第7話 最終話
「ふっ……」
老主人は、屋敷の蔵の戸を開けて笑みをこぼした。
「はは……はっはっは……はーっはっはっは! わはははははは!」
笑いが止まらない。
蔵の中には、金銀財宝、米に塩に織物、そして大量の「みそきん」があった。
今や老主人は有数の金持ちだった。商売が当たったのだ。
5人の貴公子たちはいい仕事をしてくれた。彼らのおかげで、国中に「みそきん」の噂が広まったのだ。「みそきん」という、あの貴公子たちが命がけで探し回るほどの逸品があると。
噂が十分に広まったとき、老主人は蔵に隠しておいた大量の「みそきん」を高値で売りさばいた。
老主人はたった数か月にして、膨大な財産を築き上げた。
彼はかつて「未来」に住んでいた。金もなく、暇を持て余していた彼は、転売を生業にしていた。高額な情報商材を買って勉強し、必死で物を買ってはフリマサイトで売る日々だった。
最初は少額から始めた転売も、かなりの規模に膨れ上がっていた。
ある日、有名なYouTuberがカップ麺「みそきん」を限定で発売するという噂を聞きつけた彼は、発売日に仲間を大量に金で雇って集め、全国のコンビニからありったけの「みそきん」を集めた。集めるのに全財産を費やしたが、それでも「みそきん」を1個5000円以上で売れば利益が出る計算だった。
彼は1個3万円で「みそきん」を出品した。ところが、それは大きな誤算だった。
ライバルがあまりにも多かったのである。
彼の他にも転売ヤーは多く、その誰もが「みそきん」を買っていた。結果、フリマサイトは「みそきん」であふれ、値下がりして1個1000円ほどで落ち着いた。
3万円で売れたのは、たったひとつだけだった。
もう世間も転売ヤーに慣れていたのだ。ゲーム機に、トレカに、ガンプラに、マスク。何度も何度も騒がれすぎて、「待てばそのうちやすくなる」ということを世間は学んでしまったのだ。
彼はすべてを失った。
大量の「みそきん」の在庫を抱えていたが、もう倉庫代を払う費用もあまり残っていなかった。
絶望した彼は、手持ちの「みそきん」すべてをトラックに積み込み、崖から海に飛び込んだ。
そして気が付くと、この時代に転移していた。売れ残った「みそきん」と共に。
彼は噂を流した。
貧しい竹取の翁が、金脈を見つけて財をなしたこと。竹の中から赤子を見つけ、たった3か月で育ったこと。その娘は絶世の美女であること。
姫など最初からいなかったのだ。この時代の人々はあまりにも単純で、騙されやすかった。
* * *
高笑いする老主人を陰から眺めながら、石頭の皇子は熱いため息をついた。
やはり、姫はいなかった。
老主人の屋敷の使用人に、自分の従者を何人か紛れ込ませておいたのだ。おかげで、老主人のたくらみをすべて知ることができた。
しかし、石頭の皇子はがっかりすることはなかった。
自分は赤子しか愛せないものだとずっと思っていた。ところが、初めてあの老主人を見た時、自分の胸の内に何か湧きあがるものを感じた。熱い、何かを。
特段、男が好きなわけではない。老人にも性欲は感じない。
しかし、あの老主人には特別な何かを感じていた。
ようやくわかった。
自分は、赤子が好きなのだと同じくらい、「高齢男性詐欺師」が好きなのだ、と。高齢なだけではだめだ。男性なだけでもだめだ。「高齢」「男性」「詐欺師」のすべてが合わさったとき、初めて自分の心は揺さぶられ、熱く昂ぶるのだ。
いまや、自分のすべきことはわかっていた。あの老主人を手籠めにするのだ。
自分は皇族だ。人ひとり捕らえて死ぬまで監禁するなどたやすいことだ。
子孫を残せなくてももはやそんなことはどうだっていい。
生涯をかけて、あの老人を愛するのだ。自分に正直でいよう。そう決めた。
石頭の皇子は、そっと物陰の従者に合図をした。従者たちが音もなく老主人に忍び寄っていく。
未だやまぬ老人の笑い声が聞こえる。
月光のような声だと、石頭の皇子は思った。
みそきん物語 ぬるま湯労働組合 @trytri
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