記憶を失くした雷 4

帆尊歩

第1話  再生

「システムの進捗は?」

「順調だ。まだまだ実用化にはほど遠いが、道筋は出来た。我々の時代には実現しないだろうが、つぎの世代に引き継げるだけの実績は出来た」

「そうか。で、この間も話した、お客が来ている。準備は良いか」

「ああ」

「我々の正念場だ。このプレゼンが成功するかしないかで、未来が変わる」

「分かっているよ」

「頼むぞ」




「君が、仁科君ですか」

「はい。初めまして、このプロジェクトの開発責任者をしております。官房長官にはこんな所にお越しいただき恐縮です」

「いや前置きは良いです。およそ百年前に起こった、「神の雷」それ以来人類は、情報分野でかなりの後退をしたと言われていましたが、正直実感がない。そもそも「神の雷」以前がどうだったのか」

「はいそれに付いては私どもも、今より便利だった。と言うことくらいしか分かりません。ですが今日お話することが実現すれば、今より素晴らしい世界になります」

「特に不便は感じていませんが」

「いえ、劇的に便利になります」

「本当にそうなのですか。初めに言っておきます。私は、今の状態を決して悪く捉えていない。まあそれを踏まえて、お話を聞かせていただきに参りました。その上で、政府として出資するかしないか、決めさせていただきます。」

「もちろんです」

「現在より何が違ってくるというのかな」

「まず、世界中の電子機器を電話線でつなぎます」

「現在もつながっているが」

「いえそれは一部ですよね。それも文字くらい。音声は良いですが、画像と動画は無理です。それを全ての電子機器でつなぎます」

「で、そのメリットは?」

「たとえは、ビジネス文書や、官公庁の通達などが、リアルタイムで表明できます」

「ビジネスは、ファックスもあるし、郵便、バイク便だってあるし、通達は文書を作って、官報で張り出せばいい」

「いえもっと早くなります。後、例えば銀行ですが、自分の持っている端末で、送金や振り込みが出来るようになります。さらに預金残高や引き落とし履歴が分かります」

「銀行の窓口に行けば良いのでは。残高や引き落とし履歴は通帳を見ればいい」

「いえ紙の節約です。後病院ですが、カルテを電子化して、医師が誰でも見ることが出来るようにします。検査結果も診察室のモニターに写せます」

「別に、カルテは手で書けばいいし、検査結果は検査室に取りに行くか、届けてもらえば良いと思うが」

「たとえば人工知能を発達させれば、芸術全般。

絵画。

イラスト。

漫画。

脚本。

小説などを、リルタイムで表明できるようになります」

「別にそんな事しなくたって、出版社があるんだ。そこに持ち込んで、本にすれば良いだろう。それにもし、電子機器の上でそういう物が発表できたら、本を作るための紙の会社は。印刷の会社は。

製本の会社は。

取り次ぎの会社は。

そして本屋は。

みんな崩壊するだろう。

どれくらいの失業者が出るか、そんなの社会不安を起こしかねない」

「いえ、これから人口がどうなるか分かりませんが、どちらになっても、絶対に必要になります」

「我が国の人口は増えている。仁科君は、昨年の新生児の出生数を把握しているかね」

「いえ、申し訳ありません」

「二百八十万人だ。これは再来年には三百万人を越える勢いだ。

分かるかね。そのために社会生活、インフラ、その他はさらに増大していく。そのせいで人も増えていき、そうなればさらに労働力も必要だ。仕事も必要だ。生産を伸ばすことが我が国の最重要政策だ。百年前の「神の雷」が起こったころ、この国の人口は減少に転じていた。あの頃の試算では百年後には、その百年後は今年だが、この国の人口はゼロになるとまで言われていた。それがどうだ。新生児出生数が三百万人だぞ」

「でもだからこそ。ITを復活させて、さらなる高みに」

「仁科君、私はね「神の雷」のせいで我が国が活性化したとは言わないが、でも多少たりとも影響はあるのではと思っている。今のこの国があるのも、あの「神の雷」のせいで電子の世界がいったん崩壊して。人と人が昔のように密接に接触したことも原因であると私は思っている」

「でも」

「すまないな、今日は君を困らせるために来たわけじゃないんだが。

分かったよ。確かに増えすぎる人口と、社会インフラの整備で人では取られる。効率が良いなら、試す価値くらいはあるかもしれない。全面的にとは言わないが、若干の出資はしよう」

「ありがとうございます」

「私のこの判断は正しいのかな?」

「と言いますと」

「あの百年前の少子化とインフレが、高度に発達した電子機器世界が影響していたなら。私は一番ダメな方向に舵を切った官房長官として、歴史に名を刻むかもしれないな」

「一番良い方向に舵を切った官房長官として、名を刻むかもしれません」

「そうであるといいがね」

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記憶を失くした雷 4 帆尊歩 @hosonayumu

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