第6話 時駆の麻呂の「みそきん」

 下から上に広がるような形の円筒で、茶色や白のごちゃごちゃした彩色が施されている。


「どうだい、これは疑いもなく『みそきん』だろう」


 石頭の皇子は筒を眺めた。

 芸術品の類だろうか。少なくとも、石頭の皇子の感性には会わない彩色だ。

 これが「みそきん」なはずは……。


「ううむ、まさしく『みそきん』のように見えますな」


 老主人がうなった。石頭の皇子はぎょっとして老主人を見た。


「近くで拝見しても?」


 老主人が尋ねた。「私もよいか」と石頭の皇子も立ち上がった。


 近くで見ると、筒の側面には、腕組みをした男の絵が描いてあった。奇妙な服を着て、顔の周りには黒い線が描いてある。


「あ、足元気をつけてくれよ、それ高かったんだから」


 平たい銀色の石を踏みそうになった石頭の皇子に、時駆ときかけ麻呂まろが言った。


「この銀色のものは?」


「これかい? MacBook Proさ。ちなみにこっちの白いのはスタバのカップだよ。全部、未来の世界から持ってきたのさ」


 石頭の皇子が困惑していると、「この『みそきん』はどうやって手に入れたのですか」と老主人が時駆の麻呂に尋ねた。

 時駆の麻呂は鼻を高くして、話し始めた。


「僕も『みそきん』が何かわからなくてね、皆と同じように情報集めから始めたんだ。たまたま出会った易者えきしゃに占ってもらったら、『みそきん』まだこの時代には生まれていないという結果が出たんだ。易者は未来への行き方を教えてくれてね。半信半疑で儀式を行ったら、意識を失った。そして、気づいたら僕は1990年代後半の未来にいた」


 ほとんど何を言っているのかわからない。時駆の麻呂は気がおかしくなってしまったのだろうか。

 石頭の皇子がちらりと老主人を見ると、意外にも真剣に聞いていた。


「ただタイムスリップしたんじゃなくて、僕は新生児として生まれていたんだ。何年かはわけのわからぬまま過ごして、そこから自分のすべきことを思いだした。僕は『みそきん』を探すためにこの時代へ来たんだってね。ところが、未来にも『みそきん』はなかった。僕は『みそきん』を求めて、必死に生きた。何せ、この時代とは常識が全然違うからね。大変だったよ。それなりにいい大学を出て、仲間と会社を立ち上げて、一度結婚もしたけど姫の事が忘れられずに離婚した。そして2023年のある日、SNSで見たんだ。『みそきん』が発売されたってね」


 老主人は黙っている。

 時駆の麻呂は筒の上部の紙を剥がして庭へ下りてゆくと、手抜の御主人の従者が作った汁の残り湯を筒に注いだ。


「急いでコンビニに向かったさ。でも、もう遅かった。『みそきん』は全部売り切れていた。何軒もコンビニを回って店員にも聞いたけれど、どこも売り切れで入荷の予定もないらしい。しまいには、店員に問い詰めているところを他の客に動画を撮られて『こいつ必死すぎて草』みたいにSNSに晒されれて笑いものにもなった。絶望したよ。毎日努力して、キラキラした生活を維持している僕が暇なオタクどものせいで『みそきん』を手に入れられないなんてありえないことだ。そこで気づいたんだ。何も、『みそきん』をわざわざコンビニで買う必要がないってね」


「転売ですか」


 老主人が言った。

 時駆の麻呂が得意げにうなずく。


「ああ。だが幸い、僕には金がある。フリマサイトを調べると、1個3万円で『みそきん』が売られていた。これで姫が手に入るだなんて安いものだ。僕は3万円で『みそきん』を購入し、この時代へ戻ってきたというわけさ。さあ、『みそきん』ができたよ。本物かどうか食べて確かめてくれ」


 老主人は筒を受け取り、箸で『みそきん』を食べた。


「たしかに、これは『みそきん』で間違いない」


「じゃあ、姫は僕に――!」


「いえ」


 老主人は「みそきん」を床に置き、静かに言った。


「あなたは『みそきん』を持ってきた。しかし、この『みそきん』は転売ヤーから買ったものです。それは本当に、あなたが手に入れたと言えるのでしょうか?」


「そ、そんな」


 時駆の麻呂が青ざめた。


「でも僕はこうやって『みそきん』を――」


「転売ヤーから買うような人間に姫を差し上げるわけにはいきません」


「ひ、卑怯だぞ! じじいめ、僕をめるなんて――」


「連れていけ」


 従者たちがわらわらとやってきて、時駆の麻呂を拘束し、どこかへ連れて行った。


 「皆様も、どうぞお帰りください」老主人は石頭の皇子たちに向かって言った。

 海難事故かいなんじこ御行みゆき手抜てぬきの御主人はぽかんとして座っていた。老主人が再び「お帰りください」と言うと、ふたりは戸惑いながらもようやく立ち上がった。


 石頭の皇子が従者を連れて屋敷を出ると、外へつまみ出された時駆の麻呂がなにかわめいていた。

 石頭の皇子は輿こしに乗り、その場を後にした。

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