問うに落ちず、語るに落ちず、嘘も吐かなかったから

「えー『いつもラジオ聞いてます、ロリコンの楽之助さん』だぁ? バカ、違うっての。俺は年下が好きなんじゃねえ、ばあさんが嫌いなんだよ」


 深夜、親に内緒で聞いているラジオで、楽之助が楽しそうに笑ったから、つられて声を出して笑ってしまった。私は、落語家の嬉楽亭楽之助のファンだ。


 私が彼を好きになったのは「生放送! お笑い何でもグランプリ」というテレビ番組を観た時だ。名前の通りお笑いなら何をしても良くて、生放送でグランプリを決めるという番組だった。

 出演者が漫才、落語、トーク、歌、モノマネと何をしてもいいので、それを審査する審査員も漫才師、落語家、演歌歌手、アイドルと何でもありだ。


 何となく観ていたら、トリの楽之助の出番になった。楽之助以外にも落語家は出場していて、いわゆる古典落語を披露していた。正直よくわからなかったから、楽之助もよくわからない話をするんだろうなと思っていたけれど。


「嬉楽亭楽之助さん、ありがとうございました!」

「新作落語でしたね、すごくおもしろかったです!」


 司会者が言った通り、楽之助の落語はわからないこともあったが、話がSNSについてだったので、中学生の私が観ても面白かった。


「この人がグランプリかも!」


 私は、ドキドキしながら審査員の点数を待った。

 漫才師、九十五点。アイドル、九十点。落語家、九十八点!

 残る演歌歌手が、九十点以上なら、楽之助がグランプリだ。

 息を吞んで結果を待ち、表示された点数は、五十点。


「どうして」


 思いも寄らない点数に、思わず声が出てしまった。あまりに低すぎる。会場の観客もざわざわしていて、楽之助も怒った顔をしていた。


「三島さち子先生の辛口評価が炸裂してしまいました!詳しく伺ってみましょうか」

「達者な感じを出していたけど、勢いだけというか、古典へのリスペクトを感じられなかったので大幅に減点しました」


 ブスっとした顔でそう言った彼女は、他の人の審査もあまり良い点はつけておらず、コメントも「プロ意識が感じられない」や「何が面白いかわからない」など、辛口だった。

 だけど、こんなに低い点数は楽之助だけで、私はまったく納得がいかなかった。


「最後だから目立とうとしたんじゃないの!」

「おい、凛。テレビでそんなに興奮するな。この歌手も番組から辛口でってお願いされているんだよ」


 怒る私を父が、なだめて、母も


「そうよ、確かに面白かったけどちょっと下品だったしね」


なんて言ってきたから、ますます腹が立った。


 楽之助の落語のおおまかな話はこうだ。

 意地悪な男がSNSで男の子をからかってやろうと、女の人のふりをしてやり取りをする。男の子が、男がなりすましている女を好きになって「顔をみせてほしい」と言い、男は自分の写真を送って正体をバラす。男の子は、知らない男に意地悪をされたと姉に相談するのだが、実は男の子の姉は、男の彼女で、男は理由もわからないまま恋人に振られる。


 確かに途中で、下ネタもあって不愉快に思った人もいるかもしれない。でもやっぱり、五十点は低すぎる。

 ムカムカしながら観ていたら、楽之助が司会者からマイクを奪い取って、演歌歌手に向かって言った。


「あんたに古典落語の何が分かんだ? えぇ? ばあさん!」

「なんて失礼な!」


 楽之助の言葉に演歌歌手も顔を真っ赤にして怒って、観客はさらにざわざわした。


「やめねえか、楽之助、みっともない!」

「いや、師匠、言わせてください! 俺は尊敬する師匠に、俺の落語を見た感想を聞けるってんでこの番組に出たんだ。それを何見てもしかめっ面の、相手の気分を悪くするような物言いで、実質ぺらっぺらのことしか言わねえ目立ちたがりのばあさんに、あろうことか、古典へのリスペクトを感じねえなんて信じられねえ侮辱を言われたんだ!」


 落語の師匠が止めても楽之助の怒りは収まらず、スタッフが慌てて彼を連れて行こうとした。

 途中でマイクを取られて声は聞こえなくなったが、画面から見えなくなるまで楽之助は演歌歌手に怒って何か言っていた。


「てめぇに言われのねえ悪口に、てめぇで言い返せなくてどうするんだよ!」


 声が聞こえなくなる前に言ったこの言葉で、私は楽之助のファンになったのだ。

ただ、生放送で問題を起こした楽之助はもうテレビに出られないだろう、父に言われた通り、その日以来、テレビ出演は一切なかった。寄席というのには出演しているが、近くに寄席はないし、一人で見に行くことも中学生のお小遣いでは難しかった。しかも、両親は、私が楽之助を好きだということを良く思っていないようだった。


 唯一、楽之助が出演しているのが、深夜のラジオだったので、私は両親にばれないようにこっそりとラジオを聞いていた。学校に行くのが辛い私を救ってくれるのは、このラジオと、楽之助ファン仲間のアキさんだけだった。


 私は、中学二年生になってからしばらくして、クラスで一人ぼっちになってしまった。二年のクラス替えで仲良くなろうとした後ろの席の真美ちゃんは、漫画を描くのが好きなおとなしい子で、一年生の時から、いじられキャラだったのだと言った。


 彼女をいじられキャラだと言っているのは、クラスで目立っている速水香が中心のグループで、私の目にはどうしても仲が良いとは思えず、その言動がイジメに見えた。

 ある日、私たち二人でお昼ご飯を食べていたら、速水と数人の女子が来て


「ねえ、真美、今描いてる漫画見せてよ」

「……まだ人に見せられるものじゃないから」

「は?そういうのいいから早く出せよ」


と、突然言い出し、嫌々彼女が渡したら


「これ、恋愛ものじゃん! やっば妄想力たくましい」

「こんなん学校に持ってきていいと思ってんの? 恥を知れ恥を!」

「自信作なんでしょ? みんなに見てもらおう! 黒板に貼ってあげる!」


なんて、言い出した。今までも、漫画を描いていることに対してからかったり、邪魔をしたりすることはあって、私が腹を立てて言い返そうとしたけど、言われている真美ちゃん本人が


「やめてよ、別にちょっといじられてるだけだから」


と止めるので、我慢していた。だけど、これは明確な悪意を持っていると感じて、我慢できなくなった。


「いい加減にしなさいよ!」

「は?あんたに関係ないじゃん」

「人が好きだって言ってるものからかわれるの、見てて気分悪いんだよ! こんなのイジメでしょ!」


 私と速水たちが言い合っているのを真美ちゃんは何度も「やめてよ」と言ったが止められなかった。

 見かねたクラスメイトが


「先生呼んでくる」


と教室を出て行こうとした瞬間、真美ちゃんが今まで聞いたこともない大声で


「やめてってば! 凛ちゃん!」


と、叫んだ。私も速水もびっくりして黙ったら、真美ちゃんが泣きながら言った。


「私、いじめられてなんかないの! ちょっといじられてるだけ! イジメじゃない!」


 私は、彼女の怒りが速水でなく私に向いていることへの驚きと、裏切られたような悲しみと怒りを感じた。そして、速水は笑いながら


「そうだよね、真美と私たち仲良しだもんねぇ。空気読めよバーカ」


と、勝ち誇ったように言った。その日から、速水たちの標的は私に変わって、真美ちゃんとも話さなくなった。


 辛くないと言ったら嘘になるが、私には楽之助のラジオと、学校以外に友達ができたので、なんとか耐えられた。

 楽之助が好きな人と、彼の話をしたいと思って、SNSにアカウントを作ったら、熱心なファンの女の人が友達になってくれたのだ。


 彼女は、アキさんという二十代の女性で、すでに社会人だ。大人のアキさんは寄席などにもよく行っていて、どんな落語をしていたかとか、楽之助のめくりや、寄席の外観の写真もSNSにアップしていたから、私はこっそり彼女の投稿を見ていた。そんな彼女から、友達申請の連絡がきた時は、正直飛び上がるくらいに嬉しかった。

 私には、私の好きなものの話を聞いてくれる人がいなかったからなおさらだ。私は楽之助のラジオを聞いて、その翌日にはアキさんとラジオの話をして盛り上がった。アキさんとどんどん仲良くなって、段々と楽之助以外の話もするようになった。


 ある日、アキさんから


「中学二年生なら、学校で大変なこととかあるんじゃない? 大丈夫?」


と、聞かれた。私は、どうして真美ちゃんが私に怒ってきたのか納得がいかないと打ち明けた。大人の意見を聞いてみたくなったのだ。アキさんは、私が怒るのは間違いじゃないと言ってくれた。


「だってお友達は自分を悪く言われたんだから、自分で言い返すべきなのに、できなかったから凛ちゃんが言い返してあげたんでしょう。立派だと思うわ」


 私は、その言い方が、あのグランプリの時の楽之助と同じで、やっぱりアキさんも楽之助が大好きなんだと思って嬉しくなった。

 さらに励ますように


「もし良かったら、気晴らしに次の日曜に外で遊ばない? 凛ちゃんが行きたいところに連れていってあげる」


と言ってくれたので、私は寄席に連れて行ってほしいとお願いした。近くの駅で待ち合わせることにし、アキさんが迎えに来てくれることになった。



 待ち遠しかった日曜日。集合時間はまだだけど、ソワソワしてしまって早めに家を出ようとしたら、母に見つかった。


「あら、凛。どこに行くの?」

「友達と遊んでくる」

「珍しいわね、誰と? 真美ちゃん?」

「誰でもいいでしょ」


 そうだと流せば良かったのに、つい真美ちゃんな訳ないでしょと、怒りが勝ってしまって否定した。

 すると怪しんだ母が


「誰と遊ぶか言うまで行かせない」


と言い出し、私は黙って母を睨みつけた。

 そんな沈黙に耐えられなくなった父がテレビをつけた。


「続いてのニュースです。落語家の喜楽亭楽之助、本名飯村明弘容疑者が未成年淫行の疑いで書類送検されました。飯村容疑者はSNS上で自身のファンの女性に扮し、未成年の女児と会う約束を取り付けた疑いがあり、複数人と連絡していた可能性も高く警察が調べています」

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