第4話 背中越しに見えるセカイ(短編版 終)




 心臓が飛び上がるような衝撃と共に、後ろに下がっていた。

 右ひじが檻にぶつかり、大きな音を出してしまう。


 売られる? 俺が売られるだって!?


 幌の隙間が小さく開けられた。

 男の瞳だけが光って見え、その目が笑うように細くなった。


「やっぱりな。俺たちを騙してやがった、ひひっ」

「あ、あ……」

「どうした、一気にボロが出たなあ。ハナムラショウさん? いや偽名か。知らないフリで帝国まで運んでもらおうってか? だが運賃は……高くつくぜ」


 男がこちらに組み付こうと構え、じりじりと距離を詰めてくる。

 ヤバい……ヤバい! 逃げ道がない。狭い馬車の中、動物たちの檻と積み荷で足の踏み場もない。捕まったら終わりだ!


「暴れるなよ? その辺に転がってる足枷を付けるだけだ」


 箱の隙間から太い鎖と輪が見えた。これを投げつければ……。

 自分の手が伸びる前に男のブーツが足枷を踏む。視線を外した瞬間、目の前まで近付かれていた。


「た、助けて」

「俺に言われてもなあ? それとも魔獣どもにお願いするかい?」

「助けて……っ!」


 誰の名前も思い浮かばない。

 子どもの頃、工作を仕上げるために周りに頼ってばかりだったのに。

 

 その時、魔力のもやが身体からどこかに伸びた。

 途端に檻の中の魔獣たちが飛び跳ねて騒がしくなる。動きが伝わったみたいに馬車が左右にぐらぐらと揺れ出した。


「おいどうした!」

「馬が暴れてる! 抑えが効かない!?」


 大きく馬車が弾んだ瞬間、身体が浮いてぶつかった。命の危険を肌で感じる。積み荷が崩れ落ちてきて、鋭い部分が幌に当たり裂け目が出来た。夢中でそこに飛び込む。

 外に出ると馬車は横転していた。道を外れて原っぱに出てる。馬が苦しそうにしていたが、装着している手綱を振り外して立ち上がった。

 

 この馬に乗って逃げる?

 そんな考えがよぎったがすぐに思い直す。走らせ方を知らないし、足を掛ける所がなくて乗れない。馬のお腹を撫でてから数歩離れた。すでに前にはバンダナの男が長い剣を抜こうと構えている。後ろには……


「てめえ! 馬を魔力で操りやがったのかぁ!?」

「いや、馬は怯えていた。魔獣を使役した訳でもない。何か別の……」 

「グゥルル……ッ!」


 唸り声とともに周囲に影ができ、風が舞う。


 空を見上げると漆黒の竜が翼を羽ばたかせていた。大きく開いた口の牙。ツノも爪も、お腹から尻尾にかけて透き通って光る水晶のような皮膚も……雄弁に自らを強者だと語っていた。黒いドラゴンは翼をひと打ちすると急降下し、すごい勢いでこちらに向かって来る!


 バンダナの男は剣を抜き、避けながらドラゴンの腹部へ横薙ぎに振るった。金属音が鳴ると同時に視界が揺れ、後ろにいた男に首根っこを掴まれ思いっきり引っ張られる。

 ドラゴンが消えた? いや、あっという間に飛び去ってまた。折れた剣先がくるくると回って地面に突き刺るのを見ながら、そう感じた。振り向けないけど何故か分かった。


「腹まで固い! 鉱石竜の生き残りがいたとは!」

「バカ言え、とっくに絶滅してる……召喚獣? 魔力で創り出した? どれもあり得ねえだろうがよ!」

「どう逃げる!?」

「こいつを囮に……いや待て」


 弧を描いて飛来するドラゴンに対し、男は組み付いたまま俺を前に差し出すようにした。するとドラゴンは翼で風を受けて減速し、少し離れた場所に降り立った。その様子を見て男は笑う。


「竜使いか……ひひっ。運が向いてきたかもしれねえ。このガキさえ人質にとれば、竜を従えてるのと同じだ。帝国すら手を出せない絶大な力で、何でもできるぞ!」


 男はナイフを取り出し、自分の首に押しあてた。冷たくない。熱い。刃先に魔力が込められてる。血が滲んでる。え、……待て、待て待て。夢じゃないのか? この熱さと血の臭いは。


「動くなよ。動くと悲惨な目にあうぜ。なあおい、こいつら引き離す準備だ! 馬と足枷を……魔獣どもなんてほっとけ。今までの仕事がカスに感じるほどの稼ぎになる!」


 少しずつ後ずさり、竜と距離を取る。

 男の腕を両手で剥がそうとしても、無理だった。腕の太さからして違う。首に押し付けたナイフの魔力がさらに増して、抵抗すればどうなるかを伝えてくる。

 

 竜が天を仰ぎ、大きく息を吸いだした。

 身体の中を巡る空気の流れに、色が付いているようだった。透き通った水晶の皮膚に濃い魔力が満ちていく。魔獣や自分の首に触れているそれとは比較にならないほど圧縮され続ける魔力。そして竜の吸い込みが……ぴたりと止まった。


「ブレス……炎!?」

「落ち着け。ガキはこっちにいる。危害を加えたり出来っこねえ。ビビッて逃げ出すと思ったら大間違いだ」


 違う。炎は出さない。

 ……あれ? この懐かしい感じ、どこかで。

 耳を塞ぐ。不思議と何が起こるか確信していた。


「グオオオオオオォォォォォッ!」


 次の瞬間。全身を叩くような叫びが膨大な魔力と共に放たれた。魂の底に響くような咆哮。何もかもが吹き飛んで骨だけになったと錯覚するほどだったが、心臓が高鳴っている以外は変わっていない。


 拘束が緩んだので振り返ると男が白目を向いて崩れ落ちた。折れた剣を持った男も膝をついて倒れる。気絶寸前って感じで口をパクパクさせていた。


「叫んだ……だけ、で……」

「咆哮、竜……だと……知ら……ねぇ……」


 単純に戦意を失わせたってわけじゃない。咆哮で魔力を残らず吹き飛ばしたみたいだ。半日、いや一日は動けなさそう。

 自分の身体に竜のしっぽが巻き付く。簡単に持ち上げられてジェットコースターの宙返りのような姿勢になる。逆さまの視界には竜の牙がずらりと見えた。


「急に脅かせるなよ……ヘル」

「ぐあ?」


 ヘル。そうだ。どうして知っているのかわからないけど、それが名前。首を傾げている顔は愛嬌があって……なんか憎めない奴だ。ヘルはもう一度唸るような鳴き声をあげると、自分を背中に乗せて羽ばたき始めた。しがみ付くとすぐに翼を打って浮きあがる。

 

 空だ。飛んでる。どこへ? でも待って。動物たちが……


 すごい勢いで遠ざかっていく野原の方を眺める。馬車近くの檻は壊れていて、魔獣は残らず抜け出していた。水鳥、兄弟猫、他にもたくさん。

 魔封じの檻にも咆哮が効いたのかな? 規格外の魔力をぶつけたら壊れる、とか性質があるのかもしれない。ともかく自由になって良かった。


「ヘル! おまえすごいな!」

「ぐあぐあ!」 

「黒と透明って身体の色は微妙だけどな」

「ぐあ!?」

「ドラゴンっぽい色じゃない……でも大丈夫。風を受ける形の翼、口の牙。ツノも爪もある。どんな色だとしても竜だって分かる」

「ぐあっ!」


 ヘルの背中越しに受ける風が気持ちいい。

 上から見れば馬車の通った一本道は、さらに細かく枝分かれしていた。目覚めた場所の大きな木も……いまでは見落としてしまいそうに小さい。

 口元が緩む。ここが夢なのか、現実なのか。それは分からない。でも、わくわくした気持ちが抑えられない。 




 どんなことが起こるんだ?

 まるで昔みたいな……発見や驚きの尽きない工作室にいた時の楽しさ。それがこの場所にあるかもしれない。自由で、自分らしくいられる場所が!



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工作勇者と割れるセカイ 安室 作 @sumisueiti

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