金属フリーター アフターストーリー 混沌編①

白銀部隊はくぎんぶたい”と呼ばれるこの下位世界を統治する南極の最大戦力。ひいては地球のほぼすべての戦闘兵器が南極には集結していた。


 この世界の人間にしてみれば、銀次一行が“上”に行ったなどつゆ知らず、夢にも思わず。彼の理想の体現者となるべくすべての白銀部隊は手を取り合っていた。


 南極軍事基地及び南極全域を防衛する防衛部隊「かめ」。


 航空戦力で南極を巡回する「からす」。


 世界各地に出向いてもらって犯罪者や革命家を殺害する「いぬ」。


 この三つの組織が白銀部隊の公になっている部隊だが、もう二つ、白銀部隊には特殊部隊が存在する。


 南極に太陽が落ちたのは白銀部隊としても知るところにあった。椎口が気化爆弾で羽を燃やされ、罪を抱えて燃え墜ちた。その直前のマイクロブラックホール『開花』で「亀」の1割が損耗す。


『下』が綻び始めたのは、その日からであった。もはや『上』の意志では動かずに世界は独立して廻り始める。回る因果と風車。巡る輪廻と糸車。


 すべてを知りつつ嗤う童女がただ一人。


「やっと私のターン。





 元ロシア陣営筆頭能力者 リコルテ=クラスニーAI 能力名【現在不明】




 ■■■ 『暁』幹部棟 応接広間 椎口死亡直後


「なんだ? あの爆発はッ?」

「南極まで届く弾道ミサイルなぞ、今やどこの国も所持していない」

「造反の可能性は?」

「……それが最も濃いな」


「亀」「烏」「狗」そして秘密部隊の「鼠」と「虎」。五つの総合師団長が一堂に会している簡素な部屋にはモニターが一つと中央に円卓。銀次一派と連絡が取れなくなり王を失った円卓では、今、誰が指揮権を持っているかの協議がされている。名乗りを上げたのは「虎」の師団長。金髪の長髪を後ろで縛っている中年の男性だ。


「封書を……預かっている」


「虎」は荒事専門の中でもさらにそれを特化させた連中だ。銀次たちの近衛兵として重用されてきた。


 蝋で封をされた昔ながらの手紙。デジタル化が進むにつれて電子化が推進されてきたが、こと信用の面ならば、物理的干渉をしないと書き換えられない手紙に軍配が上がる。


「……私が読み上げるが、異論は?」

「無い」


 口をそろえてこう答えた。全ての指揮官は従軍経験が長い。有事において決定の遅さが致命的なことくらい赤ん坊のころから知っている。


「私、こと水瀬銀次が指揮を執ることができなくなった場合。その決定権全てをリコルテ=クラスニー。元ロシア筆頭能力者に譲渡する」


「な、なにを言って」

「やほ♪」


 メインモニターに映し出されたのは銀髪紅瞳、前髪に赤いメッシュの入っている童女だった。行きつけのバーに入る程度のノリでリコルテは南極の最大セキュリティの部屋に転がり込んだ。


「……私は今、君たちの上官だ」


 その一言ですべての隊の総合師団長は直立不動の敬礼をした。


 迷うところもあった。聞きたいことも山ほどあった。しかし今、莫大な屍の上で世界を統治している「暁」の最高幹部としてできることは。


 ────指示を待つことだけだった。


「教育は行き届いているね。流石銀次。何でアイツ、フリーターだったんだ?」


 銀次は平和をこよなく愛す。故に戦争愛好家である彼女に全指揮権を与えることは天地がひっくり返っても起こりえないはずだった。


 しかし天地がひっくり返るどころか、天も地も偽物だと聞かされたのだ。


 この『下』が『上』に残されるためには常に面白くならなければいけない。サプライズニンジャ理論。創作物においてその物語が“いきなり後ろからニンジャが現れて主人公を殺す”という展開よりもら、それは練り直した方が良い。という一つの創作論だ。


 これからこの世界は、あまたの普通がありふれるだろう。


 普通に学校へ行き。普通に恋をし、失恋し、あるいは成就し。死んだ顔で通勤電車に乗り、仕事終わりに愚痴交じりの飲み会を開く。ワイドショーではセンセーショナルな事件を報道し、メジャーリーガーのホームラン数に一喜一憂する。



 それらは全てニンジャに殺される。そう銀次は考えた。つまり面白くあることを義務付けられたこの世界に必要なのは紛れもなく……


「私ってわけ♪ 流石! 君たちの頭領は先見の明があるなあ……。ここまで“可能性の一つには入っていた”んだもん。あの様子だと予想外ではあったみたいだけど」


「つまり、リコルテ女史。我々の世界は作りものだと? フィクションだと?」

「そうだよ? ショック?」


 口髭のはやした『暁』幹部の一人が重々しく口を開くも、リコルテの快活な返答に目を伏せる。数度、息を吐き、また口をつぐみ。何かを言おうとするが、言葉にできない。30秒ほどたった後、涙を流しながら、嗚咽とともに言葉を絞り出す。


「私は……ニューヨークへの核攻撃で母方の祖父母を。ノーフォーク空母打撃群と銀次の交戦で父を失っている」


「銀次は冷徹だったが、頭の回る男だった。たぶんアレが最善手だったのだろう。だが、父も爺さんも婆さんも。端役みたいに殺されて、私に思うところが、ないわけ……ない」


「でもさァ!! それがお遊戯だって言われたら! 納得できないじゃねェか!! 確かな正義と、確かな信念。それがあるから私はこの『暁』で恒久平和に準じようって思ったんだぞ?」


「これも作りものなのか? あ? 私が今喚くのも、これから吐く暴言も! 全部予定調和なのかよ? ふざけんじゃねえ! 誰かに用意された役割で、誰かに用意されたセリフを吐いて、誰かの用意したシナリオどおりに死ねってか?」

「……」


 その男性の醜態にリコルテは口を挟まなかった。普段の彼女ならば茶々をいれて煽り倒しているかもしれなかったが、少なくとも今自棄を起こされると彼女の将来の楽しみが減ると見積もった。


「私はさ、銀次に負けたんだよ」


 メインモニターに映っているリコルテが俯く。


「キミたちはさ、私が銀次と密約して生き延びて、どこかから指示を飛ばしているって思っているかもしれないけど、私は死んだんだ。今は生前の私が作ったAIになってる。それと君たちは話しているんだ」

「だから私は本物じゃない。感情も、思想も、肉体も。本来のリコルテ=クラスニーが生き延びていたならどう行動するかを演算し出力するただの装置だ」


 リコルテが俯いていた顔を上げる。その目には確かな闘志が宿り、非生命体であるはずの彼女の瞳には生命のぎらつきが煌々と宿っていた。



「本物じゃないからやる気が削がれただと? お前が愛を語った女性のすっぴんをみたら気持ちは冷めるのか? お前が感動した物語がゴーストライターだったらその言葉に意味はないのか? お前が殉じた思想がプロパガンダだったらお前の思考は間違っているのか?」


「違う。断じて違う。我々は考えることができる。行動することができる。愛することができる。誰かを殺すことができれば、誰かを救うことができる。その全てが偽りだったとして、その全てに価値がないなんてことは断じてない。銀次なら、きっとそう言う」


 しん。と円卓が静まり返る。彼女の熱の入った弁にどこか銀次の面影を感じたからだ。人を動かすのは合理でも論理でも計算されつくしたデータの束でもない。


 心に響く言葉、それで人間は動かせる。


 そこで手を上げる人物が一人。


「それで、具体的には何をするのですか?」


『虎』の師団長は終始冷静にその言葉を聞いていたが、問題の本質に全く触れられていないことに言及した。


「言い分はわかりました。私がどうこう言ったところで自由意思の有無や運命論。哲学的な話に帰結するのはわかります。ただ現状。この世界を存続させるためにはどうすればいいか。建設的な案が出ておりません」


 リコルテは目を細めて、彼のほうを見る。両肘からは鉄パイプほどの太さの電極が30cmほど飛び出している。リコルテと銀次の間でロシアの強化人間技術の共有を行い『プラーマ』を人間のまま運用するという試みの結晶である。


「キミはもうわかっていると思うんだけどなあ」


「……指示がないと軍人は動けませんので」


 それもそうかとリコルテは鼻を鳴らし、深く息を吸った後、重々しく宣言する。





「もちろん、『戦争』だ」






 ■■■ 数日後 英国 ロンドン


 MI6はイギリスの諜報機関であり、軍事組織ではない。故に白銀部隊に吸収されることは無く、形骸化した工作員を有する機関は形だけ残った。


 もはや世界は平和であふれている。国家の危機のために錯綜する情報を命からがら持ち帰る必要もない。多くの職員が離職し、やっていることは閑古鳥が鳴いている探偵事務所のようなものだ。


「デイヴィッドさん! お客様です!」

「俺は外勤してるって言っといてくれ」


 椅子に浅く座り、背を伸ばしている初老の男性。腰ほどまで伸びる銀髪に口にはパイプをくわえてふかしている。


「いやいや、こんな平和な世の中だ。外を走り回るほど仕事は入らんのではないかな?」

「……そっちも暇そうだな。暗殺課。どした?」


 その人物はすでにオフィス内に侵入し、デイビッドの後ろで葉巻に火をつけている。CIA暗殺課課長。長い黒髪を後ろで結っている日系アメリカ人。銀次の元上司である。


「エディ&デイヴと聞けば、指名手配犯がわれ先にと出頭するほどの名コンビだ。それが西欧の片田舎で腐るのはもったいないではないか」

「アメリカ訛りの英語は聞き取りにくいな。まァ俺をアメリカくんだりまで呼びつけねェのは感心だ」


 課長は特に気にすることもなく、愛想笑いとともに会話を続ける。


「エドワードは残念だったな」

「自分の部下が殺しておいてよく言う」

「もう彼には頭が上がらないけどね。何しろ地球の治安保持者だ」


 お互いに紫煙を吐き出し、そのタイミングが被ってしまったことに気色悪さを感じて顔をしかめた。


「別にエディに関しては、順当だったな。あのロリコン野郎最後までガキどもに格好つけて逝きやがった」


 デイヴィッドは机の上に足を組んで乗せた。


「ウクライナでバディにした……名前は忘れたが、そこにも噛んでいたんだろう? 暗殺課は」

「アシュリーのことかい?」

「ああ、そうだ。ロシアとやりあってた時の話だったな。西側と東との軋轢が一番キツかった時だ。どこまで知っているんだか。CIA様は」


 挑発するように顎でしゃくるが、課長は肩をすくめておどけて見せる。


「で? 昔話をしに来たのか? 帰りの交通費は残念ながらでねェぞ」

「では本題に入ろうかデイヴィッド」


 課長はアタッシュケースからずらりと並んだ試験管の束を取り出した。


「なんだこれは? 水銀?」

「水瀬銀次の【メルクリウス】あれは指輪として軍上層部とCIAにも貸与されていたんだ。自分の意志で変形できる魔法の武器としてね」

「知ってるよ。それが水瀬のかけた枷だってのまで知っている」


「それが同時に“溶けた”。成分分析しても今までは未知の物質だったが、今のこれは純度100%の水銀だ」

「……。おいおいおい。それはよ」


「十中八九銀次が脱落した。白銀部隊に寝首を掻かれるタマではないだろうが……」

「あー。はいはい。わかったよ」



 デイヴィッドはパイプを灰皿に置き。深く息を吐いた。



「ほんと」


「短い間の平和だったな」



 英国陣営筆頭能力者 デイヴィッド=ラフロイグ 能力名【現在不明】












 あとがき


 皆様お久しぶりです。カクヨムにてカクヨムオンリーの金属フリーター アフターストーリーを載せると言いだして早一年か二年。ようやく構想が固まりました。この話の反応が良ければ続きを書くモチベにつながります。ぜひ感想や応援コメントを書いていただけると嬉しいです。コメントに対する返信は見逃さない限り100%だと思っているので気軽にどうぞ!



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【IF&アフターストーリー】フリーターが次に選んだ職業は暗殺者。神スレから賜った「液化金属」が無敵すぎる件 ~合理主義者の殺人譚~【外伝】 @bondon

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