は、明日と三日後に奪うスキルの順番について考えて過ごした。



 【四日目 昼】



 気が乗らないのか、誰も寄ってこない。

 わずらわしくなくて助かる。


 一つだけ変化が。


 毒皿昼飯を持ってきてたホブゴブリン。

邪悪ユーベル・ズロ」を奪ったからかはわからないが、毒皿を置く際にちょっと躊躇ちゅうちょを見せるようになった。

 まるで、オレのことでも心配しているかのように。


 スキルを奪われたことによって性格が変化した、ということなのだろうか。

 明日以降の動向に注目しよう。



 【四日目 夜】



 リサが来た。

 食事に肉がついてきた。

 燻製肉くんせいにくだ。

 ちなみに昨日は冷めたスープだった。

 食事をしないバンパイアが、そういったものをどうやって手に入れたのか聞いたら「買った」とのことだった。


 お金持ちなんだな、と思ったが、あまり追求はしなかった。

 あと二十六日間、食事を持ってきてくれればそれでいい。


「不自然だと周りに思われないようにね」と声をかけておいた。


 リサに対しては、フィードとしての命令調。

 アベルとしての優しい言葉。

 この両方を織り交ぜて接していた。


 もちろん「狡猾モア・カニング」の計算による行動だ。


 おかげで、リサは簡単に手のひらで踊ってくれた。


 とは言っても、相手はしょせん不登校児。

 学校に来てないもんだから、すぐに聞くべきこともなくなっている。

 昨日あたりからは、どうでもいい彼女の身の上話ばかり聞かされるようになっていた。


 こっちは興味なさげに生返事で相槌を打つだけなのに、リサはどんどん楽しそうに一人で話し続ける。

 きっと夜しか活動できないから孤独だったんだろう。

 身分も高そうだから、同じ魔物同士だと接しづらそうだし。

 そもそも、ツンツンしてるしね、この子。

 友達の出来にくいタイプなのかもしれない。



 【五日目 朝】



 今日は一回だけ吸収。

 奪ったスキルは、出席番号28番、レッドキャップの──。



 【暗殺アサシン



 赤い帽子を被った殺し屋ゴブリン。

 これも、ほぼ伝説上の生き物。

 レッドキャップは殺し屋らしく不穏なオーラを放ちまくってるうえ、他者と全然話さない。

 それに「暗殺なんてそうそうしないだろう」と思って奪ってみた。

 危険性はあるが、もう他に早い時期から奪えそうなスキルもあまりない。

 ここから先は、運も味方につける必要がありそうだ。


 二発目の吸収は不発。

 明日は、吸収のストックを貯めよう。


 それと、大悪魔の名前は「シス・メザリア」というらしい。

 やはり、上位種は種族名と名前が関係ないようだ。



 【五日目 昼】



 今日もホブゴブリンが毒皿を持ってきた。

 昨日よりも迷ってる感じだ。

 オレに毒を食わせることに良心がとがめてきてるんだろうか。


 いい機会だと思って、「偏食ピッキー・イート」を試してみることにした。



 【偏食ピッキー・イート



 心の中でそう唱えてスキルを発動させると、異様な色味の毒皿の中身を指ですくい、ヒョイと口に運ぶ。


「ああっ……!」


 ホブゴブリンが心配そう両手を出す。


 ──うん。


 イケる。


 普通に食べられる。


 美味しいってわけじゃないけど、別に不味くも感じない。


 毒を食らったときのような拒絶反応も起きない。


 オレは両手で皿の中のものを掴むと、バクバクと平らげた。


「おおおお~! 人間がゴミ食ってるぞ!」

「やっぱ人間ってゴミ同然の生き物なんだな!」

「フィ~ド! フィ~ド! ゴミフィ~ド!」


 ボクに興味を失っていた魔物たちが、久々に大盛り上がりする。


(馬鹿だな、お前らが昨日悲しんでたオチューのスキルのおかげなんだよ)


 心の中で毒づきながら、オレは皿の中身をぺろりと平らげた。



 【五日目 夜】



 昼に毒皿を食べたので、あまりお腹が空いていない。

 なので、リサの持ってきた料理もあまり進まなかった。

 リサは不服そうだったが、彼女の作ってきたクッキーを美味しいと褒めると、とたんに喜びだした。


 ちょろい。


 リサと話すのも時間の無駄だなと思うようになってきたので、彼女が喋ってる間ずっと筋トレをする。


 リサはキラキラと目を輝かせながら見てる。

 汗をかいた人間がよほど美味しそうに見えるんだろうか。


 現在、【吸収眼アブソプション・アイズ】のストック数(多分)0。



 【六日目 朝】



 休校。


 え、また誰かが死んだ?



 【六日目 夜】



 死んだのはレッドキャップらしい。


 殺しの仕事の最中に返り討ちにされて死んだそうだ。


 暗殺に関して百戦錬磨のプロが死んだってんで、ちょっとした騒ぎになってるそうだ。


 ひょっとしたら、これはスキルを奪う順序を間違えたかも……。


 そんな考えが頭をよぎるが、もう起きてしまったことはしょうがない。

 今のオレに出来るのは、イレギュラーな事態が起こった場合に向けて、体を鍛えて体力を付けるのみだ。


 今日は昼抜きだったので、いっぱいご飯を食べたからリサが喜んでた。

 餌付けでもしてる気分なんだろうな。


 現在、【吸収眼アブソプション・アイズ】のストック数(多分)1。



 【七日目 朝】



 やはり登校する魔物たちの表情は暗い。


 だが、オレは早くスキルを奪いたい衝動にかられていた。

 今日で、オレがスキルの吸収数をストックできるのかどうかが判明する。


 焦る気持ちを押さえながら、左目にオレにしか見えない青い炎をともし、スキルを奪い取る。


 ひとつ目。


 出席番号10番、ケンタウロス。

 上半身が人間で、下半身が馬の男。

 高い知能と倫理観を持ち、計算が得意。

 魔法を毛嫌いする傾向がある。



 【軌道予測プレディクション



 そして、二つ目。


 出席番号23番、ミノタウロス。

 半人半牛──というよりも牛が立ってる、と言ったほうが正しいかもしれない。

 力持ちで、粗暴。

 上半身の筋肉を常に見せびらかしている。



 【斧旋風アックス・ストーム



 イケた──!


 やった! 確定だ!!



 【吸収眼アブソプション・アイズ】で奪えるスキル数はストックできる!!



 これで、脱出のための戦略の幅が一気に広がった。


 ここまで、まだ一週間。


 これから三週間も残ってるんだ。


 万全の態勢で脱出してやろう。


 首を洗って待ってろよ、魔物ども。



 残る魔物たちは、大悪魔を含めて二十九匹。



 そしてオレが食われる期限まで──。



 あと、二十三日。



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 アベル(フィード・オファリング)

 現在所持スキル数 9

 吸収ストック数 0


 【鑑定眼アプレイザル・アイズ

 【吸収眼アブソプション・アイズ

 【狡猾モア・カニング

 【偏食ピッキー・イート

 【邪悪ユーベル・ズロ

 【死の悲鳴デス・スクリーム

 【暗殺アサシン

 【軌道予測プレディクション

 【斧旋風アックス・ストーム


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