金属フリーター アフターストーリー 混沌編②

 エディ&デイヴ。こいつらが出張ってきたら、悪事はやめろ。英国に於いて組織犯罪を行うものが最初に教えられる、犯罪界の義務教育。


 デイヴィッド=ラフロイグはそんなコンビの片割れだった。


 エドワード=ミューズの旧知の友にして元相棒。デイヴィッドはこの異能大戦において表舞台に出てくることは無かったが、今現在英国が他の国に侵略されていないのはひとえに彼の暗躍に他ならない。


 徹底した裏工作。造反の処刑。スパイの暗殺。民間への情報統制。それらすべてはエディが抜けたMI6には余りにも荷が重かった。


 デイヴィッドがいなければ。


 ■十数年前 英国


「だからさァ。なんで英国がロシアの縄張りに噛まなくちゃいけないんだ」

「面倒ごとを頼んでいるのはわかるがね、まあ吾輩たちの仲ではないか」


 女癖、酒癖、ギャンブル癖。この仕事をやっていなかったら社会不適合者の烙印を押されるであろう、英国で一番の影響力を持ち、英国で一番知られていないコンビは行きつけのバーでグラスを鳴らせていた。


「いや、お前は確かに友人だ。それは認める。でもさァ。金だったらお前も俺もたんまり持ってるじゃねェか。目的が分からん」

「正義の為なんだ」


 いつになく真剣なエドワードのまなざしと、彼の口からは三回生きても出ないであろう言葉がデイヴィッドの口からウィスキーを吹き出させた。


「おいおい。お前何歳だ? 正義だ悪だのの話は学生のうちに卒業しとけよ。もうわかっているだろう? 今更語るのも恥ずかしいが、不勉強なお前のために解説してやるよ」


 ダブルのスコッチウイスキーを飲み干し、デイヴィッドはカウンターにグラスを叩きつける。マスターは嫌な顔一つせずに、無言でグラスを下げ、次の酒を出した。


「まずなァ。正義なんてものは人の数だけある。自分が間違っているって思って行動している奴なんて、まァいない。先月俺たちが殺したテロリストも最後まで信念を曲げずに叫び続けていたし、わけわかんねェ情報に踊らされている馬鹿だって、そいつの中でそいつの行動は正しいんだ」

「……」


 余りにも無反応のエドワードに面白くなさそうに舌打ちしたのち続きを語り始める。


「だから、俺たちは正義のためではなく、国の為に働いてきたはずだ。他の国の情勢に首突っ込むほどお前が馬鹿なのはァ驚いたがね」

「……吾輩たちは国のために、人を殺してきたのか」

「そうだな。一片の疑義もなくそうだ。余計な事すりゃァ、


「……」

「つまんねェんな。なんか言い返せよ」

「この間、左派活動家の拠点を襲った時のことを覚えているか?」

「覚えてなかったらそろそろボケが始まってるなァ」


 ビッグベン急襲作戦。革命思想の危険人物を一人残らず殺せ、とのお達しが上からエディ&デイヴに与えられた。標的は48人。列車に毒物をまき、ビッグベンの上層より狙撃手がサポートする作戦。エドワードもデイヴィッドもその戦闘力の高さだけでなく、武器を持たずに小隊規模の戦力を動かせるから重用されている。


 Xデー当日。散布班は場所と時間帯をずらしてロンドン各地に散らばり、ひとつづつ毒ガスをまいていく。さらに多数の観光客でにぎわうビッグベンにはテロリストのスナイパーが陣取る。


 狙撃と毒という両面で、おのが意見を政府に通そうとした。そしてこれらの事件が未遂に終わったのはエドワードが顔と名前を変え、潜入捜査をしていたからに他ならない。


「……なんかァあったのか? エディ」

「吾輩は、殺したよ。自身の未熟さを、自分自身の手でリカバーしたんだ」

「?」


 左派活動家はすでに一大組織となりつつあった。48人という少数の人員でありながら、脅威となったのはその信念。大義の為なら自身の命も最愛の人の命も対価にできる。


 全員が爆弾を体に巻いており、心臓の停止とともに起爆する。他のメンバーと一定時間連絡がつかなくなれば、即座に作戦を決行する。


 何より悪辣だったのが自分の子供たちにも思想を強要したことだった。物心つく前から、現政府の不甲斐なさと自分たちが抱える理想を叩き込み、爆弾を持たせた。


 年端もいかない少年少女を、爆弾付きの人質として運用していた。


「ああ。その話は聞いているが、関係者全員殺すのが目的だ。子供だろうが……」

「あの子たちは! 悪ではないだろう! 知らなかったんだ。国を回すということがどれほどの犠牲でなされているか」


 デイヴィッドはパイプをくわえゆっくりと吸う。数秒後紫煙とともに語りだす。


「今度は悪の話だ。耳かっぽじってよォく聞いとけ」


「悪ってのは。バックグラウンドで決まるもんだ」


「例えば殺人をする男がいる。これだけ聞きゃァ、100%悪だってみんな言うだろ」

「でもな、それが親の虐待や洗脳、不幸な境遇、確かな理想があると途端に悲劇のダークヒーローになっちまう」


「もう少し深く掘ってみるか? じゃあその男を悪に変えた人間が悪だとする。今回の話だと洗脳した親だな。じゃあこっちが悪か?」

「違うよなァ? だって原因をたどればその親に過激な思想を与えた人間が悪になっちまう」


 虚しさと諦観。そんな煙を吐き出して、デイヴィッドは続けた。


「そうやって原因を辿っていくと悪の根源はどこに行きつく? それこそ原罪ってやつだ」

「……そもそも境遇が悪くなくてもはなから悪な人間はいるだろう」

「わかってねェなァ、エディ。元々悪ならば、そいつの悪の否定はそいつの自我の否定だ。肌の色や性別、年齢で差別するのと変わらねェ。自分じゃどうしようもねェんだから」

「故に。俺たちは国によって都合がいいか悪いかで、悪としているんだ。……で? ロシアに行く話からかなりそれたぞ? それと正義に何の関係があんだァ?」


「不幸な子供を出したくない」


 決意を固めるために言葉にしたのか、彼の言葉尻は震えていた。どんなマフィアが相手でも指一本震えなかった英国の最高戦力が、だ。


「……酒の飲みすぎだァ。しばらく断酒するこったなァ」


 ■■■


(結局あれからエディはMI6を離れた。あいつ自身も気づいていたんだろう。殺しの中で生きた子は殺しの中でしか生きられない。MI6がそれを黙認していたのも俺のおかげってことで酒の一杯でも奢らせてやりてえが……)


「で、だ。課長さんよ。あんたには勝算はどの程度だと見積もっているんだァ?」

「皆無と言っていい」


 デイヴィッドは肩を震わせて笑った。余りに笑うもので、煙を吸い込みむせてしまっていたが。涙目で応じた。


「俺に? 依頼しに来て? 勝算が? 皆無?」


 デイヴィッドは暗殺課課長のネクタイを掴んで顔を近づけた。


「舐めてんじゃねえぞ? アメリカの田舎もんが。何だったら今すぐ……」

「話は最後まで聞くものだ、デイヴ」


 課長は涅色の瞳は相も変わらず、感情を映さない。ポーカーフェイスが崩れるのは禁煙を強要された時くらいなものだ。


「皆無、ああ嘘偽りない。今や白銀部隊に並び立つ兵力は地球上に存在しない」


「キミたち能力者を除いて」


 彼はつかんだ手を乱暴に離すと椅子に座って項垂れていた。事実エドワードと同格の扱いを受けていたデイヴでさえ、中距離戦闘ならばエドワードの足下にさえ及ばない。彼に与えられた才能は諜報能力。


「まあ、それもあのチビ女のおかげでお役御免なわけだが」


「リコルテ=クラスニーはすでに死亡している」


「あァ?」


 デイヴィッドの理解が追い付かなかった。現にリコルテは今現在も毎日のようにテレビに映り、街頭掲示板に出現し、スマートフォンの広告からでさえ話しかけてくる。それによって全ての諜報員は存在意義を失ったといっていい。


「ロストボルト作戦。リコルテを完全に消滅させるための一手。勿論英国も計画停電を実施したと思うが、あれは“失敗だった”と報告されているね」

「そうだなァ。あれのおかげで俺はマンチェスターの試合をテレビで見られなかったなァ」

「作戦は成功していた。ごく一部の軍部およびCIAの要人しか知らないが、銀次とリコルテの同盟はフェイクだ」


 課長はシガーケースから葉巻を取りだしシガーカッターで切り口を作る。


「だったらなんだ? 今俺たちが“アナログで会話している”のも無意味ってことかァ?」

「わからない」


 この上なく大きい溜息を吐いて、デイヴィッドは嘆息する。


「おいおいおい。期待させるだけさせておいて、不確定要素が多すぎる。俺ァもう終活を始めようかと思っていたんだぜ?」

「そうだな。最大の好機は水瀬銀次の消滅。現段階で白銀部隊に司令は一時的に不在になっているはずだ。この機を叩かないと、永遠に逆転の目はなくなる」


 しかしそういわれようにも、デイヴィッドは勝算が無いと思っている。課長から銀次不在の事実を知ったところで、もはや戦術、戦略兵器の全ては南極にある。


「で? いまだ俺の重くて重くてたまらねェ腰を上げる理由にはならねえな?」

「これを見てくれ」


 課長が取り出したのは複数枚の写真。白銀部隊に親を殺され、復讐の炎で火器を手に取り、区画ごと【イカロス】に潰し殺された少女の一部始終を切り取ったものだ。


「……で?」

「いわんとせんことはわかるか?」


 課長は灰皿に葉巻を置き、伸びをしたのち語り始める。


「キミの元相棒が国を捨て、汚名をかぶり、それでも守り続けようとした子供の命が“秩序”を理由に殺されている」

「で? は継続だ。白銀部隊は蛮行をしているわけでもない。現に彼らが世界を仕切りはじめてから、凶悪犯罪はぐっと減ったなァ。勿論イギリスでも。アメリカもそうなんじゃないのか?」

「ああ、汚職も腐敗もなくなった」

「いいことじゃァねェか! 世界の盟主たるアメリカ様でもなしえなかった世界平和だ」


「……わかって言っているね? これから何が起こるかも」

「ああ。さっき言ったな。平和はもう終わり、だと。水瀬銀次がどれ程優れた指導者だったかは知らねえが、造反があったならばまずは内部分裂。そして大戦か。まあ兵力的に虐殺っつった方が良いかもしれねえなァ」


「勝算は皆無、情報も皆無。戦略戦術兵器も皆無。それならばエディの後釜に」

「気に入らねえんだよ、後釜ってのが。エディ&デイヴなんて言われていたが所詮俺は諜報特化。……だからさァ」


 コートの下からデイヴィッドが取り出したのは自動小銃。体のどこに収まっていたのかさえ分からないその大型火器は頑丈な扉を貫通し、その前にいた人物を穴だらけにした。


「わかるのは、、ってことだけだァ」


 ■■■


「こちら『鼠』損耗1。デイヴィッド健在」

「C4使用許可を」

「許可するよ」


 ■■■


 耳をつんざく爆発音とともに、最後の闘争が開始された。








 あとがき


 皆様お久しぶりです。ぜひ感想や応援コメントを書いていただけると嬉しいです。コメントに対する返信は見逃さない限り100%だと思っているので気軽にどうぞ! 最近youtubeチャンネル配信を始めましたのでぜひライブに来てください!ルーレットを回す権利がリスナーに与えられ、そのタスク次第で小説の執筆の項目もあります。


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【IF&アフターストーリー】フリーターが次に選んだ職業は暗殺者。神スレから賜った「液化金属」が無敵すぎる件 ~合理主義者の殺人譚~【外伝】 @bondon

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