この転生のジャンルは異世界恋愛でなくホラー
本屋でアルバイトして早二年。漫画コーナーの担当だが、あまり漫画を読まない自分は、流行りの転生ものも、新刊の長いタイトルでなんとなく内容を把握している程度だった。
たまにそのタイトルを眺めながら、もし自分に前世の記憶があったら、この物語の主人公たちみたいにうまく活用できるだろうか、なんてたらればな妄想に思いを馳せ、無理そうだなと自覚していた。
そんなある日のこと。バイトから帰ってきたら、住んでるマンションの前にある植え込みのところで、でかいトランクを持った、片目眼帯の女の子が体育座りしていて、
「絶対に目を合わせてはいけない。面倒事はごめんだ」
と内心思いながら、足早に通り過ぎようとしたら
「ご主人さま! 前に、貴方に助けてもらった子猫ですにゃあ!」
と、絡まれた。
「あ、そういうの間に合ってます」
「にゃ! にゃんでそんなに冷たいんですか、ご主人さまぁ!」
絶対に反応してはいけないと思っていたのに、つい言葉を発してしまって、案の定さらに絡まれることになってしまった。
「ついてくるな!」
「そんにゃ~! 恩返ししたいだけですにゃあ~」
強めに拒絶したつもりが、猫なで声で擦り寄られ、またもや反応を間違えたのだと後悔する。どうしよう、男が「変質者の女の子が押しかけてきてます」って通報したら警察はしょっぴいてくれるのか。
助けてくれただの、恩返しだの、まったく身に覚えがない。女の子も猫も助けてない。というか猫に関してはよっぽどのことがないと助けにはいけない。だって。
「そうだ、君、助けてもらった子猫だって言ったね?」
「そうですにゃ! やっと信じてくれたんですね!」
キラキラと目を輝かせているところ悪いが、バイト上がりで疲れているのだ。丁寧な対応は期待しないでいただきたい。
「それは無理。だって、重度の猫アレルギーだから。猫には近づけない」
「えっ」
「君にこんなに近づかれてもくしゃみの一つもでないってことは、君は猫ではなくただの人ってこと! ということでさよなら!」
めちゃくちゃびっくりした顔をしてる隙にマンションのエレベーターに駆け込み、念のため2つ下の階で降りた。すでに部屋番号も割れている可能性もあるが。
部屋に入り、しばらくは警戒したまま過ごしていたが、特に押しかけられることもなく、その日は眠りについた。
夢を見た。
金髪ショートで碧眼の騎士が、なんかでっかいドラゴン的な奴を倒して、
「もう大丈夫だよ」
と振り返ってほほ笑んだ相手が、小さい猫だった。
なんともツッコミどころ満載な夢だが、夢としては別になんの変哲もない内容だし、悪夢ではない。猫を夢で見たとて、別にアレルギー症状は出ないわけだし。
それなのに起きた時、汗びっしょりで、連続でくしゃみもするし、鼻水が止まらない。まるで、猫に近づいた時みたいで、怖い。
てかあの女の子、「前に助けられた」って言ってたのは、前世でって意味なのか? で、自分は騎士の生まれ変わりで、彼女は猫の生まれ変わりってこと? あの夢は前世の出来事だから、本当に彼女は猫だと認識した結果、アレルギー症状が出てるとか?
いやいや、まさか、あり得ない。アレルギーはそんな思い込みで症状が出るもんではない。
「風邪だ。風邪に違いない」
前日までに風邪の前兆はまったくなかったが、突発的にかかったのだと自分に言い聞かせ、今日はバイトもないし、大学は自主休講にしようと布団に潜り込もうとした瞬間、インターホンが鳴った。
嫌な予感しかしない。
何度もしつこく鳴らされるインターホンに、ドアの覗き穴から外を伺えば、悪い予感が的中し、昨日の女の子が立っていた。
装いに猫耳が増えていたのが更に怖い。
「帰ってくれ! 警察呼びますよ!」
「ご主人さま! 私です! 貴方の前世である騎士様にドラゴンから守っていただいた猫です! 生まれ変わって人間になれたから、やっと貴方に恩返しができると思ったのに! 昔みたいに保護してくださったら、なんでもします! ここを開けて、お顔を見せてください! 貴方が私のことを覚えてないだけでも辛いのに、猫に近づけないだなんて嘘、あんまりですにゃ!」
めっちゃ予想通りのこと言ってくるじゃん。
怖すぎて涙も出てきた。
百歩では足りない、万歩譲って、あの夢が自分の前世的な記憶だったとして、あくまで自分とは別の存在なわけだ。それなのに、前世なんて曖昧な理由で、知らない人間が自分の家を調べあげて、謎の体調不良が起きてる最中、突撃してきてこちらの気持ちは無視したまま「恩返ししたい」と喚きながら、部屋に入れろと言ってきている現実に恐怖しかない。
しかも保護してほしいってなんなんだ。あのでかいトランクを見るに、ここで一緒に生活する気なわけなんだろうけど。冗談じゃない。
自分は苦学生とまではいかなくとも、奨学金を借りてバイトして、一人暮らしをしながら大学に通っている学生だ。そんな自分と、猫のように暮らすつもりに違いない。
だって、学校に通ってたり、働いてたりするなら、人様の家に連日来て、待ったり、押しかけてきたりできないはず。いや、仮に休んでるとしたって、こんなことで休むなんてどうかしている。
あの夢の通りなら、猫側は頼れる騎士の自分に保護という体で扶養してもらう気満々なのだろう。
猫でしたが人間に転生して、慕っていた騎士様の生まれ変わりに愛される! みたいな、お花畑タイトルが脳内に浮かんでいるのだろうか。そんな電波な女は愛せないし、とにかく怖い。
あと、こっちは本当に猫に近づかれるだけでアレルギー症状が出るのに、突き放すための嘘だと思い込んでいるのも、まるでこちらの体質が悪いかのような言い種で腹が立つ。好きで猫アレルギーなわけじゃない!
「そんな……前世の貴方は猫がお好きな、強くてかっこいい騎士様で……今の私も助けてくれるはずなのに」
すっかり語尾の「にゃー」もなくなって、いかに今の境遇が辛いかや前世の記憶を拠り所にして頑張ってきたかを延々外で訴えられていたが、徐々に頭がぼんやりしてきて、そのまま玄関で気を失ってしまった。
気が付いたときには女の子は立ち去った後で、朝の不調が嘘みたいに、いつも通りに戻っていた。
「なんだったんだ……」
今後、新刊の転生もののジャンルをホラーにしたくなるような、怖くて現実離れした出来事だったが、郵便受けに
「さよなら、私の騎士様」
という紙が入っていたので、現実だったようだ。
さよなら、ということはきっと諦めてくれたんだろう、頼む、そうであってくれ。
そんなことを思いながら、自分は物語の主人公にはなれない性質だと再認識したのだった。
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