The Maximum

詠称あんね

The Maximum 上

The Maximum 上



1章 <はじまり>


ここは遠い星、あなたたちのいる地球から遥か彼方の惑星。

分かりにくいので、こうしましょう。

オリオンの三つの星、イプシロンの近く。

ここは惑星「ゼネシス」



生態系はわたしたちと近い。しかし、見たこともないものがいる。ヒューマノイドよりも大きく鋼鉄に近い外皮を持つ。魂を宿した巨人たち。この星のヒューマノイドはこう呼ぶ。




「幽霊(ゴースト)」と。




「11号機、致命的な問題発生!」

「8号機、6号機、ともに消滅。」

なにが起こっているのか。次々にわたしのゴーストたちが倒されていく。

「14号機は前に!」

「4号、10号は狙撃!」

「1号と3号は・・・」

わたしの指示を行う前に、セントラルビジョン(集中作戦表示機)は、作戦続行不能を表示した。つまり、わたしが負けたことを表示している。ゴーストとの通信は途絶えていた。わたしはレシーバーを床に置いた。降伏の表現だ。屈辱のため、唇をグッと結んだ。


「わたしたちが全滅?なにかの間違いよ。こんなことて、こんなこと。」

「わたしはA級よ。作戦指示も問題がなかった。しかも、相手は!」


爆発の煙で前方は見えにくかった。徐々に視界が広がってくる。ホバー(作戦台)を操作して、高台から全体を見渡す。わたしのゴーストの残骸が広がっている。その中でただ一体動くものがある。




「たった、1機よ!なんなのよ!」




「A級?」


「作戦指示に問題がなかった?」


「何を言っているの?」


「ゴーストの数なんて関係ない!」


「戦いはトランスレーターの力の差よ。あなたの負け。わかってるの?」




赤いレシーバーを付け、肩に通信アンテナを身に着けた長い髪の女性が言っている。

青いゴーストともにわたしを見下ろしている。




現在、ジェネシスの中で最強のトランスレーター。

彼女の名前は「レルタ・ビノ」

最強を敬して、世界中からこう呼ばれている。




「The Maximum」




「まったく、最近の若いやつは。」

今回は無差別ルールでゴーストの台数に制限はなかった。また、戦闘フィールドも広くて後方からの狙撃も可能なルールだった。


「自分たちの都合の良い条件で戦うなんて、よっぽど負けるのが嫌なのね。」

「まったく」


私は自分のシップ(宇宙船)で戦いの疲れを癒していた。


「発言が年寄っぽい(笑)」

ピンク色の球体が言った。愉快そうにぷるぷると揺れている。

「ティン、聞こえているわよ。」

「だって、そうじゃない。」

ピンク色はポヨンと私の頭の上に乗った。ぐりぐりと髪を乱した。

「そもそも、ビノが悪いのよ。相手を全滅させるなんて意地悪だわ。相手を降伏させるだけでいいのに。わたしならば力の差を思い知らせてあげるのに。」


「同じじゃない。」

なにが違うのか、私にはわからない。


「違うわよ、最初に全機にデコピンを食らわせて精神的ダメージを与えるのよ。それで戦闘意欲は無くなるわ。」


「そっちのほうがかわいそうだと思いますが。」

青い球は恐縮しながら言った。青い球の名前は「ビューイ」だ。


「ビューイはまじめに指示を受けすぎ!ビノのことはちょっとだけ聞けばいい。あとは自分でやりやすいように戦えばいいのよ。」


自信満々にティンは言う。私の周りには5体の球体が浮いている。これらはゴーストの魂だ。幽霊なのに魂があるのは変だけれど、移動の際に大きな体では不便だ。魂の形となって私のちいさな宇宙船に乗る。とても楽だ。



「ビノ様、先ほどの戦いの結果がターミナル(インターネットのようなもの)に出ています。ビノ様のランキングは1位のままです。」

「あたり前じゃない。」

私はターミナルの表示を斜め読みした。文字列データに不快な言葉が出ていた。




「ミリちゃんになんてことをするんだ!あのババア」

「ミリちゃんかわいそう(怒)」

「何様のつもりだ、こんどリターンマッチで泣かしてやれ。」

さまざまな文字列が怒り狂っていた。私はスクロールして、自分に良いメッセージを探したが、見つからない。私は頭を抱えてしまった。




「なぜ、私が勝つとこんなことになるのよ。」

「他のトランスレータとの差が大きすぎない?」


トランスレータはゴーストと意思疎通ができるヒューマノイドの総称で、名誉ある仕事として人気がある。中でもアイドル的な人気でファンがたくさんついている者もいる。


「まあ、わからんでもないよね。」

ティンが感慨深く言った。


「なんで全滅なんてさせたんだ。」

灰色の球に私は怒られてしまった。灰色は「ゼン」という名前。

「だって、脅威となるやつは早めに潰しておかないと。」

私は素直に言ってみた。

「悪い人の顔になっている」

「問題のある人だ。」

「本当にこれが主人公でいいのか?」

球たちは好き勝手を言っている。



ターミナルにライブ動画が入ってきた。ミリの記者会見の中継だった。


「今回の敗北は、私の技術の至らなさにあります。申し訳ございませんでした。」

深々と礼をする。少し涙ぐんでいるようだった。記者たちはミリをいたわるような質問と声を掛けている。



「あいつはまた嘘泣きしているな。」

負けても印象が悪くない手をミリは知っている。



「これからは、レルタ・ビノさまを見習って励みたいと思います。」

「ん?いいじゃないの。」

私は機嫌よく見ていた。ちょっと私の好感度も上がったが、ミリの口元がニヤリとしているのを見つけて前言撤回した。




「まったく、最近の若いやつは。」

同じことを言ってしまったので、耳が赤くなった。



「大丈夫よ、ビノも名言をターミナルに載せているじゃないのよ。」

赤い球が話した。私の言葉は書籍にも載っている。




『おまえたちの時代は終わったんだよ!』




先輩トランスレータを倒しまくって、最後に言った言葉だ。

世界の暴言集として書籍化されている。




「やめてー!!」

私はたまらずに叫んでいた。ゴロゴロとソファーの上で転がり。頭を枕でたたいている。

「何であんなこと言っちゃうんだ。」

自分の発言を悔しんだ。球たちは喜んでいる。



「トランスレーターのビノは強いけど、普段のビノは残念な感じだよね。」

「ギャップ萌えというやつだな。」

「ははは、ビノはアホだ(笑)」

「大丈夫?ビノ。」

「やれやれ。」



ここは遠い惑星「ジェネシス」

毎日のように巨大ロボットが戦っている不思議な星。



また何か面白いことがあったら、あなたに伝えます。





2章 <悪魔 上>



久しぶりに休みを取得して、私は片田舎のレストランで食事をしていた。

「ここのミールはとてもおいしいとターミナルにありました。」

肉と野菜がふんだんに使われており、都市で提供される料理とは別格だった。とにかく素材が良いこと、それにシェフの腕が良い。おまけにこの寂のある建物。最高じゃないか。


「お気に召していただいて、喜ばしい限りです。」

水を注ぎに女性がこちらに来た。


「最高ですね。この料理は星が五つ付きますよ。」

私はお世辞ではなく、本音を言った。本当にこれはいくらでも食べられる。なかなかの掘り出し物だと感心した。


ここはゼネシスの北寄りの地方で、シンテスという国だ。シンテスは農業国であると同時に芸術にも力を入れている。次は美術館に行きたいと思っている。ここからさほど離れていないところに「国立キューテス美術館」がある。


「最高だここは。」

お茶を飲みながら、私はくつろぐ。食器は片づけられてテーブルにはお茶とケーキのセットが出されている。ケーキは私好きな果物がのっている。なんと気が利くお店なのだろう。

「お客様の出身がリートとお聞きしたので。ちょうどよい果物のケーキがありました。」


私はゆっくりとケーキを口にはこんだ。懐かしい味が口に広がる。昔を思い出す。



突然、大きな音がして入口のドアが開いた。


「店主、酒と料理を寄こせ。なるべく早くだ。」

数名の男たちがドカドカと店に踏み入ってきた。どこにでも横柄なやつはいる。私は気にせずに食事を続けた。男たちは大声で話をしている。酒を飲み、料理をガツガツと食べている。少しうるさいが不特定多数が食事をするので、しかたがない。


「ギエル地域の農地を占領できた。こんどは他の地域だ。」

「今回も楽勝だった。さすがに高い金を積んだだけのことはあった。」

「トランスレータさまさまだ。」


下品な声とともに気になる単語が聞こえたが、私は何事もないふりをした。




翌日、お昼に同じ店を訪れた。

なにか人だかりができている。昨日の女性がいたので話しかけてみた。


「あら、昨夜のお客様、大変申し訳ございませんが、本日は店を閉じております。」

急な話で申し訳ないと女性は言った。しかたがないので、他を探そうとすると。


「・・・トランスレータにお願いできないでしょうか・・・」

「・・・依頼金が足りない・・・」

「・・・このままではこの町は・・・」


不穏な話が聞こえてきた。何かこの町にかかわる役人たちのようだ。


当然、こういう場合は私は、




逃げる。




「違うだろうが!」




後頭部を誰かに叩かれた。暴力はいけない。

「こういう場合は、『どうされましたか?』とか『私が力になりましょうか。』っていうんです。」


「えー、面倒くさいし、何で私が。」

私はブーという顔をした。


「だから先輩は人気がないんです。好感度も全くないんですよ。」

私に強烈な言葉を投げかけてる。この女性は名前をミリ、『ハイトゲン ミリ』という。

A級のトランスレータだ。何かにつけて私にまとわりついてくる。

もしかして、私の寝首をかこうとしているのかもしれない。危険人物だ。


「なんか、私のことを勘違いしているような顔をしていますね。」

ミリは不満そうに言ってくる。


「ちがうのか?」


「何がですか!」


「いや、てっきり私の隙をついて暗殺しに来たのかと。」


「なんですかそれは!」

なんだ、違うのか。少し安心した私だった。私がほっとしているとミリはとんでもないことを町の人たちに言い放った。



「トラブルならば、私におまかせください!私は『ハイトゲン・ミリ』です。A級のトランスレータです。みなさまのお役に立てるならば、なんなりとお申し付けください。」

おいおい、なんでそんな面倒なことを引き受けようとするんだ。さっさと帰ろうよ。


「おお、あの高名なミリ様でいらっしゃったのですか。」

「これはすごいことになった。」

町の人たちは大興奮だった。私はやっかいなことは好きではない。とにかく逃げようとしたが、ミリは私の服をつかんで逃がさないようにしている。


「ミリ様、こちらのかたはどなたなのですか?」


「私の付き人です。(にっこり)」

私は手元のサングラスを顔に掛けた。よろしくと適当なことを言っておこう。


町の人の話を総合すると、近くまで『占領軍』が近づいているとのこと、軍といっても正規の軍隊ではない、はぐれ者の集まりで自ら軍隊らしき表現をしているのだ。そこのトランスレータが戦いを挑んできたとのことだ。


「なんとかなりませんか?依頼金が少ないので難しいのでしょうけど。」

町の人たちは申し訳なさそうに言う。


「分かりました、それでは私たちは退散します。」

と、私が言うとミリは私の額にチョップを入れる。


「あほか!」

かなりの力でチョップを入れられたので、頭がクラっとした。


「報酬などいりません。そういったトラブルを解決することこそ、私たちの勤めです。」

ミリはえっへんと胸をはった。(たいした胸ではない。)


(ぼこっ)と私のお腹にパンチが入った。なかなかやるな、こいつ。


「今、私の人気を落とすような発言をなさいましたね。」

鬼のような形相で、私を睨んできた。こういう体制で戦いに挑めば、彼女は最強になれるのではないかと私は思った。


「お引き受けいただきありがとうございます。」

町の人たちは頭を下げ、とても喜んでいる。まあ、ミリが対処するのならば、私は関係ないかと思って安心をした。



「で、相手のトランスレータはどんな人物ですか?」



「はい、『悪魔』と呼ばれる、S級トランスレータの『ユイリ レイト』です。」



ミリの顔が青ざめた。まずいとの気持ちが顔に出ている。

私はそそくさと逃げようとした。しかし、ミリに体をつかまれてグイっと前に出される。


「あれー、こんなところに、かの有名『ザ・マキシマム』がいましたよぉ。」

「町の皆さん、喜んでください。彼女が戦いに挑んでくれるそうです。」




「まじかよ。」

私はつぶやいた。





3章 <悪魔 下>



我は弱いものは嫌いだ。

我は強くなりたい。

我は最強を目指す。




私はホバーを操り、見通しの良い空まで上がった。対戦の前には地形を確認するのは鉄則だ。他に地形を利用した戦い方がないかを思案する。今回の対戦場所は特別な場所ではなく、一般的な平原が広がっている。正面を見ると広々とした緑が広がる。また、市街地も田畑もないのでゴーストたちが暴れても問題は少ないだろう。


私の名は『ユイリ レイト』という。S級のトランスレータだ。クラスについて詳しくない方もいると思うので、簡単に説明したい。




トランスレータのクラスは上位からS級、A級、B級、C級となる。C級については単にゴーストとコンタクトをとれるくらいだ。ただ、C級は人数が多いため、対戦も可能な者もいる。また、Cといっても一般人からしたら、特別なヒューマノイドだ。それだけで一生生活もできるだろう。上位になるほど人数は少なくなる。実のところ、私はA級とB級の正確な人数は分からない。協会に問い合わせれば分かるが、その必要性も感じない。



だが、S級は別だ。



S級はゼネシス全土ではたった7人のみ存在する。

その7人は協会により管理されているランキングで決まっている。現在の私のランクキングは5位となっている。今の私の最高位、ベストランキングだ。また、その上のランカーは4名となるが、各順位の差は大きい。私が4位に上がるのはかなり難しいと考えている。




最高位の1位は特別だ。とてつもなく強い。今現在の1位は尋常でない力、技術、戦法で戦っている。いつかは挑戦したいと思っていた。S級同士の戦いはめったに行われない。私は半ば対戦を諦めていた。だが、なぜか今、目の前に臨戦態勢に入っているランキング1位の彼女がいる。




敬意を評して、こう呼ばれる。




「The Maximum」




「おーい、レイト」

彼女が私に呼びかけてくる。

「なんで、おまえがこんなところで戦ってるんだ?」

フレンドリーに話しかけてくるところが彼女のよいところだ。




「あー、先輩ぃ、ちょっと財布を落としちゃって。アルバイトでやってるんですぅ。」

と私は返事をした。



「なんだ、そうか、気をつけろよ。私も良く落とすから。癖になるぞ。」

やさしい返事があった。やはり、先輩はやさしい。



「お金を立て替えるからさ、この戦いを止めないか?」

「困っているなら相談に乗るからさー。」



やっぱ、やさしい、先輩が好きになりそうだ。

だが、ここは私が支払いをしなければならない。心を鬼にして対戦に挑もう。先輩のお世話になるのはちょっと恥ずかしいし。



私のもう一つの名は『悪魔』という。戦いのときには私は全身全霊をもって挑む。その無常さを他のトランスレータから見るとこうなるのだろう。




私は魂の球を5個、前方に並べた。そして宣言した。




「レディー!」




ああ、交渉が失敗した。もっとうまくやらないとダメだったか。

レイト、あいつは厄介だ。ミリよりも変人だ。きっと、あいつの財布はバッグの中にちゃんと入っているはずだ。自分の財布がどんな色や形かを忘れていて、無くしたと思い込んでいる。なんなんだよ、トランスレータってやつらは変人の集まりなのか?



「先輩、自分のことを棚に上げていませんか?」

なぜかミリは私の心の声を聞いて、会話に割り込んできた。なんだよ、こいつも。




面倒だが、私が負けるわけにはいかない。たとえ、相手がS級の『悪魔』でも。



私の前の球たちが、光りだした。ゴーストたちが目の前に並んだ。

私もレイトと同じ宣言をした。



「レディー!」



今回は伝統的な5体戦となった。5体のゴーストが1体ずつ対戦する。この方法は相手の力が拮抗するときに効果的な戦いだ。総力戦の場合は、たまにまぐれが発生する。たまたま、戦法が良かった場合、相手のゴーストのコンピネーションが悪かった。総力戦が苦手なトランスレータもいる。でも、1対1は基本の対戦なので問題は生じない。

先に3勝したものが勝ちとなる。



第1戦

『悪魔』が駆る、黒いゴーストが『The Maximum』の青いゴーストを追い詰める。私はこんな戦いは初めて見た。狭いフィールドで縦横無尽に暴れまわるゴースト。完全にゴーストの力を開放している。私には『悪魔』のゴーストが優勢に見えた。だが、『The Maximum』のほうが光り輝き瞬く間に『悪魔』のゴーストを粉砕した。


「あれが、無限・最大の力」


彼女がマキシマムと呼ばれるもととなった力、ゴーストの最大限を引き出した技。



「あ~ん、負けちゃたぁ。てへぇ」



私は『悪魔』が『あほ』に見えた。



第2戦

『The Maximum』の赤いゴーストが圧勝となった。

『悪魔』の緑のゴーストは何もできなかったように見えた。一般人はそう見えるだろうが、A級の私にははっきりと見えた。

恐ろしく速い攻防だった。『悪魔』はかなりの攻撃を防いでいた。S級でなければ、刹那で終わっていただろう。あるいは戦いになっていなかったかもしれない。気が付いたら負けていたとなってもおかしくはない。



「う~ん、ざんね~ん。もうちょっと手加減してくださいよぉ。」

なぜ、あいつ(悪魔)は小さい文字(ぁ)とか(ぉ)とかでしゃべるんだろうか。

謎だ。



第3戦

『The Maximum』のピンク色のゴーストは何もせずに勝ってしまった。

なにがおこったのか私には分からない。が、『悪魔』は喜んでいた。

「ここ、これは貴重な先輩の写真!」

「あと、2枚差し上げましょう。」

「え~、ラッキー!」



なんなの?いったい。



ということで、『The Maximum』が3戦勝利した。



「なんとか勝ったか。早く帰りたい。」

私は疲れていた。さすがにS級の『悪魔』は危険だった。

腹が減ったので、あの店で夕食にしよう。



「おい」

ミリが話しかけてきた。

「なんだよ、疲れてんだから。」

「なんだじゃないわよ、なんなのこの茶番は!」

ミリはなぜか怒っていた。意味が分からんなこやつは。




「私のときと戦法が違うじゃないの。なんなのよ最後のは?」

「知らん、ティンの戦法だ。私はトランスレートしただけだ。」

トランスレータはゴーストと対話をすることで戦う。単に指示をしているだけではなく、その子たちの戦いやすいようにサポートすることだ。私が最強であるのはゴーストと常に対話をして最大の力を発揮させることができるからだ。




日も暮れたころ、この前の店で夕食をとっている。

前と違うのは3名で食事をしていることだ。



「あれぇ、なんかバッグの下に財布がありましたぁ。」

「やっぱりか、気を付けろよ。自分の財布の形を忘れるなよな。私も良く忘れるが。」

「先輩とわたしって気が合いますよねぇ」

てへぺろと『悪魔』は笑った。なんなんだよ、いったい。

なんでこれが『悪魔』なんだよ、いったい。




「よ~しぃ、今夜はおごりですぅ。」




「ミリちゃんのぉ」

悪魔かこいつは。

私の財布は軽くなってしまった。





4章 <S級>



S級ランカーリスト


1.レルタ ビノ   最大 The Maximum

2.ガッザム カード 女神 The goddess

3.レルタ ファール 王女 The princess

4.コート リオ   凶刃 Blade

5.ユイリ レイト  悪魔 Demon

6.イース バーンド 知識 The knowledge

7.ハイトゲン ミリ 偶像 Our idol




今期、協会が発表したランキングに私は目を疑った。

いえ、これは当然だと確信している。

私はついにS級となった。

変人揃いのトランスレータの中で特に変な奴らがそろっている。

『常人』なのは私だけだが、問題はない。


これも天の神様に毎日祈ったおかげと今は思っている。


「さすがにわたしはすごいわ。」

つい声に出してしまった。

まあ、ここには特にたいした奴らはいないし。

(クックっく)




「おい、ミリが気持ち悪く笑っているぞ」

なんか変な奴だな。と私が言うと、


「あんな、どうでもいい子ちゃんはほっときましょうよぉ」

『悪魔』が言った。


「うっ、これは人気配信者のちーちゃんの特製写真じゃないか。どうしたんだこれ?」

『凶刃』は驚いている。

「いいでしょう。あげようかぁ」

『悪魔』はニヤニヤしている。


「私のお酒はどこだ~」

酒瓶を持っているはずの『女神』は自分の酒を探している。


「もうすぐ、お食事ができますからね。待っていてください。」

『王女』が私のシップで料理をしている。


「わたくしはマヨネーズ抜きにしてください。」

『知識』は料理に注文をつけた。

「えー、マヨネーズおいしいじゃないの。」

「わたしくは素材そのものにおいしさを感じますので。」

「じゃあ、ソースもなしなのね。」

「ソースなしではたこ焼きの意味がないです。」

この二人の会話はよくわからない。




ここは私のシップの中だ。

私が休暇を満喫しているときに6名が押しかけてきた。


なんだか分からないうちに、私の休憩室で、たこ焼きパーティをはじめられた。



「なんなんだ、こいつらは?」




いつも思うことがある。




「『常人』は私だけだ。」




ある星に『ゴースト』と呼ばれる鋼鉄の巨人を操るものがいる。

そのものたちをトランスレータと呼んだ。




これはそのものたちの物語である。



5章 <凡人>



昇格するものがいれば降格するものもいる。世間では凡人と呼ばれていた私はいつもより落ち着いていた。それは肩から重いものが降りた、または重い日が過ぎたということか。



私は『アティス レイ』という名で、少し前まではS級というランカーだった。変わり者が多いランカーの中で、私は全くの凡人だった。世間では「たなぼた」や「偶然」などと呼ばれた。確かに私が昇格したのは謎だった。A級時代にはとくに成績は良くなかった。詰めが甘いとよく言われた。自分でもわかっていた。トランスレータとして必要なゴーストとの連携は良かったと思う。しかし、とどめが刺せなかった。最終的に相手を仕留めなければいけない。私には気後れがあったため、やはり『詰めが甘い』となった。



「訓練生A、集中力が足りない!もっと会話をしなさい!」

「B,Dはなにをしている、ゴーストが暴走しているぞ。」

「Eもっと速く移動しなさい。」

飛び交う教官たちの声。私は少し高い位置から見学してた。ここはB級トランスレータを教育する機関で、通称「B協会」と呼ばれている。B級は通常1年間の教育がある。その中でトランスレータとしての基礎を身に着ける。特に初歩的な所作は肝心で、ここからA級への道が開かれる。自分にもこんな時期があったのかと感慨にふけっていると、後ろから声を掛けられた。



「レイさま、ご意見などはありますでしょうか。」

教官の制服に身をまとった女性が立っていた。彼女はこの協会の主幹だ。私よりも年齢が上なのだが、ランカーであった実績があり敬語を使われてしまう。私はそういったことは苦手としていて、気軽に話しかけてもらいたいと思っている。



「いえ、十分に良い訓練だと思います。特に基礎を大事にされているので良いと思います。」

私は簡単な感想を述べるに留まった。実際は私には教官としての経験はない。自ら戦いを挑みながら技術を身に着けていたため、協会による訓練は実は初めて見た。このような訓練をしていれば、もう少し長い間、S級でいられたかもしれないとも思う。



「もったいないお言葉です。訓練生も教官たちもきっと喜ぶでしょう。」

主幹の名は『リト』という。訓練生からは『リトお母さん』や『リトママ』と呼ばれている。面倒見がよく、数々のA級トランスレータを世に送り出している。正教会からも一目置かれており、彼女のランクもA級の上位クラスとなっている。



「あの、リトさん私には敬語は必要ありませんよ。」

私は彼女に敬語を止めてもらうように言ってみたが、彼女は頑なにそれを拒んだ。逆により一層、私に尊敬の念を込めていった。困ったことに彼女の真似をして、私に敬語や尊敬をしてくるようになった。私は全く尊敬されるようなことをしていないため、恥ずかしくて仕方がなかった。先にも話したと思うが、トランスレータとしての実績も他のランカーよりも低いと思っている。



ただ、一回だけ私の実績の中で光るものがあった。それは私にととっても大切な思い出だ。

少し前の話となるが、聞いていただければ嬉しい。




そうあれは、イルマ地域での戦いだった。



「まさか、あなたが対戦相手とは思いもよりませんでした。」

私はA級となり、数回の対戦を行っていた。今回もA級同士の戦いと思い挑んでいたが、事情は違っていた。



「全く問題ありません。強いやつを潰す、じゃなかった、強いものに挑むのが私のやり方」

「対戦相手に問題ありません。」

彼女は自信満々にそう言った。彼女はS級のトランスレーターでランクはまさに一位だ。そして、彼女は尊敬の念を込めて、こう呼ばれている。



「The Maximum」



私の前には一つの魂の球がある。金色に輝くその球に向かって、こう唱えた。



「レディー!」



金色の魂は光り輝き、巨人の姿となった。これが私のゴースト『ディディ』だ。自身が所有するゴーストの中で最強だと自負している。そう、自分の最大を出さなければ彼女には全く歯が立たないだろう。最初から全力で行こうと心に誓っていた。対する彼女はどうなっているかと興味があり、彼女の行動をひとつひとつ確認していく。彼女の前には灰色の魂があった。戦いの場にいるギャラリーに驚きの声が上がった。



「ゼンだ、The Maximumがゼンを使うぞ!」

「まさか、対戦相手は凡人だぞ。」

口々に驚きと戸惑いが混じった(私への失言もあるが)声が聞こえる。当時の私には分からなかったが、今のわたしにはこのことが分かる。



「レディー!」

彼女が発した直後に勝負が決まった。一瞬でThe Maximumが勝利した。私は唖然とするしかなかった。全く勝負にはならない。私はどん底に落とされた。しばらく呆然としていた私に彼女は言った。



「あなたはなかなか強いわね」

「私に本気を出させるなんて、あり得ないわ」

微笑みながら彼女は言っている。私には全く覚えがないので、動揺していると彼女はキッパリと宣言した。



「来週からあなたはS級になるわね」

まさかと思ったが、ちょうど次のランキング発表で自分の目を疑った。



本当に私はS級になっていた。



そして私の名が決まっていた。



「Normal」



と呼ばれるようになった。



6章 <可能性>


『トランスレータ』とは『ゴースト』を操る者たち。

ゴーストは魂を持つ巨人。

このふたつが合わさるときに巨大な力が生じる。

それは創造か?破滅か?



これから、あなたと一緒に見ていきましょう。



「いったい、この力はどこから来ているのか。」

私は現在A級のトランスレータで、名前は『アティス レイ』。B協会でB級トランスレータたちの訓練を見学していたときのこと。ひとりの少女が私の前に現れた。私よりも10歳以上は若く、これからを目指して訓練に励んでいるようだ。彼女の目を見ればわかる。少しばかり不安を抱えつつ、先駆者として私を見ている。今後、彼女は私たちから技術、戦術、心理などを吸収していき追い抜いていくだろう。しばらくしてから、小さな声で私にこう言った。



「対戦をおねがいいたします。」

A級を持つトランスレータにB級が挑むことは勇気がいることだ。しかも、B協会にいるということは彼女はまだ駆け出しのB級だろう。負けることを前提にして、A級から学ぶ姿勢は好感を持てた。しかし、私は現在、戦う気にはなっていない。なぜならば、S級という枷を外れ、戦いから離れたところで自分の心理を探求したいと考えていたからだ。だが、彼女の持つ雰囲気に心が揺れた。体は細く、目は伏せ気味だが、確かに彼女には何かを感じる。一つ条件をもとに話をしてみようという気になった。



「一対一ならば可能です。」

通常の戦いは5対5や、総当たり戦などといった、協会が作成したガイドラインに則り行われる。一対一は公式ではなく練習試合などに使われる。そのため、勝ち負けには影響しない。シンプルなためデモンストレーションにも用いられる。ただ、相手の実力を見るのには十分な戦いになる。それは過去に強敵と対戦した私には良く理解できる。一目見たときに私は感じていた。それは、



「彼女はとても強い。」

私には経験は少ないが、強い相手と戦っていたという、限定的な経験は豊かだ。とくにS級に昇格したあとは高レベルな戦いを幾重にも行ってきた。思い出深いのは先にもお話した。『The Maximum』との戦い。または、『悪魔』と呼ばれた天才との死闘がある。それは、現在もターミナルで映像配信されていて、全世界のトランスレーターのファンに愛されている。あのときは、私も身の危険を感じて鬼気迫る戦いだった。



話を最初に戻そう。

そう、ここからだ。



「いったい、この力はどこから来ているのか。」

一体のゴーストから巨大な力が発生している。それは私のゴースト「ディディ」にも伝わっていた。

「ありえません、こんなプレッシャーはあのかた以来です。」

ディディは狼狽している。なぜなら、ディディは『The Maximum』の全力を体験している数少ないゴーストだからだ。同じ戦法で来るならばかえってやりやすいとも考えた私が愚かだった。が、それはまた負けるといった、過去の失敗も思い起こされる。



「ならば、一回引きましょう。」

私はそう宣言すると、ディディをもとの球に戻しホバーで高緯度に昇っていった。地形と行動できそうな範囲を確認すると、再度唱えた。



「レディ!」

ディディを開放して相手のゴーストに飛び掛かる。古典的だが奇襲はこんな感じだ。だが、予想は外れた。相手のゴーストはすでに私たちの動きを読み切っていた。強烈な一撃が私たちを襲った。ディディは右腕を破損し、私も精神的なダメージを負った。反応速度が尋常ではなかった。驚きとともに相手のトランスレータを確認する。彼女の眼に、あの時の感覚が蘇った。そう、「The Maximum」との一戦だ。確実に相手を仕留める。その執念が宿る、あの時の眼だ。私は身震いをした、同時になぜか心の奥底にある感情が芽生えた。



「勝ちたい」



ただの初心のB級に相手に何を言っているんだと思う。だが、この感情は止まらなかった。私はただ無心にディディを前に進める。前に行って、あいつを倒せ。圧倒的な力を持って粉砕せよ。私の心にどす黒い何かが蠢いた。集中力は今まで以上だ、この戦いにすべての力を注ぎたいと思った。だから、唱えた。私は全く意識をしていなかったが、のちにこれは私の技となった。



「インフィニティ―!」

ディディの体が漆黒の闇と化した。周りの空気が変わり、重力が加速する。そんなことがあるのかと思うくらいに。相手のゴーストめがけて突っ込んだ。それは大きな黒い剣のようだった。一瞬が恒久とも思えた場面だ。私は覚醒したのだとあとで分かった。数秒後に重力から解放されて、勝負はついた。



「参りました」

小さな少女は自分のレシーバーをホバーの床に置く。そのしぐさは清々しさを感じる。さっきまでの眼とは違い、やさしくかわいらしいものになっている。おどおどした仕草は演技だったのかと思うくらい。彼女は凛としていた。そして、彼女はこういった。



「わたしの名前は『ガッザム カード』です。」

その名前に私は覚えがある。そう、その名はS級のトランスレータ第2位の『女神』だった。ただ、私は呆然とするしかなかった。



勝ったのか?私が?S級相手に?

頭の中にいろいろな言葉が回っていった。現実が理解できないくらいの衝撃だった。軽く頭を下げて、『女神』は去っていった。これは公式の戦いではないが間違いなく私の最高記録だった。



そして数日が経過した。



「なんで私がA級に戻っているよ!あり得ないわ!」

ミリがターミナルの前で怒鳴っている。まったく騒がしいやつだ。上がったと思ったらすぐに落っこちていった。かなり笑える状況だ。また、ゴシップ記事に書かれるだろう。私はシップの休憩室でティータイムを楽しんでいた。ターミナルのニュースにはとても面白い記事がある。



『女神が凡人に敗れる』

私は目を細めて思いにふけった。そう、彼女が帰ってきた。最強の力とともに。嬉しい知らせだが、次は私が潰さなければ、いや、勝たなければならない。ターミナルから目を外し、シップのモニターからジェネシスを眺める。



「あなたはなかなか強いわね」

「私に本気を出させるなんて、あり得ないわ」

少し前のことなのに遠く昔に感じた。強い彼女とまた対戦したいものだ。



私は再びターミナルに目を向ける。記事の下のランキングを確認するとこう書いてある。



S級ランカー一覧

1.レルタ ビノ   最大 The Maximum

2.ガッザム カード 女神 The goddess

3.レルタ ファール 王女 The princess

4.コート リオ   凶刃 Blade

5.ユイリ レイト  悪魔 Demon

6.アティス レイ  凡人 Normal

7.イース バーンド 知識 The knowledge



The Maximum 上



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The Maximum 詠称あんね @anne-hardt

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