ナマケモノ

ドン・ブレイザー

ナマケモノ

『ナマケモノ、哺乳綱異節上目有毛目ナマケモノ亜目。生涯のほとんどを樹にぶら下がって過ごす。動きは鈍く、一週間に一度排泄のために樹を下りる以外はほとんど動かない。その習性からナマケモノの名がついた』







 

 私はある会社でシステムエンジニアとして働いている。


 最近調子がおかしい。仕事中なんとなくボーっとしたり、眠くなったりしてしまう。


 そのため、ここ数か月仕事の能率が非常に落ちている。この間は与えられた仕事を納期までに完了できず、社長から大目玉をくらってしまった。


 病気か何かなのではないかと思って病院で診察してもらったが、体は健康そのもので、不調の原因はわからなかった。


「おかしいな、今までこんなことはなかったのに」


 私の調子がおかしくなったのは1ヶ月ほど前からで、それまでは全く問題はなかった。


 1ヶ月前に、何か変わったことはなかったかなと思い返してみると、一つだけ思い当たることがあった。


「そういえば、1ヶ月ほど前に仕事用のパソコンの壁紙の画像を変えたな」


 現在、パソコンのデスクトップ画像、いわゆる壁紙の画像はある動物の写真になっている。仕事の休憩中、ネットで発見した画像だった。


 木にしがみついている毛むくじゃらで爪の長い動物で、どんな名前かは知らなかったが、見ているとなんとなく癒されるような気がしたので、何の気なしに壁紙に設定したのだった。


「そもそもなんていう動物なんだっけ、これ」


 ネットで調べてみるとそれが「ナマケモノ」という名前の動物だと分かった。


「なるほど、これナマケモノだったんだ。名前はなんとなく聞いたことはあったけど、ふーんこういう動物だったっけ」


 ついでに生態も調べてみると、ナマケモノは一日のほとんどを樹の上で寝て過ごすのだという。まさに名前の通りのナマケモノだ。


「もしかしてこの画像のせいか」


 このナマケモノの画像を仕事のたびに見ていたせいで一種の暗示がかかり、自分にその習性が乗り移ってしまったのではないか。そんな仮説が頭に浮かんだ。


 最近の不調が、この壁紙のせいとは断言できない。けれど、画像を変えてから仕事の能率が落ちているのは事実だし、少なくとも仕事用のパソコンの壁紙にナマケモノの画像はふさわしくない。この際、厄払いの意味も込めて画像を変えてみることにした。


「今度はナマケモノじゃなくて、もっと働き者の生き物にしよう。働き者の生き物といえばアレだな」


 私はアリの画像をデスクトップに設定した。


「これでよし。働きアリみたいにこれからバリバリ働くぞ」


 私は大きなアリの画像の写った画面の前で自分に言い聞かせるように言った。そうしているうちに、不思議と体に力がみなぎってくるように感じてきた。壁紙の効果が早くも現れたのだろうか……








 それから数週間後、私は逮捕された。


 よく覚えていないのだが、どうやら私は社長室に乗り込んで「今日から社長の座はオレのものだ」と言いながら、社長に殴りかかったらしい。


 周りにいた他の社員が止めに入ったがオレは暴れつづけ、社長含めて三名に重傷を負わせたようだ。その後、通報により駆けつけた警察官たちに確保され、今に至る。


「どうして、なんでこんなことになってしまったんだ」


 わけもわからず、私は頭をかかえるしかなかった。今まで会社を乗っ取るなんて大それたことを考えたこともなかった。なんでこんなことをしてしまったのか、自分でもわからない。ただ、考えつくのは最近デスクトップ画像を変えたくらいのことだが……









『トゲアリ、ハチ目アリ科トゲアリ属。クロオオアリなどの別種のアリに対して社会寄生を行うという習性を持つ。トゲアリの女王は寄生する相手のアリの巣に侵入して、女王アリを殺害し、新たな女王となって巣を乗っ取る。ただし、寄生の成功率は非常に低い』


終わり

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