第34話 イカれた日常はまだまだ続くぜ!

 時刻は午前8時、小西荘には完全な静寂が訪れています。

 家の周りの喧騒も先ほどと比べてだいぶ落ち着いてきました。

 まあ嵐を巻き起こす元凶、伊東司がいなければ静かになるのも当然のはずです。今、リビングには成坂さんと私しかおりません。

 あれ?法梅ちゃんはどこに行ってしまったのでしょうか?朝ドラを見ていたらいつの間にか姿を消していました。


 ○


 さて、成坂さんは小西荘全員分の食器を洗い終えたようです。

 ——かと思ったら今度は成坂さんは冷蔵庫の中身を確認しに行きました。何か足りないものでもあるのでしょうか?

 冷蔵庫の中身を隅から隅まで眺めるその姿はさながらどっかの国の検疫官のようです。飲料の賞味期限や野菜の状態に目を光らせています。鋭いその眼光は冷蔵庫の中にある食品に一才の隙を与えないようです。


 でも冷蔵庫の中身なんか確認してどこへ向かうのでしょうか?


「あ?今から買い物に行くんだよ」

「開店と同時に俺は行きたいんだよ。安いもんがいっぱい売ってるからな」


 なるほど、買い物も単純に食べ物を買えばいいというわけではないようですね。今までのんちゃんと二人暮らししてた時はほとんど出前か外食だったので全く考える機会がなかったんですよね…


「まぁ下宿代たくさんもらってるわけじゃねぇし、その中でもきちんと節約しなきゃ何かあった時に路頭に迷うのは俺じゃなくてあんたらの方だからな」


「んじゃ、俺そろそろスーパー開いちゃうから行ってくるわ」

「鍵は新聞受けの中に入れとけ。もうどうせ出るだろ?」


 そう言い残して徐に出て行った成坂さんはいつも通りの表情のように見えましたがその奥底にはどこか疲労をも感じさせました。

 けれども彼はもはやここにはいません。まあ単純にすぐ近くのスーパーに行ってしまったのですが、それでもなぜかこの胸の奥底で少しの悲しさや虚しさが渦巻いてるのを感じます。


 ○


 さて、忘れていましたがのんちゃんはずっと何をしているのでしょうか?朝ごはんを食べたっきり自室にこもって全く出てくる気配がありません。


「のんちゃーん?何してるの?」


「な、なにー?ち、ちょっと待って!」


 急に呼んで驚かせてしまったのでしょうか?のんちゃん、非常にびっくりしています。


「入ってもいいー?」


「いいよー!けど邪魔しないでね!」


 扉を開けると私の方に見向きもせずにパソコンの画面と睨めっこしているのんちゃんの姿がありました。

 なるほど、確かに邪魔するのも良くなさそうです。


「やばいよー!ちーちゃん!この課題来週までだとおもってたら今日までだったんだよ!これ出さないとやばい!結構大きめの課題だから…」


 いつもは私と違って課題を計画的にこなす完璧なちーちゃんですがどうやら今回は彼女の予定が狂ってしまったようです。


「どうしよー!間に合わないよー!」

「ちーちゃん、今何時?」


「うーんともう直ぐ9時?」


 のんちゃんの部屋にかけてある時計を見て時間を確認します。


「だ、だいじょうぶ…この講義午後の1時30分からだから……あ、あとは大学の図書館でやろ?…ここじゃ集中できない…」


「え?ほんとに大丈夫?私めっちゃ心配だけど——」


「大丈夫。ちーちゃん、人間は時には己の中に秘めてるリミッターを外してでも死ぬ気でやらなきゃいけない時が何回かある」

「今日はそのうちの一回だよ」


 のんちゃんはどこか悟りを開いたかのように私に語りかけて来ました。今日ののんちゃんは妙に説得力があります。


「んじゃ、準備して大学いこっか」


 のんちゃんはパソコンを片付けて大学へ行く準備をし始めます。


 ○


 小西荘のオーナー、子西成坂だ。

 今朝イチでスーパーに行ってきて割引の品を買い漁ってきた。

 あまり知られていないが夕方以上に朝、開店と同時にスーパーに行った方が割引されている商品を手に入れやすい。

 成り行きでオーナーになった。

 月々9万円で5人の学生を住まわせている。多分ここら辺のアパートや学生寮などと比べると相当安いほうだ。


 オーナーとしての仕事は悪い物ではない。

 洗濯物は彼女たちが各自勝手にやってくれるし、俺がするべき事といえば彼女たちの食事を作ったり、消耗品を買ったりすることくらいだ。


 けれども一つだけ本当に許せないことがある。

 それは飲み物、トイレットペーパー、シャンプーなどの詰め替え品の『ちょい残し』である。

 まったく。

 誰がそれを変えるというのであろうか?

 いざ飲み物を飲もうとして少ししか残っていなかった時のその絶望感、焦燥感、その辛さを味わったことがあるのだろうか?


 その計り知れないほどの大きさの感情は怒りとなって込み上げてくる。まあでもこれが仕事だからしょうがないんだけどね。

 仮にも1000000000000000000000000000000000000歩(10澗)譲って『ちょい残し』するとしよう。

 せめてその事実を私に伝えてほしい。そうしてくれれば私は心置きなく落ち着いた感情の元に新しく飲み物を補充することができる。


 まあでもこれが一種の仕事であると割り切ってしまえばもはやなんでもないのだが…

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小西荘と愉快な住人たち 蜜蜂計画 @jyoukai

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