世界ノ終ワリノ物語

道星毛糸

第1話

郁美:(N)俺の余命は後一日だ。別に病気でも何でもない。至って健康体のまま、どうしようもなく理不尽に、あと一日で俺の人生は終わる。


和泉:(N)私の余命は後一日だ。別に病気でも何でもない。至って健康体のまま、どうしようもなく理不尽に、あと一日で私の人生は終わる。


郁美:(N)いや、俺だけじゃない。


和泉:(N)ううん、私だけじゃない。


郁美:(N)世界中すべての人たちが、


和泉:(N)明日。終わりを迎えるんだ。


郁美:(N)これはそんな、


和泉:(N)私たちの、最後の物語。



─ ─ ─



閑静な住宅街。車一つ走ってない道路を歩く少年に、後ろから声をかける少年が一人。


郁美:よう。


奈津:ん? おー、郁美かぁ。


郁美:何だよナツ~。お前も散歩か?


奈津:ん。そんなとこかなぁ。


郁美:散歩にしたって、道路のど真ん中歩いてたら危ねぇぞ~。車に轢かれたら、どうするんだよ?


奈津:あはは。郁美、本気で言ってる? 車なんて、一ヶ月ぐらい前にほとんど機能しなくなったじゃん。


郁美:あー、それもそうかぁ。ガソスタの店員さんも、仕事どころじゃねぇもんなぁ。


奈津:最後ぐらいは、自分たちの好きなように生きたいでしょ。誰だって。


郁美:……ニュース見たときは、ビックリしたよなぁ。


奈津:うん。そうだねぇ。


郁美:世界が終わるって発覚したのが、ちょうど二ヶ月前だったっけ?


奈津:そんなもんじゃなかったかなぁ。各所で暴動が起こって大変だったよねぇ。


郁美:本来、暴動を止めなきゃならない警官たちも、職務放棄だもんなぁ。


郁美:それどころか、交番で酒飲みながら暴動にヤジ飛ばして、楽しんでるぐらいだったし。それで飽きたら拳銃ぶっ放して殺してたからなぁ。


奈津:秩序とかモラルとかって、案外あっさり崩れるんだなぁ~って、笑いながら見てたよ。


郁美:そこで笑える神経がすげぇよ……


奈津:今は暴動も落ち着いて、こうやって呑気に散歩できるくらいにはなったよねぇ。よかったよかった。


郁美:そりゃだって、ナツ。明日で全部終わっちまうんだぜ? 最後ぐらいは自分の大切な人と過ごしたりだとか、悔いのないように行動してみたりするもんじゃねーの?


奈津:そういうものかなぁ。


郁美:そういうものだろ。たぶん。


奈津:じゃあ郁美とボクは、最後に悔いが残らないように散歩してるわけだ?


郁美:少なくとも、俺はただ散歩してるわけじゃないんだけどな。


奈津:何か明確な目的があるんだね。……それは、あれかな? 和泉ちゃん?


郁美:……ん。まぁな。


奈津:まだちゃんと学校通えてた時から思ってたんだけどさ。2人は結局付き合ってたの? 友達のボクから見ても、なんとも言えないもどかしい距離感だったからさ。


郁美:あー……。友達以上恋人未満って感じだったのかなぁ。自惚れた言い方しちゃうと。


奈津:なるほどね。……和泉ちゃん、どこにいるのかわかってるの?


郁美:いや、わかんねぇ。暴動が沈静化した頃には、携帯とかも使い物にならなくなっちまったからな。


奈津:文明の利器が使い物にならなくなると、いよいよ終末って感じだよね。


郁美:困ったもんだよ。さっき和泉の家、見に行ってきたんだ。あの辺の住宅街は、暴動のときに大分荒らされてたから、案の定、どの家もひどかったよ。


郁美:もちろん和泉の家も、めちゃくちゃになってた。


奈津:……それって、和泉ちゃん生きてる?


郁美:わかんね。わからないから、ずっとこうやって散歩して、悪い方向に考えないように探してる。そしたら、たまたまナツには出会えた。


奈津:和泉ちゃんじゃなくてごめんね。


郁美:いいよ。こうやって生きて友達に会えただけでも、普通に嬉しいし。


奈津:そうだね。ボクも嬉しい。他の友達はほとんど暴動に加わったり、巻き込まれたりしちゃったからね。


郁美:案外、ここまで生き残れたの、奇跡なんじゃないのか?


奈津:どうせ明日でみんな死んじゃうのにね。


郁美:……まあ、そうだけどさ。


奈津:……和泉ちゃんの行きそうな場所に心当たりは?


郁美:ある。そこに行ってみて、もしいなかったら諦めるよ。


奈津:会えるといいね。(微笑みながら)応援してるよ。


郁美:さんきゅ。ナツも一緒に来ないか?


奈津:んー。二人のお邪魔はできないかなぁ。


郁美:遠慮するなよ。最後なんだし。


奈津:それじゃあお言葉に甘えて……って言いたいけど、ボクはいいや。


郁美:……なんだよ。つれねぇこと言うじゃんか。


奈津:郁美に、和泉ちゃんを探すっていう目的があるように、ボクも世界が終わる前にやりたいことがあるんだ。


奈津:一応、その目的を果たすために散歩してたんだよ。


郁美:あー、なんだ、そうだったのか。ナツもだれか探してるのか?


奈津:んーん。ボクは友達少なかったし、親も暴動で殺されちゃったから。


奈津:……うん、でも、そうだね。人じゃないけど、探してるには探してるかな。


郁美:あ~……。ごめん。続きの言葉、聞きたくないかも。


奈津:ボクはね、死に場所を探してるんだ。


郁美:……聞きたくねぇって、今言った。


奈津:ごめんごめん。ボクもやっぱりここ二ヶ月の間に、だいぶ頭がイカれちゃったのかも。


郁美:大丈夫だよ。正常なやつの方が稀だろ。


奈津:郁美も、やっぱり何人か殺した?


郁美:……正当防衛は、したな。


奈津:ボクは親を殺したやつを殺したよ。これで。


奈津。懐から拳銃を取り出す。


郁美:……っ!


郁美:どこでそんな物騒なもん……


奈津:暴動に巻き込まれて、頭カチ割られて死んでた警官がいてさ。拝借したんだ。


奈津:……護身用にって思って、これで家族の事も守れるぞって。それで帰宅したら、金属バット持った中年のおじさんと、両親の死体とご対面。


郁美:……


奈津:気が付いたら、硝煙の匂いが漂ってて、リビングに死体がもう一個増えてた。


奈津:あ、今、ボクが撃ったんだって気付くまでに数分かかったよ。そのあとの事はよく覚えてないかな。とりあえず、今日まで生きてこれた。


郁美:……


奈津:生きてこれたのに、死に場所探してるってのも、何だか笑えちゃうよね。


郁美:笑えねぇよ。やめろよ、ナツ。最後まで足掻こうぜ。


奈津:うーん。世界が終わっちゃうのは、もう防ぎようがないからね。だったら、せめて死に方ぐらいは自分で決めたいかな。


奈津:そんなところまで不条理に流されたくないからさ、ボクは。


郁美:ナツ……


奈津:和泉ちゃん、ちゃんと見つかるといいね。


郁美:…………おう


奈津:最後に友達に会えてよかったよ。実はもう死に場所は決めてあるんだ。花火大会で、よくみんなで集合したアパートの屋上あるじゃん?


郁美:ああ、なんだ、すぐそこのアパートじゃねぇか。障害物がないから、ドーンと上がる花火、きれいに眺められたよな。


奈津:うん。そこの屋上で終わっていく世界を見つめながらボク自身が花火になろうかなって。


郁美:……ドーンっていうか、パーンって感じだな。


奈津:あはは。確かにね。こめかみに照準合わせて引き金引くつもりだから、汚い花火になりそうだね。


郁美:怖くねぇの?


奈津:ちょっと怖いけど、もう決めたことだから。


郁美:……そっか。


奈津:うん。


郁美:あー、あれだな、本当に。じゃあこうやって死ぬ前にお前と再会できて、俺はラッキーだったって思わねぇとか!


奈津:そうだね。久しく会話してなかったから、最後に思い出ができたよ(そっと微笑む感じで)


郁美:悪い。急すぎて手向けの花も何も準備できてねぇわ。


奈津:そこのフラワーショップから、適当に持ってきてくれてもいいんだよ?


奈津が指差す先。暴動によって荒れ果てたフラワーショップがある。花は乱雑に地面に散っている。


郁美:……こうやって落ち着いて辺りのこと眺めてみると、意外と無事に済んでないところだらけだよな。花屋でさえ、この有様だもんなぁ。


奈津:窓ガラスが割られてない家の方が、珍しいよねぇ。


郁美:普通に死体も転がってるしな。


奈津:腐敗臭すごいけど、鼻が慣れちゃったのかな?何も感じないや。


郁美:慣れって怖いよな。


奈津:最後ぐらいは真っ当な人間でありたいなぁ。


郁美:真っ当な人間は、アパートの上で拳銃自殺なんか考えねぇよ。


奈津:確かにねぇ。


二人、笑い合う。


奈津:ん。じゃあボクは行くよ。名残惜しくなっちゃうと、気持ちが揺らいじゃうから。


郁美:お、いいぞいいぞ。揺らげ揺らげ。


奈津:やめてよぉ。まったくもう。あ、何なら郁美も一緒に来る?


郁美:俺は和泉のこと探してるって言ったろうが。


奈津:あはは。そうだった。


郁美:恐ろしいぜ、まったく。しれっと巻き込むなよ。


奈津:ごめんごめん。あ、でも、死に場所に迷ったら来なよ。


奈津:弾はあと三発装填されてあるから、一発はこれから使っちゃうけど、郁美と和泉ちゃんの分はちゃんと残して逝くよ。


郁美:……いらない気遣いをどうも。


奈津:いえいえ。それじゃあね、郁美。


郁美:おう。


奈津:良い終末を。



─ ─ ─



コンビニエンスストア。一人の少女と男がいる。


和泉:不思議な感覚ですよね。コンビニなのに入店音もしなければ、有線の音楽もかかってない。


和泉:店員さんのいらっしゃいませ~の声もない。


男:……


和泉:他のどのコンビニ覗いても、絵に描いたように同じなんですよね。違うのは、店内の商品が荒らされて、ほとんどないことぐらいですかね。


和泉:ここのコンビニは、辛うじてお菓子とかが残っててよかったですけど。


男:……


和泉:ポテトチップスとドーナツと……あ~、お金残ってたかなぁ。


和泉:店員さんいないから、自分でいちいち計算して、お金ピッタリ出さなきゃいけないの、結構面倒くさいんですよね。


男:お前。随分と流暢にしてるけど、逃げなくていいのか?


和泉:え? 逃げるって、誰から?


男:俺からだよ。


和泉:どうして、あなたから逃げなきゃいけないんですか?


男:暴徒だからだよ。


和泉:知りませんよ、そんなの。そんなことより、私は今、ポテトチップスとドーナツ、合わせて241円という中途半端な金額をどうするかで忙しいんです。


男:殺しちまうぞ、お前?


和泉:おじさんも物騒なこと言ってないで、協力してくれますか? 大人なんだから、241円くらい持ってるでしょ。


和泉:私はここに来るまでにお金の消費が激しかったのでなるべく節約したいんです!


男:……チッ。意味わかんねぇガキだ。てか、節約も何もねぇだろうが。


和泉:どうして?


男:明日で何もかも終わっちまうんだから!


男:てめぇが手に持ってるポテチもドーナツも、勝手に持っていっちまえばいいだろうが!


和泉:そんなことしたら犯罪じゃないですか!


男:取り締まる奴らなんかもう誰もいねぇよ!


和泉:……ふむ。確かにそうですね。いえ、でも、私の中のポリシーがそれを許しません!


男:あー、もー、なんだこいつ本当に。


和泉:平和の和(わ)に温泉の泉(せん)で、いずみと申します!


男:自己紹介なんて求めてねぇよ!


和泉:なんだこいつと申されたので。


男:(溜め息)。……あぁ、もう。無駄な体力使ったわ。ダルい。殺す気も失せた。


和泉:明日でみんな死ぬんですから、友好的にいきましょうよ。此処であったのも何かの縁ですよ。はい、これポテチです。


男:それ買わせる気だろ、てめぇ。


和泉:バレましたか。


男:……お前、そんな調子でよく今日まで生きてこれたな。


和泉:両親のおかげです。


男:だろうなぁ。……お前一人だったら、少し前までひっきりなしに続いてた暴動で、とっくに野垂れ死んでるだろうよ。


和泉:私自身、そう思います。実際、私が住んでたところは、暴動でめちゃくちゃにされてしまいましたから。


和泉:お母さんが車のエンジンかけて、私に逃げるわよって叫んで。お父さんが、家に乗り込んできた人たちに揉みくちゃにされてるのを横目に、必死に逃げました。


男:…………


和泉:まあ逃げた数分後に、お母さん運転ミスっちゃって、電柱にぶつかっちゃったんですけどね。


男:え。


和泉:慌ててましたから。……運転席側はぺちゃんこでした。私は後部座席に乗ってたから、何とか。


和泉:……そこからは大変でしたよ~。今日までよく一人でやってこれたなって、自画自賛です。


男:あー、なんか、悪い。野暮なこと話させちまった。


和泉:随分お優しいんですね。物騒なおじさん。


男:うるせぇわ。俺だって、好きでこんなもん持って、道行くコンビニ巡ってるわけじゃねぇ。


男の手には、血のついたナイフ。


和泉:ここにたどり着くまでに、いろいろあったんですね。深くは聞きませんよ。


男:別に明日で終わるんだから、話したってかまわねぇけどよ。聞かないでくれるなら、そうしてくれ。


和泉:はい、聞かないでおきます。……さて、私はとりあえずこのポテトチップスとドーナツを、仕方がないので千円札で買おうと思います。


和泉:お釣りが貰えないのは辛いですが、致し方ありません。苦渋の決断です。


男:それだったら、持っていける分だけお菓子持っていけばいいじゃねぇか。千円分。


和泉:……なるほど!頭いいですね、物騒なおじさん。


男:やっぱり殺してやろうか?


和泉:ごめんなさいでした。


男:ふん。


男。財布から一万円札を取り出す。


男:……ほらよ。


和泉:え?


男:諭吉なら、千円札よりいっぱいお菓子持っていけるだろ。使えよ。


和泉:見ず知らずの、なんなら数分前にこのコンビニで出会ったばかりなのに、ここまで優しくしてくれるなんて驚きです。


男:調子狂わされて冷静になったんだよ。俺も最後ぐらいは真っ当なことをして、あとはのんびり死を待つことに決めたよ。


和泉:なるほどです。じゃあ、ありがたく諭吉を使わせていただきますね。買い物カゴいっぱいにお菓子詰めないと。


男:買い物カゴを持ち出して行っちまうのは、犯罪に入らねぇのか?


和泉:うぐっ。痛いところをつきますね。いいんです。そしたら買い物カゴは、その諭吉様で買ったことにしましょう。


男:無茶苦茶だな。


和泉:時には無茶も必要です。


お菓子を適当に買い物カゴに詰める和泉。


和泉:そうだ。これ、おじさんの分です。


男:あ? 俺はいいよ。お前が出ていったら、適当に食えるもん漁って、世界の終わりが訪れるまで、ここに居座るから。


和泉:死の際がコンビニって、なんかちょっと寂しくないですか? しかも一人で籠城だなんて。


男:どこ選ぼうが人の勝手だろうが。何なら、お前も一緒に籠城してくか?


和泉:ごめんなさい。私は死に場所は決めてますから。


男:そうかよ。コンビニなんかと違って、たいそう立派なところなんだろうなぁ?


和泉:嫌味っぽく言わないでくださいよ。でも、そうですね。お気に入りの場所です。そこでまったりしながら、私も世界の終わりを待ちますよ。


男:ふん、そうかよ。せいぜい道中に気を付けることだな。まあお前の言ってる場所も、安全かどうかは知らねぇがな。


和泉:どうでしょう? でも、きっとそこに行けば、彼がいると思うので。


男:お?なんだよ。彼氏くんかぁ?


和泉:うーん、友達以上恋人未満、ってやつですかね。自惚れて言うなら。


男:はっ。甘酸っぱいねぇ。


和泉:青春を謳歌する若者ですから。


男:世界が終わらなければ、末永くお幸せにって言ってやりたいところだよ。


和泉:言ってくれてもいいんですよ?


男:うるせぇよ。


二人、笑い合う。


買い物カゴいっぱいに詰めたお菓子を手に、男と向き合う和泉。


和泉:それじゃあ、私、行きますね。短い間でしたけど、お話し相手になってくれてありがとうございました。


男:おうよ。最後に面白いやつと話せたよ、俺も。


和泉:それはどうもです。


男:ああ、そうだ。


和泉:?(小首を傾げる)


男:末永くお幸せに。


和泉:ふふ。結局言ってくれるんですね。


男:……おら、早く行っちまえ。あばよ。


和泉:はい、さようなら。


男:せいぜい悔いのない終末を。


和泉:そうですね。お互いに良い終末を、です。



─ ─ ─



浜辺(※可能なら波音の効果音)


郁美:見つけた。


和泉:やっぱり、いてくれてると思った。


郁美:和泉と言ったら、この浜辺だろ。よく砂浜散歩してたもんな。


和泉:何ともなしに、ただボーッとここ歩くのが好きだったんだよね。昔から。


郁美:それに付き合わされて、俺もこの浜辺が気に入っちまったってのは秘密な。


和泉:今バレちゃったけど、いいの?


郁美:もういいいだろ。どうせ最後なんだし。


和泉:それもそうだね。……少し歩こっか。


郁美:ん。


(※可能なら砂浜歩く効果音)


郁美:それにしても、随分と大荷物だな。何だよその買い物カゴ。


和泉:好きなお菓子を食べるがいい。今日から明日にかけては無礼講だよ。


郁美:んじゃ、コンソメ味もーらい。


和泉:ああ、ずるい。私もそれ食べたかったのにぃ!


郁美:何だよ。じゃ、のり塩味被ってるから、一袋もらうぞ。これならいいだろ?


和泉:うんうん。食うがよい、食うがよい。


郁美:調子のいい無礼講だなぁ。


和泉:私の匙加減一つで二転三転する無礼講さ。


郁美:世界がこんなことになっちまったのに、お前は変わらねぇなぁ和泉。


和泉:そうかなぁ? それ言ったら、郁美もじゃない?


郁美:いや、少なくとも俺は人の道から外れちまったからさ。(小声で)何人か殺したし……。


郁美:(元のトーンで)ここ二ヶ月でだいぶ精神ぶっ壊れたんじゃねぇかな。


和泉:いつも通りの郁美だよ? 私から見たら。


郁美:ってことは、もうすでにお互いおかしいのかもな。


和泉:ひどいなぁ。私は正常ですよー、だ!


郁美:あー、確かに。……和泉どうせあれだろ? そのお菓子も、ちゃんとお金は置いてきて、どっかから持ってきたんだろ?


和泉:おお、ご明察!


郁美:真面目だなぁ和泉は。どうせ何もかも終わるんだから、そんなもん適当に持っていっちまえばよかったのに。


和泉:それ、似たようなこと言われたよ。


郁美:あん? 誰に?


和泉:ううん、こっちの話だから気にしないで。


郁美:ああ、そう。



郁美:そういえばナツに会ったよ。さっき。


和泉:へぇー!奈津くんも、今日まで生きてたんだ。友達が生きてるってなんか嬉しいね!


郁美:わかるわかる。俺も見かけたとき、心が踊ったよ。でも、いざ話しかけるってなると、意外と落ち着いて声かけられるもんなのな。


和泉:あれ? 奈津くん、そういえば一緒じゃないね?


郁美:あー、ナツのやつ、誘ったんだけど死に場所もう決めててさ。泣く泣く俺も一人よ。


和泉:そうだったんだぁ。……あ! あれでしょ、郁美。


郁美:あん?


和泉:奈津くんの死に場所って、あそこでしょ。あの花火がよく見えたアパートの屋上!


郁美:おお、ご名答。


和泉:やっぱりねぇ。奈津くん、あの場所気に入ってたもんね。うん、あそこも最後には打ってつけの場所だ。


郁美:それでも和泉は、やっぱりここだったんだな。


和泉:それはもちろん。この浜辺をまったり散歩しながら、最後の時を待つのですよ。


郁美:……どんな感じで世界は終わるんだろうな?


和泉:想像できないよねぇ。


郁美:できることなら、痛みとか、ないといいんだけどなぁ。


和泉:あー、わかる。眠るように死にたいよね。


郁美:はは。それって、ただ単に寝落ちしてる間に、世界が終わってるだけじゃね?


和泉:あはは。確かに! でも、ある意味その方が幸せだよね。何の恐怖もないし。


郁美:そうだな。でも俺は、最後の瞬間まで起きてたいなぁ。


和泉:おー、勇敢だねぇ。


郁美:だって気になるじゃん。どうやってこの世界が終わるのか。


和泉:ニュースで言ってたけど、結構あやふやだったもんね。確信的な部分は、全部お茶濁してたし。


郁美:そう。だから、この目で見届けたい。


和泉:仕方ないなぁ。そういうことなら、お供致しましょう。


郁美:別に寝てもいいんだぜ? 無理すんな。


和泉:大丈夫。郁美と一緒なら、怖くないよ。


郁美:そうかい。


和泉:うん。



和泉:……あ。


郁美:ん。どうした和泉?


和泉:あれ。


和泉が指差す先。水平線の彼方で、淡い光が浮かんでいる。


郁美:……おー、すげぇな。あれって予兆なんだったっけ?


和泉:わからないけど、そんな感じだよね。


郁美:明日じゃなかった? 世界が終わるの。カウントダウン、早くね?


和泉:フライングだ。


郁美:世界は、案外早く終わりたがってるのかもしれねぇな。


和泉:せっかちさんだね。


郁美:間違いない。


遠巻きで発砲音が響く。奈津がいるであろう住宅街の方角から。(※可能なら銃声の効果音)


郁美:……!


和泉:? どうかした、郁美?


郁美:……いや、何でもない。


和泉:ん。そう?



郁美:あー、和泉。


和泉:何?


郁美:やっぱりコンソメ味、食いてぇわ。二人で食おうぜ。


和泉:仕方ないなぁ、郁美は~。いいでしょう!特別に分けてしんぜよう。


郁美:おー。さんきゅ。


和泉:あ……


郁美:おう、どうしたよ?


和泉:見て、郁美。光が濃くなってるよ。


水平線の向こうを指差す和泉。彼女の言う通り、淡かった光はその濃さを増しながら、遠くの景色を包み込んでいっている。


郁美:本当だ。……世界を終わらせる光だってのに、めちゃくちゃ綺麗だな。


和泉:皮肉なもんだねぇ。


郁美:和泉、歩き疲れてないか?休む?


和泉:ん。平気だよ。


郁美:そっか。じゃあもう少しだけ、歩くか。


和泉:そうだね。最後まで、この世界を堪能しなくっちゃ。


郁美:よし、行こうか。


和泉:うん。


浜辺を歩き去っていく二人。(※可能なら砂浜歩く効果音)



─ ─ ─



和泉:(N)私の余命はあと数時間だ。別に病気でもなんでもない。至って健康体のまま、どうしようもなく理不尽に、あと数時間で私の人生は終わる。


郁美:(N)俺の余命はあと数時間だ。別に病気でもなんでもない。至って健康体のまま、どうしようもなく理不尽に、あと数時間で俺の人生は終わる。


和泉:(N)ううん。私だけじゃない。


郁美:(N)いや、俺だけじゃない。


和泉:(N)世界中すべての人たちが、


郁美:(N)数時間後。終わりを迎えるんだ。


和泉:(N)これはそんな、


郁美:(N)俺たちの最後の物語。

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