第10話 睡魔

 最大の弱点を知りたいか、と聞かれれば聞きたいに決まっているし、こういうときは、これまでの経験上、素直に知りたいと答えるべきだ。


「タダなら聴きたい」


「おろ。だんだんナマ、出てきたな。いいか、バカ野郎。あたい達の最大の弱点は、ズバリ、バカ野郎だ」


 嫌味を数倍にして返された気分だ。ただ冷静にさっきのグラスジャッカルのことを思い返せば、言い返す言葉もない。


「バカ野郎が死ねば、あたいも死んじゃうわけだ。一蓮托生だ。そんでもって、軽バンから外に出てたバカ野郎は、この世界で最弱だから、防備を固めないといけねえわけだ」


「別に最強だとは思っていないけど、最弱は言い過ぎだ。子供には勝てるだろう。多分」


「あたい的には、これぐらいの装備がおすすめ」


 さらっと、無視しやがった。ナビのモニターに新しい画面が表示された。


 モニターの一番上にポイント残高が表示されている。


 1.25 MP


「これが現在のアイテムリストだ。このアイテムリストは、バカ野郎の荷物と頭の中から女神様がお考えになり、作成した全て一点ものだ。このリストは神域が広がるにつれて徐々に充実していくから期待しろ」


 俺の視線は、リストの一番上でとまったままだ。


「ガス代(1P/㎞)、取るのか」


「当たり前だっぺ。無料でこの軽バンが走るわけねえべ。どんだけお目出たいんだ。初回は、満タンでサービスしてっから、それ以上甘えんな」


 タブレットでさっそく計算してみる。


 円周の長さは、たしかπx直径だから、3.14x20=62.4km


 末社設置にかかるコストは、1MP+63Pか。たしかに割高ではない。だが、俺のHPとも連動していること思えば、できれば出費は抑えたい。ここはダメ元でごねてみよう。


「誰のために、こんな仕事してると思ってるんだ。これは経費だ。経費。ガス代は経費で落としてほしい」


「無理に決まってっぺ、バカ野郎。それに一度は亡くした命だと思えば、これぐらいの費用は、なんともねえべ」


 他人事だと思って言ってくれる。燃料計をみると、まだ満タン近く入っているようだ。交渉は諦め、気持ちを切り替えてリストを下に見ていく。


末端ゴーグル 2MP/日 多目的情報表示端末


完全白衣 4MP/日 防寒防炎防雷防刃自動治癒付き


無重力シューズ 2MP/日 隠密、吸着


猫耳キャップ 1MP/日 集音、高性能ライト


矛盾グローブ 3MP/日 硬化、衝撃吸収放出。


「全部レンタル?」


「おすすめは、今ある装備一式。合計12MPだ」


 ネーミングセンスは置いておくとして、説明を見る限り、たしかに高性能そう、だが、高い。


 残りのポイントで借りられるのは、今のところ猫耳キャップだけだが、まったく必要性を感じない。たかだか、この木の札を足元の土の中に埋めるだけだ。俺は、なおもアイテムのレンタを勧めてくるロラを無視して、車外にでた。思いっきり背伸びをした。空気が気持ちよい。


 こんどは油断しない。何か物音がしたらすぐに、軽バンに駆け込めるように、エンジンをかけたまま車体から離れないように気をつける。とはいっても蝿蚊一匹いないではないか。最弱上等。心配ご無用だ。俺は、すぐ足元に生えている草の根もとをに末社を埋めるため、しゃがみこんだ。


 地面は粘土質だった。


 指で掘るのは辛い。木の札である末社で土を掘り起こそうとひらめいたが、もしも折れて、無効だと言われたら、目も当てられない。この札は1MPもするのだ。何か別の道具が欲しい。土を掘る道具が先程のアイテムリストにあっただろうか。


 思い出せない。


 あったとしてもポイントがかかる。俺は、節約するために草をかき分け、適当な小石でも落ちてないか探しはじめた。たまたま半分土に埋まっていた石をみつけた。それを掘り出し、できたその穴を広げて末社を埋めた。


「これで完了だ」


 腹がなった。そう言えば、目を覚ましてから半日以上何も食べていない。


「ロラさん、腹がへったんだけど、近くに町はないかな」


「知るか、バカ野郎。食事もポイントで提供できっから、まずは地図を作ってがんがんポイントを貯め」


 ほんとに世知辛い。ポイントで食事ができるのは魅力的だが、ポイント残高とのバランスが問題だ。もし、神域を奪還されたらいきなりゲームオーバーだってことだって考えられる。いや、そうならないための保険が末社だった。


 メニューにある一番安いホットドッグと炭酸水500mLをポイント交換する。それぞれ500Pで、合計1000P。残り、1.15MP。


 土をいじった手を炭酸水で洗う。濡れた手は、服でふいた。ホットドッグの味も大きさも標準的。たった3口で食べ終わってしまった。食べ終わると、自分がとてつもなく空腹だったことに気がついた。ついで、ナオのことが頭に浮かんだ。腹をすかせてないだろうか。そんなことを今心配してもしてあげられることは何もない。


 大丈夫だ。きっと大丈夫。そう言い聞かせる。そうしないと発狂しそうになる。俺が弱気になってどうする。もう一個、ホットドッグを食べ、残りの炭酸水を一気に飲みほした。


 突然、強烈な眠気が襲ってきた。お腹が一杯になり、少し緊張が解けたからだろう。慣れない環境と仕事で思った以上に疲労が溜まっていたためかもしれない。まだ日は高い。普段ならまだまだ働く時間だが俺は、軽バンのサイドブレーキを上げ、鍵を掛けた。だれも、こんなところに軽バンを止めても文句は言わないだろう。俺は、運転席で腕を組み、目をつむった。


 ロラが、更に説明を始めたようだ。れんさこう、という音だけは聞き取ったが、それから後のことは子守唄となり、やがて深い眠りに落ちていった。

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