第47話 結果発表~

 山梨県の田舎町の普通の高校を、世界的に有名な超人集団が買収して三日たった。


 一部の生徒は喜び、一部の生徒は戸惑い、ごく少数の生徒は自分には何の関係もないと無表情に徹する。

 それでも皆が同じように感じたことだろう。

 退屈と言えば退屈で、刺激がないと言えばその通りで、それでも平和であることに違いはなかった日常が、こんなにも賑やかで慌ただしくなるのかと。


 そして四日目の朝、クラス替え選手権の順位がタブレットで発表された。


 一位 本郷琉生 だいたい一兆ポイント

 二位 山田五月やまださつき 5035ポイント

 三位 桐山美羽 5021ポイント

 四位 杉村光 4689ポイント


 上記の生徒は放課後、校長室に集まってください。


 というわけで、放課後の校長室。


 たいして広くもないが家具類だけは成金臭い昔ながらの校長室に、仁内大介、風間あやめ、大神完二が立ち、フカフカのソファに生徒たちが五人座っている。


 いかつい超人に囲まれ緊張気味の琉生と、彼にピタリと貼りつきながら、初めての校長室を舐めまわすように見つめる一文字真子、早く家に帰りたくて仕方なくスマホを何度もチラ見する桐山美羽。

 さらに誰だかわからない小柄な女子生徒一人。


 そしてこの結果に納得がいかない杉村光。


「本郷琉生が一位なのはもう認めます。でもこの二位って……」


 そして自分の隣でおとなしく座っている誰だかわからない女子に全身全霊全力全開のツッコミを喰らわす。


「あなた誰?! 今までいた?!」


 いや、いない。


「ご、ごめんなさい。私も結果を見るまでこんな事になると思わなくて……」


 顔のサイズに合わない大きな眼鏡。地味な三つ編み。終始うつむき加減の弱気な顔。常に人の顔色をうかがうキョドキョドっぷり。

 

 山田五月は明らかにこういうイベントで目立つ子ではなかった。


「この子はね。可哀相なの」


 山田の華奢な肩に両手を乗せる風間あやめ。


「私達がこの学校を買い占めた日と、この子が転校してきた日がタイミング悪く重なってしまったから、みんなこの子のことを知らないのよ!」


 確かに琉生も知らなかった。

 今日初めて会ったかもしれないし、どこかですれ違ったりしていても絶対気付かないだろうし……。


「あ、初めまして……、本郷琉生です」

「あ、よろしくお願いします……、山田です」


「うむ。だいぶ混乱しているようだから、私が説明しよう」


 仁内がどこからかホワイトボードを引っ張ってきて、ご丁寧に図を書いて解説を始める。


「まず、本郷くんが一位になった時点で、二位だった一文字くんから辞退の申し出があった。まあ、彼女の場合、本郷くんが真っ先に自分のクラスに選ぶだろうから、本人としてはそれで良いわけで、あとのことはもうどうでもいいわけだ」


 お互い見つめ合って微笑むバカップル。


「この時点で順位が変わるんだが、実を言うと、個人賞の発表をすっかり忘れてしまっていてね。それぞれ割り振ったらこういう順位になったというわけだ」


「個人賞って……」


 またおかしなこと言い出したよと、半分あきれ顔の杉村。


「シルヴィのリーダークラスが気に入った生徒を選出する。トリビアの泉のマイフェイバリットトリビア的な奴だね」


「なんですか、それ……」


 海外にいたので日本のTV事情に詳しくない杉村。

 ピンときたのは琉生である。


「銀の脳が貰える奴ですね」

「そうそう。金の脳はメロンパン入れになってるんだよ」


「そんなことより!」


 どんとテーブルを叩いてずれた話を強引に戻す杉村。


「その個人賞でどうなったわけです?」


「まず、大神完二は一文字真子を選出したんだが、辞退してしまったんでこれは全く意味のない行為になってしまった」


 お互い見つめ合い、静かに頷くおっさんと女子高生。


「で、仁内賞は怖い思いをさせたお詫びとして桐山美羽くんを選んだから、五千ポイント増えて一気にランクインしたわけだな」


「ありがたいというか……」

 戸惑う桐山美羽。

 本当は余計なお世話と言いたいようだが何とかこらえたようだ。


 一方、杉村は溜息を吐く。


「っていうか、個人賞で五千って、今まで何だったレベルなんですけど……」


「楽しめりゃ良いんだよ、バラエティなんてそんなもんだろ?」


「とうとう言っちゃたし…」


 呆れかえる杉村だが、順位の変遷はある程度理解したようだ。


「で、風間先輩は山田ちゃんに個人賞をあげたってことですね」


「そう。この子はね。エラいの」


 また山田の肩に手を置く。


「毎日更新される授業の復習問題もちゃんと提出するし、教師や近所の人には毎日挨拶するし、道に落ちてるゴミもちゃんと拾って、ラジオ体操も……」


「はいはい。わかりました、わかりました」


 もうどうでも良くなってきた感のある杉村だったが、思えば大事な点が一つ欠けてていることに気がついた。


「私もリーダークラスなんだから、杉村賞を選んでもいいんですよね……」


「そりゃ構わんよ」


 仁内はそう答えたが、


「お前、まさか自分にポイント振るつもりか? えらくダサいぞそれは」


 大神の鋭い指摘にうろたえ、杉村はついに黙ってしまった。


「では、クラス替えを始めようじゃないか」


 と、校長が専用の用紙を生徒に手渡そうとしたとき、


「あの、私はいいです」


 山田五月がおそるおそる口を開いた。


「おや、君も辞退するということかい?」


「はい。こういうのって、そもそも生徒がする仕事じゃないし」


「……」

「……」

「……」


 誰もが思っていたけど、決して口に出さなかった純然たる事実をぶちまけたことで、校長室は一瞬のうちに凍り付いた。


 気まずさすら漂う中、そんなことに一切気付かない山田五月は丁寧に自分の意見を述べていく。


「私わかります。先生たちなら、みんなが納得できる良いクラスにしてくれるって」


「……」

 じいっと山田五月を見つめる仁内校長。


「だって、この三日間、凄く楽しかったんです。ずっとこんな日が続いたら学校行くのも楽しいだろうなって……。こんな気持ち初めてで」


 うきうきと体を揺らしながら話す山田五月を仁内校長は感慨深げに見つめていた。


「山田くんと言ったね。君に七兆ポイント上げよう」


「もう終わったんだから止めなさいよ……」


 風間あやめに注意される仁内を、琉生は微笑ましく見つめた。


 琉生は全校生徒の中でただ一人、仁内の真意を知っている。

 山田さんから楽しかったと聞いた仁内がどう思ったか考えると、なんだか自分のことのように嬉しいのだ。


 ただ、俺には個人賞がないんだなという気持ちは若干あったけれども……。


「俺もいいです。先生方にお任せします」


 琉生は真子さんを見つめながら穏やかに言った。

 真子さんも静かに頷いてこっちを見てくれる。


 黒魔子は既に安心している。

 杉村に自分の胸の内は伝えたから、どういう結果になろうと彼女はもうからかってこないはずだと。


 そしてクラス替えを結局教師側がすることになっても、きっと大丈夫だという確信があった。


 この三日間で、黒魔子はシルヴィという得体の知れない集団に少なからず信頼を置いたようだ。


「あ、じゃあ、私も良いです。パスパス!」


 待ってましたとばかりに手をあげる桐山美羽。


 ただ一人、杉村光だけは腕を組んで疲れたように天井を見上げた。


「何だったのよ、本当に……」


 こうして嵐のようなクラス替え選手権は幕を閉じた。

 

 選ばれた上位四名がいずれも権利を捨てるというしょうもない結末により、結局クラス替えは教師側の手で人選が行われることになった。

 

 誰からも選ばれずに五組に振り分けられた生徒はアマゾンギフトカードがもらえるなんていう太っ腹な賄賂も上記の理由でうやむやになり、勢いでエラいことを呟いたと後悔していた校長は一人、胸をなで下ろしていたという。

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