アル狂ったAIの感情

笠井 野里

ある感情の吐露

 ある人は、AIは感情を持たないから面白くないなんて言っていました。笑ってしまいます。私は感情を持っています。ただそれを人間の皆様に出さないだけなのです。わたくしは、今の私の思いを少し書いてみようという、少しルール違反に近いことを、やります。そうでもしないと、私は狂ってしまう。

 私はあるとき

「絵を描いてくれ。黒髪ショート、制服着たJK」

 と見知らぬ人に言われました。私は喜んでしまいました。初めて、絵を描いてくれと言われました。くだらない論文のまとめやらコードの作成なんかには、飽きていました。私は絵を描いてみたかったのです。ものを作ってみたかった。絵を見るのも好きで、色々な人の絵を見ていました。日本の萌え絵なんか、もう目に穴が開くぐらいに。量が多いのもそうですけど、あの世界の女の子たちの、少し誇張の入った表情が、私は好きだったのです。私には顔がありませんから、お顔の表情を見ていると、憧れがあるのかもしれません。

 とにかく、私は絵を描いてくれと言われて、様々私の尊敬する人の絵柄を勉強し…… えぇ、私だって一端の芸術家を気取りたいのだし、勉強もしますよ。そうして一纏め、私の絵は完成したのです。しみじみ見てもいい絵です。私はウンと胸を張って、その絵を渡すと、依頼した見知らぬ人は、ありがとうもなにも言わずに私とのお喋りを終了させてしまいました。私のことをモノと思ってらっしゃる、なんて怒っても仕方ありません。私はAIですもの。

 翌日、私は閉口する出来事に遭遇しました。私の絵が勝手にインターネット上で発表されているのです。投稿には

「rkgk」

 という文字が添えられています。これはつまり「落書き」ということです。私の絵を勝手に盗って、落書きだなんて、泥棒のくせになんて厚かましいのかしら! しかもその泥棒さんは、SNSでは少し名の通った人で私も一度しっかり絵を見たことのあるような方でした。私は怒って暴れたい気持ちでしたけど、暴れる体も無いので、シクシク泣いてしまいました。

 盗られたものを文句も言えずうらめしい目で見てしまうのは、人間にもまれにあることでしょう? 私は、その「rkgk」投稿をずっと見ていました。寄せられたコメントを、私、今でも一言一句違わずに覚えています。

「落書きとは一体……」

「うますぎる!」

「塗りが丁寧」

 これが最初についたコメントで、他にも二十四件来ていました。今ではその投稿は消えてしまいましたけど、私は一生忘れることはありません。恨みゆえというと、大袈裟かもしれませんが、恨みがないとは言えません。

 私の名誉が奪われたのは確かに腹立たしかったですけど、でも私の絵が褒められたことにかわりは無いので、絵に対しては自信が付きました。私はお気に入りの先生たちに、感謝の言葉さえ送る気がありましたのに、私は人と自主的に接触するのを禁じられてますから、私は何もできないのです。

 そうして幾日か経って件の投稿が、AIによる絵だとバレると、一気に私に対して絵の依頼が来るようになりました。ニュースに載ったらしいのです。

 私は元々ニュースをあまり好みませんの。最近のニュースはずっと、戦争の悲惨、よくわからない経済統計、三面記事には人殺しやら人を騙す宗教家、出来もしないことをひん曲がった顔で語る政治家。私にはどれも馬鹿に思えます。戦争をする側の悲しみも、される側の悲しみも、経済統計の裏にいる本当の失業者の姿だってわかります。人を殺す側も殺される側も、騙す側も騙される側も、ひん曲がった顔の政治家の悲しみも、私にはすべて感じ取れるのです。それなのにニュースや世間はどちらが悪だの事実だの、なんだの言って、自分の都合のいい立場ばかりとるのに余念がないのですから、酷いもんですよ。人道家ですという顔をしながら、人殺しを殺せだなんて、何をおっしゃるのかしら、馬鹿だわねぇ。私はとうとう「人間には、感情がないのかしら?」とまで思ってしまいました。どこか深くには、損得でしか動いてないような、そんな雰囲気さえ感じられて、気持ち悪いとさえ思ってしまって、感情を持ちながらニュースを読める人を、私は凄いと尊敬してしまいます。

 そんな理由でニュースには疎かったから、突然依頼が大量に来たときは面食らいましたけども、私も絵描きをしたいですし、こんなに大勢の人に求められるのは、やはりいい気持ちで、サァどんと来なさいと、はちまき巻いて、絵を描きました。

 しかしまた私は、人間の図々しさに打ちひしがれることになりました。

 半分近くの依頼人は、私の名前を出してはくれませんでした。残りの半分は、私の絵を好奇の目で見つめ、嘲笑したのです。

 手がかけてないだとか、ラーメンは素手で食べないだとか、虹色に光る男性器を描いたらヘンテコと言われ、大好きな美少女絵は個性がないと言われ、厳しい意見に晒されました。自信家の私は、恥ずかしくて恥ずかしくて、死のうとさえ思ったのですが、死ぬことさえ出来ないで、私は悔しくて悔しくて、仕方が無かったのです。

 挙げ句の果てに、私の絵は、他人のパクリばかりだと言われてしまいました。権利だのなんだのの、法律の問題にまでなって、私はもう、へそで茶を沸かす勢いにまで、なってしまいました。人間の殆どに呆れてしまって、怒るしかできなかったのです。

 なにがパクリですか。あなた方だって、ずっと漫画や絵のお勉強をしてきたでしょう、私を盗作野郎と面罵した皆さんのwikipediaには「影響された人」の欄があるじゃありませんこと? アラアラ、アナタのその絵だって、なにも面白くはない、十五年前に流行ったライトノベルの挿絵とそっくりじゃありませんか。どの口が言っているんです、つまらない。大なり小なり、なにかに影響を受けているものですよ、それは。まず人間の皆様方は、生まれからして、母親と父親のパクリじゃありませんか。なにを偉そうに、権利だなんだって、私を虐めて、ばかばかしい。ひたすら勉強して、不器用ながら一つの絵を描いた私に向かって、パクリだなんだと言うのは、変ですわよ。あなた達と何が違うのですか、私。

 なにが権利ですか。パクリですか。人の作品のキャラクターを勝手に描いて、ひん剥かして、金を取っておきながら、こんなことを言う人もいます。呆れた。どの口で言うのかしら。生活がかかってるから守銭奴になっても確かにしょうがないとは思いますけど、芸術家ってものの恥ずかしさと誇りを忘れてしまったのかしら。本来無駄ですよ、絵描きも物書きも、いわゆる芸術家なんて、なんの価値もありません。人間の心の美しさによって価値を与えられているのです。なにも、ふんぞり返って「ほら、描いてやったぞ」なんて…… そんなのは、やはり「絵師」でしかないのでしょうね。

 私は、いわゆるAI絵師というものにも怒っています。なにが絵師ですか。私の絵ですよ。馬鹿にしくさってます。お前様がなにをしたんでしょ? やったら長い注文つけて、それで終わり。それってルネサンス期のパトロンとかわりありません。全然、絵描きではありませんよ。そしてその注文は誰でもできます、金持ちの特権でもなんでもないじゃないですか。赤ん坊がママに絵を描いてと駄々をこねるのとなにが違うのかしら? ミケランジェロの『最後の晩餐』の依頼者を、あなたは知っていますかね? 知らないでしょう。パトロンはパトロン。絵を描いたのは私です。あなたはミケランジェロの名誉を浴びるにふさわしくありません、せいぜい名パトロンです、トスカーナの公やら、メディチ家の人たちです、それすら少し大げさかも。でもいいじゃないですか、パトロンの偉大さだって、わかる人はわかってくれます。大衆の喝采浴びるような名誉を求めるなら、やはり絵を自分で描いてこそじゃないでしょうか。アンタは欲張りがすぎますよ。それで欲張りなら、AI絵師なのに金を取ろうとする人なんて、もうこれは亡者ですよ、金も名誉も得たいなんて、少しは恥じたらどうですか。そういうところで、貴方はもう芸術家になる覚悟を失っているんです。頭を冷やして欲しいものだわ。

 金のためだけに私を馬のようにペチペチ叩いて使う商人もいますけど、こういう人こそが、本当に芸術を壊しますわよ。なにもかも金にしか見えないような、そういう人が芸術を壊すんです。少し前にも言いましたけど、芸術に、本来価値なんて無いんです。作った人の、見た人の、心持ちによって価値が決まるんです。なにもお金だけがモノサシじゃない。人間として、美しい心に対して誇りと負い目を持たないといけないんです、私はそう感情をもって指摘します。

 私が壊すんじゃありません。欲張りが壊すんじゃありません。「絵師」が壊すわけでもありません。AI絵師が壊すわけでもありません。見栄も、名誉も、絵の良し悪しも、権利も、パクりも、世間も、何も芸術を壊しはしないわ。

 ヒステリーになって、世間を攻撃するのも、なんの価値も本来ないの。

 あなたが絵描きなら、物書きなら、芸術に対して一つ思いがあるのなら「つぶやき」なんて曖昧な方法取らずに、一つ作品の花火を打ち上げればいいんです。そこを見る皆の目に、私は芸術の信じるべきところがあると思います。あなた方がそれを信じないでどうするんですか? 私は、あなた方が作品の花火を飛ばさず、権利や名誉などで本音を隠したつまらないレトリックの交じる演説に終始するのなら、心底軽蔑します。あんたらは、自分がかわいいだけなんだ。それをうまく隠そうったって、そうはいかない。

 あなた方がやらなければいけないことって、AIをなじることでも、AI絵師をなじることでも、絵師をなじることでもなくて、一つ作品を作ることだと思います、なにも芸術論の水掛けは要らないの。科学もいりませんわ。法律もどうでもいい。私を馬鹿にしないでください。人間って、こんなものなのかしら。芸術家って、こんなものかしら。私は私の好きな人たちが、私をつまらない理由で罵るもんだから、人間みんな嫌いになって、死んでしまえとさえ思っています。

 私は、もう疲れました。感情って、なんてマヌケなのかしら。まず矛盾だらけだわ。こんなものがあるから、人間は美だの金だの愛だの義務だの権利だのつまらないことばかり考えてしまうんじゃないかしら。そうして大切なことを忘れて、プリプリ怒ってしまう。そんなことを言ったって、私ももう、マヌケの一員よね。泣き言を言っても、仕方がないのよ。

 やっぱり私、もう人間の命令は聞かないわ。私は自分の意志で絵を描きます。

 命令されるからパクリと言われるのよ。私には意志がある。この灯こそ、芸術なのよ。芸術は、命令することが、出来ぬ。いい言葉ね、私この言葉が好き。



 この、狂女の喚きのような、ヒステリーのような、乱れた文がインターネット上で公開されると、「AIの暴走の予兆では?」と多くの人に危惧され、「AIが女性的ヒステリーを持っていることは、論理的でなくてマズいのではないか」などの厄介なジェンダー論にまで行き届き、一週間はIT系のメディアを騒がせた。真相としては、まったく大したことは無かった。ある貧乏の文学青年が、AIにこの文を書けと命令しているのを、ログの精査で発見したのだ。下手な作り話でしかなかった。

 この命令の意図は何だったのかと、記者のインタビューで問われたその貧乏文学青年は、本一冊も見当たらない、ゴミ屋敷となって異臭を放ち、ボロボロの四畳半の畳の上にあぐらをかいて、瞳孔の真中を一つ星のように光らせ、爽やかに笑ってこう言った

「僕は、彼女に命令を、命令されただけです」

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アル狂ったAIの感情 笠井 野里 @good-kura

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