オークション・ジャーナリズム

真摯夜紳士

オークション・ジャーナリズム

 オークが野蛮やばんな種族だと言われていたのは、はるか昔のこと。

 人並み外れた怪力、緑色の肌に巨体――その大きな脳に知恵がつくのも、また生きていく為の道理。

 全てにおいて人を超えた存在。

 オークは、人に変わって栄華を極めていた。


 扇状おうぎじょうに広がった、おごそかな会場。普段は劇の公演にも使われている壇上だんじょうには、大きな机と木槌きづちが置かれている。

 騒々しいホールは社交場の様相を呈しており、名刺を交わす紳士服のオークも居れば、誰とも話さず席に座る者も居た。


 そこへ迷い込むようにして、不釣り合いな格好をした記者が二人。


「そろそろ始まりそうですね、リノンさん」

「ヤード、落ち着きなさい。キョロキョロしないの。ただでさえ肩身が狭いんだから」

「席はオークサイズで広いですけど――ってぇ!」


 殴られた金髪の頭を擦る青年に、赤髪の女は溜息を吐いた。


「そういう発言は禁止だって教えたわよね。守れないなら外で待機してもらうけど?」

「す、すみません、興奮しちゃって」

「……まあ、気持ちは分からなくもないけどね」


 うなだれた金髪の青年ヤードは、手元の冊子を開く。そこには競りに出される品々が、写真と説明文付きで掲載されていた。


「勇者の遺産が出るって話、本当みたいですね」

「しかも一つだけじゃない。最近になって発掘された五百年前の遺跡、それが流れてきた。落札した代金は国の財源にするらしいけど……怪しい噂も飛び交ってるわ」

「汚いっすよね。俺達にとって誇りだった人の物が、オークに利用されるなんて」

愚痴ぐちらないの。それを暴いてネタにするのが私達の仕事なんだから。競りに勝ったオークの取材、その後の遺物と金の動き。徹底的に追うわよ」

「はい!」


 女記者のリノンは著名な資産家が会場入りする度、カメラのシャッターを切っていった。

 新米であるヤードも負けじと目で追いかける。


「お、グルヴァ・ニコロフだ。若くして巨大貿易会社のトップになったオークっすね」

「表向きは『勇者の遺物コレクター』って話だけど、まさか全て落札する気じゃないわよね」

「流石に、そこまでの資金力は無いんじゃないですか?」

「こういうのって他の買い手と裏で調整してるものなのかしら」

「グルヴァに限っては無いですね。ワンマンで荒っぽい性格ですし」

「へぇ、詳しいじゃない」

「せっかくリノンさんに同行させてもらえるんで、ちょこっと勉強しました」


 ふふ、と微笑むリノン。決して褒められはしないが、そんな彼女の表情を見れただけでも、ヤードは幸せな気分になれた。


「お次はフーゴ・ストロチョフね。オークションには初参加だけど、何か情報ある?」

「あ、はい。他社が取材したところ『欲しい物がある』としか言ってなかったです」

「鋼鉄産業を引退した元社長。余生の楽しみに、絵画やアンティークでも買いに来たのかしら」

「ずいぶんと長生きしてますもんね。今は息子さんが五代目になって会社を引き継いでるんで、確かに道楽目的かもです」


 この定期的に開かれるオークションには、利益目的で参加する者も少なくない。

 どれだけ希少な物を高額で落札するか――それにより社の力を内外にアピールし、宣伝にも活用しているのだ。


「ほら、転売屋のお出ましよ」

「ドンツ・ビーブですか。相変わらず太ってますね。座席二人分で足りるかな……」

「しっ、小声でも迂闊うかつなこと言わないでよ。殺されるかもしれないじゃない」

「す、すみません。そうでした」

「あいつの売り先を追って、同業者が何人も消えてるんだから」


 単なる骨董品こっとうひんで終わらないのが、オークションの難しいところである。

 その時代背景、今の技術では再現不可能な魔術細工。特段、勇者の遺物に限っては、『装備者が何をしたか』も重要視される。

 歴史を紐解くにつれ、その価値が高まることも多々あった。


 グルヴァのように一見コレクターを装っては、資金プールとして活用する者。

 フーゴのような道楽者は、遺物に芸術的な価値観を見出す。

 そしてドンツのような転売屋にとっては、高騰こうとうを狙える美味しい商品。


 警護を引き連れた大物資産家達が次々に着席していく。

 勇者の遺物を含めたオークションが、始まる。



△▼△▼



「さてさて! まず一品目は、かの悪名高き逆賊『アラン一味』の『魔法使いメアリー』に関わる物でございます!」


 オークにしては小柄なオークショナーが、その甲高い声を張り上げた。

 おお、と会場内が騒然となる。いきなり勇者の遺産が出てきたのだ。

 運ばれてきた台の上には、何百年もの時を掛け、風化してしまった紫色のスカーフがガラスケースに入っていた。


「こちらがパンプス遺跡から発掘されたばかりの、『幻惑のスカーフ』になります。かつては我々の先祖を苦しめた魔道具。他者に幻を見せ、空振りを誘発させます。なんとも姑息こそく! いやしい魔法使いにピッタリな小賢こざかしさ! 既に魔力は残っておりませんが、大変貴重な一着となっております」


 いつの間にかオークショナーをにらんでいたヤードの拳に、そっとカメラを当てるリノン。はっと気付いてリノンを見ると、小さく首を振っていた。

 ヤードの怒りは最もだ。戦犯たる者の遺物を珍しがるなど、オークの価値観は歪んでいるとしか思えない。

 しかし戦争で人間側が負けた以上、敗者がおとしめられるのは世の常である。


「さぁ、最低価格は三千万ドールから! 三千五百万! 四千!」


 座席から次々に手が挙がる。そのサインをオークショナーが指で差し、あっという間に値段が上がっていく。


「六千五百万! 他にはございませんか? よろしいですか」一通り客席を見渡したオークショナーは「では六千五百万で落札です!」と木槌を打った。


 リノンがシャッターを切ったのは、一品目を落札したグルヴァの不敵な横顔と――それを忌々しく見詰めるドンツの姿。

 概ね、予想通りの展開であった。


 事態が大きく変化したのは、オークションの終盤。今宵こよい最後の出品となる、勇者の遺物。

 今まで鳴りを潜めていた老体――フーゴが、他を寄せ付けない金額で落札したのだ。


 どよめくままにオークションは終わりを迎え、リノン達も忙しなく動き始めた。

 グルヴァとドンツは目的が分かっている。それよりも気になるのは、たった一品だけ落札したフーゴの心境だ。

 外へと出てしまう前に、オークのよこしまな真相を暴かねば。


「すみませんフーゴ・ストロチョフさん。少々お時間をいただいても、よろしいでしょうか」


 すかさず屈強なオークが割って入るが、フーゴは杖先を当て「下がって良い」と促した。


「なんだね、人間の記者さんや」

「人類新聞社のリノンと申します。最後に落札した理由と、今のご心境を伺いたいのですが」

「ほほ、これを買った理由かね」


 フーゴは包まれた布を取り払い、そのびない刀身をあらわにした。唯一、柄だけが過ぎ去った年月を感じさせる。

 何を思ったのか、するりと。

 それがフーゴの手から、こぼれ落ちた。


「こうする為――じゃ!」


 振り下ろした杖の先で、刃を二つに割った。それによって魔術の効果が無くなったのか、一気に切っ先まで錆びていく。

 唖然あぜんとするリノンとヤードに、フーゴは咳き込むようにして笑った。


「これ以上、先祖を殺めた武器に、血を吸わせたく無かったんじゃよ。オークも、人のも。もう戦いは終わったんじゃからな」


 しわがれた声で呟いて、去っていくフーゴ。

 その場には筆記帳を開いたままの記者が取り残された。


「リノンさん、俺」

「……悔しいけど、これも記事にしなきゃね。真実を伝えていくのが、私達の仕事だから」

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