おっさんになった孔雀

ツーチ

おっさんになった孔雀


「また、あなたですか!! 何度言ったら分かるんですか? また、警察呼びますよ?」

「ま……待ってくれ!! ち、違うんだっ。俺の話を聞いてくれ!!」

 


 俺の顔を見てくる男。しかし、俺は何もやましいことなんかしちゃいないんだ。俺はただ戻って来たんだ……愛する彼女のもとへ。そう、この……孔雀小屋へ!!



「話を聞いてくれってあんたねぇ……。どうせ俺は孔雀だって話だろ? それは何度も聞きましたよ……。で、もう5回も警察へ引き渡しましたよね? そんな恰好で毎回動物園に来るから……」

「こ、この格好の何が問題なんだ!! 俺は孔雀なんだ!!」



 目の前の男はよく知った男だ。なにせ俺と彼女がいつも世話になっていた人間だ。それがどうだ?俺がこんな人間になっちまった途端にこの仕打ち。



 ……お前は何を言っているんだ? と思っているかもしれない。だが、俺は確かにこの動物園の……この孔雀小屋にいた孔雀なんだ!! その記憶だけは確かにある。何よりこの孔雀小屋の中にいるのは俺の愛する1匹の孔雀……俺がいないのが何よりの証拠だ。



 こんな状態になっちまって始めは大変だったんだぜ? 人間の言葉なんて飼育員がたまにかけてくる声くらいしか聞いたこともねぇ。こいつに俺が孔雀だということも説明できずに口をぱくぱくとさせている間に大勢の人間にここからつまみ出されたのはこいつの言う通り5回さ。



 だが、不思議なもんでよ……理解できてくるんだ。人の言葉って奴が。俺は感謝したね……今、こうして6回目にしてこいつに俺が孔雀だって説明できるんだから。



 まぁ、もっとも5回目の時にはすでに説明してたんだが、結果は同じで大勢の人間につまみ出されちまったんだがな。



「孔雀だって言ったってねぇ……。まぁ、確かにあんたが最初に鍵のかかったこの孔雀小屋の中で全裸で倒れているのを朝見つけた時は腰抜かすほど驚いたけど……でもねぇ。。」



 そう、そうなんだ。俺はいつものように夜に寝て、朝起きると何故か人間になっちまってたんだ……しかも人間がいうこの全裸と言う状態……なかなかにまずいらしい。俺がいた孔雀小屋周辺はその日の朝、ちょっとしたパニックになっちまっていた。



 その後は大きな音が遠くから聞こえてきて、俺はこの孔雀小屋から追い出されちまったってわけさ。



 ……全く、何が原因なのかもさっぱりだ。思い当たることがあるとすれば、今まさに孔雀小屋でこちらを見つめてくれている愛する彼女に30回ほどくちばしでつつかれたことくらいだ。いつもは10回程度なんだが、その時は何故か彼女が執拗につついてきてな……まぁ、愛情表現ってやつさ。



 俺はそんな愛する彼女に会うためにまたここに来たんだ。だが、俺もバカじゃない。人間って言うのは記憶力がすぐれてやがってなぁ。青い服の人間たちに服ってのを着せられて、ここへ来てそれを脱いでまた奴らに連れて行かれて服を着せられるの繰り返し。



 それで俺は気がついたんだ。何も身に付けていなかったから連れて行かれたんだと。だから今日の俺は身に付けてるんだぜ? 傘って服をな!! 俺はこの傘って呼ばれてる服が孔雀だった頃の羽に似てると気がついてなぁ、傘を10個重ね合わせて今、背中に身に付けてるのさ。ふふっ、孔雀のころにも引けを取らないこの姿。



 これなら愛する彼女も俺に気がついてくれると思った矢先に俺たちの世話をしてくれていたはずの飼育員がまた邪魔しに孔雀小屋まで来やがった……くそっ、お前はどのまで俺たちの愛の邪魔をする気だ!?



「だいたいあんたねぇ……周りにこんなに人がいる真っ昼間からなんて格好してくれてんだい!! ええっ!?」



 そう。それなんだ……飼育員。俺は今、周囲の人間たちからものすごい注目を浴びている。こんなことは孔雀だったころにだってなかったんだぜ? 



 だから、俺は間違っていない。間違っているのは飼育員、お前だ。



 この格好をし続けていれば、彼女もきっと俺に気がついてくれる……俺に惚れてくれるはずなんだ……。













「またあなたですか……。何度も保護したと思いますが、何度ここに来たら気が済むんですか? もう役所でも色々と手続きしましたよね?」

 


 だが、俺がそんなことを考えている間に数人の人間がやって来た。俺はこいつらをよく知っている。全身を青い服で着飾っているなかなかに派手な格好だ。……が、俺たち孔雀には及ばない。



「え~~、通報のあった対象者を保護……。……はいっ、例の男性です……。はいっ、了解!! ……っさ、行くぞ!!」

「や……やめろ!! 俺は……服を着てるだろっ!!」

「おいっ……暴れるな!! どうみたって全裸だろうが!!」



 俺は青く着飾った人間たちは俺の手を掴み、無理やり孔雀小屋から遠ざけやがる。やめろ……やめてくれ。こんなに注目されている俺を……愛する彼女の近くにいられる今の俺を……連れて行かないでくれ……。














 青い服の奴らに連れて行かれたその日の夜。俺はいつものように服を着せられておかしな建物から外へ出た。



 外はもう暗い……孔雀だったころにはもう辺りは見えなかった。まぁ、いわゆる鳥目ってやつさ。



 だが、今の俺は人間……夜でも周囲がよく見えやがる。それで気がついちまったんだよ。夜に動物園にいきゃあいいんだってことに・・・






 案の定、夜の動物園には飼育員も人間もいなかった。孔雀小屋には愛する彼女が地面で寝ているのが見える。



 人間って言うのは賢いよな……、俺は色々と調べてよ、この孔雀小屋の中に入る方法を手に入れたのさ。……爆弾って知ってるかい? こいつはすげぇぜ? この爆弾ってのでこの小屋が壊せるってんだ。全く、人間ってのは便利な道具を作れるもんなんだな……







『…………バンッ!!』









 いけねぇ……右手が吹きとんじまった……まぁ、いいさ。俺は孔雀なんだ。人間みてぇな器用な手なんざ要らねぇのさ。この背中の綺麗な羽があればな。



 俺は孔雀小屋の鍵を壊して愛する彼女とを隔てていた小屋の内側へ入った。幸いなことに今の爆発は俺の右手以外に何も状況を変えなかったようだぜ?



「……よく眠ってやがる……」



 俺の愛する彼女はあの頃……俺がまだ孔雀だったころに見ていた綺麗な寝顔のままだ。人間になってここから放り出されて久しぶりの再会だ、…………嬉しいな。



















 そう……思えてたんだろうな。少し前までの俺なら……。



 …………だけど俺は気がついちまったんだ……気がつくには十分すぎるくらい長く人間でいちまった。。まったく、人間ってのはどうしてこう頭がいいんだろうなぁ……。






 俺はこの彼女に嫌われてたんだ。…………まぁ、人間の知識でいういわゆる失恋ってやつさ。彼女が俺に対して行っていた行為も愛情表現なんかじゃあない……完全に脈がないってことだったってわけさ。









 だけどよぉ、嫌われてるって分かっててっもよぉ……脈がねぇって分かっててもよぉ。それを解決する方法をこの身体は教えてくれやしねぇんだ。おかしくねぇか? 人間ってのは……かしこいはずだろ?



 なのにその解決策を教えてくれないなんてのは不親切すぎやしねぇか?…………なぁ、おいっ!!!









 

「俺のもんになることがねぇんなら……こうするしか……」










 なぁ……もし俺が人だとするんなら……俺が愛する存在も人なのか? だとしたら今俺の前で安らかに眠っている彼女も人ってことになるのか? もしそうだとするなら俺がこれからしようとしているのは……いや、気のせいだよな。だって俺は孔雀なんだから……彼女もきっと孔雀なんだ……。






「……あぁ、最後の晩餐だ……」






 俺は人生……いや、孔雀生最後の晩餐にありつく。今の俺は人間だ。そんな身体で最後の晩餐にありつけばどうなるかなんて分かってるさ。だが、俺はありつくんだ……最後の晩餐に。愛する彼女とひとつになるために……。










 翌朝、いつものように孔雀小屋へ飼育員がやってきた。














「うおおはぁあああああ!!!!!!! …た……大変だ!! け、警察!! 警察を呼べ~~!!! 」



 飼育員がのぞく孔雀小屋には大量の真っ赤な血を口から吐いた例の全裸の男の右手のもげた死体と雌の孔雀のわずかな羽だけが残されていた。




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