第32話 救出
オットーリオを助けたとしても船は諦めてもらうしかない。オットーリオにとっては、命と同じぐらい大切な船だろうが納得してくれるだろうか。ロープがあれば、曳航できるかもしれないが、そもそもロープはアイテムリストにあっただろうか。あったとしても、船を曳航しながらこんな危ない海域をのんびりしているわけにはいかない。船の遠心力で、軽バンが転倒するなんてことも絶対勘弁だ。
気がつくと軽バンとオットーリオの船との中間付近の海面が泡だっていた。波がはじけるほどの大きさの泡が無数に湧き上がっていた。
俺は、軽バンを止めて、様子をうかがう。どう考えても不吉だった。オットーリオもそれにきづいたようだ。急いで、小島に戻りはじめた。
海がこんもりともりあがった。あれよあれよと言う間に、海面は高さを増した。そして、俺の目線よりちょっと高いぐらいまで盛り上がり、海面が破裂した。
軽バンを徐行速度で進ませる。いくつもの波が軽バンに当たったが、揺れは少ない。車の洗車機の中に入ってしまったように車の中からは見えた。波が少し低くなると、目の前に胴体の細長い巨大な生き物、海龍だろう、がこちらを睨んでいた。
吠えた。車体が震えた。大粒の雨、海水が天井を連打した。話に聞いて想像していたものよりも数倍でかい。
俺は、アクセルを踏み込んだ。あんなのに襲われたら軽バンだってただで済むわけがない。しかし、オットーリオは海龍の背後だ。
左足に激痛が走った。左の太ももをつねる。痛みには、いつも通り違う痛みで対抗する。波が容赦なくサイドガラスに打ち付けた。
「おいコラ、ボケ。さっさと逃げろ」
ロラが突然わめきだした。
「最悪だっぺ」
「何が、」
「あれは、魔海竜だ」
「海龍じゃないの」
「魔海龍だ。決して海の上で出会っては行けねえ化けもんだ。深海の王。確実に死ぬべ」
頭からリアルに血の気が引いた。頭がぽーっとする。考えられない。軽バンは、その深海の王の脇を通り抜けた。深海の王は、まだ鎌首をもたげてこちらをまだ睨んでいた。生きた心地がしない。せめて、そのまま動かないで。
小島が見えた。オットーリオの船は見えない。さっきの高波にのまれたのかもしれない。
「おいボケ、ヤツに上からの体当たりされたら死ぬべ」
「わかっている」
ここまで来て、ハイそうですか、と言って逃げられる訳がない。船の残骸が波間に漂っていた。
「ロラさん、海に潜るのはどうするの」
「ギアを『L』に入れろ」
俺は、言われたとおりギアを「L」に入れた。
「ハンドルが上下に動くようになっぺ、上にあげろ」
指示通り思いっきり、上に上げた。軽バンは、急な角度で水面の下にもぐりはじめた。ライトをつける。オットーリオの姿はない。もっと下に沈んだのか、それとも海流に流されて、どっか別の場所に流されていったのか。海に潜ってみて実感した。とにかく海の中は広い。
もう左足はまるで自分の足ではないと思うほど冷え、感覚がなくなっていた。極端に血行がわるいのだろう。左手で、左ふとももを懸命にさすっているが、ちっとも痛みも冷たさも感じなかった。麻酔をかけられたかのように感覚が消失していた。
遠近感が狂うほど対象が大きすぎてすぐには判断できなかったが、サイドミラーに映る魔海龍の体が、こちらに近づいてきているように見えた。
練気言祝、間相。
魔海龍との距離感がはっきりした。やばい。急ハンドルを切る。軽バンの脇を巨大な魔海龍の体が通り過ぎた。生じた巨大な海の流れが軽バンに当たり、地響きのような鈍い音を立てた。一瞬だけ、人影がライトを横切った。見失わないようにハンドルを操作する。
「いた」
「ロラさん、どうやって車の外に出る?」
「アホか。出れるわけねえべ。そういうふうにはできてねえ。窓は少し下げられっけど、札を海に出すためだからよ」
「じゃあ、どうやったら彼を助けられる」
「どうしても助けんのか?」
「そう」
「んなら、車内に海水を入れることはできる。そうすれば、ドアは開くから外に出れる。息が持てばだが」
「潜水道具はない?」
「ねえよ」
「息がもつか?」
「気をつけろ。車内から海水を排水するのにも時間がかかっからな」
俺は、知らず練気言祝を唱えていた。
やろう。
オットーリオの漂う体が運転席の窓の近くに来るように軽バンを移動させた。距離感は間相のおかげでバッチリだ。窓を全開で開けた。海水がものすごい勢いで車内に流入してきた。うまくオットーリオの体が軽バンの中に流れ込んできた。あっという間に、車内は海水で満たされた。窓を閉める。排水開始。魔海龍から少しでも離れるように、ハンドルを切る。息が苦しい。オットーリオの体を助手席の方に移動させる。海水が抜けてきた。天井との隙間に口を出し、息を吸う。どうか、魔海龍から逃げ切れますように。
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