第33話 フィロン司祭
俺は、人目もはばからず、猛スピードで軽バンで教会の前に乗り付けた。町の人々が何事かと遠目で俺を見ていたが、そんなことにはかまっていられない。荷室には、全身蒼白のオットーリオが横たわっていた。
海中から軽バンの助手席に引き入れた時、すでにオットーリオは息をしていないように見えた。無理やり開けた口に万能薬を流し込んだ。万能薬の大部分は、口の外にこぼれ出てしまったが、少しだけ呼吸と脈が戻ったような気がした。脈の取り方も呼吸の確認の仕方も習ったことはないから良くは知らない。もしかしたら、ドキドキしている自分の脈をオットーリオの脈と勘違いしているだけなのかもしれない。だから脈より呼吸より何より意識が戻らないことが俺を焦らせた。
神聖魔術を使い怪我人を治療した司教の話を思い出した。一か八か、の賭けで教会に駆けつけたのだ。大声でアレッシアの名を呼びながら、オットーリオを抱きかかえて教会に入っていく。
「見つかりましたか」
アレッシアも駆けて出てきた。
「見つかったが、死にそうなんだ。神聖魔術で救ってくれ」
アレッシアの顔がこわばった。
「どうしたアレッシア、司祭様にお願いしてくれ、駄目か。無理なのか」
アレッシアの後ろからリースを従えたフィロン司祭がでてきた。
「何事ですか、ここは教会です。静かにしなさい」
「すみません、司祭様。実は、オットーリオが」
「5000万ですな」
「え」
「この人はもう死んでいます。ですが、5000万あれば救ってあげましょう」
「そんな大金」
「無理なら、お引き取りください。私たちも無償で神の奇跡を行う訳には参りません。それに死者蘇生は秘技中の秘技」
「でも、司祭。オットーリオは、毎日毎日、あなたの話を聞きに来るほど熱心な信者ではないですか」
「フン。これだから貧乏人は嫌いなのです。いいですか、ここで私が安い値段で助けたとしたら、次々とそういう者達が押しかけてきてしまうではないですか。ですから、教会は、規則を定め、そういう事態におちいらないようにしているのです」
アレッシアが、俺の顔を見て首を横に振った。どういう意味だろう。
「司祭様」
「黙りなさい、アレッシア」
「は、はい」
「おまえは、こんなところで油を売ってないで、礼拝の準備をしなさい」
「リース、この人たちにお引き取りいただきなさい」
「は」
リースが俺を睨んだ。
「司祭様、カネは必ず後で払います。どうか、どうかお願いいたします」
司祭は、嘲りの微笑みを浮かべ背を向けた。振り返りもせずに、アレッシアに命令した。
「アレッシア、はやくしなさい」
「はい」
アレッシアは、もう一度首をゆっくり横に振って、司祭の後を追った。リースが俺の目の前に立ってすごんだ。
「おい、おまえ、今日中に薪割りが終わらなければ報酬は、払わないと司祭がお決めになった。だからそんな死体にかまってないでさっさと薪を割れ」
俺は、ありったけの殺意を込めてリースを睨んだ。リースは、鼻で笑う。
「そんなに睨んでも、そいつは生き返らねえぞ」
教会を出ると、小雨が降り出していた。オットーリオの家族はいないと聞いていたが、死んだときにどうしてほしいなんて聞いてない。
軽バンの周りには、人が数人たむろしていたが、俺が教会からでてくると蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
「触らぬ神に祟りなしか。どいつもこいつもだ」
俺は、オットーリオを荷室に寝かすと、町を出て海の見える小高い丘にオットーリオを埋めた。墓石も、卒塔婆も、花も、何もない。ただ土が盛り上がっただけの墓だ。
せめて、オットーリオの使っていた漁具があれば、格好はついたかもしれないが、それも今は海の中だ。
「おい、オットーリオ。天国にいるのか。夢は叶ったのか」
もちろん、返事はない。涙が、一粒こぼれ落ちた。悲しいというより、悔しい。カネがないのが、悔しい。小雨はいつの間にか上がり、雲間から一筋の光が海面に差した。まったく、こんな時に、こんな惨めな気分なのに、自然は美しい。
「くそったれだ」
もう一度、最後にオットーリオの眠る場所に手を合わせ、軽バンに戻ると、ホイットが助手席に座って待っていた。
「い、いるなら、一声、声をかけてくれ」
「すまん。なんて声をかけたらいいのか考えていたら、かけそびれてしまって」
「そっちは、どうだった」
俺は、軽バンを走らせた。今日中に残りの薪を割らないと、報酬もカットされちまう。それに、海の上に残りの末社とついでに中社も設置してしまおう。
まずは、薪割りだ。腐れ司祭様のご命令だから、じゃない。オットーリオのために、少しでも司祭のカネをむしり取ってやるためだ。
「結論から言うと、野盗は見つけたが、捕まえることは出来なかった」
「逃げられたのか」
それなら、野盗も手練れだということだ。
「いいや、捕まえたんだけど、みんな死んだ」
「みんな。自殺?」
「いいや、ここからは、言葉を慎重に選ばないとならないから、よく聞いてほしいんだけど」
「うん」
「銀翼のディリアが、ある者の死体に一部に入れ墨が有るのに気がついた」
「特殊な入れ墨なのか」
「もしも、それが私たちの予想するものなら、特殊だし、捕まえた野盗が死んでしまった原因になりうる」
「ずいぶんと、奥歯に物が挟まった言い方だな」
「ディリアは、それを
「ちょっと待ってくれ。その
「そう、推測でしかない。神聖魔術は、教会の聖職者しか詳しくは知らないから」
でも待てよ。確かに、人を生き返らせることが出来るほどの術者なら、
その場合、口封じをしなければ成らないほどの秘密が、あの村には存在するということだ。果たしてあの村にそんな物があるのか。あるなら、あの腐れ司祭が手に入れるまえに、こっちが手に入れてやろう。
「それと気になる情報がもう一つ」
「じらさず話してくれ」
「トリリオンのはげ頭三人組を見たという村人がいる」
「何か別の依頼が近くであったのか」
「そんな依頼がなかったことは、さっきコンソラータに確認した」
「でも、待てよ。確か、司祭のところに、トリリオンのはげ頭の一人が尋ねてきたことがあったな。礼拝ではなく、リースに連れられて奥に向かって行く後ろ姿を見かけたぞ。もしかしたら、司祭とトリリオンがつながっているかもしれない。銀翼は、どうしてる」
「グラスジャッカルが再び襲ってこないか、もう少し様子を見ると言ってまだ留まっている」
「わかった、ホイット。こっちの仕事は全部、今日中に終わらすから、その後ジジェット村に向かうよ。ホイットは、先にジジェット村に向かってくれ。まだ、何か起こりそうな予感がする」
俺は、軽バンを停めた。ホイットは動かなかった。
「どうした。さすがに疲れたか」
「ああ、今日は、ケンと一緒にいよう。どうせ、ジジェット村には銀翼がいる。すぐどうこうなることはないだろうから。それよりも、ケンの方が心配だ」
「バカ野郎。俺は大丈夫だ」
ロラの乱暴な口癖がとうとう移ってしまったようだ。俺は、軽バンのアクセルをぐいっと踏んだ。左足に鈍い痛みが走ったが、少し温かみが戻ってきたように感じた。
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