第3話 それとも馬車の中?




 揺れる馬車の中は薄暗かった。

 分厚いほろが日光を遮り、馬側以外に出口はない。馬車って普通後ろ側で物を下ろすものだと思ったけど。

 それに……独特の匂いがするな。荷物ごとに薄い布が被せてあって中身は見えない。あちこち見回していると、馬を操っていた二人のうち茶髪の男が来た。余った布に座り、こっちにも投げて寄越す。お尻に敷けってことらしい。


「今は昼過ぎだから夕暮れまでに着くぜ」

「ありがとうございます」

「お前、名前は?」

花村はなむらしょうって言います」

「帝国に何の縁もねえのか?」

「全然知らなくて……日本から外に出たこともありません」

「ニホン? そんな村……まあいいや。何か思い出せないか? 例えば誰かといたとか、関係ありそうな記憶。さっき部屋にいた、とか言ってたろ?」

「はい。動物の模型触りながら……気が付いたらあの場所にいました」

「ふぅん」


 男はいまいちよくわからない、といった顔であごをさすった。


「運んでる荷物が何か、聞いても良いですか?」

「ん、そうだな……見せてやるよ」


 男は近くにある布を手で持ち上げた。

 木製の鳥かご? 木の模様が少し変な感じだけど、一羽の青い鳥が止まり木ではなく底にへばりつくようにして羽を休めている。手のひらに乗せられるほどのサイズで、まずくちばしが真っ青なのが印象的だった。次に黒目。緑がかった青の羽毛、翼とお腹、足にかけては水色。尻尾は長く、滴るほど濡れていて……とろりと溶けた。頭も羽も。


「とっ溶けてる!? 水、水みたいに!」

「そりゃ水鳥だから危ないと感じりゃ液状化するだろ。見るの初めてか? 帝国以外じゃ大した価値も珍しくもねえが……」


 俺の知ってる水鳥、溶けないんですけど!?

 男は不思議そうな顔をして檻を叩いた。水鳥はゼリーのようにぷるぷる翼を震わせ、苦しげに鳴いた。男は水鳥の様子を満足げに見ながら周りの布付きの荷物を眺める。


「本当なら全身まるごと液体に変わるんだけどな。こいつらの檻には魔封じの砂鉄が擦りこんである。水になって逃げることも、魔力で檻を壊したりも出来ねえな」

「魔力?」

「動物の持つ魔力は習ってないのか? どいつも頭が単純で、創造力がまるでねえんだ。だから人間のように高度な魔法を生み出せないし、大抵の魔獣はちょいと阻害するだけで……魔力を普段通り扱えない」

「水鳥は捕まえたんですか?」

「ああ。俺たちは運び屋もやるが、魔獣専門のハンターなんだ。帝国のギルドじゃちょっと有名なんだぜ? まあ魔法生物どもには正攻法じゃ敵わないが、要は魔力をいかに殺すか。習性や生態を知る人間さまはそこを突けるのよ」


 そう言って立ち上がり、バンダナの男の方へ向かった。

 馬側に巻き付けていた幌をゆっくりと閉め始める。


「帝国に着くまでしばらく寝てな。魔獣に興味があるなら他の布を取ってもいいが、檻にはあまり触れるなよ。当然、鍵も外さねえようにな」


 頷くのを待たずに太陽の光が遮られ、二人の姿は見えなくなった。真っ暗という訳じゃないし布もたくさんある。動物のにおいや動きもそこまですごくないから、昼寝をする条件は整ってる。実際は夢の中だから、昼というのもおかしいんだけど。

 鳥かごに布を被せようとしたが、何気なく隣の檻の布も取って見る。板で補強してある檻にはオレンジ色の猫がじっとしていた。こちらに反応も示さず横を向いている。耳がけっこう長い……猫だよね? 檻には魔封じの黒い模様があるから、この子も魔獣なのか。

 猫の視線の先を追い、対角線上にある檻を確かめるともう一匹猫がいた。お互い見つめ合っている。同じ種類、というより兄弟なのかもしれない。捕らえられてペットショップのように人に売られていく。自然のままでは生きられなくなった運命。


 助けてあげられないかな?

 現実じゃ無理だ。大富豪でもない限り、動物とペットショップを両方助けるなんてことは。でもこれは夢のはず。何でも描いた通りに叶うモンだろ? 夢くらい、誰も彼もハッピーで嘘みたいに上手くいってもい良いんじゃないか?


 猫は小さく鳴いている。全然聞こえないけど、二匹だけに分かる意思の疎通があるようだ。どんな……


 その瞬間。頭の中の世界が広がった気がした。オレンジ色の薄い猫が、少し小さいほうの猫に【心配ない】【大丈夫】という言葉ではない何かで伝え続けているって。白いもやのような細い線の繋がり……水鳥にも天井に向いて散っていく【羽ばたきたい】という気持ちが読み取れる。布をかけられたどの檻からも聞こえる、声にならない声。【ここにいたくない】って気持ち。どんな動物も自分らしくいられる場所にいたいと思ってる。


『火の鳥ならともかくよ。水鳥なんて珍しくもないだろ?』

『ニホン……帝国以外の山岳とかかもな』


 外から漏れる魔力の端が、幌を通り抜けて繋がる。聴覚どころか全ての感覚が広がっているようだ。馬を操る手綱の張りや緩み、二人のぼそぼそとした声がする。


『で、お前はどう見る?』

『あとにしろ。聞かれていたら面倒だ』

『分かりゃしねえよ魔力に長けてねえ限り。魔封じの砂鉄にあれだけ囲まれてるんだぜ……それともあのガキが王国の宮廷術士か、スパイとでも思ってんのか?』

『思わない。だが引っかかる』


 そこで会話が途切れ、バンダナの男は唸りながら考えている。

 夢なんです。と割って入れないくらい真剣な表情だった。


『何か隠しているのかもしれん。常識をまるで知らない風に装って……』

『もしそうなら俺たちは騙されてるってわけだ』

『あくまで推測だ。情報次第で金になる』

『かわいそうになあ。売られていくのも知らねえで……』

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