人の出会いはイチゴイチエ
真摯夜紳士
人の出会いはイチゴイチエ
諸君らは、『食べ合わせ』という言葉を、知っているだろうか。
多くの食材は調味料が欠かせない。調味料も元を正せば食材の一つだ。そこには相性の良し悪しがあり、旨味を何倍にも引き立たせ、また
今に続く食文化は、これらを研究してきたからこそ成り立っているのだ。
スイカに塩。プリンと醤油でウニの味。
我々は先人を知恵を忘れてはならない。受け継ぎ、そして新たな『食べ合わせ』を模索することにより、後世に残していく。
この崇高な使命は、ひいては来たるべき食糧問題に
さあ諸君、未来の食を、共に創っていこうではないか!
「……とか言ってるけど、ゆる~い部活だから、ここ」
「はぁ」
部長らしき人の演説を聞いた私は、ため息のような返事を
副部長らしき人は普通だったから、まともな料理部だと思ったのに。
見た目からして普通じゃないもん、この部長。
茶髪のストレートパーマ、外人っぽい堀の深い顔、でも
彼は広い家庭科室を見渡して、黒と青の混じった瞳を私に向けた。
「ふむ、残ったのは君だけか」
「え!?」
はっと後ろを振り返る。うわぁ、誰も居ないぃ、私だけぇ……いつの間に帰ったの、みんな。トモちゃんまで、ひどいよ。
部長さんは座った私が立てないように、ずいと距離を詰めてくる。
「自己紹介をしよう。僕は三年の
「いや、あの、私、入部するなんて一言も」
「まぁまぁまぁ、落ち着いて。木浦、あんたは下がって。怯えちゃってるじゃない、この子」
「オゥ、ソーリー!」
怯えるというか、勢いが凄くて。私だけ置き去りにされた状況だし。泣きそう。
お団子ヘアでサバサバとした彼女は、私と部長さんの間に入って屈み込む。
目線を下げて、親しみやすさを出してはいるけれど……やっぱり私に席を立たせるつもりはないみたい。
「ごめんね、いきなり。あたしは
「あ、どうも」
思わずコップを受け取ってしまう。よく冷えたミルクティー。手に取った瞬間、氷がカランと涼しげな音をさせた。
「じゃなくて。私、入部するつもりは――」
「わかってる。これはバカが迷惑をかけたお詫びだから」
「……そういうことなら」
もう放課後だし、少し
薄茶色のミルクティーをコクリと飲む。甘さ控えめで後味も渋くて、なんだか本格的な感じ。お店で売ってるのとは一味違うような。
これ、ひょっとしたら……今まで飲んだ中でも、かなり。
「美味しい」
「でしょ! 気に入ってくれて良かった。あたしのオススメなのよね、この
「んん」
ウーロン、ティー?
ミルクティーではなく?
「それは烏龍茶と牛乳に砂糖を混ぜた物だ」
ここぞとばかりに、黙っていたサイモン先輩が口を開く。
「市販されている烏龍茶、牛乳で何が最も合うのかも検証済みである。もちろん配合比は部の資産なので教えられないが。ご家庭でも簡単に作れる一品だ」
「うそ……」
もう一度、疑うようにして飲んでみる。
うん、ミルクティー。誰が何を言おうとミルクティー。目隠しをするまでもなく、何から何までミルクティー。
烏龍茶と牛乳で、こんなに味が変わるだなんて。
というか、そんな組み合わせ、今まで考えたことも――
顔を上げると、サイモン先輩は不敵に笑っていた。
まるで
「とりあえずは体験入部ってことで、今日の活動でも見ていかない?」
瀬尾先輩にウインクされた私は、何故か素直に頷いてしまった。
色んな意味で、もう席から立てそうにない。
△▼△▼
「春の食材といえば何かね、瀬尾」
「そうねぇ……たけのこ、ブロッコリー、トマトに、七草とか」
「ノゥ! ぱっとしないな。もっと人目を引くような食材は思いつかないのか!」
「うっさいわね。なんの食材使うか決まってるなら、初めから言いなさいよ」
「ふはははは、余興は楽しむものだろう!」
ドサッと机の上に置かれるダンボール。その中から一つ、サイモン先輩は赤い宝石のような食材を摘み上げた。
「今日の研究対象は、
そう言って、かぶりつくサイモン先輩。瑞々しくて美味しそう。
「すごい量ですね。部費で買ったんですか?」
「ううん。こいつの私物。木浦の父親ね、なんか有名なシェフなんだって。頼めば何でも用意してくれるんだとか。セレブな話よね」
「ギブアンドテイクと言え、瀬尾。父には新レシピを提供してやってるんだ。その対価として当然だろう」
「いいように利用されてるだけだと思うけど」
「ふふふん。お前にも、いずれ研究の価値に気付く日がくるさ」
「どうだか」
「……なるほどです」
山のような苺は、投資という意味でもあるのね。サイモン先輩、一応プロにも期待されてるんだ。熱意は本物っぽいけれど。
「でだ、早速だが、苺について調べてみた。なんと言ってもビタミンCが豊富な果実だな。フルーツにおいてトップクラスの含有量を誇る。調理に関しては加熱に弱く、生食か煮崩れした物を使うことが多い。一般的には他のフルーツと合わせているな。悪い食べ合わせとしてはバナナが該当する。苺の持つ酸が、バナナによる酸素供給の働きを阻害し、消化器官に支障をきたす」
へぇ、ちゃんと栄養素まで調べてるんだ。バナナが合わないことも意外。
もっと行き当たりばったりな部活だと思ってたけど、考えを改めないとかな。
「そこで取り出したるは、とんかつソースだ」
ごめん、行き当たりばったりな部活だ、ここ。
「癖には癖で対抗していく。僕は昔から、ずっと思ってきた。どうしてトマトばかりがソースになっていて、苺はならないのか。同じ赤なのに!」
「甘いからでしょ」
「糖度はトマトにもあーるッ!」
瀬尾先輩の冷静なツッコミも、サイモン先輩には響かないらしい。
「これはジャムからの卒業だ! 今日という日を、苺ソース記念日にしようではないか!」
独り高らかに宣言して、とんかつソースのキャップを外したサイモン先輩。
塗った。いや、あれは、塗るというより漬ける感じだ。苺の、とんかつソース和え。どんな料理よ。
「大丈夫。あいつはバカだけど、こっちに無理やり食べさせようとはしないから」
私が青ざめていたのを気遣ってか、隣に座っていた瀬尾先輩が優しく笑う。良かった。まともな先輩が居て、私は幸せです。
「いざ、
ほんとに食べちゃった。
迷いとか、抵抗とか、一切なく。ある意味すごいけど、尊敬はできない。
険しい表情。鼻息も荒い。さながら登山の七合目。ここが踏ん張りどころだ。
途中で吐き出すことなく、サイモン先輩は立派な
「……せ、先輩。か、感想は?」
「うむ。ぬあ……そうだな……口に入れた瞬間、とんかつソースが主張してきた。そして歯を入れると、苺の酸味とソースが混ざり合って、なんとも言えない香りが
「つ、つまり?」
「とんかつソースと苺は合わない。絶望的なまでに。バッドコミュニケーション。一期一会の味だ」
「知ってた」
瀬尾先輩の無情な一言に、私は吹き出すのを我慢した。偉い。
「ま、ぶっちゃけ失敗だらけだもんね、ウチの部活動。あたしも副部長って肩書だけど、面白そうだから来てるんだし。食材、余ったら家に持って帰れるしね」
今日一番の魅力的な言葉。正直ときめきます。
「我が『食べ合わせ研究部』は、閃きの提供を広く募集している。何か試したいことがあるなら、是非とも発言してくれたまえ……」
そんな死にそうな声を出さなくても。
プロのシェフが父親のサイモン先輩に、優しくて頼れる瀬尾先輩かぁ。
目を閉じ、私は悩んで。
覚悟を決めて、立ち上がった。
いつだって退部はできるもんね。それに、この部活なら……普通の料理部より、学ぶことが多そうだし。
これ見よがしに置かれていた入部届に、私は名前を書く。それを受け取った瀬尾先輩は、嬉しそうに目を輝かせて、うんうんと頷いた。
「
「あ、はい。よろしくです、瀬尾先輩にサイモン先輩」
「ふふふん、ヨダレが出そうな名前だな」
「あんた、それ下手したらセクハラだから」
「何故だ!?」
クスクスと笑いながら、私は次の食材に思いを
一期一会の気持ちで、何事も試してみないとね。
人の出会いはイチゴイチエ 真摯夜紳士 @night-gentleman
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