第7話 ・異世界からの手紙の真実

 だがこれを俺の口から言うべきなのか、言ってもいいことなのか……。

―たぶん、俺が言っちゃダメだ―

この場はにごして退散するほかない、な。

「かりん、俺にはあの手紙―」

 俺がそこまで言った時、かりんの父がスッと制止するように右手を上げた。

「シキミ君……だったね。そこから先は私が話そう」

「私も話すわ」

 かりんの母もにこやかに口を開いた。


 かりんの表情は、まるで頭の上に「?マーク」でも浮かびそうな顔をしていた、

「どういうこと?」

「シキミ君にはもう分かったと思うが、あの手紙を書いていたのは、お母さんだ」

「はい。そうだと思いました」

「えっ、そうだったの? なんで?」

「ええ、私は時雄……かりんのお兄ちゃんが亡くなった時に、絶望したの」

 そう言えば教室でかりんが兄の死を口にしたとき「特にお母さんが大変だった」という話をしていたのを思い出した。

「妻は一時、ずっとふさぎ込んでいたんだ。私はそれを見ているのがつらくて、何もできない自分がなさけなくってね……。アレコレと妻と一緒に心療内科をめぐってはお医者様に相談したんだ」

「そうなの。そのうちの一人のお医者様がこういったの『お手紙を書いたらいいですよ』、っていうのよ」

 かりんの母はちょっと悲しそうに言った。

「手紙? お母さんからお兄ちゃんへの?」

 かりんが驚いた顔で質問する。

「そう。だから最初のうちはお母さんからお兄ちゃんへお手紙を書いていたの。でも、そうしたら……」

 かりんの母の瞳から涙が流れた。かりんの父が手慣れた様子でハンカチを母へと差し出す。

「ありがと。お父さん。そうしたらね。ダメね。やっぱり悲しいの。いつもお兄ちゃんの心配して、いつもやっぱり悲しくなっちゃったの」

 かりんの父が大きくうなずく。


「そうなんだ。若干の悲しみを癒す効果はあったが、やはり親は子の心配をしてしまうんだ。そんな時、……かりんからシキミ君の話を聞いてね」

「ちょっと! お父さん?」

 突然かりんが顔を真っ赤にして立ち上がった。

どうしたんだ? 俺の話ってなんだ?


「まあまあ、その話っていうのが、ライトノベルの話なんだ。クラスメイトの君がライトノベルをいつも読んでいるって話だった」

「そ、そうそう。シキミ君がいつも本読んでるから、その話、した!」

 なんだかかりんがちょっとご立腹にみえる。

「私も学生時代にライトノベルを読んだことがあってね。それで妻に話をしたんだ。

「そうなの。お母さんからお兄ちゃんにお手紙を書くとつらいでしょ。だったら、異世界に行って元気に暮らしてるお兄ちゃんからお母さんたちにお手紙が来たって感じで書いたらいいんじゃないのって」

「それで書いたってわけ?」

 かりんが目を丸くして母を見つめている。


「そうよ。そうしたら、すっごく楽しいの! 時雄が……お兄ちゃんが異世界で元気に暮らしてるって考えるだけで、お母さん、すっごく元気になっちゃうの!」

「そういえば、数か月前からお母さん、急に元の元気さを取り戻してきてたよね。あれが異世界からの手紙を書き始めた頃ってこと?」

「そうよ! あらからずいぶん手紙を書いたわ。でね、今ではお兄ちゃん、すっごいことになってるんだから。うふふ」

 かりんの母はいたずらっぽく笑った。

「どうして私には言ってくれなかったの?」

「異世界からの手紙のことは、かりんが私のことを心配したらいけないから、だまっておいたのよ」

 確かに、実の母が異世界からの手紙を書いていたら、こどもとしては少し心配するかもしれない。

「じゃあ、どうして最初の手紙と二通目が置いてあったの?」

「それにはさっきお父さんも驚いた。どうして手紙のことをかりんが知っていたんだ?」

 かりんの母がまたいたずらっぽく微笑む。

「……さあ、どうしてでしょう? 答えはナイショ。ウフフ」

「もー、あきれた!」

 かりんはちょっと怒ったそぶりをしていた。

 かりんの母は俺の顔を見て、もう一度微笑んだ。

 それはまるで、かりんが俺に手紙の相談をして、俺がここに来ることを想定したかのような微笑みだった。


―確かにかりんの兄は亡くなっていた。

 それによりかりんの母は絶望していた。

 でも異世界からの手紙を書き始め、一筋の希望を見いだせたんだ。

 異世界からの手紙はウソかもしれない。現実じゃないかもしれない。

 ……でも、異世界に行ったかりんの兄が、遺された家族に手紙を母に代筆してもらえるスキルを身につけていたら?

 ……あるいは、本当に異世界に行って、別の形で毎日、楽しく暮らしていたら?

その可能性はいつだってゼロじゃない。

一筋の希望、可能性、それだけで人は立ち上がれるのだ―


かりんの母の微笑み。そしてそれを見守る父のまなざし。かりんの笑い声。そんな一家を見ていたら、そんな考えが浮かんできた。


 

 それから数週間が過ぎた。

 俺は時折、かりんの家へ招待されるようになっていた。

 それは新作の異世界からの手紙をかりんたちの一家と見るためだった。


 いまやかりんの兄の冒険はクライマックスへと差し掛かっていた。

 かりんの母もかりん曰く「前よりずっと元気」になったらしい。もしかすると、もうしばらくすると、この異世界からの手紙は終わってしまうのかもしれない。

 それはかりんの母の心の悲しみのケアが一段落ついたことを意味する。

 それはとても喜ばしいことだ。


 ……だが、そうすると俺とかりんとのせっかくできたつながりも途絶えてしまうかもしれない。それは、悲しいな。やっぱり。


そんなある日、かりんの家の居間でお茶をいただいていると、かりんが耳元でささやいた。

「ねえ、シキミ君。異世界冒険譚もいいけど」

「え?」

「私、今度、恋愛小説書こうと思うんだけど、恋愛のこと教えてくれない?」


 ひょっとして、ひょっとすると、新しい恋の始まりかもしれない。

 

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拝啓お母さん。異世界で俺は元気です! 佐々木裕平 @yunyun1979

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