大神完二はエンターテイナーである!
第32話 仁内、調子づく
世界中を熱狂させたシルヴィの生配信。
その日の夕方。
橋呉高校の放課後は今日も賑やかだ。
クラス替え選手権においてポイントを荒稼ぎできるビッグチャンス。
昨日は「あやめんを探せ!」という、ツッコミどころ満載のショボい遊びを、風間あやめの魅力だけでねじ伏せたコンテンツが行われた。
さて今日は何かと、期待半分、疲労半分、いつまでやるんだこれという気持ちも出てくる、そんな空気の中、また橋呉高校アプリに動画が公開される。
「やあ、みんな。仁内だよ。来週は知っての通り、大作ゲームの発売日ラッシュだ。私はもう全部予約済みで今からワクワクが止まらない、そんな感じだよ」
わざわざフリップに来週発売のビッグタイトルを書いて見せる校長。
「どのゲームとは言えないが、私はあるタイトルの実況生配信をすることが決定している。結構デカい案件だから、来週はそっちにかかりきりになる。ゆえに来週はこういった類いの遊びはしないと言っておこう。あと、来週は本当にゲーム業界的に祭りだから、学校休みたいなあとか思ってるあなた、別に休んだっていい……」
遠くの方で、それは言わない約束でしょ! という風間あやめの怒声が聞こえてきて、仁内は黙ってしまった。
「……では、本題に戻ろう。今日のビックチャレンジはなかなか難しい。しかしその分、面白く、得られる結果も多い。今日の生配信は見てくれたかな? 授業中だから見てないなんて真面目なあなた、人生、損してるぞ。学校なんてねえ、60パーくらいのやる気で……」
いい加減にしなさい! という風間あやめの叫びでまた仁内がフリーズする。
「まあとにかく。今日の相手はみんなの大神完二くんだ。知ってるよね。シルヴィの愛されキャラ。金太郎、弁慶、西郷さん、そんなイメージを持ってる人も多いだろう。だからわりと何しても許されるんだよね。結構女性にひどいことしてるんだけど、全然話題になんねえんだよ、あれは不公平……」
遠くから何かがぶっ壊れる音がして、またまた硬直する仁内校長。
「とにかく! 今日のビックチャレンジは大神完二と七番勝負だ。七つあるお題から一つ選んで、彼と勝負して勝ったら、500ポイントあげよう。詳しい情報は各自アプリ内の説明で確認してくれ。場所は体育館だ。では健闘を祈る」
動画が終わると、教室はざわつくというより、静まりかえっていく。
大神完二と勝負……。
あり得ないだろ。
ほとんどの生徒が彼の生配信を見ている。
飛び降りたら死ぬくらいの高さから命綱無しで急降下して無傷の男。
50キロを超える速さで突っ込んでくる軽自動車にパンチ食らわして壊す男。
これと戦って勝てと?
「死んじゃうよ……」
「ありえないって……」
そんな反応で包まれる中、一人だけ興奮を隠せない女がいた。
「私、勝てると思う」
もちろん、黒魔子である。
「いやいや、ダメだって!」
琉生は慌てて黒魔子をなだめる。
「勝ったらみんな真子さんのこと変に思うよ! いろいろバレちゃうよ!」
「……」
確かに琉生の言うとおりなので、悔しそうに頭を垂れる。
しかし状況は一変する。
「おい、見ろ。これなら勝てるんじゃねえか?」
生徒の一人が興奮気味に声を上げる。
大神と勝負するお題のすべてが格闘系というわけでは無かったのである。
というわけで、七つのお題は以下の通り。
・大神とじゃんけんして三本先取する。
・大神とクイズ対決して三本先取する。(問題はあやめんが公平に出題)
・大神と暗算対決して三本先取する。
・大神とカラオケ対決して大神より高得点。
・大神と習字対決してAIにどっちが達筆か判断。
・大神と相撲で勝つ。(大神は押すだけ。挑戦者は同時に20人まで許可)
・大神とプロレスでガチで戦う(命の保証なし)
以上。
七番勝負であることに違いはないが、事実上、六番、いや五番勝負といっていいだろう。
あの怪物に力で競って勝てるなどとは誰一人思っていないが、お題の中にはイケそうな項目が何個かある。
じゃんけんなんか、ただの運じゃないか。
行くか、行ってみるか?
戸惑う生徒たちを余所に、ある共通項を持った男子生徒が一斉にそれぞれの教室を飛び出す。
どいつもまるで闘牛のような勢いだ。
「彼らはいったいどうしたんだ?」
唖然とする琉生にゆっくりと前友司が近づく。
「大神完二はシルヴィであると同時に、世界最大のプロレス団体のスーパースターでもある。団体では最強のヒールで、めったに試合には出てこない」
「なるほど……」
「そんなキングと相撲ができる。そのチャンスに飛びつかないやつはプロレスファンじゃない!」
すると前友までダッシュで体育館に駆けていった。
「ファンだったのか……」
だとしたらあの生配信はさぞ楽しかったと思われるが、静寂に包まれていた教室もにわかに活気づく。
行くだけ行ってみようとかなりの生徒が立ち上がり、体育館に向かう。
「琉生くん、私達も行こう」
真子さんがいつになく集中した様子で琉生の肩に手を置く。
それが何より琉生の不安を煽る。
「一文字さん、くれぐれも……」
しかし黒魔子は琉生のおでこに自分のおでこをピタリと付けて黙らせた。
「大丈夫、力以外でも、勝てる」
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