恋人の猫

 猫のような恋人と、恋人のような猫。

 文字面はよく似ているが意味はまったく異なる。


 前者は、例えば、容姿が真ん丸ツリ目だとか、性格がツンデレだとか、弱みを見せたがらないとか、そういう人間を指す。

 そして後者は、例えば、どこでも一緒について来ようとするとか、他の異性と接触した日はキレて引っ掻いてくるとか、そういう猫を指す。


 果たして彼女は、どちらに分類したものか。

 目の前で寝ころがっている、三毛猫のメスは、俺の恋人だ。恋人の猫なのだ。



🐈️


 出会いは近所の小さい神社だった。山の上にあると行っても過言でないその神社は、十月の間だけ社に向かう長い階段に並ぶ灯籠に明かりをつける。真っ暗な中、ぼんやり灯る光が妖しくて幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 ふと、それに惹かれて、昼間もあまり登ったことがない階段を登り始めた。その時、横から女の声で


「あんた悪くない顔をしてるねぇ」


と喋りかけられた。


「えっ」


 声の主は猫だった。当然、心臓がバクバクいうくらい驚いて、猫だと認識するのと同じくらいに、階段をかけ降りた。しかし、降りても降りても、入り口に辿り着かず、恐々登り直しても社に到着せず。


「どうなってんだ!?」

「喚きなさんな、喧しい」


 再び三毛猫に話しかけられ、変わらず心臓はバクバクしていたが、これは単純に階段を激しく登り降りしたからだと思う。


「あんたは迷いこんだのさ、人と物怪の間の世界に」

「そんなファンタジーあってたまるか!」


 混乱をぶつけられる相手が彼女、いや彼猫しかおらず、声を荒げて近寄れば、


「でも、出られなくて困ってるだろう」


と言いながら、のんびり手で顔を洗った。

 あまりにのんびりした猫仕草に、焦りを削がれ


「いや、そりゃまあ、困ってるけど」


なんて、普通に会話を試みた。すると、猫はニヤリと笑って


「助けてあげようか」


と、まさしく猫なで声で持ちかけてきたのだ。


「なに、寿命もらう的なやつ?」

「そんなもん欲しがるか、猫を悪魔かなんかと勘違いしとるなあ」


 やれやれと言わんばかりに首を振り、三毛猫は


「私をお前の恋人にしてくれ」


と宣ったのだった。



🐈️🐈️



「おーい、ミツコ。デート行こうぜ」

「やっと散歩と言い間違わなくなったな」


 ぴょんと起き上がったミツコを抱き上げ、外に出る。

 今日はペット同伴のカフェに行くつもりだ。


「あんまり店員が干渉してこないタイプの店だといいけどな」

「ほう、二人の時間を邪魔されたくないということか。恋人として殊勝な振る舞いだの」

 

 ゴロゴロ喉を鳴らすミツコは可愛い。猫として。

 いまだにペット扱いして怒られることも多いが、根気よく恋人だと言い含められて、最近は毛を逆立てられることも減ってきた。


 あの日、ミツコの提案に驚いた俺はまず


「えっ、俺のことタイプなん!?」


と返した。ミツコは、予想外の返答だったのか、丸い目をもっと真ん丸にしてから、笑いだした。


「今、少しタイプになったかもしれん」

「なんだよ、てかお前人間に変身できる系の化け猫なの?」


 馬鹿にされたと少しムッとしながらそう聞けば、ミツコは今度は怒って


「なんで可愛く気高い猫である私が人間なんかにならねばいかんのだ! そんなことをするのは狐の馬鹿だけだ、愚か者!」


なんて、毛を逆立てた。

 話を聞くと、ミツコには幼馴染みの狐がいて、最近人間に化けて人間の恋人ができたと自慢してくるのがムカつくらしい。


「あやつ、ミツコは猫だからペットにしかなれないね、などと馬鹿にしてくるのだ! だから、私はこのままの姿で恋人が作れるとツネコの阿保を見返してやるのだ!」


 どうやら、化け猫と化け狐のマウント合戦に巻き込まれてしまったようだ。


 でもまあ、考えてみればそんなに悪い条件ではない。現在、恋人はいないわけだし、身の危険もひとまずはなさそうだし。それに犬派猫派でいうと、圧倒的に猫派なわけだし。


「よしっ、じゃあ俺、恋人になる!」

「そうか! なら決まりじゃ」


 こうして、三毛猫のミツコと恋人になった俺は、ミツコのしっぽを握るよう言われ、そのまま階段を降りていけば、無事に脱出できたのだった。



🐈️🐈️🐈️


「客多くて店員も忙しそうだったし、飼い主もみんなペットに話しかけてたから意外と普通に過ごせたな」

「猫用メニューも悪くなかった。また行っても良い店だったの」


 ペロリと舌舐りをして、ご機嫌なミツコに、俺はかねてから気になっていたことを聞いてみることにした。


「なあミツコ」

「なんだ?」

「ミツコは喋れる猫なわけだけどさあ、語尾ににゃあはつけないわけ?」


 ミツコは出会った時みたいに、丸い目をもっと真ん丸にしてから、笑いだした。


「これだけ流暢に喋れるのに語尾だけにゃあをつけられても興醒めじゃろう!」

「いや、まあこう、猫感をさぁ。いやっ、姿は猫なんだけど、喋り方がさあ、おばあちゃんみたいな時あるじゃん、ミツコは、いくら百年以上生きてるって言ってもさあ」


 恋人ってもっとこうさあ、とぶつくさ文句を言う俺に、愉快そうに目を細めたミツコは


「たまには恋人のリクエストも聞いてやろうかの」


とゴロゴロ喉を鳴らしてから


「お前さんは何ともマニアックな奴だにゃあ」


と、満足そうに言った。

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猫に纏わる。 石衣くもん @sekikumon

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