第2話 異世界あるいは夢の中?
天井の明かりをじっと見てた。
頭の中のチカチカが落ち着いてきたのでベッドから起き上がり、棚の漫画に指を滑らせる。
憂鬱な月曜日、という言葉がふいに浮かぶ。ああ、この漫画が好きな友だちが言っていたからか。借りた漫画も友だちの言葉も、あまり共感はできなかった。どの曜日も同じだ。学校のある日は気が重いし、週末もどこかで学校の生活を思い出してしまう。まるで終わることのない夏休みの宿題みたい。特定の曜日なんて無関係じゃん。あとこの漫画、血が頻繁に出る。やっぱり苦手だし好きになれなかったなあ。
机の方に背を向けたまま振り向けずにいる。鞄が横たわり、ノートや教科書が散らばっているはずだ。そして3年生に向けた進路希望の紙が名前も書かずに置いてある。
本当に伊藤みゆき先生はすごい。
自分は一言も進路の事や悩みを口にしなかった。たとえ児童館を懐かしみに来た中高生が少なからず不安や迷いを抱えていても。自分の性格や気持ちを昔からよく分かっていたとしても。そっと背中を押すように元気付けられる人がどれだけいるだろうか?
【全日制の高校】【専門的な高校】【通信制の高校】
自分が知らないだけで選べる道はもっとあるかもしれない。
どの学校でも辛かったり嫌になる場面は必ずある。欠点や心の癖は簡単には直らない。ずっと続く問題……付き合い続けなくちゃいけない問題だ。中学じゃ熱が出た時以外休んだ事はない。
嫌でも辛くても。
良いことや楽しいと思える方へ向かいたい。
歩き続けるから、良いことや楽しいことがある……? ちょっと違うな。アコならもっと、笑う門には福来たる的な……あべこべな言い回しがあると思うけど。
笑いながら漫画から指を離す。本棚の上、水玉のケースが見えた。昔と違って椅子を使わずに届くようになって、背が伸びているのを実感する。
箱を開けると子どもの時に作った生き物の模型が出てきた。身体の芯が画用紙で、後はセロハンテープで肉付けした作品の数々。チョウチョ、馬、カラフルな鳥たち、双子のネコに犬。劣化して茶色くなっているけど古臭さはない。
色や形にこだわっていて、真剣に作っていたのが分かる。
あれ。でも足りないな。もっとあったような……残すものだけ集めて後は捨てた? 自分の空想を詰め込んだような、実在しない生物。むしろそっちの方が得意だった気がする。別の箱……いや、ここにしか入れてないはず。
椅子にいくつか並べてみる。
馬がゆっくり歩く感じ。犬の遠くを見る感じ。大きさはバラバラだけど、よく出来てる。
即席のジオラマを眺めているうち、少し眠くなってきた。模型が、潰れないようにしないと……。
҉ ҉
花のにおい。風の涼しさ。
……なんで風? ぺちぺちと叩かれるほほの感触。
いた、いてっ。痛い?
「おおーい。起きろ」
「……んあ」
「本当に寝てたとは」
目を開けると、男二人が様子を伺っていた。
誰だ? 外国の人みたいだけど。ほっぺを叩いてた方は茶髪に茶色の目……あと黒いバンダナを付けた男。どちらも日本人っぽさが全然ない。
上を見上げると太い枝や葉の間から太陽の光が見える。どうやら大きな木を背にして休んでいたみたいだ。すぐ近くに舗装されていない道があり、一面の原っぱにはチョウチョが飛んでいる。ここは?
「この辺なら危険は少ないけどよ。大丈夫かい? なあアンタ」
「……」
「こんな所で何をしていた?」
「ええと、部屋にいたら眠たくなって……」
「部屋ぁ? おいおい、この木が家ってか? 妖精にしちゃデカすぎるぜ。冗談は着てる服だけにしなよ」
男が笑いながら肩を叩いてくる。
あれ、話が通じてる?
日本語……いや、夢なら何でもあり。気にするだけ損だ。
自分の服は部屋着のまま。二人の服は……なんていうか、中世っぽい。ごわごわしたシャツにベルトを締め、ズボンとブーツを合わせている。ブーツは馬に乗る人が履くような奴。
バンダナを巻いた男が、こちらを探る目つきで見据えた。
「……帝国から歩いて来たとでも?」
「帝国? 分からないです」
「もしかして、ここがどこかも知らねえのか?」
「はい」
「なるほど、どうする?」
「そりゃあお前……」
二人は顔を見合わせて何か考えているようだった。
無言のやり取りはすぐに終わり、茶髪の男が声をかけてくる。
「わざわざ馬車まで止めた縁だ。乗ってくか?」
「馬車?」
「
木の幹から振り返ると、屋根付きの荷台に繋がれている馬がいた。テレビでも見たことないくらいのでかさに驚く。足が短くてずんぐりしてるから、軽快に走る馬とはそもそも種類が違うように思えた。
夢。どうせ夢なら誘いに乗ってみるのも良いかもしれない。大木のにおいと波打った葉の形。凸凹の一本道や原っぱの草が風に流れる感じ。妙に細かいところがリアルで鮮明に映る。普段の夢がおもちゃのカメラで撮った動画だとしたら、今見ている風景は三つも四つもレンズのある携帯で撮ったみたいだ。目が覚めるまで間でも楽しんでみようか……?
自分の替わりに返事をするように、馬が嘶きの声を上げた。
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