第5話 石頭の皇子の「みそきん」

 石頭の皇子はあまり気が進まなかった。

 自分の持ってきた「みそきん」の案は既に他の3人が持ってきたものと一部被っていたし、目新しさもないように思えた。

 

「私が持ってきた『みそきん』はこれだ」


 従者たちが塗り物の箱を持ってきた。

 石頭の皇子は箱の蓋を取り、全員に見えるように見せて回った。


「これは?」


 老主人が尋ねる。


「乳で作った食べ物だ」


 石頭の皇子は答えた。


「私も皆と同じく、人々に聞いて回ったが、『みそきん』が何かわからなかった。そこで、自分で考えてみることにした。何日も瞑想を続けた結果、天啓があったのだ。『みそきん』それすなわち『御蘇金みそきん』であると。『』とは、乳を煮詰めて固めた加工食品。『金』とは金箔のこと。つまり、『御蘇金みそきん』はに金箔をのせた菓子のことだ。今日はその現物を持ってきた。あいにく、材料が十分に集めきれなかったので一人分しかないが……」


 老主人は箱を受け取り、「御蘇金みそきん」を一口かじった。


「ふむ、普通のとは味が違うようですな」


「まあ、何かと手は加えてある」


 老主人は探るように石頭の皇子の顔をじっと見つめた。

 石頭の皇子は思わず目を逸らす。


 老主人はため息をついた。


「貴殿はどうやら、本心から姫と結婚したいとはお考えではないようですな」


 痛いところを突かれて石頭の皇子は黙った。老主人の言う通りだった。


 瞑想の間、石頭の皇子は何度も考えた。自分は本当に姫が欲しいのだろうか?

 最初は確かに欲しかった。必要だと思った。しかし、考えれば考えるほど、思考は濃霧のように重くなった。


 「御蘇金みそきん」の天啓を得たというのも嘘だった。適当に思いついた文字を当てはめたらそうなったというだけだ。

 諦めてもよかったが、皇族の身分ゆえ後に引くのも恰好がつかず、他の貴公子たちに負けるのもなんとなく癪だったので、今日こうしてやってきたのだ。


「その通りだ。私は自分が何を本当に求めているのか、わからなくなってしまった」


 石頭の皇子は素直に答えた。


 最初の頃は、妄想の中の姫で興奮することができた。

 しかし、今ではどうだ。ある時を境に、石頭の皇子の下半身は、姫の妄想だけではびくともしなくなった。

 このままでは、仮に姫をもらい受けることができても、子をなすことはできないだろう。


 老主人がうなずく。


「それでよいのです。自分に正直であることが一番ですぞ」


「そうだな。そうかもしれない」


 石頭の皇子が老主人の顔をじっと見ると、今度は老主人の方が目を逸らせた。

 石頭の皇子はたずねた。


「ひとつ私に教えてほしい。私の持ってきたものは『みそきん』だったのか?」


「いえ」


 老主人はもう一口御蘇金みそきんを食べて首を振った。


「違います。『みそきん』はもっと別のものでございます。しかし、石頭の皇子様、あなたのはやはりよくあるとは味も食感も違うようですな。何か工夫でも?」


「当り前だ。牛乳ではなく人間の母乳を使っているからな」


 老主人がいきなりせき込んだ。他の貴公子たちも顔をしかめている。


「その反応、乳を出してくれた女たちに失礼ではないか。貴殿方も幼子の頃は皆飲んでいたのだぞ」


「げほっ、げほっ……それはそうですが……」


 石頭の皇子はふっと笑った。

 勝負事には負けたかもしれないが、皆に一杯食わせることができて満足だった。


 最初の頃は牛乳で試作をしてみたが、普通のができただけでそれではあまりにつまらなかった。そこで思いついたのが母乳だった。

 母乳とは赤子が口にするもの。神聖な飲み物だ。「みそきん」にはどこか神聖な、ありがたい響きがある。それにぴったりだと思った。


 国中の女に頼んで、母乳をかき集めた。

 をひとつ作るには大量の乳が必要だ。できれば全員に母乳のを振舞いたかったが、あいにく一人分しか用意できなかったのだ。


 それをぜひ、この老主人に食べてもらいたかった。


「最後に、時駆ときかけ麻呂まろ殿、あなたは『みそきん』を用意できましたかな」


 老主人が従者に御蘇金みそきんの箱を渡しながら言った。


「もちろんだ」


 時駆けの麻呂は、小脇に抱えていた薄く平たい銀色の石と、緑の彩色のなされた白い茶碗を脇に置くと、懐から筒状のものを取り出して板敷の床に置いた。


「これが本物のみそきんさ」

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