第2話 犯人は捕まったけれど
俺は翌朝、103号室の若い男女が、救急車で運ばれて行くのを目撃することになった。
俺は慌ただしい外からの雑音に目が覚めてしまった。
コーヒーを入れて一口飲んだところで玄関のチャイムが鳴った。
「おはようございます。朝から申し訳ありませんね。警察署ですが、お話を聞かせて頂けますか?」
俺はとんでもなく焦ってしまってコーヒーを床にこぼしてしまった。
マジ、ビックリした。俺を脅かすなって。
なんと! 103の住人の若い男と、お泊まりに来ていたその彼女は朝食に例のクッキーを食べた後に体調を崩したという。
嘘だろう?
俺が受け取ったクッキーに、毒物が入っている可能性があると言われて警察に任意提出することになった。
俺は箱は破り捨て、濡らしてゴミ箱へ。ビニールに包まれた中身のクッキーだけを触らぬようにトングに挟んで手袋の警察官に手渡した。
余りに毒物にビビってる
「だって、毒物なんでしょ? 皮膚から吸収されるかも知れませんし」
「ええ、その可能性があります」
***
俺は夕べ部屋に自室に戻り、そのクッキーの箱を開けてみたものの放置してた。
毒入りかもなんて言われたら流石に食う気も失せてしまって、中身には触っていない。
本当に良かったと思う。指紋つけずに済んだし。
あのクッキーを受け取ったのは1階の全3部屋と2階の102の相田さんの4軒。203は空き室だ。
警察の人の話では、大家さんに寄れば、201号室への入居予定は無いそうだ。
だったら、これは誰の仕業だということになるが、事件はいとも簡単に解決した。
数日後逮捕されたのは、202号室の相田さんだった。
ここ半年ほど部屋にこもりがちに陥っていたようで。各部屋からの雑音が気になり始めてイラついていたらしい。
左右の部屋の女性の住人は壁越しやドアを叩かれたり、玄関先で会うと、ぶつぶつ独り言言ってたりして、怖くなって草々に引っ越して、ここひと月前には両側とも空き室になっていたそうだ。
俺はほぼ夜、寝に帰るだけの生活してたから他の住人のことなんてほとんど知らなかった。夜も爆睡するタイプだし、休日は出掛けてることが多いし。
なんでも相田さんは作家になりたい自称フリーライターだそうで、一冊本を出した後、パッとしなくて焦っていたらしい。
精神的におかしくなってたんだろうな。収入が安定しないって不安だっての、俺も同じだし。そういう当たり外れって運も大きいんだ。俺も仕事柄わかりみ。
───相田さんは生活騒音の腹いせに住人たちへ毒入りクッキーを置いた。
ミステリーな名前のヒントを添えて。
事件から2週間後、お隣の西木さんと玄関先でばったり鉢合わせて、少し話をした。
「私にも嫌がらせしてたらしいんだけど、私、部屋ではずっとイヤホンつけてるから、2階からドスンドスン音がしてもそれほど気にしてなくて、嫌がらせだって気づかなかったんです」
「そう言えば、103の人たち助かって良かったですね。青酸カリってすぐに解毒出来るんですね。小説やマンガでもお馴染みの毒物の青酸カリはアーモンド臭っていいますから、クッキーに入っていても不自然じゃないですよね」
「やあね、素人は。青酸カリは胃酸と混じってこそアーモンド臭を発するのよ。それも炒った香ばしいあの匂いとは別物らしいわよ。事前に臭いでわかるわけないのよ」
ミステリー好きの隣人に狙われ、ミステリー好きの隣人に救われた俺。
なんか、ミステリー好きってクセのある人たちだよな。
彼女はウンチクあるしカンがいい。
俺はそろそろ引っ越した方が良さそうだ。今ならこんな事件後で口実もあってそれもまったく不自然じゃない。
「へーえ、さすがまさかの別読み猜疑心、
「あら? 巻き込まれって、そう思うの? うーん、あなたのお名前、
俺の表札を見ながら言った。
「アナグラムでは『じ、け、ん、こ、い』 事件来い、ですよ? うふふっ‥‥引き寄せでは?」
「わっ、本当だ! いやだなあ~、俺は平和主義者ですよ。事件は好きじゃない。じゃ、俺はこれで‥‥‥」
決まりが悪くなって、俺は早々に歩き出した。
『事件、来い』か。参ったな‥‥‥
だって、俺は事件を呼ぶ存在という点ではあってるから。
俺の職業、空き巣だし。
おわり φ(・ω・ )
ペーパーバッグ メイズ @kuroringo
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