人の出会いはイチゴイチエ

真摯夜紳士

人の出会いはイチゴイチエ

 諸君らは、『食べ合わせ』という言葉を、知っているだろうか。


 多くの食材は調味料が欠かせない。調味料も元を正せば食材の一つだ。そこには相性の良し悪しがあり、旨味を何倍にも引き立たせ、また合食禁がっしょうきんといった消化に害を来すものもある。

 今に続く食文化は、これらを研究してきたからこそ成り立っているのだ。


 スイカに塩。プリンと醤油でウニの味。


 我々は先人を知恵を忘れてはならない。受け継ぎ、そして新たな『食べ合わせ』を模索することにより、後世に残していく。

 この崇高な使命は、ひいては来たるべき食糧問題にくさびを打ち込むかもしれないのだ!


 さあ諸君、未来の食を、共に創っていこうではないか!


「……とか言ってるけど、ゆる~い部活だから、ここ」

「はぁ」


 部長らしき人の演説を聞いた私は、ため息のような返事をらした。高校に入学して早々、変な部活に勧誘されるだなんて……こんなこと、ほんとにあるんだ。

 副部長らしき人は普通だったから、まともな料理部だと思ったのに。


 見た目からして普通じゃないもん、この部長。

 茶髪のストレートパーマ、外人っぽい堀の深い顔、でも流暢りゅうちょうな日本語。

 彼は広い家庭科室を見渡して、黒と青の混じった瞳を私に向けた。


「ふむ、残ったのは君だけか」

「え!?」


 はっと後ろを振り返る。うわぁ、誰も居ないぃ、私だけぇ……いつの間に帰ったの、みんな。トモちゃんまで、ひどいよ。

 部長さんは座った私が立てないように、ずいと距離を詰めてくる。


「自己紹介をしよう。僕は三年の木浦きのうらサイモン。父がイギリス人だが、日本育ちの日本国籍だ。苦手教科は英語。ハーフなのに笑えるだろう? ふふふん。ようこそ、『食べ合わせ研究部』へ」

「いや、あの、私、入部するなんて一言も」

「まぁまぁまぁ、落ち着いて。木浦、あんたは下がって。怯えちゃってるじゃない、この子」

「オゥ、ソーリー!」


 怯えるというか、勢いが凄くて。私だけ置き去りにされた状況だし。泣きそう。


 お団子ヘアでサバサバとした彼女は、私と部長さんの間に入って屈み込む。ふちの黒い丸眼鏡が、やけに印象的な人だ。

 目線を下げて、親しみやすさを出してはいるけれど……やっぱり私に席を立たせるつもりはないみたい。


「ごめんね、いきなり。あたしは瀬尾せお、こいつと同じ三年生。はいこれ、お近付きの印に」

「あ、どうも」


 思わずコップを受け取ってしまう。よく冷えたミルクティー。手に取った瞬間、氷がカランと涼しげな音をさせた。


「じゃなくて。私、入部するつもりは――」

「わかってる。これはバカが迷惑をかけたお詫びだから」

「……そういうことなら」


 もう放課後だし、少しのどが乾いていたのも事実。お気持ちということなら貰って損は無いと思う。


 薄茶色のミルクティーをコクリと飲む。甘さ控えめで後味も渋くて、なんだか本格的な感じ。お店で売ってるのとは一味違うような。

 これ、ひょっとしたら……今まで飲んだ中でも、かなり。


「美味しい」

「でしょ! 気に入ってくれて良かった。あたしのオススメなのよね、この

「んん」


 ウーロン、ティー?

 ミルクティーではなく?


「それは烏龍茶と牛乳に砂糖を混ぜた物だ」


 ここぞとばかりに、黙っていたサイモン先輩が口を開く。


「市販されている烏龍茶、牛乳で何が最も合うのかも検証済みである。もちろん配合比は部の資産なので教えられないが。ご家庭でも簡単に作れる一品だ」

「うそ……」


 もう一度、疑うようにして飲んでみる。

 うん、ミルクティー。誰が何を言おうとミルクティー。目隠しをするまでもなく、何から何までミルクティー。

 烏龍茶と牛乳で、こんなに味が変わるだなんて。

 というか、そんな組み合わせ、今まで考えたことも――


 顔を上げると、サイモン先輩は不敵に笑っていた。

 まるでに対して、真っ向から宣戦布告しているかのように。


「とりあえずは体験入部ってことで、今日の活動でも見ていかない?」


 瀬尾先輩にウインクされた私は、何故か素直に頷いてしまった。

 色んな意味で、もう席から立てそうにない。



△▼△▼



「春の食材といえば何かね、瀬尾」

「そうねぇ……たけのこ、ブロッコリー、トマトに、七草とか」

「ノゥ! ぱっとしないな。もっと人目を引くような食材は思いつかないのか!」

「うっさいわね。なんの食材使うか決まってるなら、初めから言いなさいよ」

「ふはははは、余興は楽しむものだろう!」


 ドサッと机の上に置かれるダンボール。その中から一つ、サイモン先輩は赤い宝石のような食材を摘み上げた。


「今日の研究対象は、いちごだ」


 そう言って、かぶりつくサイモン先輩。瑞々しくて美味しそう。


「すごい量ですね。部費で買ったんですか?」

「ううん。こいつの私物。木浦の父親ね、なんか有名なシェフなんだって。頼めば何でも用意してくれるんだとか。セレブな話よね」

「ギブアンドテイクと言え、瀬尾。父には新レシピを提供してやってるんだ。その対価として当然だろう」

「いいように利用されてるだけだと思うけど」

「ふふふん。お前にも、いずれ研究の価値に気付く日がくるさ」

「どうだか」

「……なるほどです」


 山のような苺は、投資という意味でもあるのね。サイモン先輩、一応プロにも期待されてるんだ。熱意は本物っぽいけれど。


「でだ、早速だが、苺について調べてみた。なんと言ってもビタミンCが豊富な果実だな。フルーツにおいてトップクラスの含有量を誇る。調理に関しては加熱に弱く、生食か煮崩れした物を使うことが多い。一般的には他のフルーツと合わせているな。悪い食べ合わせとしてはバナナが該当する。苺の持つ酸が、バナナによる酸素供給の働きを阻害し、消化器官に支障をきたす」


 へぇ、ちゃんと栄養素まで調べてるんだ。バナナが合わないことも意外。

 もっと行き当たりばったりな部活だと思ってたけど、考えを改めないとかな。


「そこで取り出したるは、とんかつソースだ」


 ごめん、行き当たりばったりな部活だ、ここ。


「癖には癖で対抗していく。僕は昔から、ずっと思ってきた。どうしてトマトばかりがソースになっていて、苺はならないのか。同じ赤なのに!」

「甘いからでしょ」

「糖度はトマトにもあーるッ!」


 瀬尾先輩の冷静なツッコミも、サイモン先輩には響かないらしい。


「これはジャムからの卒業だ! 今日という日を、苺ソース記念日にしようではないか!」


 独り高らかに宣言して、とんかつソースのキャップを外したサイモン先輩。

 塗った。いや、あれは、塗るというより漬ける感じだ。苺の、とんかつソース和え。どんな料理よ。


「大丈夫。あいつはバカだけど、こっちに無理やり食べさせようとはしないから」


 私が青ざめていたのを気遣ってか、隣に座っていた瀬尾先輩が優しく笑う。良かった。まともな先輩が居て、私は幸せです。


「いざ、尋常じんじょうに――あんむ」


 ほんとに食べちゃった。

 迷いとか、抵抗とか、一切なく。ある意味すごいけど、尊敬はできない。

 咀嚼そしゃくを繰り返すサイモン先輩を、私と瀬尾先輩は心配そうに見守ることしかできなかった。


 険しい表情。鼻息も荒い。さながら登山の七合目。ここが踏ん張りどころだ。

 途中で吐き出すことなく、サイモン先輩は立派な喉仏のどぼとけを上下させて、やっと飲み込んだ。その後は水中で息を止めるようにこらえ、しばらくして深呼吸。落ち着きを取り戻すのに数秒。外人特有の長いまつ毛が、薄っすらと濡れている。


「……せ、先輩。か、感想は?」

「うむ。ぬあ……そうだな……口に入れた瞬間、とんかつソースが主張してきた。そして歯を入れると、苺の酸味とソースが混ざり合って、なんとも言えない香りが鼻孔びこうを襲った。一言で表すと、違和感だ。塩辛いのに酸っぱい。なのに甘すぎる。む度に果汁が押し寄せて、舌の上に乗ったソースと絡む。僕にはパーティーで踊る二人が見えた。屋台のオヤジと、真っ赤なドレスを着た美女の二人だ。オヤジが何度も転びそうになるものだから、美女が嫌でも引っ張られる。そうして滑稽こっけいなダンスに見えるのさ。繋いだ手が離れないのか、美女の顔は曇っていくばかり。それが感想だ」

「つ、つまり?」

「とんかつソースと苺は合わない。絶望的なまでに。バッドコミュニケーション。一期一会の味だ」

「知ってた」


 瀬尾先輩の無情な一言に、私は吹き出すのを我慢した。偉い。


「ま、ぶっちゃけ失敗だらけだもんね、ウチの部活動。あたしも副部長って肩書だけど、面白そうだから来てるんだし。食材、余ったら家に持って帰れるしね」


 今日一番の魅力的な言葉。正直ときめきます。


「我が『食べ合わせ研究部』は、閃きの提供を広く募集している。何か試したいことがあるなら、是非とも発言してくれたまえ……」


 そんな死にそうな声を出さなくても。


 プロのシェフが父親のサイモン先輩に、優しくて頼れる瀬尾先輩かぁ。

 目を閉じ、私は悩んで。

 覚悟を決めて、立ち上がった。

 いつだって退部はできるもんね。それに、この部活なら……普通の料理部より、学ぶことが多そうだし。


 これ見よがしに置かれていた入部届に、私は名前を書く。それを受け取った瀬尾先輩は、嬉しそうに目を輝かせて、うんうんと頷いた。


佐倉さくら……うめちゃんか。可愛い名前ね。改めて、よろしく」

「あ、はい。よろしくです、瀬尾先輩にサイモン先輩」

「ふふふん、ヨダレが出そうな名前だな」

「あんた、それ下手したらセクハラだから」

「何故だ!?」


 クスクスと笑いながら、私は次の食材に思いをせる。

 一期一会の気持ちで、何事も試してみないとね。

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