第33話 大神劇場パート2
シルヴィの大神完二と七つのお題から一つを選び、対決して勝てばクラス替え選手権のポイントを大量にゲットできる。
シルヴィはこのチャレンジを完全にイベントに仕立てた。
場所は橋呉高校の体育館なのだが、そこに本物の土俵を用意したので、生徒はまずその点に度肝を抜かれる。
さらに生徒だけでなくご近所の方々まで見学できるようにして、しまいにはグラウンドに露店まで用意する。
もはや完全に祭りである。
既にグラウンドにも体育館にも、
「なんだか面白そうなことをやっている」
と気付いたご近所の方々が大勢集まっており、平日の夕方とは思えないくらい賑わっていた。
特に土俵周辺は大変な騒ぎだ。
所属するプロレス団体ではキングという称号を持つ大神に技をかけられたい、彼の力を体感してみたいという熱烈なファンが大勢集い、二十人が束になって大神に突っ込む。
大神はそれを一人で楽々と受け止め、ブルドーザーのように土俵の外に押しやる。
その度に歓声が上がり、俺もやってみたい、次は私もと、学生どころか、そうじゃない人達まで集まり出す。
前友司のような熱心なプロレスファンは何度も何度も大神に突っ込んでいき、その度に押し出され、ひどく汚れるのに、ドンドン笑顔になっていくのだった。
「凄いな……」
琉生は圧倒されていた。
「大神完二の一人巡業だ……」
たったひとりで大勢の人を集め、見る人、参加する人、ことごとく笑顔にさせる。これこそエンターテイナーだ。
ここまで盛り上がるともう選手権だの、ポイントだの、そんなこと考える生徒はほとんどいなくなる。
ただ大神完二という、人を惹きつけてやまない大男と遊びたい。
それだけでよくなる。
とはいえ、黒魔子のようにまだクラス替え選手権に意気込みを燃やす生徒も大勢残っている。
彼らも黒魔子のように秘めた野心を抱いているのだろう。
「暗算で勝負してください!」
「よし、乗った!」
三年生で最も頭が良いと自他共に認める男子生徒が勇敢にも土俵の上に立った。
彼の凄さは三年生の誰もが知っているらしく、暗算対決となればさすがの大神も勝てないとざわつき始めるが……。
「838861564948!」
あまりに桁が多すぎて問題がなんだったのかすらわかんなくなる難問を、大神はあっという間に答え、皆、声を上げて驚いた。
「正解、大神くんの勝ち!」
電卓を使って答えを確認した風間あやめが大神の腕を高々と上げる。
三問連続正解であっという間に挑戦者をねじ伏せた。
「負けた……」
今までフラッシュ暗算で負けたことがない人だったらしく、ショックはショックのようだが、ここまで圧倒的だと逆に笑顔になって土俵から降りていく。
とまあ、とにかく大神は凄かった。
彼の見た目から一番不得意と思われた暗算対決で圧倒的なパワーを見せつけると、続くじゃんけんでも三連続勝利で挑戦者をねじ伏せ、おまけにクイズでも、
「かってに改造!」
「大神くん、正解!」
「百日後に死ぬワニ!」
「大神くん、正解!」
「信玄公旗掛松事件!」
「大神くん、正解!」
あっという間に三連続正解。
(どんな問題だったかは各自でご判断ください)
体力だけでなく、知力、運においても存在感を見せつける大神完二。
「おいおいどうした! 誰か俺に勝てる奴はいねーのか!」
土俵の上から勝ち誇ったようにオーディエンスを煽るので、彼の熱心なファンが「キング! キング!」と叫びだし、異常な熱気が体育館に漂う。
体育館の隅で琉生と一緒に一部始終を見ていた真子さんが呟いたのはその時だった。
「わかった」
「え、なにが?」
そう尋ねても、無言。
まるで剣豪のような佇まい。
「すこし、イメージトレーニングさせて」
聞こえないくらいの声で囁くと、琉生の肩にもたれかかり、目を閉じる。
「ああ、こんなところで……」
生徒だけでなく、近所の見学者までもがこちらを見てくる。
仲が良いねと冷やかされるくらいなら照れ笑い程度の対応で済むけれど、
「殺してやろうかリア充め」
と言わんばかりの激しい眼差しが四方から飛んできて、これがきつい。
ただ大衆の意識を変える大きな出来事がこの後起きた。
「ならば私が行くっ……!」
「あ! 橋呉の歌姫……!」
思わず叫ぶ琉生。
現在二年生、歌ってみた動画でちょっとだけバズった経験のある、橋呉高校で一番、歌がうまい女子生徒が満を持して土俵に立つ!
無論、自分のスマホで撮影しながらの行動なので、勝とうが負けようが相当バズりそうなコンテンツになるのは間違いないだろう。
これが恐らく事実上の決勝戦だなとかわけ分かんないこと呟く生徒が出るくらい混沌とした状況の中、マイクを握ってにらみ合う女子高生と怪力親父。
「残念ながらあの先輩でも勝ち目はないだろう……」
なぜか解説者目線の前友司が琉生と黒魔子に近づく。
大神に押されまくったせいで土汚れがひどいが、本人にとってはこれ以上ない至福の時間だったに違いない。
「この七番勝負、一番勝ち目がないのがカラオケだ。最も楽勝な気がして実は最難関。これはキングのトラップだと言っていい」
「相当、歌がうまいってこと?」
「うまいなんてもんじゃない!」
前友は激しい身振りで大神の凄さを熱弁する。
「キングの唄にはカオスがあるんだよ! 昨年行われた聖剣争奪戦において突如裏切ったグラハムの呪いを断ち切るために封印されたモルデカイコードを現代に通ずる言の葉で洗浄し、沈黙の祭壇で唱和したキングの唄で太陽が変貌したんだよ!」
「……それ、日本語で言ったんだよね?」
とにかく大神は歌が上手かった。
図体がデカく、肺活量も半端ないから素質があったのかもしれないが、高音で有名な女性ボーカリストの唄を原曲のキーで歌いきってしまった。
格好いいというより、野蛮な風貌に似合わない可愛い曲をチョイスしたから気持ち悪いの方が勝ってしまったけれど、それでも上手いのは確か。
しかも歌い慣れしているというか、どうすれば高得点が取れるのか機械の採点基準を心得ているようで、ビブラートやら抑揚の付け方など完璧な歌唱法をやりきり、99点台をたたき出し、98点台だった挑戦者を見事退ける。
「こりゃ何やっても勝てないな」
とうとう琉生は言った。
そもそも七番勝負のお題を考えたのは仁内だ。
結局、大神が勝つように持ってたんだろう。
とはいえこの場は相当盛り上がっている。
誰も彼もが楽しんでいる様子を見れば、もうこれはこれでいいだろうという気もするし、実際琉生も楽しかった。
学校って、こんなに楽しんで良い場所だったっけ。
そんなことまで考えていると、
「じゃあ、私、行ってくる」
真子さんが唐突に呟いた。
「えっ?」
戸惑う琉生に対し彼女の動きは素早かった。
琉生の手を取り自分の頬に当て、その温もりを短いながらも堪能すると、小さく頷いて歩き出す。
微笑みを振りまきながら、静かに、それでいて力強く、一歩一歩、土俵に近づく。
「黒魔子さんが……!」
「黒魔子が動いたぞ!」
生徒たちがざわつきだし、自然と黒魔子の前に道ができていく。
「かわいい……」
「笑ってる……」
生徒たちの声は土俵の上の大神にも届く。
「ついに来やがったか……」
大神はもちろん彼女の秘密を知っている。
「最高のショーになるぜ……」
「え、ちょっと待っ!」
こんなところでバトルでもしたらとんでもなく盛り上がる、じゃない、真子さんが変に見られてしまう。
さっき注意したばかりなのになんでまた……。
戸惑う琉生の背中をパンと叩く子がいた。
「大丈夫だって、お兄ちゃん」
一文字桜帆。
とうとう彼女まで体育館に来てしまった。
「こんな面白そうなイベント、見逃せないもんね」
「いや、でも……」
だから大丈夫だってと桜帆は笑う。
「お姉ちゃんに任せてあげて。絶対勝つから」
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